橋下徹「これが一番効果的な中国批判の組み立て方」
プレジデントオンライン / 2020年6月17日 11時15分
■自国の国家主権を守りたいなら他国の国家主権も尊重せよ
国家主権とは、他国という外野からとやかく言われないことにこだわりをもつことがその基礎となる。それを持つのが独立国家というものだ。他国にとやかく言われることを安易に認めてしまうと、ゆくゆくは国家の独立性を失ってしまう。
もちろん国際社会で確立されたルールや、国家間で合意したルールに従うことは当然であり、その範囲では他国から干渉を受けることになるが、それも国家主権に基づいた自らの判断である。
(略)
これは大国だけでなく北朝鮮のような国であっても、他国から圧力を加えられることを拒否することにこだわっている。国力のない北朝鮮は、核兵器を開発することで貧弱な国力を補う戦略だ。
台湾も中国に飲み込まれないように、独立性を保つことに必死になっている。
(略)
どの国も、他国から「干渉されたくない」という国家主権を守るのに必死なのである。
日本ももちろんそうだ。
そして自国の主権を守ろうと思えば、すなわち自国の主権を他国に尊重させようと思えば、他国の主権も尊重しなければならない。
これが《フェアの思考》だ。
自国の主権を他国に尊重せよと迫りながら、自らは他国の主権を尊重しないなら、それはアンフェアの思考の典型例だ。
(略)
■もし中国に「沖縄県民の声を尊重せよ」と言われたらどうするか
日本の政治家や一部インテリたちは、香港問題について「香港市民の声を尊重せよ」と中国を批判する。
では、他国から逆に「沖縄県民の声を尊重せよ」と言われたら日本はどうするか。在沖縄米軍基地普天間飛行場の辺野古移設について、沖縄県民は繰り返し反対の声を上げてきた。国政選挙や沖縄県知事選挙、そして先日行われた県民投票でも、辺野古移設にNOの県民の声が圧倒的に勝っている。
このことを捉えて、他国、特に中国が「沖縄県民の声を聴け!」と言ってきたら、日本国民はどう対応するだろうか?
普通なら「それは日本で決めるので、放っておいてくれ!」と言い返すだろう。それこそ、香港問題で中国を辛辣に批判する政治家たちに限って「中国は黙ってろ! 日本のことに干渉するな!」と言うだろう。
(略)
このような事情を踏まえて、フェアの思考に基づくならば、香港問題についてどう考えるべきか。
それは、中国の香港への主権は最大限尊重しなければならないし、もし一国二制度について中国が主権を取り戻す試みをするのであれば、その心情を一蹴するわけにもいかない。
1997年に香港が中国に返還されることを合意した、1984年の中英共同声明3条1号では、香港は中国憲法31条に基づき「中国の特別行政区になる」ことが定められている。
(略)
その後、1990年に香港基本法が成立した。重要なのは、ここで香港に適用される法律の制定者や権限について以下のような条項が定められていることだ。
(略)
同18条の規定は次のようになっている。
(1)香港内に適用される法律は香港の立法会で制定する (2)中国全体の法律は香港には原則適用されないが、基本法付属文書3に列挙した中国全体の法律は、香港の立法会を通さず(公布形式)に香港に適用することができる (3)基本法付属文書3に加えたり減らしたりする権限は中国全人代(国会)常務委員会にある (4)基本法付属文書3に加える中国全体の法律は、香港の自治権を侵害しないものでなければならない。
(略)
■中国国内で合法的につくられる香港版国家安全法をどう批判するか
今回問題となっている香港版国家安全法は中国全体の法律として、香港基本法18条に基づき同法付属文書3に加えられ、香港に適用する形を採るようだ。
そして中国のこのやり方に関しては、香港版国家安全法が香港の自治権を侵害するか否かが大争点であり、中国を批判する者は「香港の自治権侵害だ!」と主張する。
この争点に関し色々な意見が出ることはいい。しかし最終の解釈権は誰が持っているか。
上で述べた通り、香港基本法158条は「香港基本法の解釈権は中国全人代常務委員会にある」と定めており、この規定を根拠に今回、中国全人代は香港版国家安全法の導入を決定したのである。
(略)
このように中英共同声明や香港基本法をきちんと読めば、中国全人代が、香港版国家安全法の導入を決定したことを批判するには、かなりの理屈を考えなければならないことが分かる。
日本の政治家には、脊髄反射的に中国を批判した者が多いが、彼ら彼女らの声明文を見る限り、まさに脊髄反射であって、しっかりとしたロジックを組み立てた気配がない。
これだと、中国側から簡単に反撃され、ぐうの根も出ないほどコテンパンに反論されるだけだろう。
今回、中国を脊髄反射的に批判している者たちは、「自由・民主を守れ!」というフレーズに酔っているか中国が憎いだけの、感情に任せたままの対応になっていると思う。
これはフェアの思考からほど遠い、アンフェアの思考の典型例だ。
■これが僕の考える中国批判のロジックだ
(略)
フェアの思考とは、自分のこれまでの主張に矛盾しない、相手への主張である。つまりそれは、自分のこれまでの主張を固めることにもつながるのだ。
「あなたにもそれを認めるのだから、私にも同じことを認めてくれ」
これがフェアの思考の神髄だ。
この観点で、香港問題に関する中国への批判メッセージの骨子を組み立てると
1、アヘン戦争によって香港がイギリスに奪われた経緯については、中国に同情する
2、一度奪われた領土を、軍事力の行使なく奪い返した中国の並々ならぬ努力、戦略、知略、胆力には敬意を表する
3、香港が中国の主権に服することは最大限尊重する
4、中国が香港版国家安全法の導入にあたり、国内ルールに基づいていることも尊重する
ここまでは中国の対応を認めなければならない。中国が嫌いだからといって、すべてを否定するのはアンフェアの思考だ。
(略)
「内政干渉するな!」と主張する武器を持とうとするなら、自分も内政干渉をしない。これがケンカの鉄則である。
ただし以下の項目からはフェアの思考に基づく中国への有効な批判メッセージとなる。
5、国民が非暴力・非武力で政府に抗議をするのであれば、政府はそれを軍事力や武力・暴力で鎮圧するのは止めろ
6、あくまでも犯罪的な国民の行為についてのみ、警察的な措置を執り、司法手続きで対応せよ
7、警察的な措置、司法手続きについては、世界各国の標準をしっかりと参照せよ
この5と6は、どんな体制の国に対しても主張できるものである。これらによって、1989年の天安門事件もきっちりと批判ができる。
(略)
香港問題によって、脊髄反射的に中国を批判した日本の政治家たちには、しっかりと脳みそに汗をかいて、中国から簡単に反撃を食らわないロジックを組み立ててもらいたい。
(ここまでリード文を除き約2700字、メールマガジン全文は約8200字です)
※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.204(6月16日配信)の本論を一部抜粋し、加筆修正したものです。もっと読みたい方はメールマガジンで! 今号は《【実践版 フェアの思考(3)】香港「国家安全法」問題で中国を批判するための7つのステップ》特集です。
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元大阪市長・元大阪府知事
1969年東京都生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。
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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹)
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