平均年収320万円でワースト1位の沖縄県民が「幸福度日本一」であり続ける理由
プレジデントオンライン / 2020年6月10日 9時15分
※本稿は、前野隆司『年収が増えるほど、幸せになれますか? お金と幸せの話』(河出書房新社)の一部を再編集したのものです。
■年収が低いのに、なぜ沖縄県民は幸せなのか
幸福度は地域によっても異なります。では、「日本で一番幸せな都道府県」はどこだと思いますか? 私は以前、博報堂とともに「地域しあわせ風土調査」という大規模調査をおこなったことがあります。都道府県ごとの幸福度を測定し、高い順にランキング化してみたのです。
結果はご覧の通りです。ベストスリーは沖縄県、鹿児島県、熊本県。九州・沖縄地方の幸福度が高いことが判明しました。しかし、沖縄県の平均年収は320万円と、全国で最下位です。失業率も5パーセント近くと、やはり全国ワーストです。
なのに、「日本一幸せ」な沖縄県。この事実からも、必ずしも年収と幸せは比例しないといえそうです。年収が低く、失業率が高いにもかかわらず、なぜ沖縄県は「日本一幸せ」なのでしょうか。要因の一つとして挙げられるのは、「なんくるないさー」精神です。
「なんくるないさー」は沖縄の方言で、「なんとかなるさ」という意味。きわめて楽観的な県民性があるのです。多くの幸福学研究によって、楽観的な人、ものごとをポジティブにとらえることができる人ほど、幸福を感じやすいことが知られています。
私の研究でも、「なんとかなる」と思う人は幸福度が高いという結果が出ています。逆に、悲観的でネガティブな人ほど、幸福を感じにくい傾向があります。
■東京を意識しすぎると幸福度が下がる
沖縄の「なんくるないさー」精神は、南国の島に特有の気質です。ハワイ、フィジー、パラオなどの南国の島にも、同じような楽観的な風土があります。理由の一つは、南国の島では命の危険が少ないからです。バナナやヤシといった食物がそこらじゅうに生えていますし、魚も豊富に捕れますから、飢えるリスクが小さいのです。
また、一年中暖かいので、家がなくても凍死することはありません。着るものもシャツと短パンがあれば大丈夫です。一生懸命に働かなくても、衣食住に困ることはありません。年収が低くても、失業率が高くても、さほど困らない。その余裕が、あっけらかんとした楽観的な風土をつくっているといえるでしょう。
一方、ワーストスリーは、群馬県、福島県、新潟県。北関東から東北南部にかけての幸福度が低いことがわかりました。その理由の一つは、東京に近いがゆえに、都会と比較してしまうことかもしれません。
少し足を延ばせば、東京という大都会がある。お店も、モノも、情報もたくさんあふれている。それに比べて、自分たちの街には何もないじゃないかと、つい卑下してしまうと幸福度は下がるのです。
他人と比較しないことは、幸せになるために非常に大切です。群馬には群馬のよさ、福島には福島のよさ、新潟には新潟のよさがあるのですから、そのよさに目を向ければ、幸福度は上昇するのではないかと思います。
■年収3分の1でも「幸せは100倍」をつかんが元大企業社員
沖縄の幸福度が高いのは、東京から離れていることも関係していると思います。遠いがゆえに、東京と自分たちを比較しないですんでいる。しかも、沖縄じたいに他と比べようのない個性があります。「ウチナーンチュ」としてのアイデンティティがあります。
他人と比べないこと。自分に誇りを持つこと。その大切さが、「地域しあわせ風土調査」の結果に表れているように思います。
宮崎県の太平洋に面する小さな町、児湯郡新富町に「こゆ財団」という一般財団法人があります。旧観光協会を法人化して設立した「地域商社」で、特産品である一粒1000円のライチの販売・ブランディングや、地域の起業家育成などに取り組んでいます。
私はこゆ財団に招かれ、何度か起業家育成塾で講演をしたことがあります。あるとき、こゆ財団で、地域づくり協力隊員として働いている方がこんなことを言いました。「東京から移住して、年収が3分の1になりました」。そこで私は、「では、幸せは3分の1になりましたか?」と尋ねてみました。すると彼は笑ってこう答えました。
「いえ、幸せは100倍になりましたよ」
彼はもともと日本の大企業で活躍されていた方です。しかし、自分のスキルと経験を、地域経済の活性化に役立てようと決意されたそうです。そして今、宮崎県の田舎町で、「世界一チャレンジしやすいまち」をつくるべく奔走しているのです。
■東日本大震災を機に会計事務所を辞めてNPOに参加した妹
一度つかんだ年収を手放すのは、なかなかできることではありません。勇気のいることです。お金よりも大切なものがあること、お金と幸せが比例しないことを、彼はわかっているのでしょう。
私の妹も、似たような経験をしています。もともと公認会計士をしていたのですが、やはり東日本大震災をきっかけに会計事務所をやめ、復興支援をおこなうNPO(非営利団体)に参加したのです。妹はそこで会計の仕事をしていました。
話を聞くと、年収はやはり3分の1近くになったそうです。でも嬉しそうな表情で、「今までの仕事と違って、すごくやりがいがある」と言っていました。どこにやりがいを感じるのか聞いてみると、「一緒に働いている人たちがみんな魅力的なところ」だと言っていました。
そこにはなんの見返りも求めず、ただ被災地のために力を尽くそうとする、心の清い人たちが集まっていたそうです。自分なんてまだまだだ、と痛感したそうです。
その後、妹は役目を終えて、ふたたび公認会計士の仕事に戻りましたが、「震災復興のために過ごした日々は、自分にとって大切な時間だった」「いろんな人と出会えて、成長することができた」と振り返っていました。
■「誰かを幸せにしたいと思うと、自分も幸せになれる」
ここまで、年収が3分の1になった2人の例をお話ししましたが、共通点が3つあります。一つは、公益性の高い仕事についていることです。かたや一般財団法人、かたやNPO。利潤の追求が第一に求められる民間企業だったら、ここまで幸福度は高くなかったかもしれません。
実際、社会的課題を解決する活動、世の中のためになる活動をしている人は幸せだという調査結果があります(「社会的課題解決のための活動参加意欲と幸福度の関係」)。この調査によれば、「こうした活動に関わりたいと思うが、どうすればよいかわからない」「余裕がなく、できない」と答えた人でさえ、幸福度が高いという結果が出ました。
人間の心というのは不思議なもので、自分だけが幸せになりたいと思っていても幸せにはなれないのです。一方、誰かを幸せにしたいと思うと、自分も幸せになれるのです。もう一つの共通点は、地方に関わったことです。地方にはそれぞれの魅力があります。また、人が多すぎない地方のほうが、一人ひとりの個性が見えるので、幸せなのかもしれません。
最後の共通点は、東日本大震災をきっかけに目覚めたことです。実際、同じような人は多いと聞きます。いつ自分も死ぬかわからない、それなら年収なんて関係なく、本当にやりたいことをやろう。そう思えたことが影響しているのではないでしょうか。
■地方移住にはこれだけのメリットがある
年収が以前の3分の1になったこゆ財団の方ですが、それでも「100倍幸せ」と言えるのは、やりがいのある仕事をしていること以外にも大きな理由があります。それは、地方に移住したことです。
地方に住むメリットとして、まず生活コストが安いことが挙げられます。地方は住居費が安いですし、場所にもよりますが、タダ同然といえるほど安価な空き家がたくさんあることも少なくありません。食べものも安価です。また、農家の人があまった野菜をくれたりします。
実際、こゆ財団の事務所には、いつも近所の人たちからもらったフルーツや野菜があふれています。しかも、そのフルーツや野菜の美味しいこと。東京の高級スーパーで売っているトマトより、農家の人にもらったトマトのほうが、何倍も美味しい。食の満足度だけで年収差が吹き飛ぶくらいです。
ホリエモンこと堀江貴文さんも、低賃金にあえぐ若者に対し、「田舎に引っ越せば、生活コストは5分の1以下になる。田舎でも娯楽はあるし、工夫すれば安く暮らせる」とアドバイスしています。
この意見に関しては、私も同感です。もしなんらかの事情で、年収が3分の1になったとしたら、地方に移住するというのは一つの手だと思います。宮崎県でもいいし、幸福度ナンバーワンの沖縄県でもいい。もちろん他の県でもいい。もっといえば、東南アジアなど、物価の安い国へ移住する選択肢だってあります。
言葉がしゃべれないなら、勉強すればいいのです。「自分の人生は、変化、学習、成長に満ちている」と思える人は、そうでない人より幸せを感じられるというデータもあります。
■年収が3分の1になっても幸せになれる方法はある
ただし、移住にあたって注意すべきことがあります。地域にどう溶け込むか、という問題です。とくに沖縄は、地元民を「ウチナーンチュ」、県外から来た人を「ナイチャー」と呼ぶことからもわかるように、昔からの仲間を大切にする風土が残っています。沖縄に移住した知り合いは、30年経ってようやく「ウチナーンチュ」として認められたと言っていました。
どんなコミュニティでも、元々いた人と新しく来た人のコミュニケーションは重要な課題です。地域活性化に成功したことで知られる島根県海士や、岡山県西粟倉村といった地域でさえ、移住者と地元民との関係性をさらによくすることが課題だと言われています。
幸せな移住をするには、その土地の風習や文化を理解することが大切です。そして、積極的にコミュニケーションをとって、地域に溶け込む努力をすることです。力仕事を手伝う、スマートフォンの使い方を教えてあげるなど、地域の人のためを思って親切にすることは、自分の幸せにもつながります。
幸福学では、「日々の生活において、他者に親切にし、手助けしたい」と思っている人は幸福度が高いことが知られています。この課題さえクリアできれば、地方移住はあなたに大きな幸せを運んでくれるかもしれません。
年収が3分の1になったとしても、幸せになる方法は、意外とたくさんあるのです。
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慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授
1962年山口県生まれ。84年東京工業大学工学部機械工学科卒業、86年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了、同年キヤノン株式会社入社。慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授等などを経て、2008年慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授。11年同研究科委員長兼任。17年より慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼任。研究領域は、ヒューマンロボットインタラクション、認知心理学・脳科学、など。『脳はなぜ「心」を作ったのか』『錯覚する脳』(ともに、ちくま文庫)、『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社現代新書)など著書多数。
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(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 前野 隆司)
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