コロナで就労機会を失った55歳が、そのまま無職を続けることにした理由
プレジデントオンライン / 2020年7月19日 9時15分
■コロナ禍で55歳のひきこもりの息子を抱える80代の親が……
新型コロナは、ひきこもりの家族にも大きな影響を与えています。
ひきこもりは以前から自宅にこもっているのだから関係ないのではと思いきや、そうではありません。それまでは日中はひきこもりの子どもだけが家で過ごしていたのが、親が在宅勤務になり、顔を合わせる機会が増えた結果、お互いにイライラして衝突することが多くなったケースがあります。
また、感染の恐怖や自粛による社会情勢の変化などのニュースに接して、精神的に不安定になる子どもも少なくありません。
ひきこもりのための居場所として開催されていたフリースペースや就労支援のためのプログラムなどが相次いで閉鎖や中止になり、立ち直りかけの機会を失うという状況も起きています。今回相談を受けたのも、そんな家族でした。
■30代の頃から家に閉じこもるようになった
相談に来たのは82歳になる父親です。長男がひきこもりのため、親亡き後の生活を心配していました。長男はすでに55歳になっており、父親は長男の就業を焦っているようです。
収入
・父親:82歳(年金生活) 年収280万円
・母親:80歳(年金生活) 年収95万円
・長男:55歳(無職)
資産
・預貯金:2300万円
・自宅:戸建て持ち家
支出
・家族3人で社会保険料、住居費、保険料などを除いて月額20万円
長男がひきこもりになったのは30代のことでした。それまでも何度か転職を繰り返していましたが、次の就職先を見つけるまでの期間が徐々に長くなり、いつの間にか仕事どころか、外出も避けるようになってしまいました。
両親は、なんとか本人が社会復帰できるようにと、いろいろと努力をしてきました。しかし、当時は自治体などのひきこもりの支援は30代前半までとなっており、30代後半になるとほとんど支援がありませんでした。
■「なんとか就職してもらわないことには……私も長くありませんから」
40代の頃には、公的な施設や民間団体などのいろいろな支援を受けました。ひきこもりの人が自由に過ごせるフリースペースに通って、まずは他人との交流を持つことから始めます。それに慣れてきたら、就職支援を行っている団体で講座を受けたり、ボランティア活動に参加したりしました。
そこにも積極的に参加できるようになったら、いよいよ就労へと向かうわけですが、その間に挫折してはひきこもり生活へ逆戻りといったことを繰り返していました。
50代になってから、再び就労に向けたプログラムを実践していました。ようやく普通に外出するようになっていた矢先に、新型コロナの影響で、フリースペースや就労支援講座が軒並み閉鎖や中止になってしまいました。
長男は行くところがなくなり、最近はまた自室に閉じこもりぎみです。せっかくいい方向に向かっていただけに、両親も落胆しています。最近では焦りから、長男に対する口調もきつくなってしまい、親子での衝突も増えているそうです。このままではいつになったら仕事ができるのかわからないと、父親は私をたずねてきたわけです。
「なんとか就職してもらわないことには……私も行く末、それほど長いわけではありませんから……」
父親の表情には焦りの色が見えます。私は、父親から伺った家計収支や資産の状況を下記の前提条件をもとにパソコンに入力し、親亡き後のご本人の家計状況を分析します。
■親の他界後、90歳まで生きても700万円の貯金が残る
● 両親とも現在の平均余命(82歳男性の場合:約8年、80歳女性の場合:約12年)まで生きるものとする。
● 老齢厚生年金と老齢基礎年金の合計額は、父親が280万円、母親は95万円とします。
● 両親の死去後に、長男がそのまま自宅に住み続けます。
● 現在の家族3人での生活費は、社会保険料、住居費、保険料などを除いて月額20万円です。父親の死去で2割、母親の死去で4割減額します。
シミュレーションの結果は、父親が心配するほどではありませんでした。両親が他界し、長男が90歳になった時点でも700万円余りのお金が残ることがわかりました。
現在、預貯金が2300万円あり、両親は80代の高齢ですが、厚生労働省「簡易生命表」の平均余命では、それぞれあと10年前後は生きる可能性が高く、それまで夫婦合わせて年375万円の年金が入ってくることなどが功を奏した形です。
■「55歳ですし、もう仕事をしなくてもいいんじゃないでしょうか」
「55歳にもなったことだし、もう仕事をしなくてもいいんじゃないでしょうか」
私の言葉に、父親は驚きます。
「仕事をしないなんてことが許されるのでしょうか」
どうやら、経済的な問題もさることながら、父親は一人前の社会人としての価値観にとらわれているようです。
「これから仕事をできるようになったとしても、それほど長く勤続できるわけではありません。普通の人でも60歳でリアイアする人もいるのですから、今から就業にこだわる必要はないでしょう」
あぜんとした表情の父親に、私は続けます。
「たとえ働けたとしても、その期間は限られます。収入も多くないでしょうから、ご長男の家計状況はそれほど改善しないのです。幸い、お子様はお一人でご両親の財産はそのまま引き継げます。そして、息子さんはお金をあまり使わないタイプですので、それほど早くには資産が減りません。90歳ぐらいまでなら、それほど心配ないでしょう」
もちろん、ひきこもりの状況が良いわけではありません。今まで努力してきたように、フリースペースに行ったり、ボランティアに参加したりして、他人との交流を楽しめるようになることは大切です。その結果、ご本人が「働きたい」という気持ちになれば、一番いいのですが、最初から「仕事をしなければ」と言うと、本人を追い詰めることにもなりかねません。
私は自立支援の専門家ではありませんので、お子さんとの接し方にはあまり立ち入らないようにしていますが、もう少し楽に考えてほしいと思いました。かえって肩の力を抜いてお子さんと接した方が、本人も前向きになるかもしれません。そんなことをお話させていただきました。
■本人が浪費家でなければ、その後の生活が成り立つ可能性はある
ひきこもりの子供の年齢が高いと、就労できるまでに社会復帰するのはなかなか難しくなります。それだけに両親、兄弟姉妹などの家族は心配することが多いのですが、逆に残りの人生の期間もそれほど長くないわけで、親亡き後に親の遺産で生活していける可能性が高くなります。
富裕層というほどではなくても、自宅とある程度の金融資産があり、本人が浪費家でなければ、その後の生活が成り立つ場合は少なくありません。本人の就労を目標にするよりも、親が遺してくれた資産を使って本人が生活していけるかを考えたほうが現実的です。
「そうですか。安心しなさいということですね」
「今はどこも休みになっていますが、フリースペースが再開したら、また声をかけてみてください。無理しない程度に」
新型コロナの影響で、親子ともども神経質になりがちな時期だけに、焦らずに構えたいものです。
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ファイナンシャルプランナー
「働けない子どものお金を考える会」メンバー。 大手証券会社で個人顧客の投資相談業務を長年行い、ファイナンシャルプランナーとして独立後は、資産運用に限らず、家計の見直し、住宅購入、老後資金など幅広い相談を受ける。 特に、長期にわたる家計のシミュレーション分析を得意とし、ひきこもりや障害を持つお子さんとそのご家族の資金計画を行っている。
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(ファイナンシャルプランナー 村井 英一)
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