法制化で人生狂うことも。善意の「パワハラ加害者」にならないための3つのスキル
プレジデントオンライン / 2020年8月9日 6時15分
■セクハラ、マタハラと同様、パワハラも防止義務化へ
企業に初めてパワーハラスメント(以下、パワハラ)防止対策を義務づけた「ハラスメント規制法」が、大企業で2020年6月に施行され、中小企業で22年4月から施行される。「男女雇用機会均等法」のセクハラ、マタハラに次いでパワハラも法律で「行ってはならない」と明記される形だ。パワハラは「指導」と「嫌がらせ」の明確な線引きが難しく、セクハラに比べて定義づけしにくいことが法制化の遅れの背景にあったが、今回3つの要素に定義づけられた。
パワハラとは、①優越的な関係を背景とした、②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、③就業環境を害すること(身体的もしくは精神的な苦痛を与えること)の3つの要素をすべて満たすものとされている。しかし、3つすべてがあてはまるケースは限られる。
ハラスメント研修を多数手がけるクオレ・シー・キューブの稲尾和泉さんは「これはパワハラ、これはセーフという観点で判断するのではなく、企業はもっと幅広い視野で予防的に対策に取り組むべきです。上司と部下のコミュニケーションがうまくいっていればパワハラは起きません。コミュニケーションの活性化を促す組織の仕組みをつくること、企業のトップやリーダーがパワハラ防止に取り組む姿勢を示すことが大切」と話す。
今回の改正で企業のパワハラ防止措置義務が明文化されたが、大企業では以前より各種ハラスメントに対して課題意識を持って相談窓口を設けたり、就業規則に対策を盛り込んだり、社内研修を行ったりと自主的に取り組んできた。しかし、グラフを見ると相談窓口を設置している企業は全体の73.4%。従業員1000人以上の企業では98.0%と高いが、同99人以下では44.0%と低い数字だ。今回の法制化でパワハラ防止対策に積極的に取り組む企業が増えていくことが期待される。
パワハラの予防から事後対応までを手がける弁護士の菅谷貴子さんは「管理職の人は、自分がハラスメントをしない、職場でも発生させないという防止スキルを持つべきです。女性管理職はかつて、上司のセクハラやパワハラをあしらってきた経験があるかもしれませんが、昔と今では職場に求められるコンプライアンスの感覚がまったく違うことを自覚し、判断を誤らないことが重要」と話す。被害者に対して「これくらいかわせなくてどうするの」「こんなことで音を上げるなんて」といった、間違った価値観を押し付ける“二次ハラスメント”にも注意したい。
■パワハラの多くは、認識のズレからはじまる
パワハラの通報を受けた人の多くはパワハラをしている自覚がないという。指導のつもりで行っていたことが、部下にとっては自分を否定される嫌がらせに感じてしまう「認識のズレ」は、上司と部下のコミュニケーション不足から起こるものだ。部下の価値観を尊重し、コミュニケーションが円滑に取れていれば、職場のパワハラは未然に防げる。
「パワハラと認定された案件を見ると、加害者は仕事ができる人である場合も少なくなく、自分と同じ能力や仕事ぶりを部下に押し付けることも。なぜできないのか、自分が鍛えなければ、という価値観の押し付けがパワハラにつながりやすいのです。仕事の優先度は人それぞれであるにもかかわらず、多様性を否定すればパワハラのリスクに」(菅谷さん)。「ダイバーシティが進んでいる企業はパワハラが鎮静化します。この2つには密接な関係があります」(稲尾さん)
日々の自分自身の言動がハラスメントにつながっているのではないかという気づきを持つことも大切だ。「部下にキツくあたっている自覚がある人は、自分が叱責している様子をICレコーダーなどに録音して聞いてみるのも1つの方法です。当事者の関係性や人間性などを抜きにして第三者が客観的に判断したときにパワハラになるかどうか、という視点で聞いてみましょう。危ないなと感じる言動は気をつけるという判断でいいと思います」(菅谷さん)
一方でパワハラ扱いを恐れて部下を叱れないという声も聞こえてくるが、指導とパワハラは別物であることを認識しよう。「自分の仕事のやり方や価値観に相手をあてはめていないか、相手の価値観を否定していないかが見極めのポイントです。パワハラを恐れて言えずにため込んでしまうと、ある日ドカンと爆発して、暴言になりかねません。適切な指導を適切なタイミングで行うことがより重要になってきます」(稲尾さん)
企業の取り組みや今回の法改正によって、被害者が声をあげやすくなるのは喜ばしい傾向だが、職場のパワハラをなくすためには管理職をはじめとした一人ひとりの心がけが必須だ。企業のコンプライアンスの部署は被害者だけでなく、すべての人の相談窓口となっているので、「部下とのコミュニケーションがうまくいかずキツく言いすぎてしまう」など、管理職側の相談でも利用したい。「女性管理職はひとりで解決しようと頑張りすぎる傾向があります。相談できる上司や先輩などを社内で持つことも大切です」(稲尾さん)
■防衛反応で否定すると、事態の悪化を招くことも
職場で起きたパワハラは当事者の告発によって明らかになることが多い。社内や外部の窓口が当事者に聞き取りをして調査対応を行い、パワハラと判断されれば就業規則にのっとって処分を行うのが一般的な流れだ。職場でパワハラが起きたら、管理職はどう対処すべきだろうか。
ハラスメントの加害者が懲戒処分を受けたり、訴訟にまで発展したりとこじれてしまうケースは、初期対応を誤っていることがほとんどだという。「『パワハラをされた』と言われると、とっさに否定してしまうことがあります。特にこれまで順風満帆に出世してきた人ほど、社会的立場が揺らぐことに動揺して冷静になれないケースが多いのです。こうした自己防衛反応が状況を悪化させてしまいます」(菅谷さん)
パワハラを否定するばかりか、部下に非があるかのような反論をすると、通報した側も音声データなどの証拠を手に臨戦態勢を整える。反射的な否定は、「初期の鎮火」という解決の道を自ら閉ざすことになるのだ。
「まずは上司と部下との間に軋轢(あつれき)が生じている事実を冷静に受け止め、何が原因で告発に至ったのかを考えて整理します。心当たりがあれば、早い段階で率直に謝罪しましょう。自分では指導の範囲と思っても、すぐに否定せず、第三者の意見を聞いてみるなどして、冷静に対処することが大切です」(菅谷さん)
■誰でも間違いを起こす可能性はある
被害者は「とにかく今の行為をやめてほしい。謝罪してほしい」と思っていることが多く、初期対応を間違えなければ事態がそれ以上深刻化することはほぼないという。「その後は、再発しないよう、部下に真摯(しんし)に向き合い、一緒にやり方を考えながら信頼関係を再構築していくしかありません。パワハラはいけないと頭ではわかっていても、追い詰められた状況だと誰でも間違いを起こす可能性はあります。そうなってもやり直すことができることも知っておいてほしいですね」(稲尾さん)
また、当事者にならなくても、管理職には会社の担い手として職場環境を整える義務がある。「パワハラを見つけたら、被害者に声をかけたり、加害者に注意を促したりと、事態が深刻化する前にパワハラの芽を摘むことが大切です」(菅谷さん)
社内で解決できないと、加害者と会社を相手取って損害賠償請求を起こすケースもある。パワハラは被害者を傷つけるだけでなく、会社の社会的信用も大きく失墜させる行為。ハラスメントが起こらない職場づくりがより一層求められる。
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クオレ・シー・キューブ 執行役員 研修企画担当
カウンセラーおよび主任講師として公的機関や企業への講演・研修を多数行うほか、職場のハラスメント防止プログラムの開発も手がける。厚生労働省主催「パワーハラスメント対策企画委員会」委員(2016年~)。
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弁護士
慶應義塾大学法学部卒業。企業法務を中心に、不動産関連および離婚、相続等の一般民事事件等も担当。官公庁や一般企業でセクハラ防止等のセミナー講師も行う。財務省コンプライアンス推進会議アドバイザー。
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(クオレ・シー・キューブ 執行役員 研修企画担当 稲尾 和泉、弁護士 菅谷 貴子 文=中島夕子 イラスト=おぐらきょうこ)
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