イライラに効くダライ・ラマの言葉「怒ることはあるが、鎮め方も知る」
プレジデントオンライン / 2020年6月14日 11時15分
■私が、ダライ・ラマの通訳をしたとき
日本だけでなく、世界中で、人々が終わりの見えない不安に悩んでいます。毎日気分が落ち込んで仕方がないという方もいるでしょう。
そんな人々の姿を、もし、ブッダが見たとしたら何と声をかけるでしょうか。「頑張れ」とポンと背中を押す? いいえ、そうではありません。
ブッダは励ますことはせず、人々の心に寄り添うでしょう。
「どうぞみなさん頑張りすぎないように。無理をしないで。夜もゆっくり休んでください」と。
ですから、みなさん、頑張る必要はありません。みなさんは今、ここにちゃんと生きている。生きていてくれるだけで、それだけで十分なのです。
日本には四季があります。私たちは、それぞれの季節、それぞれの月に合った過ごし方をします。それと同じように、今は、混乱という時期に合った過ごし方をするべき。こまめに手を洗って、うがいをする。小さなことを積み重ねて、時間が過ぎるのを待ちましょう。
もともと「ブッダ」という言葉は、自分の生き方、生きる道に目覚めた人、という意味を持ちます。ブッダになる道を説いたのが仏教です。仏様のような、穏やかな心を持つ人のそばへいくと、気持ちが安らぎますよね。みんながブッダのようになれば、世の中は幸せへの道が開けます。仏教の教えを守っていくことで、誰でもブッダになれるのです。
2007年、来日されたダライ・ラマ14世がメディア取材を受ける際、私は通訳の1人として同席しました。各国のマスコミから質問が飛ぶなかで、政治的に厳しい質問や、わざと怒らせようとするような挑発的な質問もありました。しかし取材中、常に穏やかな表情を崩されなかった。
私は後から彼に「怒ることはないのですか」と質問しました。すると彼は笑いながら「私も腹を立てることはあります。しかし、怒りを鎮める方法も知っている」とおっしゃいました。「(禅僧の)君ならわかるだろう」と言葉を返されたので「はい」とお答えしました。
彼のような人徳者であっても、常にブッダでいることはできません。人にやさしく接するなんてできないというときは、誰にでもあります。私たち禅僧は、坐禅で心を整えます。みなさんは、そういうときは無理をしすぎず、「パートタイム・ブッダ」を心がけましょう。ご家族の前、あるいは会社の同僚の前で、ブッダでいられればいい。1人のときは、一日中パジャマで、音楽を聴いたり、朝からビールを飲んで過ごしたっていいのです。大切なのは、その怒りや不安で揺らいだ心を穏やかにする自分なりの方法を知ることです。
■パートタイム・ブッダは世界を救う
そもそもなぜ、人は怒ったり、イライラしてしまうのか。これは人間にとっては非常に自然なことです。
人間の根本には、3つの欲求があります。1つめは、生きることへの欲求。突然海に落とされたときに、必死にもがいて生きながらえようとする欲求です。2つめは、破壊欲。何かを壊したり、物に当たってうっぷんを晴らしたいという気持ち。それが相手に向かえば攻撃に、自分に向かうと自殺願望に変わります。3つめは、五感や体で感じる欲求。睡眠欲や食欲といったものです。頭で感じる名誉欲や承認欲などもそうです。それらが脅かされると、人間は怖れを感じます。死が迫ってくる恐怖が強くなるわけです。
生老病死苦。お釈迦様は、この世で生きていくのは、老いや病気、死ぬことと同じように苦しいと説かれました。人生とは、苦しみの海に出て、時折安らぎの浜辺に癒やされながら、上手に航海するようなものです。
心は一日を通して働きます。人と会うだけでも垢がつき、塵や埃が溜まります。体の汚れは石鹸で落とせても、心の汚れまで手が回っている人はそう多くないでしょう。シャワーを浴びてお風呂に入るように、心のケアをしてあげてください。
それが禅につながる「洗心」。つまり心を洗うことです。
洗心の方法は心を空っぽにすること。代表的なものとして坐禅が挙げられますが、少々ハードルが高いという人もいるでしょう。
■時間を忘れて何かに没頭すればいい
洗心するには、なにも、かしこまって坐禅を組まなくてもいい。時間を忘れて何かに没頭すればいいのです。たとえば絵を描いたり、ピアノを弾いたり、時間を忘れて集中して趣味を楽しむ。ヨガや太極拳なども楽しいでしょう。
同じ動作を何度も繰り返し、心を空っぽにする。それが心を整える時間になります。たとえば剣道や野球の素振りをしたり、書道の墨をすったり、仕事道具の手入れをするなど、無心になって同じ作業を繰り返す。そのうち何も考えずに手だけが動くような状態が理想的です。心理学的にはゾーンに入る、フロー状態というように言われている状態です。
仏教では「三昧(さんまい)にいる」と言います。「読書三昧」など、一心不乱に何かをすることを「三昧」といいますが、これはもともと仏教に由来する言葉で、心が一定の状態にあることを指します。
感染症や自然災害の脅威のなかにいても、私たちは常に「洗心」を心がけましょう。思いやりや愛、やさしさや幸せ、喜びなどと同じように、穏やかな心は広く伝播し、共有できると思います。
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臨済宗建長寺派・独園寺第15世住職
「自死・自殺に向き合う僧侶の会」共同代表。明治大学卒業後、銀行員として海外に13年駐在。臨済宗瑞龍寺僧堂での修行を経て現職。国内外に向けて座禅会を開催。
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(臨済宗建長寺派・独園寺第15世住職 藤尾 聡允 構成=花輪えみ 撮影=南方 篤)
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