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いまどきスピーチの必殺技「メルケルの斜方形」の恐るべき効果

プレジデントオンライン / 2020年7月21日 9時15分

2020年3月18日、アンゲラ・メルケルはテレビの演説で、コロナウイルスの大流行との戦いを「第2次世界大戦以来最大の課題」と形容 - 写真=AFP/時事通信フォト

危機のなか、信頼されるリーダーにはどんな共通点があるのか。印象戦略コンサルタントの乳原佳代氏は「ドイツのメルケル首相など、コロナ禍で女性リーダーに注目が集まった。高評価の要因は見せ方を強く意識した『セルフプロデュース術』だ」という——。

■評価を上げたリーダーから学べるセルフプロデュース術

コロナ禍で、各国の首脳が国民に向けて自粛要請やロックダウンのメッセージを発令したことは記憶に新しい。世界が危機的な状況に直面するなか、各国の政策や首脳のプレゼンス、危機管理能力が比較される機会となった。

活躍が際立ったのは、台湾の蔡英文総統首相やニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相をはじめとする女性首脳だ。特に話題となったのは、ドイツのアンゲラ・メルケル首相の3月18日のスピーチである。

英ガーディアン紙は、3月下旬にはメルケル首相の支持率が79%になったと報じた。3月上旬に比べて11ポイントも急上昇した。

■スピーチは「聞く」ではなく「見る」もの

メルケル首相のスピーチは、なぜ評価されたのか。その理由のひとつは「視覚で国民にアプローチした」からだろう。

このスピーチは、連邦議会議事堂を望む国旗とEU旗を背景に威厳ある部屋で収録された。ポーディアム(演台)ではなく、執務デスク越しに着座することで、リラックスした雰囲気とともに重厚感を演出している。服装は、普段からメルケル首相が好む青のジャケット。青は色彩心理的に誠実な姿勢と人々の心を静める効果がある。

そして特筆すべきは、手のジェスチャーだ。映像で見た場合、着座の状態は手が画面を占める割合が増える。そのため手の動きは強調され、人の視線を集めるようになる。

■指先にもスピーチのメッセージが宿る

彼女は机の上で、両手の指先同士を重ね合わせ、何度もひし形を作る。これは「メルケルの斜方形」とドイツの地元メディアなどで呼ばれ、もはや彼女のトレードマークと言われている。

メルケル首相は、このポーズで心の安定をはかり、姿勢を正すためだと言及しているが、元FBI捜査官のジョン・ナヴァロ氏によると、これは尖塔のポーズと呼ばれ、社会的地位の高い人が日常的にするポーズで、考え方や地位等に自信があることを表す(※1)

※1:ジョン・ナヴァロ『FBI捜査官が教える「しぐさの心理学」』(河出出版)

好評なスピーチの裏側には、こうした視覚的な効果もある。ジェスチャーは自身にぶれがないこと、自分の考えにどれだけ熱心で自信があるかを国民に知らせる効果があるのだ。言い換えれば、指先だけでもコミュニケーションを交わせるということだ。

指先といえば、こんな話もある。私がメディアトレーニングを請け負った航空会社の広報担当者は、50代後半の男性にもかかわらず、爪を磨き、甘皮の手入れも行き届いており驚かされた。いざ会見が始まり着座すると、両手を机の上で卵でも包むかのようにふんわりと重ねた。

手入れされていない手元のアップ
写真=iStock.com/Alena Ivochkina
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Alena Ivochkina

■できるリーダーはネイルにまで気を遣うワケ

これは、以前行った会見の録画をチェックした際、会見では爪のささくれまで映り込むこと、また手の位置が安定すると安心感が生まれ、誠実な印象に繋がることを発見し、手入れを欠かさないようになったそうだ。

私は、クライアントの演説やスピーチで、気づいたことを本人へ指摘するが、それを正しく理解していただくには、やはり、本人が自身の動画を見て気づく以上のきっかけはない。自分の目で見極めたことは、強く印象に残り、責任も生じ、次の課題を見いだそうとする。

こうした経験は、最近浸透したリモート会議で覚えがある人もいるのではないだろうか。会話とともに、服装をはじめ、表情、立ち居振る舞い、そして、文具のメーカーや背後の家具や写真立てなどおびただしい情報が、「あなた」を示すものとして発信されるのだ。

ペンをぶらぶらさせて回す癖、携帯電話を頻繁に眺めるなど無意識の動作が、あなたの印象や会話にどのような影響を及ぼすか、危機管理の一貫として、少しクリティカルに見直してみてはいかがだろうか。

■納得・共感させるスピーチとグリーフケアの両立

メルケル首相のスピーチが成功したのには、もう一つ理由がある。話題を出す順番が見事だったのだ。まず冒頭に、「首相として、また政府全体の基本的な考えを伝えるため、民主主義国家でその政治が下す決定の透明性を確保し、説明を尽くすことが必要である」と明言した(政治の透明性=前提の説明)

それに基づき、感染拡大については、継続的に協議を行っている専門家、研究機関を明らかにした。国民に強いる行動の制約は、感染速度を遅らせる、ワクチン開発の時間を稼ぐ、医療崩壊を回避するためという理由を明確にした(根拠の提示)

続いて、社会経済活動の制約については、「絶対的な必要性が無ければ正当化し得ない。安易に決めてはならず、決めるのであれば、一時的にすべき」と明言した(意志決定のプロセスおよび考え方)

そして、経済的打撃に直面する企業や労働者を支援するあらゆる策を講じる力と意思があることを強調した(支援の意志)

このように、メルケル首相は国民に対して政治的判断を、ただ決定事項的に伝えるのではなく、それぞれの決定に至ったプロセスと根拠、そして考え方を明確かつ丁寧に説明した。また、国民に対して一方向で発信したにもかかわらず、「ええ、わかります」と時折相づちを打つのは、まるで、国民の声を傾聴しているかのようだ。

■原稿を読むだけでは聞き手に信頼してもらえない

これは、「グリーフケア」と共通する手法である。グリーフケアとは、悲嘆を抱える人の側に寄り添い、サポートする心のケアを指す。その最初の一歩はゆっくりとうなずくことだ。声にならない内なる声に理解を示すため、ゆっくりとうなずく。欧米では、人固有の喪失感に寄り添うグリーフケアは、終末医療のターミナルケアと死生学とともに宗教的な背景で発展した。

人は、喪失感を共有する信頼できる存在を求め、共に次の一歩を踏み出そうとする傾向がある。メルケル首相は、国民の生死の不安を包み込むようなたおやかさで、国民との信頼関係を構築した。そして、避けることのできない制約を伝えるに至った。こうした寄り添うプロセスは、まさにグリーフケアだ。

グリーフケアの考え方は、ある業務でも効力を発揮する。それは誰もが避けたいであろう「クレーム処理」においてだ。知人の大手企業のクレーム処理代行会社の社長いわく、とにかく相手の主張を丁寧に聞き、信頼関係を築くことで、最終的には円満に近い形でこちらの要望を受け入れてもらえるようになるという。

社会人になれば、時には相手にとって不都合なことを伝えねばならないこともある。そうした場合、こちらの要望を伝えるには、時間を割いて相手の主張を傾聴することがとても大切なプロセスといえるだろう。

■聞き手をくぎ付けにするスピーカーの視線

メルケル首相のこのスピーチは、1台のカメラで収録された。1台のカメラに向かって語ることで、彼女の視線は一点に定まり、視聴者は疑似的にメルケル首相に見つめられている状態になる。さらに口調は、まるで家族に語りかけるような優しいもので、声のトーンも非常に落ち着いていた。

これらの相乗効果により、家庭のリビングで見ている人から、医療現場にて端末で見ている人まで、当事者意識をもたらすことに貢献した。

同じような例に、英国のエリザベス女王のメッセージがある。こちらはウインザー城のホワイトドローイングルームという部屋で撮影された。温かみのあるインテリアに囲まれ、心を和らげる緑の装い、そして、メルケル首相同様にカメラ1台に向かって国民の安寧を祈り、途中、医療現場の人々の映像も交え、緊迫の中にも一人ひとりに語りかけているように振る舞った。女王らしい慈悲に満ちた演出といえるだろう。

私たちはさまざまなシーンで、スピーチや発言を聴く機会がある。その中で時々、「自分の話を聞かせてやる」といった姿勢のスピーカーはいないだろうか? そうした人に一つ覚えてもらいたいことがある。

それは、スピーカーの話す時間も、聴衆が聞く時間も、同じ15分なり、90分であるということだ。つまり、同じ時間でも、沈黙で聞くほうは長く感じる。すなわち、「聴かせる努力」が求められるのだ。

■共感を得る「エピソード」と「ストーリー」

ここで、幾つかテクニックを紹介しよう。

まず説得力を増すには、聴覚的要素を活かすのが効果的だ。腹式呼吸で発声した声はマイクに乗りやすく安定する。次に、常に自分の身近な人に語りかけるイメージをすることで、緊張が解きほぐれ、書き言葉でなく、わかりやすく話しかけるような調子になる。シンプルな方法だが、親近感や温かみをもたらす効果は大きい。

また、メルケル首相もエリザベス女王も、仕事に行けない人々、学校に行けない子供たちと視聴している層を具体的に挙げている。

特にメルケル首相は、奮闘する医療従事者だけではなく、スーパーのレジ係や商品棚の補充担当者などにも感謝を述べることで、国民はより一層身近に感じた。私たちも具体的なエピソードやストーリーを盛り込むことで、聞き手の共感を得られるようになる。

■女性リーダーがスピーチに強い理由

ジョージタウン大学教授 デボラ・タネン氏によると、男性は会話の中に潜む上下関係を決めるパワーダイナミクス(権限の力学)に敏感な傾向が、女性は関係を築くラポールダイナミクス(親密さの力学)に反応する傾向があるという(※2)。そのため女性は他者を立てる話し方をし、相手を見下していると取られかねない内容は和らげて表現する傾向がある。

※2:ハーバード・ビジネス・レビュー編集部『コミュニケーションの教科書』(ダイヤモンド社)

男性首脳の中には、自身の考えを押し通すため科学的根拠を無視する者もいるが、女性首脳は、いかに権威ある立場であろうが、親密さと同時に自分の存在意義を意識した振る舞いを欠かさなかった。

ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相は会見で、「私たちが指示することは、常に完璧ではないでしょう。でも、私たちがしていることは、基本的に正しいものです」とへりくだりも見せた。権限の力学を重んじる男性には難しいものだ。

アーダーン首相はフェイスブックに投稿した動画も話題になった。トレーナー姿で、国民の質問に答えたり、子供を寝かしつけたりした後は、首相の母性とリラックスした雰囲気を国民に見せ、時間を共有した。不安を抱えた国民に対し、親密さの力学の下、常に人々に寄り添い、仲間を増やし、合意形成を図っていったのだ。

■「危機の時代」の寄り添う姿勢や言葉の選び方

このコロナ禍に、私たちは数々の分断を経験した。人種、貧富、職業、ジェンダー、自粛警察……。新しい生活様式では、こうした分断を避け、自分対聴衆といった軸を作らないラポールダイナミクスを意識する必要があることが、各国の女性リーダーから分かるだろう。

以前より、他人と会うことに対し、慎重にならなければならない分、相手に寄り添う姿勢や、言葉の選び方がより重要になったのは間違いない。まずは、Zoomで親身に話しかけるところから始めてみるのはいかがだろうか。

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乳原 佳代(うはら・かよ)
印象戦略コンサルタント
大阪府出身。航空会社退職後、英国ロンドンシティーリットでコミュニケーションを学ぶ。帰国後、印象戦略コンサルティング会社キャステージを起業。危機管理の観点から、行政や大手企業で演説トレーニングや服装戦略を手掛ける。また、日本政策学校講師、上智大学グリーフケア研究所認定臨床傾聴師、麹町中学校「制服等検討委員会」アドバイザー、ラジオ日本「ラジオ時事対談」レギュラーも務める。

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(印象戦略コンサルタント 乳原 佳代)

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