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「日本の財政は10年後に破綻する」が10年前から外れ続けている理由

プレジデントオンライン / 2020年7月22日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/itasun

自国通貨建ての国債を発行でき、かつ変動相場制を採用している国では財政破綻は起こりえないので、政府はもっと積極的に財政出動すべきだ。こうした主張をする異端の経済理論「MMT(現代貨幣理論)」が注目を集めている。経済アナリストの森永康平氏は「10年前から『日本の財政は10年後には破綻する』と言われてきたが、いまも破綻していない。この現状が、MMTを実証している」と指摘する——。

※本稿は、森永康平『MMTが日本を救う』(宝島社新書)の一部を再編集したものです。

■現代貨幣理論とはなにか?

MMT(現代貨幣理論)とはどのようなものなのか。MMTでは貨幣を借用書として捉えている。この借用書はIOUとも言うが、これは英語で「あなたに貸しがある」というI owe youからもじったものである。

分かりやすく説明するために、太郎と花子に登場してもらおう。

太郎の庭では夏にスイカが、花子の庭では冬にミカンが穫れる。そこで花子は冬にミカンをあげるという借用書と引き換えに太郎からスイカをもらった。

次に次郎の庭では秋に柿が穫れる。そこで、太郎は花子からもらった借用書と引き換えに、次郎から柿をもらった。この時点で、次郎は冬になったら借用書と引き換えに、花子からミカンがもらえる状態になった。

このように、最初花子が出した借用書(負債)は貨幣のようなはたらきをして、3人の世界でやり取りされ、交換媒体として使われている。

仮に太郎が花子とスイカとミカンを物々交換していたら、どうなるか。交換したタイミングで取引は完了してしまい、貨幣にとって重要な信用や負債という概念は発生しない。しかし、収穫のタイミングがズレることで「スイカという実物に対して、将来もらえるミカン」という、取引成立時点では実物ではない借用書が交換された。ここに2人の間で信用と負債という概念が発生するというわけだ。

■商品ではなく、「信用と負債」が貨幣価値を決める

また、この話が成立するためには、3人全員がお互いのことを完全に信用している必要がある。たとえば、太郎が花子からスイカと引き換えに借用書を受け取り、それを次郎に渡して柿を受け取ろうとした際に、次郎が「花子は信用できないから、その借用書は受け取れない」と言ったら、借用書が3人の世界で貨幣のように流通することはなくなってしまう。

このことから言えることは、誰しも貨幣(借用書という負債)を発行できるが、全ての人々がそれを信用しない限りは貨幣にはなりえないということだ。

つまり、MMTにおいては、貨幣の裏付けとしての商品(金や貴金属)の価値が貨幣を貨幣として流通させるという「商品貨幣論」ではなく、全ての人々が信用する負債が貨幣として流通するという「信用貨幣論」を適用しているのだ。

■国と国民と紙幣の関係が分かるモズラーの逸話

MMTが商品貨幣論ではなく、信用貨幣論を支持するということを説明した。しかし、それだけでは、経済学者のランダル・レイが商品貨幣論について、「間抜け比べ」や「ババ抜き」として、説得力に乏しいと指摘したことと変わらない。全ての人々が信頼しているから、その借用書を貨幣として扱うということは、ババ抜きと変わらないではないかと考える人もいるからだ。

ではMMTにおいて貨幣に対する考え方とはどういうものか。ここでMMTを理解するわかりやすいたとえとして、MMTの生みの親ともいわれる投資家のウオーレン・モズラーの名刺の逸話を紹介したい。

モズラーが自分の子どもたちが家の手伝いをしないため、ある日「手伝いをしたらお父さんの名刺をあげるよ」と子どもたちに言った。そうすると、子どもたちは「そんなものはいらない」と答えて手伝いをしなかった。

そこでモズラーは、今度は子どもたちに、「月末までに30枚の名刺を持ってこなければ家から追い出す」と伝えたところ、家から追い出されたくない子どもたちは必死に手伝いをして名刺を集め始めた、という話だ。

逸話に出てくるモズラー(お父さん)を国として考え、名刺を貨幣、子どもたちを国民として考えれば、月末に30枚の名刺を納めよという指示が加わることで、何も価値のない名刺(不換紙幣)を子どもたち(国民)が喜んで受け取る理由がわかる。

「国家が自らへの支払い手段として、その貨幣を受け取ると約束する」という部分をこの逸話は非常にわかりやすく示している。

■大事なのは、その貨幣が税の支払いに使えるか

モズラーの逸話に、MMTを理解するのに重要な3つの要素が含まれている。

この考え方をもう少し深掘りしていくと、MMTの主張の1つに近づく。「月末までに30枚の名刺を納めよ」という指示は、国民が国家に税金を納めることと同じだからだ。もともと名刺に価値はないが、父がそれを受け取ることで、家から追い出すという罰を与えない。だから子どもたちは名刺を集める。

これは言い換えると、貨幣(不換紙幣)には裏付けとなる価値はないが、国が納税する際の支払い手段として受け取る。だから国民は裏付けとなる価値のない貨幣を集めようとする。読者は同じことだと感じるだろうか。

つまり、MMTの考え方では、その貨幣が納税の際の支払い手段として使えるかどうかが、その貨幣が流通するかどうかを決める際に重要な要素になる。

税金の存在が貨幣を獲得・保有するインセンティブを国民に与える。この考え方をタックス・ドリブン・マネタリー・ビュー(Tax-Driven Monetary View)といい、ランダル・レイは「租税が貨幣を動かす」(Taxes drive money)と表現している。

これがMMTを理解するための、2つ目のキーワードだ。

■税金は財源ではなく、貨幣価値を保証するもの

タックス・ドリブン・マネタリー・ビューに対しては「徴税をする国と納税をする国民の間でしか貨幣が流通しない」からおかしいという指摘があるが、それは間違っている。全国民が消費の際に課税される消費税や、日本に住む多くの国民が支払うことになる住民税など、いろいろな税は存在する。だから、その国において納税の際に決済手段となる貨幣を、普段の経済生活でやり取りをするインセンティブは発生している。

仮にいっさい課税されず、納税の義務もない国民がいたとしても、周りの国民が納税する義務を負っているなら、納税に使用できる貨幣を持っていた方が得である。その貨幣と引き換えに、周りの国民が生産するモノやサービスを受け取れるし、労働力として使うこともできるからだ。つまり、MMTの主張としては、税金は財源ではなく、貨幣の価値を保証するものなのである。

■「財政健全化が優先」は誤った考え方だ

本稿ではMMTにおける主張を見てきたが、著名な経済学者から中央銀行や政府関係者に至るまで、MMTは多くの否定的な意見を集めている。多く見られる否定的な意見の1つが、「財政赤字を続けるのは不可能であり、財政黒字を目指す、つまり財政健全化が重要だ」というものだ。しかし、これまで見てきたMMTの考えからすれば、この考え方は誤っている。

MMTから見た反論はこうだ。まず、「機能的財政論」に基づけば、財政が赤字だから緊縮財政、黒字だから財政拡張といった、数字だけを見て財政政策の方向性を決めることはないということだ。

不況なら財政赤字であろうが財政拡張し、財政黒字であってもインフレが亢進(こうしん)する場合は緊縮財政をして総需要を抑えにいけばよい。

「ストック・フロー一貫モデル」の観点から言えば、財政黒字が生じているということは、民間部門か海外部門で赤字が発生しているということであり、それは結果的に過剰な借り入れやバブル発生の懸念要因となる。また、民間部門の借り入れ、債務膨張が続くはずもなく、いずれはバブル崩壊へと繋がっていってしまう。民間部門で貯蓄を発生させるためには、政府部門が赤字であることが基本的な状態であると考えられるため、財政黒字を積極的に目指すことはおかしいのである。

■自国通貨発行権があるなら財政出動できる

巨額の財政赤字、世界最悪レベルの政府債務残高と言えば、私たちが住む日本がいの一番に挙げられる。ただ、MMTの考え方に基づけば、日本は自国通貨を発行している国なので、税収による財政的な制約を課されることもない。だから財政赤字を気にせずにもっと積極的に財政出動をして、成長を促した方がいい、となる。MMTでは税収ではなく、物価上昇率が制約になるが、日本はデフレ状態にはない。むしろ低インフレ状態が長期にわたっているため、MMTの観点からは十分に財政出動をする余地があるということになる。

以上がMMTに対して「財政赤字は悪。財政健全化が重要だ!」という否定的な意見が出た場合の反論になる。

■「MMTはハイパーインフレが起きる」という懸念

MMTに対する否定的な意見の代表格ともいえるのが、「無制限にお金を刷るとハイパーインフレが起こる」というものだろう。GDPに対する政府債務の比率が高くなりすぎると、国債価格が暴落(金利が急騰)し、貨幣価値が下落して輸入価格も急騰し、ハイパーインフレが起きるので、政府の債務残高を増やすのではなく減らしていかないといけないという考えである。一方で、MMTでは自国通貨建てで国債を発行できる主権国家は、政府債務の残高を問題にする必要はないとしている。

この時点で既にMMT支持派と否定派では前提が真逆のため、議論にならなそうだが、筆者が見かけることの多いMMT批判は、「MMT論者はお金をいくら刷ってもハイパーインフレは起こらないと言っている」というものだ。

これはMMTを理解しないまま、誤解に基づいて批判してしまっていると思われる。冒頭の否定的な意見とは少しニュアンスが違うのがわかるだろうか。

■行きすぎたインフレには歳出削減で対応する

たとえば、「機能的財政論」に基づけば、財政支出をすることで総需要は増加するが、総需要が経済の生産キャパシティを超えてしまえば、当然インフレは生じる。仮にインフレが行きすぎた場合には増税や歳出削減などで対応すればいいというのがMMTの考え方である。

つまり、MMTの枠組みであってもハイパーインフレが起こる可能性はあるのだ。MMTを否定するのであれば、「自国通貨建ての借金ができる国が財政破綻することはない」という点と、「インフレを抑制するためには増税や歳出削減をすればいい」というどちらか、または両方を否定しなければいけない。

後者を否定する論法として、「増税や歳出削減には政治的なコストがかかるため、インフレの兆しが見えてから動いては間に合わない」という意見もある。だがそれもまたMMTへの理解が足りていないと思われる。

MMTでは、所得税(累進課税)は好景気になると負担が増え、民間の消費や投資を抑制する。そのため、増税や歳出削減をしなくとも財政赤字が削減され、インフレを抑制する効果があることも主張している。

■「10年後に財政破綻する」と言われてきたが…

また、日本ではこの20年間で2回消費増税をし、公共投資を大幅に削減したにもかかわらず、世界的に見ても高い政府の債務残高がある。しかし、低インフレを継続し、更にこれから再度デフレに突入する可能性すら見えている。残念ながらこの現状は、またしてもMMTの主張を実証してしまうことになる。

「日本の財政は10年後には破綻する」という話は過去20年以上続けられているが、いまだにその兆しは見られない。財政破綻論者は時として「オオカミ少年」と揶揄(やゆ)されており、具体的にGDPに対する政府の債務残高が何%になれば国債価格は暴落するのか、という話になっても、その際に示される数字は常に引き上げられ続けてきた事実は前述した通りである。

過去の歴史を遡(さかのぼ)っても、ハイパーインフレが起きた理由の多くは、戦争で供給力が破壊された場合や、経済制裁によって国内の物資が不足した場合などであり、日本のような先進国において財政赤字だけが理由でハイパーインフレが起きたことは一度もない。

■いくらでも借金できるなら税は必要ない?

日本でもMMTという言葉の認知度が上がっていく中で、MMTについては様々な意見が出るようになった。もちろん否定的な意見だけでなく肯定的な意見もある。しかし、MMTの表面的な部分だけを理解していたり、先程のハイパーインフレのように誤った理解をしているケースも増えているように思われる。

森永康平『MMTが日本を救う』(宝島社新書)
森永康平『MMTが日本を救う』(宝島社新書)

たとえば、「MMTによれば国はいくらでも借金ができるわけだから、税金は必要ない。よって、無税国家ができあがる」というものだ。

「モズラーの名刺」や「タックス・ドリブン・マネタリー・ビュー」の説明時に述べた通り、現代の不換紙幣を国民が喜んで受け取り集めようとするのは、貨幣が納税手段として使えるからである。つまり、「税が貨幣を駆動させる」というMMTの基本的な考え方を全く理解できていない人にしか「MMTは無税国家を実現する」という発想ができないのだ。

統合政府は国民に対して納税させる際に、物納を求めることも可能だが、あえて貨幣で納税させている。そうすることで、貨幣が負債ピラミッドの頂点として君臨し、下層の負債に対する共通単位として機能するのである。仮に統合政府が発行する貨幣が納税手段として使えないのなら、貨幣の価値は不安定になり、結果的に他の安定した貨幣にとって代わられるリスクも発生するだろう。

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森永 康平(もりなが・こうへい)
マネネCEO/経済アナリスト
証券会社や運用会社にてアナリスト、エコノミストとしてリサーチ業務に従事した後、複数金融機関にて外国株式事業やラップ運用事業を立ち上げる。業務範囲は海外に広がり、インドネシア、台湾、マレーシアなどアジア各国にて新規事業の立ち上げや法人設立を経験し、各法人のCEOおよび取締役を歴任。現在はキャッシュレス企業のCOOやAI企業のCFOも兼任している。日本証券アナリスト協会検定会員。近著に『MMTが日本を救う』(宝島社新書)がある。

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(マネネCEO/経済アナリスト 森永 康平)

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