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「コロナ封鎖解除」3週間先行するイタリアでいま起きていること

プレジデントオンライン / 2020年5月26日 15時15分

イタリアでは5月4日から市民の外出規制が一部緩和され、同18日にはバールやレストランの店舗営業が前倒しで解禁された。ミラノ市内のレストランのテラス席で久々の外食を楽しむ人々(2020年5月18日) - 写真=ロイター/アフロ

日本政府は東京都を含む全国の緊急事態宣言を解除した。これから何が起きるのか。日本より早く5月4日から都市封鎖の段階的解除に踏み切ったイタリアでは、若者たちは「お祭りムード」を謳歌しているという。ミラノ在住のジャーナリスト、新津隆夫氏が現地より報告する——。

■公園への立ち入り許可、美術館も再開

現地5月4日、イタリア政府は3月9日以来同国全土に発令していた、ロックダウン(都市封鎖)規制の段階的解除に踏み切った。都市封鎖という第1段階(フェーズ1)に続く、出口戦略の始まり(フェーズ2)である。

まず、製造業と建設業、卸売業の操業再開が許可され、公園への立ち入りや屋外での運動も認められることになった。さらに5月18日からは州内の移動が自由になり、これまで開店が認められていた食料品店や薬局以外の一般の小売店、博物館や美術館も再開が認められた。6月3日には州をまたがる国内の移動が自由になるとともに、欧州連合(EU)加盟国からの観光目的の入国も許可される予定だ(2週間の自己隔離措置も撤廃)。

■再開を後回しにされた業界から大ブーイング

死者3万2616人、感染者22万8658人(5月23日時点)という甚大な被害を出した末に始まった「フェーズ2」は、しかし施行される前から混乱続きだった。都市封鎖を始める際に「明日、愛する人を抱きしめるために、今日は我慢しよう」と国民に呼びかけ、「経済を捨て命を優先させた」と評価されたジュゼッペ・コンテ首相だが、「フェーズ2」では経済再生を望む声に押され、段階的に進める予定だった各産業の休業解除を、ほとんどの業界・業態で前倒しにせざるをえなかった。

要するに、再開を後回しにされた業界を説得する材料が見つからなかったのだ。他のEU諸国同様、感染の拡大傾向を示す「実効再生産数」が1未満であることを休業解除の条件(つまり1を超えれば再度の休業要請もありうる)とするのがやっとだった。

■イタリア人にとって重要な「祖父母との日曜日」

「フェーズ2」で休業解除と同じかそれ以上に国民の関心を集めたのが、親族との面談の解禁である。家族の絆を大切にするイタリア人にとって、離れて暮らす祖父母や叔父叔母に2カ月以上も会えないでいる状況は、心を引き裂かれるほどつらいことであった。古いイタリア映画には必ず大家族の暮らしが描かれているが、統計によると現在もなお52%のイタリア人が、日曜日の昼食を祖父母とともにとる習慣を持っているという。コロナ禍はまさに、そんなイタリアの文化にくさびを差したのだった。

特にツイッターなどの会員制交流サイト(SNS)で盛り上がったのが、面談解禁をコンテ首相が発表する際に用いたコンジュンティ(congiunti=縁者)という言葉の定義だ。なぜならコンテ首相が、「縁者」の例として両親、兄弟姉妹、祖父母に続き、「アッフェッティ・スタビーリ(affetti stabili=安定した愛情)」という表現を用いたからである。この言葉にはニヤリとするイタリア人も多かった。

というのも、コンテ首相はバツイチのイケメンで、現在は大手ホテルのマネジャーをしているオリビア・パラディーノという女性と交際中である(オリビアの父はイタリアの実業家のチェザーレ・パラディーノ、母はスウェーデンの女優、エヴァ・オーリン)。ネット上では、コンテ首相にとって「アッフェッティ・スタビーリ」に会えない状況が続くのは都合が悪かったのではないか、との臆測が飛び交った。

一方でコンテ首相としばしば舌戦を繰り広げる政敵、右派ポピュリズム政党「同盟」のマッテオ・サルヴィーニ党首は、今回はこの「アッフェッティ・スタビーリ」という言葉にかみつくことはなかった。サルヴィーニもまたバツイチの独身で、テレビ司会者のエリザ・イゾアルディと「アッフェッティ・スタビーリ」な関係にあったことで知られている(最近破局したとのうわさだが)。イタリア男にとっては、ここを冷やかすのは野暮天ということなのだろうか。結局、首相演説の翌日には「縁者とは6親等までを指すが、婚約者もこれに含める」という定義が付け加えられた。

■レストランやバールの再開という大難問

「フェーズ2」最大のネックは、飲食店をいつから再開すべきかという問題だった。これにはイタリアの文化を象徴するバール(BAR、立ち飲みのカフェ)も含まれるため、さらにコンテ首相を悩ませた。

フェーズ2では店の営業面を考慮し、とりあえずレストラン、バールともに、それまで認められていたデリバリーに加え、5月4日からはテークアウト営業も許可されることになった。ただし、店舗の前で食べることは人が集まるため禁止。店内での飲食は6月1日より許可されることになったが、営業時には隣のテーブルと2メートル以上の間隔を空けるなどの、厳格なルールが設けられた。

だが、一般的な家族経営による30席程度の店舗では、これでは通常営業時の売り上げの3割しか見込めなくなる。テークアウト分と合わせても約5割にしかならないと、レストラン業界は不満の声を上げた。それに、3月・4月に加えて5月いっぱいまで閉店を強いられたのでは、従業員の雇用を維持することも難しい。

■自転車でローマまで走り首相に「直訴」した首長

これに業を煮やした北イタリアのピエモンテ州ディヴィニャーノ(Divignano)という小さな自治体の首長、ジャンルカ・バッケッタ氏は、コンテ首相に直訴するため奇策を考えた。バッケッタ氏はバイエルン料理と地ビールのレストラン「Edelstube」のオーナーでもあり、両腕には見事なタトゥーが入った「ちょいワル」な雰囲気の好漢である。

これまでイタリア政府は、自営業者への支援給付金として600ユーロ(約7万円)を支払っているが、従業員5人を抱える経営者のバッケッタ氏に対しても、支払われたのはこの金額のみ。「従業員の保護を含め、店の維持には10万7000ユーロ(約1256万円)かかる。このままではレストランを続けることができなくなる」と思ったバッケッタ氏は、コンテ首相にその600ユーロを返還し、レストランの早期開業を直訴するため、自転車にまたがりローマまで約650キロの旅に出たのである。

この時点では、イタリアではまだ一般の人が州を越えて移動することは許されていなかったが、バッケッタ氏は外出申告書に「飲食店のデリバリーサービス。首相官邸にビールを届けるため」と書き込んでいた。途中、パルマやタルクィニア(ローマ近郊の都市)の市長とも面談。道中もイタリアの公人が公の場に出るときの証しである、イタリア国旗と同じ配色のたすきを常に肩から掛けていた。

バッケッタ氏の旅は地元のローカル紙はもとより、コリエレ・デッラ・セーラやレプブリカといった大手メディアにも取り上げられた(さらに、オートバイの総合ウェブサイトでも紹介された。バッケッタ氏がハーレーダビッドソンの有名な愛好家であったためだ)。

■なだれ式に前倒しされた営業許可

この圧倒的なパフォーマンスには、コンテ首相もきちんとしたもてなしで応えるしかなかった。ポロシャツにジーンズというラフな姿で自転車から降りたバッケッタ氏を、首相は丁重に官邸に迎え、握手に代わるコロナ警戒下のあいさつである、肘と肘を合わせるポーズで写真におさまった。住民わずか1500人の自治体の長であるバッケッタ氏が、一国の首相との面会を果たすという、まさに快挙であった。

バッケッタ氏の努力が報われてか、レストランとバールの店舗営業再開は、当初予定の6月1日から5月18日に前倒しされた。それに伴い、美容院や小売店舗、スポーツジムやプールなどさまざまな業態にも、雪崩(なだれ)式に営業再開の許可が下りることになった。

密閉空間であるスポーツジムに許可が下りたのは日本的な常識から見れば理解しにくいが、ジムはただ単に身体を鍛える場所という位置づけでなく、バール同様にイタリア人にとっては大切な社交の場なのである。また、美容院については美容師側、市民側の両方から早期再開の要望が強く、前倒しどころか1日最長18時間、土日や指定の定休日(理髪店は月曜、美容院は火曜)に関係なく無休で営業できることになった。

■もう会社に行きたくない?

一見、すべての経済活動が元に戻りそうだが、肝心の働き手の気持ちは複雑だ。公共交通での感染の不安、オフィス内でもマスクをしている不便さ。さらに予期せぬ影響を及ぼしたのが、外出禁止によるテレワークだ。

大手日刊紙「ラ・スタンパ」の調査によると、テレワークを経験した人々の75%もが、このまま在宅勤務を望んでいるというのだ。この傾向は女性に顕著に表れ、92%はテレワークでも仕事に支障はなく、34%はむしろ生産性が高まったと答えている。なお、回答者全体の54%には子供がいて、63%は仕事専用の部屋を確保できる住環境にあるという。

周囲に問うても多くの友人が「今のところ出社は週に1度。あとの日はテレワークが続いている」という。雇用側も手探り状態なのだろう。もっとも、イタリアの北部と南部では労働をとりまく環境が大きく異なるため、一概に「イタリアでは」とは言うことはできないが……。

■若者たちはつかの間のお祭りムードだが……。

イタリアは今、「リアプレ」(Riapre=再開)のお祭りムードに包まれている。特に、5月23日(金曜)、24日(土曜)の夜は、若者が集まるナヴィリオ(大運河)エリアが多くの人々でごった返した。マスクもなければソーシャルディスタンスも守られない様子がSNSやテレビのニュースで流れ、市民に「またロックダウンされるのでは?」との不安を与えた。

足元を見れば、自営業者こそ社会補償公社(INPS)から前述の600ユーロの給付金を受けているが、一般の勤め人にはまだ1ユーロも出ていないのが現実だ。しかし、今は経済の不安は忘れて解放感に浸りたい。ナヴィリオエリアの週末の賑わいには、そんな刹那的な空気を感じる。

「明日、大切な人をハグするために」というエモーショナルなメッセージで、国民を留め置くことに成功したコンテ首相。今度は経済を戻すために、どんな「心に刺さる言葉」を用意しているのだろうか。

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新津 隆夫(にいつ・たかお)
ジャーナリスト、コラムニスト
1959年、東京・浅草生まれ。1993年「激安主義」(徳間書店)にてバブル後の激安ブームを牽引。1997年からイタリア在住。テーマはスポーツ、車、グルメ、政治、歴史、教育などイタリアのカルチャーすべて。主な著書に「丙午女」(小学館)、「会社ウーマン」(朝日新聞社)など。福岡RKBラジオ「桜井浩二 インサイト」に不定期出演。

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(ジャーナリスト、コラムニスト 新津 隆夫)

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