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四面楚歌の中国・習近平…香港からヒトとカネの大流出が始まってしまった

プレジデントオンライン / 2020年6月18日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Eblis

■台湾は香港の人々に必要な援助を提供する

「台湾は香港の人々に必要な援助を提供する」

台湾の蔡英文総統が自身のフェイスブックにこう書きこんだのは5月24日。中国が全人代で採択した「国家安全法」を香港にも適用するのではないかという懸念に対し、香港で大規模なデモが起きたさなかの事だった。

国際金融センターとしてヒト・モノ・カネが集まる拠点でもある香港が政治的に自由を失うことになれば、経済活動そのものも制限される。ヒトとカネの流出はすでに始まっている、との報道もある。すでに2020年1月から4月の間に香港から台湾に移住した人は2383人と、前年同期比150%増加したという公式統計もある。蔡英文の表明は、台湾がそうした香港からの流出の受け皿として手を挙げたことにもなる。
 

■なぜ台湾をリスクを犯して支援するのか

一般に台湾の野党である国民党は中国寄り、大陸寄りとされるが、香港への支援については「より実効性のある支援をすべきだ」と声をあげているという。

中国の統治下にある香港の情勢に台湾が物を申すことは、中国・習近平主席を大いに刺激する。すでに各国の香港への言及に中国当局は「内政干渉だ」と非難を浴びせている状況下で、台湾にとってはかなりリスクの高い支援の申し出だ。それを知っての表明からは、「中国とは違う自由民主主義国・台湾」を強調したい蔡英文の強い意志が見て取れる。

蔡英文は2020年1月11日の総統選挙で勝利し、現在2期目に突入、コロナ対応でも国民の支持を得ており、体制は盤石に見える。総統選挙での大勝は「香港のおかげ」であり「習近平のオウンゴール」という声も聞かれるように、2019年6月から始まった香港デモを力でねじ伏せる北京の手法が、「中国に屈しない」との方針を掲げる蔡英文を大いに助ける格好になった。

■中国を前に台湾と香港の距離が縮まった皮肉

「今日の香港、明日の台湾」という言葉も生まれた現在、台湾と香港は中国の大陸政権を共通の敵として、歴史上、最も近しい関係にあると言える。特に両国を結び付けたのが2014年に香港・台湾で起きたデモで、香港では雨傘革命、台湾ではひまわり運動と言われる、いずれも中国との距離を問う(対中接近を拒絶する)運動だった。

かつては「台湾より香港の方が国際的(香港人)」「香港は狭くて三日で飽きる(台湾人)」と言い合うなど「よそよそしい雰囲気」(野嶋剛「共鳴する香港と台湾」、『香港危機の深層』所収)さえあったという香港と台湾だが、伸長する中国を前に両者の距離が縮まったのは皮肉な話でもある。

■中国のもとに返って、香港の自由が長続きするはずがない

イギリスの植民地だった香港が中国に返還されたのは1997年。返還後、香港は中国の特別行政区となり、2047年までは中国大陸とは異なる政治制度を維持しなければならない(一国二制度)。

香港返還時、香港は祝祭的な空気に彩られていた。返還前に海外へ移住した人たちもいたが、猶予期間中は香港の自由が保障されるのみならず、50年の間に中国の民主化すら進むのではないかという見立てもあった。日本でも楽観論はあったが、これを冷ややかに見ていたのが一部の台湾人であった。「中国のもとに返って、香港の自由が長続きするはずがない」と見ていたのである。

それはかつて台湾が通ってきた道でもあった。日本が敗戦し、統治が終わった後の台湾に大陸から蒋介石の中華民国政権がやってきた。彼らは「台湾は今、祖国に抱かれたのだ」と宣言し、台湾人も胸を熱くしたというが、実際には大陸からやってきた中国人(外省人)が、台湾に住む台湾人(本省人)を蹂躙した。

■台湾の知識層を中心に2万人とも3万人ともいわれる人を殺害

台湾人が抵抗するとそれを口実に大々的な「鎮圧」を行い、実に38年もの戒厳令が続く事態となったのである。その間、知識層を中心に2万人とも3万人ともいわれる人々が殺害される白色テロが横行した。

台湾はその後、李登輝政権下で本格的に民主的な政治へ踏み出し、それ以前の国民党政権が行ってきた「中国化」の色を弱め、今に至る。中国・習近平主席は2019年に台湾にも一国二制度を適用すると宣言し、武力統一をも辞さない構えを見せているが、蔡英文は抵抗を強めており、台湾の人々もその方針を支えている。

香港では2014年、2019年と大規模なデモとそれに対する警察の過剰な弾圧に際し、かつて台湾で起きた白色テロを引き合いに出した言説が見られるようになっているという(前掲書)。台湾の側もこのことを強く意識しており、昨年11月、蔡英文はツイッターで次のメッセージを発信している。少し長いが全文引用したい。

■台湾がようやく抜け出した暗闇に香港は踏み入れた

〈かつて台湾を襲った白色テロの時代には、学生が大学構内に踏み込んだ軍や警官に拘束され、自由を奪われました。これはわれわれにとって悲痛な記憶であり、二度と繰り返してはなりません。

昨夜の香港では、警官隊が大学構内に突入し、デモの学生たちを鎮圧しました。闇夜に包まれたキャンパスに炎が上がり、催涙弾が飛び交いました。台湾がようやく抜け出した暗闇に、香港は足を踏み入れてしまいました。

■北京当局の機嫌を取るために、香港の若者たちを犠牲に

警察は人々を守るため、政府は人々に奉仕するために存在します。警察が人々を守らなくなり、政府が人々のためにという考えをやめた時、必ずや人々からの信頼を失うでしょう。

私は沈痛な気持ちで、ここで踏みとどまるよう香港政府に呼びかけます。人々の心の声に、暴力で応えるべきではありません。北京当局の機嫌を取るために、香港の若者たちを犠牲にするべきではありません。香港の自由と法治が、権威主義によってむしばまれています。権威主義の膨張に抵抗し、その最前線にいる台湾は、国際社会に呼び掛けます。自由と民主主義を信じる皆さん、共に立ち上がり、混乱する香港の情勢に関心を寄せましょう。〉

こうした歴史の共有が行われるのもひとえに「中国の圧政」という体験があってこそであり、言うなれば香港の台湾の関係は、かつて台湾が通った道を、香港が逆走しつつある、ともいえるのだ。

■習近平を国賓にする安倍が中国非難声明の取りまとめる矛盾

台湾はかつて、国際社会から見放された経験を持つ。それは蔡英文からすれば清算すべき過去の蒋介石政権の産物(自身こそ中国大陸政権の正統な後継者とし、大陸の統治権をも主張→中華人民共和国が国連加盟、中華民国はこれを不服として脱退、多くの国が中国と国交を結び、中華民国とは断交した歴史)ではあるが、大国の論理で次々に国交を断たれた台湾の足跡を蔡英文は嫌というほど知っている。だからこそ、いま中国に飲み込まれようとしている香港の姿を前に、リスクを承知で手を差し伸べようとしているのだろう。〈北京当局の機嫌を取るために、香港の若者たちを犠牲にするべきではありません〉との一文に、その思いがこもっている。

蔡英文の姿勢が奏功するかどうかは、ひとえに国際社会の姿勢にかかっている。

安倍総理はG7での中国非難声明の取りまとめで主導的な立場を目指すと明言しているが、親中姿勢のドイツやイタリアを説得することが可能だろうか。中国からは即座に「重大な懸念」が表明されている中、今もって習近平の国賓来日を模索している日本である。二重の意味で主導的な立場を取るのは、実際には相当難しいだろう。

■アメリカと英国が責める、中国の矛盾

香港のかつての宗主国・イギリスのボリス・ジョンソン首相は、「英国海外市民(BNO)旅券に申請する資格を持つ全ての香港市民(300万人)に対し、延長可能な12カ月の滞在許可を出す」と述べた。

これに対し中国は「イギリスは冷戦時代のメンタリティーと植民地時代のマインドセットを捨てろ」「香港は中国に返還されたという事実を認識し、尊重せよ」(中国外務省の趙立堅報道官)と述べている。

アメリカの暴動でも焦点の一つとなっている過去の歴史の「汚点」をさかのぼって糾弾しようという風潮に乗った中国側の言い分に、理がないわけではない。だが、事実を尊重せよというのであれば、「返還から50年は一国二制度を保つ」とした英中間の約束もまた、守られなければならない。

■香港返還自体の正統性も揺らぐ事態に…

2014年に駐英中国大使館がイギリス側に「(一国二制度を50年保つという)共同宣言は無効だ」と宣言したと報じられているが、宣言が守られないのであれば香港返還自体の正統性も揺らぐことを国際社会は中国に突き付けなければならない。

何より、中国はかつて香港の「中国への返還」を寿(ことほ)いだ人たちや、銭俊華『香港と日本』(ちくま新書)にも綴られているように物心ついたときから「中国特別行政区香港」の住民である若者たちを反中国に追いやった自身の政治のありかたを自覚すべきだろう。

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梶井 彩子(かじい・あやこ)
ライター
1980年生まれ。大学を卒業後、企業勤務を経てライター。言論サイトや雑誌などに寄稿。

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(ライター 梶井 彩子)

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