存亡危機のNASAvs30万人の中国軍団「米中スペース・レース」の熾烈

プレジデントオンライン / 2020年6月10日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/enot-poloskun

中国では、現在約30万人が宇宙開発に携わっている。目標は2030年代に米国・ロシアと並ぶ「宇宙強国」になることだ。科学ジャーナリストの倉澤治雄氏は「中国と米国の間で『第二のスペース・レース』が始まっている」という――。

※本稿は、倉澤治雄『中国、科学技術覇権への野望 宇宙・原発・ファーウェイ』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■「米国はNASAを本気で潰す気かもしれない」

栄光のNASAが今、存亡の危機に立たされている。ペンス副大統領は2019年3月、自ら主宰する国家宇宙会議でNASAを完膚なきまでに批判した。ジム・ブライデンスタインNASA長官の面前でペンス副大統領は、まず遅々として開発が進まない巨大ロケット、スペース・ローンチ・システム(SLS)にかみついた。

アポロ計画がわずか8年で達成されたことを引き合いに、「SLSがスタートして18年、コストは膨れ上がり、期限は何度も先送りされ、月面着陸は2028年まで延びてしまった」と指摘、「NASAの戦略は右往左往し、明確な方向性、焦点、ミッションを失った」と痛烈に批判した。

その上で「もしNASAが5年以内に有人月面着陸を実現できなければ、変えるべきはミッションではなくNASAそのものだ」と最後通牒を突き付けた。

事実トランプ政権は「宇宙統合軍」の創設に伴って、国防総省内に「宇宙開発庁(SpaceDevelopment Agency)」を設置、宇宙関連の機器開発や調達を担わせる決定を行った。日本のある専門家は、「米国はNASAを本気で潰す気かもしれない」と語った。

■月に滞在できる拠点を作る計画

こうした中、NASAのブライデンスタイン長官が2019年9月に来日した。東京大学で行われたシンポジウムでブライデンスタイン長官は、「米国にとって日本は最高のパートナーだ」と称えるとともに、月の周回軌道に建設予定の小型宇宙ステーション「月軌道ゲートウェイ(以下、ゲートウェイ)」と有人火星探査について次のように語った。

「火星に到達するには2年ほどかかるので、長期間、月で過ごせるように拠点を作ります。火星は大気に包まれていて、放射線からも守られています。また火星には月には存在しない有機物があり、地下に水が存在していると思われます。ゲートウェイは設計寿命が15年で、月と地球の間は日夜行き来できるようになるでしょう」

ブライデンスタイン長官は「ゲートウェイ」が民間協力と国際協力で構築する「オープンアーキテクチャーだ」と強調した。「ゲートウェイ」への参加を決めた日本は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)がすでに研究開発をスタートさせた。国際宇宙ステーション(ISS)への物資補給で活躍している「こうのとり」の後継機「HTV-X」の開発を進めているほか、トヨタ自動車と共同で有人月面ローバーの開発に着手した。「HTV-X」は「こうのとり」の約1.5倍の輸送能力を持ち、「ゲートウェイ」への物資の輸送を担う。打ち上げ用の「H3ロケット」の開発も進んでいる。

■月面を日本のローバーが走り回る時代が来るか

「ゲートウェイ」とドッキングさせるためには高度な技術が必要である。まず打ち上げ後に地球周回軌道で二つのモジュールをドッキングさせ、地球から月に向かう軌道に投入する。また月周回軌道への投入と「ゲートウェイ」とのドッキングを実現しなければならず、ハードルは高い。

一方トヨタと共同開発する「月面ローバー」はトヨタが得意とする燃料電池をエネルギー源とする。月で水源が確保できれば、水素エネルギーの利用が可能で、月面を日本のローバーが走り回る時代が来るかもしれない。

JAXAはまた「SLIM」という小型探査機による月面着陸計画を2021年度に実施する予定だ。成功すればソ連、米国、中国に次いで4番目の国となる。インドは2019年9月、「チャンドラヤーン2号」で月への軟着陸を目指したが、着陸直前に着陸機「ビクラム」からの通信が途絶え、失敗した。

米中の熾烈な「月争奪戦」の中で、「はやぶさ」のようなインパクトある結果を残せるか、日本の技術力が試される。

■文化大革命の最中も宇宙開発を続けていた中国

中国の宇宙開発は1949年の建国直後から始まり、1966年には初の弾道ミサイル実験に成功した。ロケット開発はミサイル技術をベースとしている。1970年2月11日、日本は旧ソ連・米・仏に次いで人工衛星「おおすみ」の打ち上げに成功したが、その直後の1970年4月24日、中国も「長征1号」ロケットで「東方紅1号」を打ち上げた。中国は1966年から1976年まで続いた「文化大革命」の最中も、宇宙開発を継続していたのである。

1978年に鄧小平の改革開放政策が始まると、宇宙開発は一気に加速した。1992年には有人宇宙飛行計画がスタート、建国50周年となる1999年には宇宙船「神舟1号」の打ち上げに成功した。中国語で「神舟(シェンチョウ)」は「神州」と同音で、「神州」とは「中国」を称える美称である。

2003年10月15日、楊利偉宇宙飛行士を乗せた「神舟5号」が酒泉衛星発射センターから「長征2号F」で打ち上げられた。「神舟5号」は地球を14回周回した後、21時間後に内モンゴル自治区の「四子王旗」に着陸した。

中国はソ連、米国に次いで、有人宇宙飛行に成功した。ロシアの技術援助はあったものの、国産ロケットで中国人宇宙飛行士を乗せた宇宙船を打ち上げ、宇宙空間で生命を維持し、地上に帰還させた意義は大きく、当時の胡錦涛政権が威信をかけた事業だった。

■次の宇宙ステーションは2021年に打ち上げ予定

中国は本格的な宇宙ステーションの建設にも乗り出した。2011年、初の宇宙ステーション「天宮1号」の打ち上げに成功、2016年9月には「天宮2号」の打ち上げに成功した。

「天宮1号」は2016年3月に制御不能の状態となったことから、大気圏で燃え尽きず、破片が陸地に落下するのではと懸念されたが、2018年4月2日、無事南太平洋に落下した。「天宮2号」は予定通り、2019年7月19日、南太平洋に落下した。

次の本格的な宇宙ステーション「天宮」はコア・モジュールの「天和」、実験棟の「問天」、補給機「天舟」などで構成される。「天宮」は大型ロケット「長征5号」で2021年に打ち上げられる予定だ。

一方、NASAを中心にロシア、欧州、カナダ、日本などが参加する国際宇宙ステーション(ISS)は2024年に退役の予定だ。米議会で2030年までの延長が検討されているが、運用は民間へと移管される。すでに宇宙ベンチャーのアクシオム・スペース(AxiomSpace)が商用モジュールの打ち上げを決めたほか、宇宙企業シエラ・ネバダ(Sierra Nevada)が、日本の実験モジュール「きぼう」の再利用を計画している。

今後民間宇宙飛行士が続々と誕生し、新材料研究、創薬、ライフサイエンスの分野で、本格的な宇宙の商業利用が始まる。

■2030年代に米ロと並ぶ「宇宙強国」を目指す

中国のロケット打ち上げ回数を見てみると、2018年には39回を記録、米国の31回を抜いて単独トップに立った。2019年も中国が34回(うち失敗2回)、ロシアが22回、米国が21回と、引き続きトップに立っている。

中国の目標は2030年代に米ロと並ぶ「宇宙強国」となることである。長年中国の宇宙開発をウォッチしてきた元JAXA国際部参事の辻野照久氏は、中国の宇宙開発が躍進した理由について次のように語る。

「まず米・ロ・欧など宇宙先進国から徹底的に学びました。また共産党政権による迅速な意思決定も強みとなっています」

その上でカギを握るのは大型ロケット「長征5号」と「長征9号」の開発にあるという。「長征5号」は2016年11月の初号機打ち上げに成功したものの、2017年7月、2号機の打ち上げに失敗した。3号機が2019年1月に打ち上げられる予定だったが、原因究明と改修に手間取り、7月、11月と延期されたあと12月27日にようやく打ち上げられた。搭載された量子通信静止衛星「実践20号」は無事軌道に投入された。

■「宇宙を手にしたものが未来を手にする」

「長征5号」は全長約57メートル、低軌道への打ち上げ能力25トンを誇る大型ロケットで、火星探査機や「嫦娥5号」、それに中国版宇宙ステーションの基本モジュール「天和」など、重要な打ち上げミッションを一手に担っている。

一方「長征9号」はアポロ計画の「サターンⅤ型」ロケットとほぼ同性能の超大型ロケットだ。全長103メートル、直径9.5メートル、低軌道へのペイロード投射能力は「サターンⅤ型」の137トンを超える140トンである。最大の商用ロケット、スペースX「ファルコンヘビー」の63.8トンと比べると倍以上の能力だ。

2019年3月、推力500トンの第一段エンジンの試験に成功したと新華社などが伝えた。開発責任者の中国航天科技集団の張智総設計師は、「宇宙を手にしたものが未来を手にすることになる」と語った。

中国は2020年7月、火星探査機を打ち上げる予定だ。探査機が火星に到達する2021年、中国共産党は創設100周年を迎える。有人月面着陸、宇宙ステーション、火星探査など、中国は党と国家の威信をかけて宇宙開発に取り組んでいるのである。

■国策として、人海戦術で宇宙開発に取り組む

中国の宇宙開発は国策である。主力を担うのは工業情報化部傘下の「中国国家航天局」と人民解放軍だ。米国の宇宙開発を率いたのがドイツ出身のヴェルナー・フォン・ブラウン、旧ソ連がセルゲイ・コロリョフだとすると、中国で「宇宙開発の父」と呼ばれるのは銭学森である。銭博士は1935年にマサチューセッツ工科大学(MIT)の航空工学科に入学、1949年にはカリフォルニア工科大学教授となった。同年10月、中華人民共和国が成立したため銭博士は帰国しようとしたところ、折からの「赤狩り」に巻き込まれ、スパイ容疑で拘束された。

倉澤治雄『中国、科学技術覇権への野望 宇宙・原発・ファーウェイ』(中央公論新社)
倉澤治雄『中国、科学技術覇権への野望 宇宙・原発・ファーウェイ』(中央公論新社)

1955年、ようやく帰国した銭博士は中国国防部傘下の「第五研究院」の院長となり、毛沢東の「両弾一星」を完成に導いた。その後「第五研究院」は「中国運載火箭技術研究院」に再編され、ロケットやミサイルの研究を担っている。

ロケットや衛星の開発・製造は二つの国有企業が担当している。一つが「中国航天科技集団有限公司(CASC)」であり、もう一つが「中国航天科工集団有限公司(CASIC)」だ。

中国の強みは何といっても圧倒的な数の人材だ。CASCは従業員数約17.4万人、CASICは約15万人、合わせて30万人を超える。研究機関や人材供給源として中国科学院のほか、北京航空航天大学、北京理工大学、ハルビン工業大学、西北工業大学、ハルビン工程大学、南京航空航天大学、南京理工大学を抱えている。

NASAの職員数が約1.8万人、JAXAの職員数が1600人弱であることを考えると、いかに巨大かよくわかる。

人海戦術で国策を推進する中国か、それとも国際協力とオープンアーキテクチャーの米国か、熾烈な「第二のスペース・レース」がすでに始まった。

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倉澤 治雄(くらさわ・はるお)
科学ジャーナリスト
1952年千葉県生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。フランス国立ボルドー大学第三課程博士号取得(物理化学専攻)。日本テレビ入社後、北京支局長、経済部長、政治部長、メディア戦略局次長、報道局解説主幹などを歴任。2012年科学技術振興機構中国総合研究センター・フェロー、2017年科学ジャーナリストとして独立。著作に『原発爆発』(高文研)『原発ゴミはどこへ行く?』(リベルタ出版)などがある。

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(科学ジャーナリスト 倉澤 治雄)

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