なぜ私たちは「72回も聞いた校長の話」をまったく覚えていないのか
プレジデントオンライン / 2020年8月7日 9時15分
※本稿は、富士晴英とゆかいな仲間たち『できちゃいました! フツーの学校』(岩波書店・岩波ジュニア新書)の一部を再編集したものです。
■小中高で「72回」は校長先生のお話を聞いてきた
日本の学校は、一般的に学期ごとに始業式と終業式があります。その度ごとに、「校長講話」のようなものがルーティーン(お決まりの慣習)のように位置づけられているのも、一般的です。私がこのことに気づいたのは、校長になって最初に1学期の始業式の「式次第」を見たときです。
私は子どもの頃、一般的な学校に通っていたので、小学校から高等学校まで、3学期制を繰り返される度に、始業式と終業式を経験してきました。というか、してきたはずです。ということは、年間6回×12年間=72回ほど、ときの校長先生のお話を聞いてきたはずです。
が、その内容については、「まったく記憶にございません」というのが、事実です。おそらく、それは、かなり多くの子どもたちにとってもまた事実ではないかという確信さえありました。
■高校生に話すことは、いつも一つ
そこで校長の私が考えたのは、生徒たちが前を向いて聞く姿勢をみせる式にしたいということです。そのためには、私からの思いつきのメッセージを伝えるのではなく、例えば生徒会長から学期のポイントや総括を直接伝えてもらうやり方に変えようと決めました。そのようなやり方に変えたところ、歴代の生徒会長たちは、みんな気立てがよくて、自分の役割を立派に果たしてくれ、場を成り立たせてくれています。
とはいえ、「校長先生も何かやってください!」という真面目な生徒の声も聞き、舞台の袖でのんびりと様子を見ているだけというわけにもいかず、最後に登壇して短い話をすることになりました。
勤務している学校は、中学生と高校生とを分けて、それぞれに式を行うというスタイルです。私が高校生に話すことは、毎度ひとつです。
「君たちは、自己ベストの更新をしようとしているかな? したと言えるかな?」
です。私にとって、このメッセージなら、誰に対しても、気まずくありません。もちろん、語る私の高校時代に誇れる実績はありません。であるからこその、心を込めたつもりのメッセージです。
■高校生は「エリートではない」自覚をもつ時期
無遅刻・無早退・無欠席を成し遂げた皆勤賞、あるいは部活のキャプテンや学級委員長などを経験できる高校生は、ごく一部に過ぎません。多くの高校生は、そういう生徒に対して、あるいは学校や教員というものに対して、複雑な感情をもちながら、学校の秩序を受け入れながら過ごしているのだと思います。
「学校っておかしくね?」「先生はオレの名前も覚えてないのに……」という、エリートとは認められていない感からの自意識をもつ生徒が少なくないのが、高校生というものかもしれません。
普通の生徒はありのままの自分を理解してくれる大人を待っているのではないでしょうか。いい教員とは、生徒の本音・弱音・愚痴を受け入れられる大人なのだと思います。もちろんその前に、高校生の生徒は「この大人には、私の弱みを見せられるだろうか」という葛藤を経て、おなかを見せるかどうか決めるでしょうから、いい教員になるのはたいへんなことだと思います。
■「他人と比べない」自己評価で誇りをもってほしい
そこで、私が高校生に言いたいことは、「他人と比べる必要はない」「他人と比べられても、気にする必要はない」ということです。これは、日本社会を覆っている空気の問題なのかもしれませんが、相対評価に対する感度が、敏感すぎると、私は思います。年少のときから、それぞれの個性を尊重した多様な評価がなければ、生きにくい社会になってしまいます。そのことをおそれます。
だからこそ、間近で見守っている生徒たちに送る言葉は、他人との比較ではなく自分自身と向き合った結果としての「自己ベストの更新」なのです。
私は、生徒一人ひとりに自分を誇らしく思える高校生になってほしいと願っています。誇りとは、他人からの作用もあるとは思いますが、結局は自己評価だと思います。そのとき、有限な存在である自分自身が、何をもって成り立つのか。自分として、自分のベストを尽くそうとしたのだという実感以外、誇りをもって生きる根拠はないと思います。
自己評価とは、もちろん、絶対評価。他人と比べてどうかという次元ではありません。自分の感性、体力、良心との対話です。絶対評価は、高校生たち一人ひとりの心のなかにあります。それを「特別に教えてあげるよ、あなたにならね」と教えてくれる場面を心待ちにして、一人ひとりの教員は、今日も、教員をしていると思います。
■中学生で育みたいのは「自己肯定感」
健全な高校生=「自己ベストの更新」を目指そうとする生徒、否、青年、としたときに、青年になるための準備が必要です。自己肯定感なくして、自己ベストの更新マインドセットはありません。
そもそも、自己肯定感は、どこから生まれるのか。「好きなことを、好きなようにやって、手応えを感じたところ」からです。そんな体験、それが「学習歴」です。高校生に先立つ中学生時代に大切なことは、「明るく、楽しく、一生懸命」に過ごすことです。自然体でそれが自分のスタイルとなれば、自分に自信がつくし、よって自己肯定感が育くまれると思います。
問題は、そういう場を、どのようにして学校がつくるかということです。私立中高一貫校というと、効率よく大学受験に対応するサービス機関というイメージがあることは理解しています。生徒が本気で希望していれば、当然、親身になって応援しますが、しかしそれは中高一貫校の終盤の局面です。
それよりもそこに至るまでのプロセスこそが、大切です。中学生のときに、「自分のアイデアを、承認してもらえた」「他者のアイデアを積極的に承認できる経験を得た」「ここで、仲間や教員と過ごす意味を見つけることができた」。そういう場を、学校がつくることができるかということが、より重要です。
■学校が面白ければ、勉強好きになる
学校で一番長く過ごす時間は、授業です。だから、そういう実感をもてる授業をつくろうという思いでスタートしたのが、本校オリジナルの「アクティブラーニング」である、教科「理数インター」です。中学校全学年にこの新しい教科を導入するための職員会議で、私はこんな思いを伝えました。
「中学生に、この授業が一番面白いと、言わせてほしい」
「そのためには、教室仕様や授業ルールを変えていい」
「そもそも、生徒が英語や数学が好きになるのは、その先生を好きになるからであって、その前提として通っている学校が面白いからなので、その動線をみずから工夫してつくることのほうが大切だ」
校長もいい加減ですが、それを救ってくれたのは、そんな私の思いに応じてくれた教員がいたことと、生徒の反応です。生徒が、教科「理数インター」を楽しいと感じてくれ、それを見て当初は否定的だった教員が肯定的に意見を転じてくれたことで、私の中高一貫校イメージは、能天気ながら、成り立たせていただいています。
■中学受験が持つ、リアリティと愛おしさ
私の勤務校は、東京の私立です。中学校は義務教育ですので、受験しなくても、公立の中学校に行くことは保障されています。わざわざ中学受験を、わが子にさせているご家庭のおかげで、中学受験という世界は成り立っているともいえます。
教育熱心な層が多いと言われる東京の23区内でさえ、中学受験をする家庭は、少数派です。そもそも、12歳で、子どもの何かが決まるわけではありません。中学受験をするということは、一定の条件を満たしたご家庭にできるチャレンジの機会で、うらやましいことではないでしょうか。
一生懸命がんばることの大切さ、にもかかわらず第一志望に合格できるとは限らない現実に対する、リアリティと愛おしさを共有するための中学受験にしてほしいと思います。
のんきなことを言っていると思われているだろう私も、中学受験を支援できる方法を考えています。そもそも、12歳をひとつの「もの差し」ではかるという発想を変えました。
■オンリーワンの「学習歴」をまっすぐ評価する入試
従来、中学受験科目とは、算数・国語・理科・社会の4科目が伝統的なスタイルでした。今世紀に入ってから、公立中高一貫校が誕生し、適性検査型入試が行われるようになりました。こうした入試方法に対応する力を身につけるために、学習塾にかよう小学生がいます。
学習塾で学ぶ子どもたちのたいへんさと健気さ、保護者の切ない思いは、知っているつもりです。一方、それだけが、12歳の「学習歴」だろうか、と思います。子どもが自分でつくりだした「学習歴」を、まっすぐに評価してくれる学校があったら、嬉しいと思う受験生やご家庭は、たくさんあるはずだと思います。であれば、その入試を設定してみようと思いました。
結果、現在10種類の入試方法を実施している中学校となり、「日本一入試方法の多い中学校」を自認しています。特に、オンリーワンの「学習歴」を、「聞いて、聞いて!」と語る12歳にめぐり会いたいからつくりだした、「プレゼンテーション型入試」があります。
チャレンジしなければ、結果はないし、結果について考える成長のステップや葛藤もありません。だから、私は、プレゼンテーションのチャンスを、マイクを握るチャンスを、せめてご縁のあった子どもたちに、提供したいと思っています。
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宝仙学園中学校・高等学校共学部理数インター・高等学校女子部校長
1958年宮城県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。著書に『できちゃいました! フツーの学校』(岩波ジュニア新書)。宝仙学園中学校・高等学校
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(宝仙学園中学校・高等学校共学部理数インター・高等学校女子部校長 富士 晴英)
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