1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

橋下徹「黒川検事長賭けマージャン事件と自粛強要の共通点」

プレジデントオンライン / 2020年5月27日 11時15分

※写真はイメージです。 - 写真=iStock.com/powerofforever

検察ナンバー2の東京高検検事長が、賭けマージャンの事実を認め辞職した。検事総長の下した処分は「訓告」という軽いものだ。一方、国民の多くは新型コロナの蔓延防止のために補償の定かではない営業自粛や外出自粛に淡々と応じている。それでいいのか。プレジデント社の公式メールマガジン「橋下徹の『問題解決の授業』」(5月26日配信)から抜粋記事をお届けします。

(略)

■国民には建前を強要、権力側は本音に逃げるのでは法治国家といえない

黒川弘務東京高検検事長が、緊急事態宣言中の5月に、産経新聞と朝日新聞の(元)記者たちと賭けマージャンをしていたことが発覚し辞職した。

(略)

法律の建前は、ちょっとしたお菓子や食事を賭けただけなら賭博罪にあたらないが、現金を賭けた場合にはたとえ少額であったとしても賭博罪にあたるということになっている。

ここは法律界の常識。黒川さんも法律家、しかも刑法の専門家中の専門家である以上、このことを当然認識している。

法律には建前と本音の両面がある場合がある。道路を走っている車を見れば、だいたいは法定速度をオーバーしている。それでもたまたまスピード違反の取締りにひっかかってしまったら、切符を切られ反則金を払わされる。それを拒否して裁判にでもなれば罰金という刑事罰を食らうことになる。

「みんなこれくらいのスピード違反はしているじゃないか!」と言ったところで、その言い分は通らない。

これが、国家としての秩序維持機能だ。国家権力は、国民に対して建前を強要して、国家の秩序を維持している。

(略)

そんな中、検察組織のナンバー2で、次期検事総長候補と言われていた黒川さんが1000点100円以内の賭け金で、(元)新聞記者たちと賭けマージャンをやっていたところ、その程度の金額では刑事上は問題ないとして、検事総長による訓告処分だけで終わった。

(略)

建前を国民に強要してきた張本人の検察組織が、自分たちの身内が建前に引っかかったら、今度は本音を持ち出して、見逃しをはかる。

(略)

これはもう法治国家じゃない。権力側が法を都合のいいように扱う人治国家、そう北朝鮮と何ら変わんないよ!

(略)

■自粛しないだけで非国民扱い……これでは戦時中と変わらない

権力側が自分たちに都合のいいようなことをやっているにもかかわらず、日本国民は国家権力に対して従順だ。

5月25日、新型コロナ感染症に対する緊急事態宣言は、すべての都道府県において解除されると発表された。これから社会経済活動が再開する。

ところが、緊急事態宣言が解除されたというのに、まだ一部営業の自由の制限は残り、社会経済活動の再開は徐々に進めていくという感じだ。

確かに感染の爆発的拡大を防ぐという目的において、徐々に再開を進めていくという政治行政の意図はわかる。

しかし、緊急事態宣言が解除された後の、国民の営業の自由の制限は、いったいどんな法律に基づくのか?

(略)

さらにそもそも特措法が適用されていなかった3月上旬においては、政治行政は、法律に基づかない自粛の「お願い」をバンバンやっていた。3月の外出自粛要請もイベント中止要請も法律に基づかない「お願い」だったんだよね。

この「お願い」によってイベントは次々に中止に追い込まれ、イベント主催者や事業者は多額の損失を被った。

(略)

国民にとって一番重要なのは、政治行政の「お願い」というものに、国民はどこまで従わなければならないのか? ということ。ここがポイントなのに、国会もメディアも学者もまったく的外れな議論を展開していた。

結論としては、従うも従わないも国民の自由なんだ。この大前提が、今の日本国内において理解されていない。

政治行政からの自粛・営業停止の「お願い」について、国民が従うか従わないかは自由だからこそ、仮に国民が従ってお店を閉めても政治行政から補償は出ない。それは、あなたが自分の意思でお店を閉めただけでしょ? となってしまう。

これで本当にいいのか、というのが僕の問題意識の根本だ。

(略)

先の戦争によって政府が国民に多大な犠牲を被らせたことを大反省して、日本国憲法が作られた。戦争当時は国家の利益のために、国民の権利、自由、そして命までもが簡単に犠牲にされたが、今後はそんなことにならないように、国民の権利、自由をしっかりと保障し、みだりに国家権力がそれを侵すことができないような法体系を作った。

そして戦後教育において、国民の権利、自由の大切さや、そのために国家権力は憲法や法律によって制限を受けることを、僕らは散々習ってきた。

ところが、だ。

いざ、新型コロナウイルスの感染危機に直面すると、国民の権利、自由がなんと軽く扱われることか。なんの根拠に基づくのかわからない政治行政からの「お願い」に、国民は必ず従わなければならない「空気」が作られる。

政治行政からの自粛要請に従わなければ、非国民扱いされて、総バッシングだ。

(略)

開店し続けるお店、イベントを開催し続ける事業者も激しいバッシングを受ける。政治行政からの自粛「お願い」に従うかどうかは、あくまでも国民の「自由」であるにもかかわらず。

(略)

戦時中って、きっとこんな雰囲気だったんだろうね。お国のために国民は犠牲になれ! お国に従わない者は非国民だ!

(略)

国=多数の国民のために犠牲になった者へは徹底した補償をすることが、国家としての重要な背骨だ。日本は軍人に対する戦争補償はしっかりと行うが、一般国民への補償はしない国なんだ。

先進国の中で、国民に対する一般的な戦争補償制度がないのは日本くらいだ。一般国民は、お国のために我慢させられる。

どうもその思想が、新型コロナ感染症対策の中にも流れているような気がしてならない。

(略)

■第2波が来ても日本国民は政府の「お願い」に従うのか

日本国民は政治行政の「お願い」に従順に従う。文句の声を上げない。緊急事態宣言が解除されても、まだいろいろな営業の制限に従うつもりのようだ。

そうなると政治行政の方は、補償の点をしっかりと考えないだろう。補償をしなくても、日本国民は犠牲になってくれる、と考えるだろうね。

つまり、国民は政治行政に舐められているんだよ。その一連の流れが、黒川検事長に対する訓告処分と刑事罰はお咎めなしという結末。

橋下 徹『トランプに学ぶ 現状打破の鉄則』(プレジデント社)
橋下 徹『トランプに学ぶ 現状打破の鉄則』(プレジデント社)

国民は、日本を真の法治国家にするために、政治行政にもっと怒りをぶつけることも必要だ。

営業停止と補償のワンセットの法律を国会議員が作らないのであれば、第2波、第3波が来た際に、政治行政から営業自粛のお願いが来たとしても、国民はそれに従わないという行動をとる必要が出てくるかもしれない。少なくても、そのような意気込み、迫力を今の段階で国民は政治行政にぶつけていくべきだ。

従順な可愛い子猫の国民のままではダメなんだ。

国民が営業自粛に従わないとなると、爆発的感染拡大が生じるリスクが高まる。そのような事態にならないようにするためにも、日本の政治行政は、国民を舐めた態度をとらずに、しっかりと補償する法制度を作らなければならない。

(略)

(ここまでリード文を除き約2700字、メールマガジン全文は約1万1900字です)

※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.201(5月26日配信)の本論を一部抜粋し、加筆修正したものです。もっと読みたい方はメールマガジンで! 今号は《【黒川検事長賭けマージャン事件】なぜ僕は賭博罪の「建前」を曲げて幕引きしてはならないと主張するのか》特集です。

----------

橋下 徹(はしもと・とおる)
元大阪市長・元大阪府知事
1969年東京都生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。

----------

(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください