「一度支援すれば止められない」文在寅を悩ませる北朝鮮のタカリぶり

プレジデントオンライン / 2020年6月23日 15時15分

北朝鮮との国境に近い韓国・坡州(パジュ)の軍事監視所で軍用車両に乗り込む韓国陸軍兵士たち、2020年6月19日 - 写真=AP/アフロ

6月16日、北朝鮮南西部・開城(ケソン)に設けられた南北共同連絡事務所を、北朝鮮が爆破した。これに先立って金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党第1副部長は、脱北者団体による体制批判ビラの散布に不快感を示していた。だがジャーナリストの宮田敦司氏は「ビラの散布は以前から行われていた。今回の強硬姿勢の背景には、韓国からの経済支援を獲得したいという狙いがある」と指摘する——。

■体制批判ビラに不快感を示した北朝鮮

北朝鮮の強硬姿勢がエスカレートしている。背景には何があるのだろうか。筆者は北朝鮮が韓国からの経済支援の獲得を焦っているためだとみている。そこで本稿では、過去の左派政権である金大中(キム・デジュン)政権(1998~2003年)と盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権(2003~2008年)の対北朝鮮政策を振り返ってみたい。

6月4日、金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長の妹の金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党第1副部長が談話を発表した。脱北者団体による体制批判ビラの散布に不快感を示し、韓国当局がなんらかの措置を取らない場合、2018年9月の南北首脳会談の際に締結した韓国との軍事合意を破棄する可能性もあると警告した。

この合意は、南北間の敵対行為中止や幅4キロメートルにわたるDMZ(非武装地帯)の「平和地帯」への転換など6つの項目で構成される。具体的なプロセスや対象範囲を記した付属書も付いて、計24ページに上っており、事実上の南北統一を志向したものといえる。

■「対南事業を対敵活動に変換する」と強調

6月8日には朝鮮労働党の金英哲(キム・ヨンチョル)副委員長と金与正第1副部長が会議を開き、「南朝鮮(韓国)当局はくず(脱北者団体)たちの反共和国行為を黙認し、北南関係を破局的な終着点に追い込んだ」「対南事業を対敵活動に転換する」と強調。段階別の対敵活動計画を審議した。

その「対敵活動」の第一弾として、会議の翌日(9日)、北朝鮮は南北を結ぶ全ての通信回線を遮断した。遮断されたのは、開城(ケソン)の南北共同連絡事務所の通話回線、軍当局間の専用回線、党中央委員会本部庁舎と韓国大統領府間のホットラインである。

さらに、同月16日には第二弾として、南北共同連絡事務所を爆破した。同事務所は2018年4月の板門店での南北首脳会談の合意に基づき、韓国側の資金で同年9月に開所した。同事務所では、南北の当局者が平日午前9時と午後5時に定時連絡の通話を行ってきた。

■ビラの散布は以前から継続的に行われていた

通信回線の遮断は、韓国の脱北者団体による体制批判ビラの散布がきっかけとする見方がある。しかし、脱北者団体は2010年以降だけで90回以上、合計2000万枚以上のビラを散布しており、今回が特別というわけではない。

韓国の通信社「聯合ニュース」が報じたところによれば、脱北者団体はビラだけでなく、韓国の発展した様子がわかる映像、北朝鮮では珍しい即席カップ麺、1ドル紙幣なども飛ばしている。映像の場合、以前はDVDを用いていたが、パソコンの普及を反映してか最近はUSBメモリーを使うようになったという(聯合ニュース2020年6月11日「脱北者団体 北朝鮮に向け10年で2千万枚超のビラ=韓国」)。

こうした背景からして、体制批判ビラの散布だけが、北朝鮮の強硬姿勢を招いたことではないとわかる。北朝鮮の内部事情が関係していると考えるほうが自然だろう。

■左派政権による「太陽政策」の時代

文在寅(ムン・ジェイン)政権は、左派政権である金大中政権・盧武鉉政権の対北朝鮮融和政策である「太陽政策」(イソップ物語の「北風と太陽」に由来)の継承を掲げ、究極的には北朝鮮との「経済統一」を目指している。ただし、金大中・盧武鉉両政権が行うことができたのは「北朝鮮への一方的な支援」だった。

「一方的な支援」の具体的な内容のひとつとして、金大中政権時代の1998年から10年間続いた金剛山観光事業がある。事業の権利費だけで、韓国の財閥から約4億8000万ドル(約513億円)が北朝鮮へ渡された。

さらに、金大中・盧武鉉両政権は2000年から2007年までの間に、北朝鮮に対して借款形式(10年据え置き・20年償還・年利1%)でコメ240万トンとトウモロコシ20万トンを提供した。これら食糧借款の規模は、総額7億2004万ドル(約790億円)に上った。

しかし、北朝鮮が約束を守って借款を償還することは考えられない。そのため、こうした「北朝鮮への一方的な支援」はさすがに韓国国内でも問題となり、2003年に対北送金特検法が可決され、盧武鉉大統領がこれを受け入れて本格的な捜査が始まった。この捜査の対象は、後述する秘密口座への分散入金も含まれる。

■カネで買った南北首脳会談

2000年6月の史上初の南北首脳会談は、対北朝鮮事業を推進した韓国の大財閥・現代グループを通じて行われた。金大中大統領が会談の開催に合意したのは、総選挙の3日前。首脳会談を選挙に利用したわけだ。なお、盧武鉉政権時代の2007年に第2回南北首脳会談が開催されたのも、大統領選挙の目前だった。

しかし、史上初の南北首脳会談から2年もたたないうちに、首脳会談を「カネで買った」との疑惑が持ち上がる。

韓国の保守系雑誌『月刊朝鮮』は、2002年5月号で米国議会調査局が作成した「米韓関係報告書」をもとに「南北首脳会談のため、政権は韓国の情報機関・国家情報院を使って香港、マカオなどの金正日の秘密口座へ“分散入金”を行った」と報じた。金額は4億5000万ドル(約480億円)だった。

これは、現代グループが北朝鮮での事業のために北朝鮮側に支払った巨額の現金とは別のもので、この事実はその後、韓国の特別検察の調査でも明らかになる。

韓国政府は2010年12月2日、金大中・盧武鉉両政権当時、北朝鮮に送金された資金の総額が29億812万ドル(約3099億円)に上るとの集計結果を発表した。これは同時期に、中国が北朝鮮に支援した19億ドル(約2030億円)の約1.5倍に相当する。

■敵対行動があっても融和策を推進した

南北首脳会談とは別に、1998年と2000年で3度にわたって、現代グループの鄭周永名誉会長(当時82歳)ら一行が南北境界線の板門店から陸路で北朝鮮を訪れた。この訪問には、牛1001頭や自社製の乗用車などを「上納金」として携えていた。

当時の韓国世論は「金剛山観光」や「牛1000頭を手土産に里帰り訪問」(鄭名誉会長は現在の北朝鮮出身)といった情緒的な南北交流イメージやマスコミによる盛り上げもあって、それほど反対意見は出ていなかった。つまり、和解ムードが大勢を占めていたのだ。

韓国政府は、2度にわたる北朝鮮潜水艇侵入事件(1996年・1998年)などの北朝鮮の敵対的な態度にもかかわらず、一方的な支援・協力が長期的には金正日政権を開放・改革に導くとする楽観論に立っており、「政経分離」による対北融和策を維持、推進した。

しかし、北朝鮮は韓国に対する敵対的な姿勢を崩さず、政府間対話をかたくなに拒否し続けた。これについて、保守系紙「朝鮮日報」などの対北強硬派や保守層を中心に「太陽政策」は北朝鮮の体質を知らない楽観論だという批判が起きた。

■2000年代後半からは制裁が強化された

盧武鉉大統領の後任である李明博(イ・ミョンバク)大統領(2008~2013年)は、外信のインタビューで、「過去10年間、(北朝鮮に対して)巨額の支援を行ったが、それらは北朝鮮社会の開放に使われることなく、核武装に利用された疑いがある」と発言した。

保守指向を示した李明博政権・朴槿恵(パク・クネ)政権(2008~2017年)では、「太陽政策」は放棄され、北朝鮮に対する制裁が強化された。

2010年に起きた、北朝鮮軍による韓国海軍の哨戒艦「天安」爆沈事件と、黄海上の韓国領の島である延坪島(ヨンピョンド)に対する砲撃事件に対応して制裁措置を取ったのだ。翌年、金正日(キム・ジョンイル)総書記の急死により権力を継承した金正恩が、核とミサイル開発を本格化したことで、国連主導の国際制裁も強化された。

韓国政府は2017年9月21日、南北交流協力推進協議会を開き、国連児童基金(ユニセフ)や世界食糧計画(WFP)を通じた北朝鮮に対する800万ドル(約8億5500万円)相当の人道支援実施を決めた。これが文在寅政権下では初となる援助だ。

■800万ドルの支援に1年9カ月を要した

そして2018年の平昌冬季オリンピックを契機に、南北関係は10年ぶりに和解ムードに転じた。3回の南北首脳会談と2回の米朝首脳会談に続き、2019年6月には板門店で文在寅大統領、金正恩国務委員長、ドナルド・トランプ米国大統領という3者が会合する歴史的な出来事もあった。

ところが米国は、北朝鮮の非核化に相当な進展があるまでは制裁を緩める考えはないという点を明確にした。

それでも韓国政府は2019年12月6日、世界保健機関(WHO)を通じて北朝鮮に500万ドル(約5億3400万円)を人道目的という名目で支援することにした。同年6月に国際機関を通じて800万ドルの支援を行ってから半年もたたないうちに、再び北朝鮮の支援に乗り出した。

6月に行われた800万ドルの支援とは、前述した2017年9月に決定したものだ。文在寅政権発足直後に決定した支援は、北朝鮮が6回目の核実験を行った影響で、国内外の世論に配慮し執行が先送りされてきた。それから1年9カ月を経て、ようやく執行されたというわけだ。

このように、文在寅政権の北朝鮮への支援は小規模かつ小出しという感が否めない。この点に北朝鮮は腹を立てたのだろう。

■最終的な目的は経済支援の獲得

韓国では今回の一連の北朝鮮の行動を、南北問題の解決に向けた積極的な努力を促すメッセージとする見解もある。

確かに、北朝鮮は米国や韓国との交渉に先立って強硬な態度に出ることが多い。今回の南北共同連絡事務所の爆破と、今後予想される軍事行動も最終的には経済支援の獲得を目標としたものと断言していいだろう。

文在寅政権の中途半端な融和政策を破壊し、南北関係をリセットし、ゼロから交渉を開始することで、交渉の過程で韓国側の譲歩を勝ち取り、経済支援を得る戦術なのだ。

----------

宮田 敦司(みやた・あつし)
元航空自衛官、ジャーナリスト
1969年、愛知県生まれ。1987年航空自衛隊入隊。陸上自衛隊調査学校修了。北朝鮮を担当。2008年、日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了。博士(総合社会文化)。『北朝鮮恐るべき特殊機関 金正恩が最も信頼するテロ組織』(潮書房光人新社)などがある。

----------

(元航空自衛官、ジャーナリスト 宮田 敦司)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング