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コロナ制圧のために中国共産党が「封鎖都市・武漢」でやっていたこと

プレジデントオンライン / 2020年8月14日 9時15分

中国で新型ウイルス肺炎拡大 武漢市の病院=2020年1月25日 - 写真=AFP/アフロ

新型コロナウイルスの感染が最初に拡大した中国・武漢は、2020年1月から2カ月半にわたり封鎖された。この間、「封鎖都市」では一体なにが行われていたのか。現地を取材した共同通信中国総局の早川真記者がリポートする――。

※本稿は、早川真『ドキュメント武漢 封鎖都市で何が起きていたか』(平凡社新書)の一部を再編集したものです。

■発熱外来には100メートルの行列が

武漢市が封鎖された1月23日に話を戻そう。このころ武漢市内では既に医療崩壊が始まりつつあった。湖北省の公式発表を見ると、23日までの武漢市の発症者は計約500人で、前日より70人増えた。死者は武漢を含む湖北省内で計24人だ。数字だけでは混乱ぶりがよく分からないが、市内の病院には発熱した患者などが殺到し、既に対応し切れない状態になっていた。

中国メディアによると、中心部にある「武漢市第七医院」には午前10時、つまり武漢が封鎖された時刻には、発熱外来に100メートルほどの行列ができていた。寒いのでコートを着て路上に並ぶ人たち。かたわらを担架で重症患者が運ばれていく。救急車以外にも、自家用車やタクシーで次々に患者が集まってきた。

中国では平時でも、救急車が来てくれないことは珍しくない。首都の北京ですらそうだ。私もけがをした友人のために救急車を呼んだものの、なかなか来ないのでタクシーで病院に運んだ経験がある。病人やけが人が出たら周囲の人と助け合って自分たちで運ぶのは普通のことだ。

都市が封鎖されたことも異常事態だが、インターネット上には「医者も看護師も物資もみんな足りない」「感染していない人も並んで感染するのではないか。危ない」といった武漢からの書き込みが既に相次いでいた。市内の各病院は軒並み行列が発生。待合室は人であふれ、床に座りこむ人も多かった。診察を待つ患者たちをかき分けるようにして防護服姿の医療従事者が行き交っていた。

■「初期の感染者は、ほとんど院内感染ではないか」

「自分も感染しているのではないか」。都市封鎖によって、それまで事態を楽観していた市民の不安感も一気に高まり、念のため病院に行こうという人も増えていた。しかし病院内は密集状態で、いつ感染してもおかしくない状態だ。感染を防ごうとマスクを何枚も重ね、コートの襟を立ててうつむく人たち。「もし感染していなくても、逆に病院で感染してしまう」。ベッドが足りないので、廊下や待合室も点滴を受ける人たちであふれた。深夜になっても行列は解消せず、むしろ増えるばかりだった。

武漢中心部に住む市民は後に、「初期の感染者は、ほとんど院内感染だったんじゃないか」と証言している。「武漢の冬は寒い。北京などの北国は住宅や公共施設の暖房がしっかりしているが、武漢にはそんな暖房はない。部屋という部屋は扉や窓を閉め、なるべく密閉して外気が入らないようにする。病院もそうだった。待合室、診察室、検査室、病室。みんな密閉状態だったし、そこに患者や付き添いの人、医師や看護師などが入り乱れていた。感染を防ぐために動線を分けることもなかった」と当時の様子を振り返った。

■「武漢市内にとどめよう」という当局の強い意志

高熱の患者とそうでない患者が接触する状況を一刻も早く解消する必要があった。「熱が37度3分以上の患者は市内の指定の病院で集中して受け入れよ」。武漢市当局の指示を受け、指定病院では高熱の患者の動線を分けるための急ごしらえの工事が始まった。ヘルメットをかぶった作業員たちが板と材木で即席の仕切りを作りはじめた。

武漢市で新型ウイルス対策の陣頭指揮を執る「新型肺炎防止コントロール指揮部」は24日に通知を出し、まずそれぞれの社区で発熱患者の分類をして、診察が必要な人がいれば車を手配して指定の病院に送り届けるよう求めた。「指定された発熱外来はいかなる理由があっても病人の受け入れを拒否してはならない」としている。同日の武漢市の会議では「感染の疑いがある患者は無条件に受け入れるようにする」と確認した。つまり、それだけ病人が診察を受けられない状況が拡大していたということだ。

この会議では「医薬品や医療機器の生産の保証に全力を尽くす」ことも申し合わせている。市内では薬や治療機器が足りなくなっていたのだ。また、「高速道路の出入り口から小さい道まで、武漢を離れるルートをしっかり規制し、断固として感染が外に拡大しないよう阻止しなければならない」と強調しており、とにかく新型ウイルスを武漢市内にとどめておこうという当局の強い意志がうかがわれた。

■65歳の母親は死ぬ間際に「喉が渇いた」とつぶやいた

そうしている間にも、まともな治療が受けられずに死亡する患者が増えていった。華南海鮮卸売市場の近くに住むタクシー運転手は、1月20日に65歳の母親が発熱した。共同通信に対する運転手の証言によると、病院に行くと1000人以上の患者が行列を作っていた。連日、母親に付き添って10時間以上並んだが、注射すら打ってもらえない。隣町の病院を目指したものの、警察官が交通規制を理由に阻止した。思わず「人殺し」と叫んだ。何カ所もの病院に受け入れを拒まれ、2月8日に死亡。死ぬ間際に「喉が渇いた」とつぶやいたという。

武漢市の男性の69歳の母親は2月1日に発熱。肺炎症状があり入院が必要だと診断されたが、医師からは「病床がない」と告げられた。救急車を呼ぶと「忙しい」と言われ、警察には「所管外」と突き放された。別の病院に行くと、多くの横たわる患者で床が埋め尽くされていた。母親はその日のうちに急死したという。

このように診察が受けられずに死亡した人は、新型ウイルスに感染していたかどうかも分からないので、死者の統計には含まれていない。市民らの証言によると、流行初期の混乱の中で、こうした統計外の患者や死者が多数いたとみられる。

また別の市民の証言によると、市内の病院は新型ウイルス患者の治療だけで手がいっぱいになり、他の病気やけがの診察がほとんどできない状態に陥った。外来受付が軒並み閉鎖されていたという。「私の周りでも、心疾患の治療が受けられずに親族を亡くした人がいた。同じような人がたくさんいる。こういった死者も新型ウイルスの犠牲者だ」と話した。

■患者や家族が医師や看護師を殴ったりする例が急増

患者だけでなく医療従事者も追い詰められていた。「もう耐えられない」。インターネット上では1月下旬ごろ、武漢市の病院で泣き叫ぶ女性看護師の動画が拡散された。医師や看護師が足りず、多くの医療従事者が不眠不休に近い状態だった。防護服やマスクなどの医療物資も不足し、感染する人も続出。中国政府の発表によると、2月下旬までに中国で約3000人の医療従事者の感染が確認されている。

湖北省の王暁東省長は1月26日、「3日以内に防護服やマスクの生産を拡大させる。3日後には省内の防護服の1日当たりの生産能力を1万2000件に、10日後には3万件に拡大する」と約束した。湖北省政府は30日の会見でも、省内の企業を動員して医療物資を増産し、中央政府や他省に援助を求めて不足を補うと再度強調している。高機能マスクや防護服が多数寄付されているとも説明した。だが当局が寄付を医療現場に公平に分配していないとの疑念も噴出し、省幹部は「批判を誠心誠意聞き入れる」と異例の釈明に追い込まれた。

医療従事者たちに対する暴力も問題になっていた。満足な治療が受けられない中、感情的になった患者や家族が医師や看護師を殴ったりする例が増えたのだ。湖北省当局は29日、人につばを吐きかけた感染者は刑事責任を追及すると通知した。30日には武漢の病院で死亡した患者の家族が医師を殴り、マスクと防護服を引きちぎったとして拘束された。あまりに過酷な環境に、現場の医師の不満は募る。当局は医療従事者を対象に、休日の付与や食事券の支給、子どもの進学や入試面での優遇措置を打ち出した。

■紙おむつで奮闘する医療隊を「最前線の模範」と称揚

一方、中国共産党は、人民解放軍の医療隊を武漢に派遣することを決めた。医療崩壊で死者が続出している武漢は、もはや「戦時状態」の位置付けとなった。

24日、迷彩服を着た軍の医療隊員らが乗り込んだ軍用機が、上海、重慶、陝西省西安から武漢へと飛び立った。同日深夜までに計450人の医療隊が武漢の空港に到着した。陸海空軍の軍医大学から選ばれた隊員たちだ。重症急性呼吸器症候群(SARS)が流行した際に出動した経験のある隊員も含まれる。重症者の多い市内三つの病院に分かれて配置された。

中国では、軍は国ではなく共産党の指導下にある。軍を指導する中央軍事委員会の主席は、習近平国家主席が兼務している。国内で地震や洪水など大規模災害が起きたときには軍が出動することが多い。国営メディアなどは、そのたびに軍による救援活動をたたえる報道を展開する。

武漢に入った医療隊についても、「私は共産党員です。行かせてください」「子どももいないので後顧の憂いはありません」などと志願した隊員らが「出征」したと報じた。また、「現場では6~8時間はトイレに行けない」として紙おむつを穿いて医療活動に携わった隊員のインタビューを放映し、「最前線の模範だ」などと報じた。

■戦時ムードを高めて、医師や看護師らを英雄扱い

並行して、人民解放軍以外にも省ごとに病院職員らによる医療支援団が組まれた。各地の空港から、段ボールに詰めた医療物資を携えた医師や看護師らが次々に武漢を目指して出発した。湖北省への医療支援団は、3月までに計4万人を超えた。

甘粛省では地元の共産党系メディアが、「美しい髪を切り落とし、戦地に赴く」として、湖北省に向かう医療団の壮行会で十数人の女性が丸刈りにされる動画を投稿した。涙を流す女性もおり、インターネット上では「明らかに嫌がっている」などと批判が集中。甘粛省当局は「丸刈りは感染予防のため」と釈明したが、専門家は「通常はキャップで頭髪を覆う」と疑問を呈した。

中国では、医療従事者の待遇が日本より低いとの指摘もある。しかも感染の危険性がある困難な現場への派遣だ。共産党としては、メディアを通じた宣伝で戦時ムードを高めて医師や看護師らを英雄扱いし、現場のやる気を高めようとしたのだろう。街頭や空港などでも、「白衣の天使に敬意を」などと書かれた横断幕をよく見かけた。

■10日間で建設された病院は、足元が泥だらけ

医療崩壊の事態を打開するには、病院を増やすしかなかった。1月24日、武漢市の中心部から車で1時間弱の湖畔の空き地で、数十台のショベルカーが一斉に地面を掘り返し始めた。患者を受け入れるため、新しい病院の建設が始まったのだ。工期はわずか10日間の突貫工事だ。中国政府は重症急性呼吸器症候群(SARS)が流行した2003年に北京で急ごしらえの専門病院を1週間で建設したことがあり、その経験を生かすことにした。

武漢に建設する新病院は「火神山医院」と名付けられた。敷地は東京ドームの約4分の3で、病床は約1000床。続いて別の場所では1600床の「雷神山医院」の建設も始まった。火神山医院は2月3日、雷神山医院は8日に運用を開始した。

国営テレビは開院当日、さっそく運び込まれる患者の映像を報じた。院内には最新の医療機器が設置されたという。だが患者を担架で運び込む場面を見ると、足元は泥だらけだった。急ごしらえでもとにかく病床を確保しなければならない苦しい事情が垣間見えた。

■体育館にベッドを並べて臨時の収容施設に

ただこの2つの病院だけでは、全ての患者を収容するには足りなかった。特に問題なのは軽症の感染者で、病床が足りないからといって帰宅させてしまうと、家族や周囲の人々などにうつしてしまう恐れがあった。街なかを出歩く可能性もある。そこで、市内の体育館や国際会議場といった公共施設にベッドを並べて臨時の収容施設とすることに決めた。

早川真『ドキュメント武漢 封鎖都市で何が起きていたか』(平凡社新書)
早川真『ドキュメント武漢 封鎖都市で何が起きていたか』(平凡社新書)

これを「方艙医院」と呼んだ。「方艙」はコンテナのような四角い箱の意味だ。もとは軍が戦地や災害現場などで野戦病院を設置するときに使われた手法で、トレーラーで運んできたさまざまなコンテナのようなユニットを組み合わせることで、診察室や検査室、入院用の病室などを一気に立ち上げるやり方だ。

武漢の方艙医院は、体育館などの広い空間を四角く壁で仕切り、そこにベッドを並べた。運用開始したのは2月に入ってからだ。市内16カ所に計1万4000床のベッドを設置した。ベッドに敷かれた布団は色がばらばらで、あちこちからかき集めたことがうかがわれた。正式な病院ではないから、症状が重くなった人がいたら指定病院に転院させることにした。政府によると、累計で1万2000人の患者が方艙医院で過ごしたという。

■隔離ポイントには、医療スタッフがいないし薬もない

だが患者の収容が全てうまくいったわけではない。武漢の30代の女性は母が1月下旬に発症。病院へ連れて行ったがベッドがなく、2月上旬に医師のいないホテルに入れられた。病院の代替としてホテルなどの施設も「隔離ポイント」に指定され、患者を収容していたのだという。ところが母の容体が悪化して一時呼吸困難に。正式に入院できるまで不安な日々を過ごしたという。

政府の合言葉は「全員収容」。だが武漢の20代の女性は2月中旬、「(政府の)行動が遅い」と共同通信の電話取材に怒りをぶちまけた。父親が検査を受けたところ肺に影があることが分かり、感染が確定したものの、「隔離ポイント」の一つに入れられた。女性は「医療スタッフがいないし薬もない。食事と隔離場所を提供しているだけだ」と非難した。とにかく形だけでもどこかに収容するのが精いっぱいだったとみられる。

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早川 真(はやかわ・まこと)
共同通信 記者
1970年大阪府枚方市生まれ。95年、東京外国語大学外国語学部中国語学科を卒業し、共同通信社に記者として入社。福岡支社、高知支局、盛岡支局、仙台支社で事件・事故や地方自治の取材を担当。2004年から経済記者として、大阪支社で家電業界、本社(東京)で資本市場や食品業界、名古屋支社で自動車業界を担当。2010年から5年間、上海支局、中国総局(北京)で中国経済を担当。本社の外国経済担当デスクを経て、18年に再び北京に赴任。中国総局デスク兼記者として中国関連のニュース全般を担当。本書が初めての著作となる

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(共同通信 記者 早川 真)

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