河井夫妻逮捕Xデー…その時検察は動いた! 容疑者寵愛の安倍晋三と次の総理選び

プレジデントオンライン / 2020年6月23日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/andriano_cz

■6月18日のXデーに何があったのか

法務行政トップだった人物を検察当局が捜査対象にした前代未聞の事件は6月18日、ついに「Xデー」を迎えた。昨年夏の参議院選挙で初当選した河井案里参議院議員をめぐる買収事件で、案里氏と夫の河井克行前法相が公職選挙法違反(買収)の疑いで逮捕されたのだ。河井夫妻は容疑を否認しているが、検察側は起訴までもっていく「鉄の意志」があるとされ、吹き荒れる検察不信を払拭していく強い覚悟を持っているようだ。捜査の行方はさておき、今回は「Xデー」を迎える中でドタバタと進む動き、水面下で繰り広げられる政局に注目したい。そこにある魑魅魍魎の世界とは――。

この事件が注目される理由は、単なる選挙違反事件ではない点にある。今後の展開次第では安倍晋三政権のみならず、戦後日本を政権与党として牽引してきた自民党政治にとって大ダメージとなるほどの事案なのだ。まずは、ことの発端を振り返っておきたい。

昨夏の参議院選挙で定数2の広島選挙区から自民党2人目の候補者として出馬した案里氏は、夫の克行氏と二人三脚で選挙戦に臨み、事前の予想を覆す形で議員バッジを手にした。その余波で落選したのは自民党岸田派の重鎮、溝手顕正氏だった。

■「プライドが高く、自分はとにかく『できる人間』と思っている」

溝手氏は自民党参院議員会長や国家公安委員長などを歴任した当選5回の大物で、「安倍1強」時代にあって安倍晋三総理への批判を公言する「武闘派」としても知られる。だが、総理官邸サイドは党広島県連の反対を押し切って案里氏を擁立し、案里氏と溝手氏の支援レベルは「10倍近い差」(自民党関係者)をつけた。案里氏には菅義偉官房長官が選挙応援に駆け付けるなど異例のバックアップ態勢をとっている。

その理由は「反安倍色」が強い溝手氏を踏み台にしてでも「親安倍」「親菅」の案里氏を当選させたいとの思いがあったからだ。夫の克行前法相は、菅官房長官の側近中の側近で、菅氏を支える「菅グループ」の筆頭格だ。参議院選挙の前に改元を発表し、「令和おじさん」と人気が急上昇した菅官房長官は飛ぶ鳥を落とす勢いで「(広島選挙区から)2人も出すのは馬鹿げた話」(溝手氏)との反対論を封じた。参議院選挙後の昨年9月には内閣改造で法相に克行氏をねじ込んでもいる。克行氏はどのような人物なのか。かつて所属した派閥「平成研究会」を担当した全国紙政治部記者は「プライドが高く、自分はとにかく『できる人間』と思っている。気に食わないことがあると怒り、権力者にはすり寄る」と評する。

■前法相を逮捕する異例が起きるまで…

すでに長期政権となっていた安倍政権で法相に就任し、「我が世の春」がついに訪れたと思っていたことだろう。だが、就任直後に週刊文春による「文春砲」が炸裂し、わずか1カ月半でのスピード辞任に追い込まれた。ちなみに、この10月にはもう1人の「菅グループ」の中心である菅原一秀経済産業相にも「文春砲」が直撃し、その有権者買収疑惑によって辞任を余儀なくされている。内閣改造後1カ月で閣僚2人が辞任するということだけでも異様だが、ともに菅官房長官が入閣を後押しした「菅グループ」の中心人物だったというから驚きだ。安倍総理と菅官房長官との間に生まれた「亀裂」はこの時期から始まったとされ、政権中枢の最終決定ラインは「安倍―菅」から「安倍―今井尚哉総理補佐官」に移った。

「官邸の守護神」とまで言われた東京高検の黒川弘務前検事長の定年延長を特例的に認める閣議決定がされたのは今年1月だったが、その黒川氏も5月の「文春砲」で産経新聞記者や朝日新聞社員との「賭けマージャン疑惑」を報じられ、辞任。菅氏が推していた検察幹部の定年を延長する検察庁法改正案は頓挫し、「黒川検事総長」は幻に終わった。この人事をめぐって法務・検察不信は高まり、黒川氏の後任の林真琴東京高検検事長や稲田伸夫検事総長らは政権との距離を見直すとともに、法務行政のトップだった克行前法相の逮捕に踏み切る「GOサイン」を出すに至っている。

■「ポスト安倍」選びは菅官房長官の動向が鍵を握る

政治日程を考慮し、当初は東京都知事選の告示日であり、安倍総理が通常国会閉会を受けた記者会見を行う6月18日の逮捕は避けるとの見方もあったが、もはや政治のことは関係ないと突破するあたりに検察サイドの強い意志を感じる。お隣の韓国では昨年末、文在寅大統領の最側近である法相に対する検察の捜査が耳目を集めたが、その構図は対岸の火事とはいかない惨めな結末である。

話を元に戻そう。一連の辞任劇と立件を見れば「政権ナンバー2」の菅官房長官が狙い撃ちにされ、自民党内での「菅包囲網」が形成されていくようにも映るが、それは必ずしも当たらない。確かに「令和おじさん」ともてはやされた時期に比べ、菅官房長官の人気は党内外で低下したが、依然として「ポスト安倍」選びは菅官房長官の動向が鍵を握るためだ。

■実は“菅さん慕う面々”は細田派に次ぐ勢力

河井夫妻は逮捕されたものの、もう1人スピード辞任した菅氏側近の菅原前経産相は今年1月の「雲隠れ」から一転、6月16日に急遽記者会見し、選挙区内で香典を秘書が配るなど公選法に抵触する事例があったことを認めて謝罪。東京地検特捜部は任意聴取したものの、刑事責任を問うかどうかは慎重に判断するとみられている。河井夫妻の逮捕で菅官房長官への遠心力は一時的に働くとみられるが、今でも50人以上の無派閥議員の多くは菅原氏を中心に「菅官房長官を慕う面々」(自民党中堅議員)とされる。単純に計算すれば、それは100人近い議員が所属する自民党最大派閥の細田派に次ぐ勢力を意味する。

菅官房長官が最近、親密な関係を築いている二階俊博幹事長が率いる二階派(48人)を加えれば細田派を上回る最大勢力といえ、「ポスト安倍」選びでは決して無視できない存在なのだ。安倍総理が「政界屈指の政治的技術を持つ」と評する二階氏は、ここのところ次の政局をにらんだ動きを加速している。

今回の河井夫妻をめぐる公選法違反事件では、党本部から案里氏陣営に約1億5000万円が提供された疑惑が報じられているが、二階氏は「支部立ち上げに伴い、党勢拡大のための広報誌を複数回、全県に配布した際の費用に充てられたと報告を受けている」「言われているような買収に使うようなことはできないのは当然だ」と一蹴。その一方で、今月16日に麻生太郎副総理兼財務相、同17に菅官房長官とそれぞれ会食し、9月には「ポスト安倍」の有力候補である石破茂元幹事長の政治資金パーティーで講演することも快諾した。

■トップとナンバー2が「ガチンコ対決」

二階氏は17日の記者会見で「現政権が任期いっぱいお務めになることを幹事長として補佐していきたい」と述べ、幹事長続投に意欲を示したとも報じられるが、自民党内からは来年9月に任期満了を迎える安倍総理(党総裁)に代わる自民党総裁選を大幅に前倒しすべきとの声もあがっている。それは事実上の「安倍おろし」であり、安倍政権の屋台骨を支えてきた菅官房長官と二階氏が仮に賛同すれば、その実現可能性は一気に高まる。

「菅官房長官を中枢ラインから外した安倍総理とその周辺への怒りは残っていないといえば嘘になる」。菅氏に近い自民党議員の視線は、すでに次期総裁選に向く。安倍総理は岸田文雄政調会長への「禅譲」を志向しているが、菅氏や二階氏はその路線から距離を置いており、次のトップリーダー選びは安倍政権のトップとナンバー2が「ガチンコ対決」となるのが必至だ。河井夫妻の逮捕で号砲が鳴った「ポスト安倍」政局。4年間の任期満了まで1年ちょっとになった衆議院議員たちのざわめきは「アウト・オブ・コントロール」状態にある。安倍総理は退陣して年内に自民党総裁選を実施するのか、それとも衆議院解散・総選挙を断行して正面突破で再浮揚を狙うのか。いずれにせよ、もはや信を問うべきタイミングである。

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麹町 文子(こうじまち・あやこ)
政経ジャーナリスト
1987年岩手県生まれ。早稲田大学卒業後、週刊誌記者を経てフリーランスとして独立。プレジデントオンライン(プレジデント社)、現代ビジネス(講談社)などに寄稿。婚活中。

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(政経ジャーナリスト 麹町 文子)

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