「子どもが吐くと夫がいなくなる」自粛1カ月で爆発した39歳主婦の不満
プレジデントオンライン / 2020年6月12日 15時15分
■一人の人の「コロナ禍」における心の動き
コロナ禍は私たちの生活のあらゆる側面に影響を及ぼしています。生活者データの利活用という側面では、位置情報による外出の自粛率把握など生活者の行動ビッグデータを元にしたさまざまな報道がなされるようになったのも、今回生じた大きな変化です。しかしながら、生活者を群として捉えたビッグデータ解析は多いものの、その元になっている一人ひとりの心の動きにフォーカスした解析はほとんど行われていません。
そこで今回は、博報堂生活総合研究所の持つ生活者観察手法(エスノグラフィ)の視点でデジタルデータを分析する新手法、「デジノグラフィ」の一環として、膨大なデータの中から一人の生活者にスポットライトを当てるアプローチを試みました。
■コロナへの不満投稿のピークは4月1日
フォーカスしたのは、生活者の不満や意見を買い取るウェブサービス「不満買取センター」ユーザー45万人の中で、コロナ禍以前/コロナ禍の中で継続的に投稿を続けていた1人の女性。コロナ禍の中で、彼女の生活や心がどう変化していったのか……ビッグデータを元に、ドキュメンタリーを作る取り組みです。この分析は「不満買取センター」を運営する株式会社Insight Techのアナリスト渋瀬雅彦さん、アライアンスマネージャー行武良子さんのご協力のもとで実現しました。
まず前提として、不満買取センターに寄せられた「新型コロナウイルス」関連の不満投稿数の日別推移をみてみましょう。投稿は2月上旬から徐々に増加し始め、4月1日をピークとして、4月中は1000件を超える投稿のある日がほとんどでした。4月末から5月中の投稿数は1000件を割り、漸減傾向となっています。
その上で、前段の通り、コロナ禍以前から定期的に不満や意見を投稿している特定のユーザーに着目し、コロナ禍によって、その人の生活がどう変化したのか、時系列で追ってみました。なお、「不満買取センター」ではユーザーの同意の下、買い取った内容をこのような分析に活用しています。
■39歳専業主婦のコロナ前の投稿
今回フォーカスしたのは、首都圏在住でお子さんが一人いる、39歳の専業主婦の方です。
コロナ禍以前の投稿からは、もともとの生活スタイルや人となりをうかがい知ることができます。例えば以下のような投稿がありました。
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子どもが砂場でよく遊ぶので、公園のトイレや水道で使える携帯タイプのハンドソープが欲しい。スーパーなどにも寄るので、手を清潔にして帰りたい。
2018/11/12
テイクアウトにおしぼりを付けてくれないのが不満です。そのまま子どもとお出かけすることが多いので、道中でパンを食べるときに不便を感じます。
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どうやら、子どもと一緒に出かけることが多く、衛生面の意識も高い方のようです。過去の投稿からはほかにも、近所のいつも使っていた店が閉店してしまって不便を感じていることなど、さまざまな人となりが見えてきました。
■2月下旬から3月初旬はまだ危機感が薄い
では、コロナ禍に関連した投稿はどうでしょうか。国内でも感染者があらわれ始め、大きなイベントの中止やテーマパークの休園が始まった2月中下旬から3月初旬にかけては、以下のような投稿がありました。
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コロナウィルスが心配だからと、園行事を休ませている親がいる。子どもがかわいそう。
2020/2/22
自分は大丈夫と豪語して遊び歩いていた夫が、いざ喉が痛くてだるくなり始めたら、コロナかな、どうしようかなと急に心配し始めている。
2020/3/4
開店前からドラックストアに客が並んでティッシュを買っていた。店員さんが商品を店先に並べるのにすごく急かされてる感じで不憫だった。
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この時点ではまだコロナウイルスに対する危機感は強くなかったようです。むしろ、「みんなうろたえ過ぎ」という感覚が投稿からも読み取れます。
■徐々に高まる危機感と“自分ごと”化
しかし、3月2日に小中高の臨時休校が開始されると、この方の子どもの通っている幼稚園でも卒園式が中止になるなど、実生活にコロナ禍の影響が現れ始めます。
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大好きな先輩ママが卒園しちゃう。さみしい。コロナ騒ぎで。ちゃんとしたお別れもできない。
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そして、4月7日に7都府県への緊急事態宣言が発令され、外出自粛や学校の休校、企業の休業や在宅勤務が本格化していきました。4月中旬になると、かなり日常生活の影響が強まり、ストレスも溜まっていく様子が投稿から伺えます。
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お茶パックとかコーヒーフィルターとか100均でいつも購入するようなものを自粛中のため買いに行けず不便。100均は遠くてバスに乗らないといけない。
2020/4/21
スーパーから小麦粉消えた。なんで。物流がおかしいのか、一部の消費者がおかしいのか。
2020/4/22
自粛生活中で、ゴミが増えた。自治体で有料ゴミ袋が指定されている実家はゴミ袋代が大変そう。
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同時に、世の中や街の人への目もどんどん厳しくなっていきました。
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スーパーで袋詰めスペースの所でロール状のポリ袋をベタベタ触り遊ぶ女児がいた。子どもを連れてくるなら、いつも以上に目を光らせてほしい。
2020/4/21
高速道路のGW割引検討とかゆるすぎる。むしろ倍額くらいに設けて不用意に使わせないようにしたらいい。
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■「頼むから出歩かないで」夫への不満が高まる
4月下旬には、夫への不満投稿が増えてきます。
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料理に手を付けず、ステイホームの最中にテイクアウトの弁当を買いに行き、食べ始めた。もう何の料理も作りたくない。
2020/4/29
頼むから出歩かないで。テイクアウトで飲食店を応援したい気持ちはわかるけど、とにかく家にいて。
2020/5/6
息子が嘔吐すると風のようにいなくなる。何もしない。
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世の中や街の人への目が厳しくなっていったのと時を同じくして、夫の危機意識に対する目も厳しくなっており、さらに、自分の作った料理を食べない、子どもの世話をしない夫にも不満が溜まっています。夫への不満は5月中旬過ぎまでしばらく続くのですが、内容が辛辣すぎるのでここでの紹介は控えようと思います。
■見え隠れする自粛生活の限界
GW後の投稿には、不満内容に変化があらわれました。
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子どもの勉強の面倒見るのが限界。間違いを気を使いながら指摘しても、癇癪起こして手のつけようもない。先生が介入してくれているときは、こうはならなかったのに。母親にずっと勉強も遊びも相手してもらうのは、子供もストレスなんだと思う。
2020/5/10
(終売したお菓子の)スカイミントが大好きだった。もう一度販売してほしい。いろいろなことを我慢している今、昔大好きだったものを恋しく思う。
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だいぶ自粛生活の疲れが垣間見えます。GWまでは、世の中や街の人、夫への不満投稿はありましたが、子どもに対するものは一切ありません。ここで初めて、自粛生活の長期化に伴う育児の難しさと葛藤するがゆえの不満が出てきました。一対一で向き合う時間が多くなることで、わが子といえども関係性が煮詰まってしまったところがあるのかもしれません。また、上記の投稿で興味深いのは、自粛生活疲れの中で願望として出てきたのが、昔好きだったお菓子の記憶だということです。ほかにもこんな投稿がありました。
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コロナ自粛中で、スイーツ店に行けない。スーパーの店頭に●●だけでも売りに来てほしい。
いちごの陳列数がどんどん減っている。もうシーズン終わりなのかと思うと残念。
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自粛疲れの中での楽しみが、特定のお店でしか買えないお菓子や季節限定の果物、なんですね。5月25日の緊急事態宣言解除後の投稿はどうなっているのでしょう。
■自粛生活を経て得た個々の活力
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ここまで休園が長引くと、幼稚園が再開するのが逆に億劫だ。
チョコレートの品ぞろえが悪く、美味しくない。おいしいチョコ置いてほしい。
2020/5/27
メロンソフト美味しくて大好きだけど、一個で300キロカロリー越えはダイエット中の身にはこたえる。コーンなしのメロンアイスだけバージョン作ってほしい。
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自粛生活が長引く中で確立されていった生活パターンをリセットすることへの億劫さが表れています。その一方で、この方はお菓子好きな側面が見受けられ、コロナ禍の中で外食や不要不急の買い物を控えた自粛生活を送られてきたことがうかがえるので、自粛解除後にやっと普通に買い物に行って、好きなアイスクリームやお菓子を買うことで、生活の中にささやかな楽しみを見出している姿が浮かび上がってきます。
こうして、ある一人の生活者の生声を一連の流れで見てみると、2月末から約3カ月にわたるコロナ禍による自粛生活を経て、生活者がそれぞれの生活の中で、ささやかな願望や楽しみを見いだし、個々の活力を高めようとしていることが分かります。
ちなみに、弊所が4月から実施している『新型コロナウィルスに関する生活者調査』でも、「来月は生活のどのようなことに力を入れたいか」を聴取しています。4月調査と5月調査の結果を比較すると、「友人・恋人との交流」(32.8%→58.8%)、「趣味・遊び」(44.9%→66.7%)、「買い物」(44.1%→63.7%)など、多くの項目で前月の結果を上回りました。生活者全体でもさまざまな活動への欲求が高まっているようです。
■自然に発せられた声を分析する価値
弊所が実施している通常の定量調査でも、回答として寄せられた生活者の生声を分析することはよくありますが、それはあくまでも1つの質問に対しての回答であり、生活者の意識の一面だけを集約したものになっています。今回、1人の生活者の、誰に聞かれたでもなく自然に発せられた生(なま)の声を時系列でみることで、人にはさまざまな側面があり、不満のような後ろ向きな気持ちも前向きな気持ちも両方抱え、揺れ動きながら生きているのだ、ということに改めて気づかされました。
ビッグデータでありながらも、ミクロな側面での生活者の生活の変化や、自然に発せられた生の声ゆえに、ライフイベントで起きた心境の変化を時系列に追うことができる。今回は女性の生活面における心境変化を分析しましたが、有職者の働き方に対する意識など、コロナ禍によって変化が大きそうな切り口での分析もありえそうです。このようにビッグデータをさまざまな切り口で掘り出し、浮かびあがってくる生活者の実態や深層心理をあばくことが、デジノグラフィの醍醐味の一つです。
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博報堂 博報堂生活総合研究所 上席研究員
2004年博報堂入社。営業として、飲料、食品、製薬、化粧品などさまざまな企業の戦略立案・広告制作・メディアセールス等に携わる。2019年から現職。生活者観察手法(エスノグラフィ)の視点でデジタルデータを分析する新手法、「デジノグラフィ」を推進中。博報堂生活総研 https://seikatsusoken.jp/
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(博報堂 博報堂生活総合研究所 上席研究員 佐藤 るみこ)
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