「肥料なしで糖度12.8→18.8度」奇跡のパインを生んだ"道法スタイル"の非常識
プレジデントオンライン / 2020年8月1日 9時15分
■収穫激増、野菜・果実の枝を「垂直に立てる」常識破りの“道法スタイル”
今年6月、自分史上最高においしいパイナップルに出会った。
台湾のパイナップルだ。完熟していて香りがよく、甘みがとても強い。そしてただ甘いだけでなく、パイナップル特有の、ツンツンした刺激もほとんど感じない。味が調っていて、食べやすいのだ。
ラベルにおじさんの顔がついている。「Mr.DOHO」……ミスター・ドホ? おじさんが気になり、「Mr.DOHO パイナップル」でググってみた。道法正徳(どうほう・まさのり)さんという方らしい。その道法氏が監修した家庭菜園の本が出ているというので、書店に探しに行ってみた。
『道法スタイル 野菜の垂直仕立て栽培』(道法正徳:監修/学研プラス)は、家庭菜園のガイド本コーナーで、ひときわ異彩を放っていた。
肥料も農薬も使わず、野菜の枝を「縛って」「垂直に立てる」ことで植物ホルモンを活性化し、収穫量と味をよくするという、新発想の栽培法だという。もともと家庭菜園誌『野菜だより』の連載記事のひとつにすぎなかったが、連載が開始されるや、そのシンプルな理論と実践のしやすさ、そして確かな実績が読者の大きな反響を呼び、連載終了後に書籍化された。
考案者の道法正徳氏(67)は、JA広島果実連の技術指導員としてキャリアをスタートさせた、果樹や野菜の自然栽培のプロである。現在は独立し、広島を拠点に国内外の現場を飛び回る道法氏に話を聞いた。
■逆転の発想から生まれた革命的な栽培法
「もともとは、40年ほど前に広島でミカン栽培の技術指導員をしていた時、ミカン農家への指導がうまくいかなかったのがきっかけでした」
ミカンなどの果樹栽培では、「隔年結果」といわれる、1年おきに豊作と不作が繰り返される現象が、長年の課題だった。対策としては「肥料や堆肥をやる」ことが不可欠とされ、枝の剪定(せんてい)は「立ち枝(真上に伸びる枝)を切って、横枝(横に伸びる枝)を残し、日当たりや風通しをよくする」ことが正しいとされてきた。
地域の農業を支える技術指導員として、隔年結果のままの状態では、生活がかかっているミカン農家に申し訳ない。そこで4年目に、全て逆のことをやってみようと思いついた。
まずは剪定の逆バージョン。「立ち枝を切らない」のである。立ち枝には、元気な花が咲き発芽も起こる傾向にある。植物の特性上、発芽した分だけ根っこも出る仕組みなのだ。それに対して横枝は、弱い花が多く咲き発芽しない。そして発芽しないので根っこも出ない。それが隔年結果の理由のひとつになっていた。
次に、ミカン苗木の育て方を見直した。それまでは、3本の新芽を「斜めに」誘引するのが常識とされていた。それを、先輩のアドバイスもあり「新芽を5本にして、先端を『上に』向けてみよう」という事になった。そこに肥料をやりましょうと指導した。
■「完全な失敗」が新発想のきっかけになった
ところが、指導した農家の中に1人だけ、言うことを聞かずに新芽だけはなく枝ごと垂直に縛った人がいた。当然、葉っぱ同士は密着し、風通しも日当たりも悪くなる。そればかりか、「手間がかかるから」と、肥料もやらなかった。
しかし、それが驚きの結果をもたらした。その人の苗木が一番よく育ち、味も最高のミカンがとれたのだ。この実体験をきっかけに、道法氏は新発想での果樹と野菜の栽培法を研究することになる。
■「植物ホルモン」に着目、悪条件の苗木が、なぜ一番育つのか?
肥料もやらず、日当たりも風通しもよくない苗木が、なぜ一番よく育ったのか。
道法氏が着目したのは「植物ホルモン」だ。当時すでに「植物ホルモン」の働き自体は広く知られていたが、それまでは、「植物ホルモンを人工的につくり(農薬登録されている植物成長調整剤がこれにあたる)、それをどう使うか」というアプローチが主流だった。
ところが一番よく育った苗木は、人工的な植物ホルモンなど投与していない。そこで道法氏が導き出した仮説は「植物に内在している植物ホルモンが、大きく作用したのではないか」というものである。人間が、「交感神経」と「副交感神経」のふたつに分類される自律神経のバランスを整えることで、健やかに過ごすのと同様に、「植物自らがつくる植物ホルモンのバランスが整うことで、よく育つ」という、それまでにない発想だった。
果物や野菜の生長に関わる植物ホルモンとして代表的なものは、促進型の「ジベレリン」「サイトカイニン」「オーキシン」と、抑制型の「エチレン」「アブシジン酸」の5種類だ。
まず発根や結実性を高める「オーキシン」だが、これは重力に従って上から下へ移動する。そこで、枝を垂直に立てることで「オーキシン」の移動効率を高めて、発根量を最大化させたのだ。
根の量が増えると、細根部分でつくられる「ジベレリン」「サイトカイン」の量も増える。それが導管を通って地上部へと移動し、枝葉の生長を促して果物や野菜を大きく生長させるのだ。また、「エチレン」の効果で病気や害虫が防げるとともに、味もよくなるという。
■1本あたりの収穫量30キロだったブドウが道法スタイルでは52キロに!
そして植物ホルモンのバランスを整えるために重要なのが、野菜の「仕立て方」だ。
基本は「枝を垂直に立てる」だが、スイカやメロンなど果実が大きくて垂直にするのが厳しいものはツルを束ねて2本の「棒」で挟んで一方向に伸ばしたり、枝をひもで吊り下げたりする。ただ、道具はいずれも支柱や麻ひもといったホームセンターで調達可能なもので、特別なものは何もいらないし、仕立てる方法も至ってシンプル。いろいろな野菜が上を向いて垂直に立てられている様子はとてもユニークだ。
土づくりも特徴的だ。肥料も有機物の堆肥もやらないし、地中にある石も取り除かない。むしろ石は、根を刺激して植物ホルモンの「エチレン」を増やしてくれるため、積極投入したほうがよいそうだ。
そんな栽培法を提唱する道法氏のもとには、国内外から講演や技術指導の依頼が舞い込む。「家庭菜園を始めたい」というお手軽なものから、農家や大学、JAや地方自治体まで、教えを求める顔ぶれも幅広い。
山梨大学では、技術指導だけでなく、ブドウ栽培の研究も支援した。学内の畑で、同条件の苗木を通常の栽培法と「道法スタイル」の2パターンで栽培し比較したところ、通常の栽培法のブドウの収穫量が1本あたり30キロだったのに対して、道法スタイルのブドウは52キロもあったという。
■常識を疑った新発想「道法スタイル」に同業者や専門家も喝采
常識とは真逆の「道法スタイル」は、最初から受け入れられたのだろうか。
「元の職場では、『内容が間違っている』と受け入れられず、最終的には現場から外されました。いわゆる左遷です。組織としてはもともと保守的なところがあるし、それまでの農業の常識とは真逆のことをやっていたからだと思います。でも、反対されるぐらいでないと、新しいことはできないという思いがあったし、何より現場でわかった真実を伝えたいという気持ちがどんどん強くなったので、勤続28年(52歳)で退職し、その後独立しました」
その熱い思いに共感する道法ファンも増えている。そのひとつが、筆者が出会った台湾のパイナップルの、生産農家だ。
「2019年に、大阪中央卸売市場から相談がありました。『毎年3月から6月にかけて、台湾から輸入しているパイナップルに特徴がなくて売り上げが芳しくない上に、気温が上がると腐敗果が増え、品質が安定しない』というのです」
かつて道法氏には、台湾でパイナップル栽培の指導をした経験があった。その当時のポイントは、「肥料をやらない」ことだった。肥料をやると、それが植物内でアンモニアに変わるため、エグミが出る上に腐敗しやすくなるのだ。
その道法氏の経験と、依頼者の「輸入品の売り上げを伸ばしたい。輸入果物でも儲かることを次世代の後輩に残したい」という思いが合致し、道法氏は台湾へ行くことになった。
現場に行ってみると、たくさんの肥料が使われていた。これでは植物ホルモンのバランスが崩れてしまい、徐々に品質が落ちていく。そこで、無肥料の「道法スタイル」での試作を提案した。
「『経営に影響が出ない範囲で、全体の1割ぐらい試してみましょう』という提案をしました。優秀な会社や団体ほど、1、2割は新しいことに挑戦します。それもできないなんてだめじゃないのと、彼らのハートをくすぐりました。台湾の人たちは、ただ儲けるだけではなく、『いいものを作って、喜んでもらって、儲けたい』という気質が強く、日本人と似ているところがあるなと感じました」
■肥料をやめ垂直仕立てにするとパイナップルの糖度が12.8度→18.8度へ
肥料をやめ、バンドで挟んで垂直にしてみると、すぐに変化が表れた。花の数が増えたばかりか、収穫の3カ月前に、葉が一斉に紅葉したのだ。そして収穫1カ月前に従来の栽培法のものと、道法スタイルの果肉を比較すると、中心部の糖度は、従来の栽培法のものが12.8度だったのに対して、道法スタイルのものは18.8度と、明らかに違いが出たという。果実の食味もよく、完熟した状態で芯まで食べられるパイナップルができた。
「道法スタイル」のパイナップルは、2020年から日本への出荷を開始。出荷した6500ケースは飛ぶように売れた。「無肥料のほうがよいものができる」という確信を得た農家は来年、収穫のタイミングまで管理を徹底し、出荷量も一気に2万7300ケース(前年比420%)まで拡大させる計画だ。
身近な家庭菜園から、プロ向けの果樹栽培まで、「道法スタイル」を求める人たちは幅広い。道法氏は現在、食品や農業関連の企業4社の顧問をしながら、地方自治体(熊本県の水俣市と芦北町)の依頼で技術セミナーの講師もつとめる。
収穫量や味がよくなるだけでなく、「無肥料・無農薬」という自然環境に配慮した「道法スタイル」は、安全で持続可能な栽培法として、いまの時代との親和性も高い。
また、道法氏の「常識を疑い、誰もやらないことに挑戦する。そして困っている人を助ける」というスタンスにもブレはない。栽培法だけでなく、その姿勢からも学ぶところは多そうだ。
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ライター
日系製造業での海外営業・商品企画職および大学での研究補佐(商学分野)を経て、2018年からライター活動開始。ビジネス、異文化、食文化、ブックレビューを中心に執筆活動中。
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(ライター 水野 さちえ)
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