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韓国ブチぎれ、米国トランプ暴走、そして日本は焼け野原。「米朝核戦争」最悪のシナリオ

プレジデントオンライン / 2020年6月30日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/3DSculptor

■北朝鮮の南北共同連絡事務所爆破は戦争を引き起こさなかったが…

「韓国国民の安全と命を脅かすならば、断固として対応する」「我々は絶えず、平和を通じて南北共存の道を探し出す。統一を論じるより先に、仲の良い隣人になるよう望む」

韓国・文在寅大統領は6月25日、朝鮮戦争開戦から70年の式典でこう述べた。約10日前に北朝鮮が南北共同連絡事務所を爆破したばかりだが、死傷者が出なかったことから、「まだ韓国国民の安全と命は脅かされていない」「仲の良い隣人になれる可能性は残っている」と判断しているのだろうか。

では仮に、あの爆破によって死傷者が出ていたらどうなっていたのか。それも韓国軍の兵士ではなく、一般人が巻き添えになっていたら?

1つの条件の違いで、国際社会の行く末は全く違った方向に流れていく可能性がある。

■現実に基づいた最悪のシナリオ『2020年・米朝核戦争』

そうした「最悪のシナリオ」をシミュレーション小説として描いたのが、ジェフリー・ルイス『2020年・米朝核戦争』(文春文庫)だ。トランプ大統領、文在寅、そして金正恩委員長の思惑がすれ違い、核戦争に発展、日米韓で300万人以上が北朝鮮の核の犠牲になって死亡するという筋書きだ。

事の発端は、韓国発の旅客機を米軍機と誤認した北朝鮮が、旅客機を撃墜したことから始まる。韓国の修学旅行客を乗せていたため、文在寅はアメリカに相談せず、北朝鮮に報復。アメリカの指示があったと誤認した北朝鮮は日韓に核弾頭を積んだ複数のミサイルを発射、アメリカも応戦したが、北朝鮮はさらにアメリカにも核攻撃を行う――という最悪のシナリオが、調査委員会の報告書という体裁で緊張感をもって描かれている。

著者はミドルベリー国際大学院モントレー校ジェームズ・マーティン不拡散研究センター長を務め、スタンフォード大学国際安全保障協力センターなどで核兵器計画を研究している安全保障の専門家。フィクション作品を初めて手掛けたとのことだが、執筆時点の2018年8月7日以前に関する作品内の出来事や解説は、すべて現実の情報ソースに基づいている。

■北朝鮮に報復する文在寅、完全に社会不適合者のトランプ

もちろん、「核戦争」を引き起こす、という結末を描くために実在の人物の造形が単純化されている面はある。「文在寅がアメリカに相談もなく北朝鮮に報復するだろうか」という、核戦争に至る最初の分岐が最も大きな疑問ではあるが、著者はその点もうまく理由付けしている。

また、トランプに至っては完全に社会不適合者のような描かれ方をしているが、大統領の一挙手一投足に神経をとがらせ、「おかしなことを言い出さないように」と気を遣う側近たちの描写は妙にリアルでもある。「南北共同連絡事務所爆破」で一躍(?)危険人物としてクローズアップされている北朝鮮の金与正についての言及も興味深い。

人物造形が単純化されていることを差し引いても、「全くあり得ない話でもない」と感じさせるのがこの作品のうまいところでもある。

自国のレーダー装備の古さが軍機と旅客機の誤認を招いたにもかかわらず、これでもかというような罵倒を繰り出してくる北朝鮮。ツイッターで他国の国家元首やその家族を罵るトランプ。そのお互いの言葉の応酬が疑心暗鬼を産み「300万人死亡」という悲劇へ向かっていく。あまりの言葉の汚さ、ばかばかしさに半分笑ってしまいながらも、とても笑っていられない結末を招くのである。

■キューバ危機はなぜ収束したのか

読みながら思い出したのは、1962年10月、キューバ危機における米ソ首脳の「対話」だ。核による「勝者のいない戦争」を避けるため、また互いの意図を読み間違えて破滅的な事態を招くことを避けるため、ケネディ大統領は自国の安全保障担当者による情報提供を元に徹底的に対応を検討し、さらにソ連側の首脳とも意を尽くした書簡を交換した。その模様は、ケネディ大統領の弟で司法長官だったロバート・ケネディの『13日間キューバ危機回顧録』(中公文庫)や、映画『13デイズ』などに詳しい。

この時ケネディは、できる限りの情報を集め、ソ連によるキューバへのミサイル基地建設の動きに対してどのように対処すべきかを考え抜き、攻撃か回避かで分かれる部下たちの意見も聞いたうえで決断を下した。13日間、粘り強く思考し続け、語り続けたケネディ(と相手)の姿勢と能力があったからこそ、決定的な危機を回避することができたのだ。

■米朝核戦争はキューバ危機のようにはいかない

一方、トランプはどうか。現実をトレースして描かれている『2020年・米朝核戦争』では、トランプ大統領は北朝鮮のミサイル能力を「狙ったところに落ちるはずがない」としてなめ切っている。「落とせるものなら落としてみろ」というわけだ。なぜそうした思い込みをトランプ大統領が抱くに至ったのか。要約すると、本書ではこう説明している。

「トランプの機嫌を損ねないように、また一足飛びに『それなら北に核を落としてやれ』と言い出さないように、北朝鮮のミサイルの脅威はあくまでも将来的なものであるといい続け、大統領の思い込みを訂正する者はいなかった」

つまり、ケネディ時代のようにあらゆる情報が大統領に届けられることも、情報をもとに部下らが闊達な意見を交わすことも許されない状況にあるというわけだ。これが現実でないことを祈るばかりだが、残念ながらそれを裏付ける現実の情報ソースがしっかりと示されている。

一方、北朝鮮の金正恩も、入ってくる情報がかつてのソ連以上に偏っていることは言うまでもない。つまり、米朝ともに「様々な情報を多角的に考察し、最悪の事態を迎えないよう思考を尽くす」という状況にないのだ。これこそ、著者の最大の懸念であり、『2020年・米朝核戦争』の読みどころではないか。

■「核の傘」こそがフィクションという現実

さて、本書でアメリカよりも先に北朝鮮の核を落とされるのは日韓だが、核に見舞われた日本の状況に一章を割いてはいるものの、日本の首脳も自衛隊もこの小説には登場しない。防衛省を標的とした核が炸裂した後、東京消防庁総監が何とか救助に当たろうとするが、救助を行う消防士を殺戮し被害を拡大させるための通常ミサイルが投下される「ダブルタップ」戦略(これは第二次大戦以降、連合国やアメリカが取った手法)に阻まれた、という記述があるのみだ。

ジェフリー・ルイス『2020年・米朝核戦争』(文藝春秋)
ジェフリー・ルイス『2020年・米朝核戦争』(文藝春秋)

専門家の手によるシミュレーション小説であるだけに、「描かれていないこと」からも読み取れるものがある。それは、北朝鮮による日韓への核攻撃ののち、米国が「同盟国への核攻撃に対し、北朝鮮に核報復を行うか否か」について、検討の俎上にすらのっていないということだ。

在日・在韓米軍基地も標的とされ米兵の死者を出していること、また、トランプが短絡思考によって核攻撃に及ぼうとする記述はある。しかしそれは「あのロケットマン(金正恩)、やりやがったな」「アメリカに落とされる前に叩きのめしてやる」といったものでしかなく、核保有国が同盟国に核兵器の抑止力を提供し安全を保障する「核の傘」を想起させるような話は出てこない。むしろ側近たちは「やられたのはアメリカではありません」とトランプを押しとどめようとしている。

もちろんこれはフィクションである。だが2018年までの事実に基づいて書かれている。「アメリカの方針」を大きく外してはいないだろう。「核の傘」こそがフィクションなのだ。

■イージス・アショアの建設中止…課題は山積み

なお、著者が日本を軽視しているわけではないことは、米国の被爆者らの証言として書かれている記述が、日本の広島・長崎の被爆者の証言を引用したものであることからもわかる。

ホワイトハウスの国家安全保障会議のメンバーを務めた経験のある戦略家のエドワード・ルトワックは「北朝鮮の核ミサイルに対しては、日本は自力で対処するしかない」「対北朝鮮に対しては、日本はアメリカを頼ることはできない」「北が核を持った以上、アメリカは日本が単独で攻撃された場合、日本のために反撃することはない」と断言している(『ルトワックの日本改造論』(飛鳥新社))。

その日本では北朝鮮からのミサイル防衛を名目に計画されてきたイージス・アショアの建設が中止されることになった。

『2020年・米朝核戦争』が投げかける課題はあまりに大きい。

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梶井 彩子(かじい・あやこ)
ライター
1980年生まれ。大学を卒業後、企業勤務を経てライター。言論サイトや雑誌などに寄稿。

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(ライター 梶井 彩子)

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