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「妊娠4カ月なのに休めない」新型コロナ病棟で働く女性救急医の悲痛な叫び

プレジデントオンライン / 2020年6月5日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Milatas

妊娠中にもかかわらず、新型コロナウイルスの感染リスクのある職場で働かざるを得ない人がいる。医師の木村知氏は、「配置転換や休職を言い出しづらい人は、医療機関で特に多い。だが、妊娠4カ月の高橋医師(仮名)による署名活動や要望書の提出が、その風潮を変えるきっかけを作った」という——。

■妊婦に「休職するなら無給」と言い放つ病院

先日、夜遅くニュース番組を見ていたところ、妊娠中であるにもかかわらず新型コロナウイルスへの感染リスクのある救急医療現場で働くことを余儀なくされているという女性救急医の声を耳にして、思わず「本当か」と叫んでしまった。

高橋医師(仮名)は妊娠4カ月。救急医として、新型コロナウイルス感染者を受け入れる医療機関に勤務している。もとより激務の救急医療現場だ。そこに、新型コロナウイルス陽性患者を収容する病棟での勤務やPCR検査の検体採取といった、感染リスクを伴う新たな負荷が加わる。

肉体的な疲労はもちろん、自分も感染するのではないかという不安、さらに感染した場合、胎児に影響はないのか、感染した妊婦を診療してくれる医療機関をすぐに見つけることはできるのか……。精神的な疲労も、私の想像をはるかに超えるものであるはずだ。

同じ医師でありながら、救急医療の最前線でこのような苦境に立たされている医師の存在を知らなかった己の無知を恥じるとともに、これはひとりでも多くの人に知ってもらう必要があると感じ、思いを率直にTwitterに投稿した。

news zero 救命救急でコロナ患者さんに対応している妊娠4カ月の女性医師。その病院側の対応がひどい。「休職するなら無給」だと。リスクの低い仕事への転換を「言い出しづらい」という状況。この国は、どうしてこんなにまで犠牲や滅私が美徳なのか。生命の尊厳が、どうしてこんなにまで軽く扱われるのか。

■妊婦を感染リスクにさらして働かせ続ける異常な環境

妊婦が新型コロナウイルスに感染した場合のリスクについては、いまだ十分な知見が集められてはいないとよく言われるが、それであればなおのこと、より安全サイドに立った慎重な対応がなされなければならないはずだ。

しかも妊婦が感染し肺炎を疑う症状が出現した場合も「念のためレントゲンとCTを撮ってみましょう」とはなかなか簡単に言いづらいし、たとえ他の治療が奏功しなかった場合であっても、アビガンなど催奇形性リスクのある薬剤は選択肢にさえ挙げられない。つまり妊婦が感染すると、検査や治療の範囲が限られてしまうのだ。仮に軽症であっても、妊婦検診や分娩を受け入れてくれる医療機関は極端に限られてしまう。

このようなウイルスに感染した妊婦を取り巻く医療環境が極めて厳しい状況であるにもかかわらず、妊婦を感染リスクにさらす環境で就労させ続けることは、誰が見ても異常だと思うだろう。

そして医療機関の管理者は、スタッフから自身が妊娠中であるとの報告を受けた際には、迅速に当該スタッフを危険な部署から配置転換するか、状況によっては休業を勧奨、いや指示するのが当然ではないか、とも思うだろう。

■医療機関に充満する「休むことを許さない空気」

しかし、現実はまったく異なるという。

拙著『病気は社会が引き起こすーインフルエンザ大流行のワケ』(角川新書)でも言及したが、わが国では、仮に体調不良の場合であっても、仕事や学校を「休む」という行動をとることが非常に難しい。「休むことは罪悪である」と感じさせる風潮さえある。そしてその「休むことを許さない空気」は、年中無休で人の命を預かる医療機関という職場においては、他の職場以上に当然のこととして充満していると言っても過言ではない。

そのような「空気」の充満している職場で、妊娠した医療従事者が自分から配置転換や休職の希望を、上司に対して申し出ることは可能だろうか。

「不安だからと、妊娠中だからと、私だけが離脱しまっていいのだろうか。この逼迫(ひっぱく)した状況で自分が離脱することで、他のスタッフに迷惑をかけてしまわないだろうか」といった、不安と使命感のはざまでの苦しみは、私のような部外者が軽々に代弁することのできないレベルのものに違いない。

■9割近い医療従事者が「相談を言い出しづらい」と回答

ニンプスラボという妊婦と新生児に関するリサーチセンターが、働いている妊娠女性を対象にインターネットで行ったアンケート調査(5月11日〜13日、回答者数1264名)があるので結果の一部を紹介しよう。

まず「新型コロナウイルスによって自宅待機・休職など、出勤しないことを望んでいるか」との問いには、全体、医療従事者ともに7割が「望んでいる」と回答しているが、実際に職場で休職や在宅勤務についての「相談をした」という人は、全体で61.1%、医療従事者では57.3%にとどまっている。

「相談しなかった理由」(複数回答)で最も多かったのは、「言い出しにくい」であり、全体が68.0%である一方、医療従事者では87.9%にも上っている。第2位の「言ってもムダ」も全体が35.0%に対して医療従事者で49.5%、第3位の「他の人の目が気になる」も36.5%対53.5%と、いずれも全体に比して医療従事者の方が、職場の「休みにくい空気」に閉塞感を抱いているという実態が浮き彫りになった。

そしてその「休みにくい空気」は、決して労働者側の勝手な思い込みではない。

実際、相談した場合も、その「結果に満足しているか」との問いには、「満足」「まあ満足」が全体では22.0%ずつに対し、医療従事者ではそれぞれ11.8%と22.9%、「やや不満」「とても不満」は全体では17.4%と21.3%であるのに対して、医療従事者では17.6%と30.7%と、医療従事者では「満足」している人が1割程度しかいない一方、3割もの人が職場の対応に「とても不満」と答えているのだ。

■具体的事項を記した要望書には3万8244筆の署名が集まる

「言い出しにくい」という職場環境の中で、いくら意を決して勇気を振り絞って申し出たとしても、職場がその訴えをしっかりと受け止めて対処してくれないという実態を、これらの数字は、はっきりと物語っている。特に医療現場では、単に「休みにくい空気」が漂っているだけではなく「休めない・休ませない環境」が事実として存在しているということが、このアンケートによって明らかにされたと言えるだろう。

冒頭に紹介した高橋医師は、Twitterで「妊娠中の女性医師 @savemoms_bbs」というアカウントのもと、「厚生労働省:妊娠中の医療従事者をCOVID-19から守ってください!」との署名活動を4月18日に立ち上げ、現在までに4万1000人以上の賛同者を集めている。5月15日には、具体的事項を記した要望書を、この3万8244筆の署名とともに厚生労働省に宛てて提出した。

実はその約1週間前の5月7日の時点で、すでに厚生労働省は、男女雇用機会均等法に基づく母性健康管理上の措置として、新型コロナウイルス感染症に関する措置を新たに規定している。

妊娠中の労働者が、保健指導・健康診査を受けた結果、その作業等における新型コロナウイルスへの感染のおそれに関する心理的なストレスが母体または胎児の健康保持に影響があるとして、主治医や助産師から指導を受け、それを事業主に申し出た場合、事業主は、この指導に基づいて、作業の制限、出勤の制限(在宅勤務または休業)等の必要な措置を講じなければならない、とするものだ。

■妊娠中の医師が、すべての職種の働く妊婦のために立ち上がった意義

しかしながら、当該措置が規定されたところで、それによって現場の働く妊婦がすべて救済されるかと言えば、現実は非常に厳しい。措置に対する理解が事業主にも医師においてもいまだ十分に進んでいないことも原因のひとつだが、それだけではない。

それゆえ要望書は、現場における問題点を列挙し、その周知徹底を求めるとともに、政府主導のより一層踏み込んだ措置の策定を求めている。

さらに特筆すべきは、この要望書で政府に求めている事項は、医療従事者に限らず、その他すべての職種の働く妊婦についても同様に適応されるべきとしているところだ。命を救う医療現場で奮闘している妊娠中の医師が先頭に立って、医療従事者のみならず、すべての妊婦と胎児の命を守れとの声を上げた意義は極めて大きい。

<問題点>
1.新型コロナウイルス流行により妊婦が被る健康上のリスクが認識されていない
2.「感染する恐れによる心理的なストレス」を理由にした新しい母子健康管理指導事連絡カードの使用が、産科医に周知徹底されていない
3.感染リスクの高い職場での就業を避けるためには、まずはじめに妊婦側から就業制限や休業を求めるアクションを起こさなければならない
4.企業や病院における安全配慮義務が周知徹底されていない
5.母子健康管理指導事連絡カード提出後の措置については、労使間での話し合いに任されている
6.休業した場合の経済的な補償がない
<要望>
1.妊婦を新型コロナウイルス感染におけるハイリスク群に分類明記し周知徹底すること
2.病院側・事業主の責任において労働者の安全を確保すること
3.妊婦への休業手当の支給と休業手当等を支給した事業主への助成金制度の創設

※全文は以下ツイートに掲載されている。ぜひご確認いただきたい。

■働く妊婦の声は政治をも動かした

こうした働く妊婦の声は、野党議員だけでなく与党議員も巻き込み、ついに政府をも動かした。5月22日、安倍晋三首相は衆議院厚生労働委員会において与党議員の質疑に対し、新型コロナウイルス感染症への不安で仕事を休む妊婦について、休業中の収入を補償する新たな仕組みを設ける考えを表明、第2次補正予算案の編成に向け「早急に具体化する」と明言したのだ。そして5月27日、安倍内閣は第2次補正予算案を閣議決定し「新型コロナウイルス感染症に関する母性健康管理措置により休業する妊婦のための助成制度の創設」に90億円を充てるとした。

確かに、これは一歩前進だ。しかし制度というのは作って終わりではない。ただ予算を組めばよいというものでもない。その制度が実際に現場で機能するのか、運用にあたっての障壁はないのか、障壁が存在するならいかにそれを取り除くのか、制度からこぼれ落ちてしまう人の出ない設計となっているか、そういったきめ細やかな配慮がないまま作られた制度は、窮状の打開策には到底なり得ない。

■政府は妊婦を雇用している事業主に対しても十分な手当てを

要望書でも指摘されているように、「まずはじめに妊婦側から就業制限や休業を求めるアクションを起こさなければならない」ということと「労使間での話し合いに任されている」ということが、現場で働く妊婦が苦悩している最も大きな原因なのだ。この障壁を取り除かないことには、問題は解決しない。

労使間のパワーバランスは、ただでさえ使用者側が圧倒的に優位だ。アンケートでも多くの声で示されたように、そもそも「言い出しにくい」「言ってもムダ」という力関係が厳然としてある状況で、激務をこなしつつ、自らアクションを起こし、事業主と話し合い、交渉するのに要するエネルギーはいかばかりか、とても計り知れない。

もちろん良心的な事業主もいるであろうし、補償したくとも経営上の問題から難しいとの場合もあろう。労働者からの要望に応えたくても応えられないというケースは、特に「自粛要請」で多くの企業が減収になっている現状では、むしろ少なくないはずだ。

となれば、やはり政府が主導して、働く妊婦個人にだけではなく、妊婦を雇用している事業主に対しても十分な手当てを行き届かせることが重要となる。

■現政府は“ひとに優しい政府”だろうか

事業主には、妊婦をウイルス感染の危険にさらさないことが事業主に課せられた安全配慮義務であることをしっかりと認識させた上で、妊婦からの申し出がなくとも配置転換、在宅勤務あるいは休業のいずれかを選択させることを義務化すること、それによる収入減が生じた場合の全額補償を義務化すること、そしてその補償に要した費用については、政府が責任を持って事業主に補填することといった、より実効性のある施策を強力に打つべきだ。

政府も少子化対策が重要だと本気で考えているのであれば、すべての妊婦が真に安心して安全に子どもを産み育てられる環境を、実効性のある施策を講じて整備するのが当然だろう。それには、妊婦が働く職場の事業主が、安心して事業継続できる体制を整えられるよう策を講ずる必要がある。そしてその職場が、働く妊婦を守る“ひとに優しい”職場であるならば、そこで働く他のすべての人も安心・安全のもと仕事ができるようになるに違いない。

反対に、妊娠中の労働者さえ大切にできない冷たい職場は、そこで働く他の労働者にも冷たい職場ということだ。そうした職場の実態を見て見ぬふりして策を講じない政府も、働く妊婦にとって冷たい政府であるとともに、この国に住まうすべての人にとっても冷たい政府であるとの評価を下されることになるだろう。

さて、現政府は“ひとに優しい政府”だろうか、それとも“冷たい政府”だろうか。その評価を下すのは、私たち、この国に住まうすべての人たちだ。

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木村 知(きむら・とも)
医師
医学博士、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。1968年、カナダ生まれ。2004年まで外科医として大学病院等に勤務後、大学組織を離れ、総合診療、在宅医療に従事。診療のかたわら、医療者ならではの視点で、時事・政治問題などについて論考を発信している。ウェブマガジンfoomiiで「ツイートDr.きむらともの時事放言」を連載中。

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(医師 木村 知)

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