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元海自特殊部隊員が語る「中国が尖閣諸島に手を出せない理由」

プレジデントオンライン / 2020年7月22日 9時15分

高速ボート(特別機動船)から銃器をかまえ、不審船の警戒にあたる訓練をする特別警備隊(広島湾、2007年6月28日) - 写真=時事通信フォト

日本は中国から尖閣諸島(沖縄県)を守り切れるのか。元自衛隊特殊部隊の伊藤祐靖氏は「中国は領土的な野心をむき出しにしているが、日本には自衛隊の特殊部隊という『抑止力』がある。中国はそれを知っているからこそ、安易に手を出してくることはない」という——。

■コロナ禍中でも露骨な中国の野心

コロナ禍で多くの人が家にこもっていた間に、「尖閣」近海はますます騒がしくなってきている。時は、まさに全都道府県への緊急事態宣言の延長がなされた直後の5月9日、国民の関心が新型コロナウイルス一色の時期、尖閣諸島・魚釣島付近でのことだ。

第11管区海上保安本部は、中国海警局の公船4隻が日本領海内に侵入し、うち2隻が、操業中の日本漁船に接近し追尾したことを発表した。以来、中国公船の活動は静かに確実に活発化してきており、尖閣問題が再び浮上しつつあることは間違いない。

私は自衛官として20年ほどの勤務経験がある。前半の10年間を、イージス艦を含むいわゆる軍艦で勤務し、後半の多くを特殊部隊での任務に従事した。1999年には、「みょうこう」航海長在任中に能登半島沖で北朝鮮不審船に遭遇した。実戦命令である海上警備行動が初めて発令された事案である。そして、このことがきっかけとなった、全自衛隊初の特殊部隊である海上自衛隊「特別警備隊」の創設にも携わった。

実は、私は魚釣島に上陸した経験もある。詳細は別の機会に譲るが、そのせいか「尖閣」情勢が話題になると、多くの方から質問を受ける。ところが、真摯(しんし)に答えているつもりが、会話がかみ合わないことがある。そもそも、映画の主人公として話題になった「海猿」と呼ばれる海上保安庁の保安官と、私がいた海自の特殊部隊との区別がついていない方が多いのだ。

■海上保安庁「海猿」と海上自衛隊「特殊部隊」の違い

ただ、考えてみれば無理もない話だ。一体どれくらいの人が海上自衛隊の軍艦(護衛艦)を直接、見たことがあるだろうか? 海上保安庁の巡視船はどうだろう? どちらもあるという人は、かなり少ないのではないだろうか。

それゆえ私は、まず、海上保安庁と海上自衛隊の違いから説明を始めることが多い。

海上保安庁というのは、国土交通省所管の警察機関、いわば海のお巡りさんで、一部の部隊を除いては拳銃や警棒を装備しつつ、イメージとしては「止まれ、止まらんと、撃つぞ」「君たちは、完全に包囲されている。観念して、出てきなさい」と声をかける人たちである。

映画『海猿』は、海で遭難した人を救助する海上保安官に関するお話であり、銃撃戦があったり、お互いがナイフを持って対峙する、などということはない。

■パラシュート降下、隠密上陸、殲滅、破壊工作……

ちなみに、海自特殊部隊とよく混同される対象に、映像化作品の主人公にもなる「SAT(特殊急襲部隊)」がある。SATも、海上保安庁と同様の警察機関である。警察組織の警備部に属し、国内の対テロ作戦を担当する。被害にあった人の安全を確保しつつ、基本的には被疑者の逮捕を目指す。

一方、海上自衛隊というのは、いわゆる軍隊的な組織で、相手にするのは犯罪者ではなく相手国の軍隊となる。よって使うものも、潜水艦から発射する魚雷だったり、艦艇から撃ち出すミサイルだったりする。そして特殊部隊は、英語では「Special Force」と表記するほどで、Forceといえば軍隊組織であり、孤立しての単独行動をも大前提に創られた部隊なのだ。

そのため、特殊部隊員とは、孤立した場合であっても一人でなんでもできるよう教育され、その技術を駆使し、作戦の発動から終結までのほとんどを一つの部隊で完結させることができる。例えば、パラシュートで洋上に降下し、そのままスキューバの特殊技術で潜水して島に近づき、隠密上陸し、その地で生存自活しながら、山地を夜間機動し、必要とあれば相手の戦闘員を殲滅、目標物に破壊工作等を行うのだ。

さて、それでは、私が創設に関わり、以来約7年所属した海自特殊部隊「特別警備隊(SBU)」は、もし「尖閣」で有事が起きた場合になにができるのだろうか。

■日中は尖閣で「ジャブ」を続けている

大前提として、制空権や制海権がなければ、地上戦力は成り立たないに等しい。このことは、第2次世界大戦の頃にははっきりと軍事戦略として認識されており、歴史を見れば明らかなことだ。

なにしろ、制海権がなければ、船舶を使って大型の物品や大量の物資を運び込むことはできないし、制空権がなければ、その船舶を空からの攻撃から守ることも、島嶼(とうしょ)に展開させている地上兵力を守ることもできないからだ。特に、絶海の孤島である尖閣魚釣島のような地理的条件の場合は、これが顕著だ。

中国沿岸警備隊船舶パトロール:釣魚島沖の領海
写真=iStock.com/IgorSPb
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/IgorSPb

現状で報道されていることが事実であるなら、魚釣島周辺海域でいま行われていることは、警察力であるコーストガード同士によるせめぎ合い、つまりは海軍兵力を使用しない範疇での制海権のつばぜり合いだ。ボクシングでいえばジャブのようなものに、私には見える。

この段階では、海自特殊部隊の出番はないほうがいい。海保の「こら!」という声掛けに対して、中国側が「すみませんでした」と帰ってくれるならそれがいちばんだからだ。

ただし、ジャブだから有事に発展しないということでは決してない。ジャブを侮っていると痛い目にあうことは往々にしてある。ジャブのあとには、ストレート、フックと、衝撃力を増した連続攻撃が来るからこそ、ボクサーは備えるのである。そして、尖閣でいえば、その連続攻撃の内容は、海軍力を駆使する戦闘にまで発展しかねないのだ。

■海自特殊部隊は有事になったら尖閣を守れるのか

「尖閣」有事となった場合、海自特殊部隊は、尖閣魚釣島でなにができるのか? これを一言でいえば、要するに何でもできる。特殊部隊とは、孤立することを前提にしている部隊であるがゆえに、地上、海上は無論の事、空中でも水中でも少数で機動展開する能力を有している、と先ほど書いた。

補給の必要もなく、長距離通信能力も有し、破壊力も情報収集能力もある。その特異な能力を最も発揮できうる環境が、まさに尖閣魚釣島であり、そうした有事に備えて存在することこそ、特殊部隊の意義なのだと思う。

先制攻撃が有利になるのは、「主導の原則」からしてまちがいない。しかし、この部隊の存在は、先制されたとしても連続攻撃を食い止め、形勢を一気に逆転させる可能性を相手に匂わせる。要するに特殊部隊の存在こそが、安易には攻撃を許さない「抑止力」になりうるということだ。

同様の部隊を持つ国ほど、それをよく理解するだろう。リアルな戦闘こそが、日中双方のもっとも避けるべきシナリオのはずだからだ。

特殊部隊の存在意義は、なんでもできる能力を保有し、敵にすれば何をしてくるか予想がつかないと想像させる余地があってこそなのだ。

■特殊部隊が「できること」「できないこと」

伊藤 祐靖『邦人奪還: 自衛隊特殊部隊が動くとき』(新潮社)
伊藤 祐靖『邦人奪還:自衛隊特殊部隊が動くとき』(新潮社)

この前提を踏まえると、守秘義務で具体的には書けないこともあり、今回はあくまでフィクションのシナリオに沿って特殊部隊ができることの一端をシミュレートしてみた。現場の隊員は、日々何を考え、何のために訓練を積み、何を願い、何を諦めて出撃していくのか、これは自衛隊の法的立場、憲法論議とは別次元の話だ。それが、ドキュメント・ノベル『邦人奪還:自衛隊特殊部隊が動くとき』という一冊だ。

冒頭では、海上自衛隊特殊部隊が尖閣諸島魚釣島に隠密上陸するシーンから、はじめている。特殊部隊であれば、任務達成上必要があるのならなんでもできるよう、準備はしているはずだ。その「できること」の一例を実感し、今後の議論のきっかけにしていただきたい。

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伊藤 祐靖(いとう・すけやす)
元海上自衛隊特別警備隊員
1964年、東京都に生まれ、茨城県で育つ。日本体育大学から海上自衛隊に入隊。防衛大学校指導教官、護衛艦「たちかぜ」砲術長を経て、「みょうこう」航海長在任中の1999年に能登半島沖不審船事案に遭遇。これをきっかけに全自衛隊初の特殊部隊である海上自衛隊「特別警備隊」の創設に携わった。2007年、2等海佐の42歳のときに退官。後にフィリピンのミンダナオ島で自らの技術を磨き直し、現在は各国の警察、軍隊への指導で世界を巡る。国内では、警備会社等のアドバイザーを務めるかたわら私塾を開き、現役自衛官らに自らの知識、技術、経験を伝えている。著書に『邦人奪還: 自衛隊特殊部隊が動くとき』『自衛隊失格:私が「特殊部隊」を去った理由』(いずれも新潮社)などがある。

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(元海上自衛隊特別警備隊員 伊藤 祐靖)

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