経済学的に見て、新型コロナの初期対応に成功した国は何が違うのか
プレジデントオンライン / 2020年8月24日 11時15分
■新型コロナ対応の遅れは、バイアスが原因!?
2020年現在、世界で猛威を振るう新型コロナウイルス感染症問題では、欧米の主要先進国をはじめとし、初動の遅れで被害を拡大させた国が多く見受けられました。
そこで強く感じられたのは、「正常性バイアス」と「自信過剰バイアス」です。これらは行動経済学や社会心理学の用語ですが、まず正常性バイアスとは「自分の認めたくない情報を受け入れず、現実を過小評価」してしまう心理的偏りであり、自信過剰バイアスは「根拠なく“自分だけは大丈夫”と思い込む」心理です。
両者に共通する部分があるなら「想像力の欠如」です。2020年2月初旬、日本がクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の対応に右往左往していたとき、欧米メディアは、こぞって日本の対応のまずさを批判しました。
しかし、あの頃の報道全体に漂っていた「対岸の火事」感こそ、これらのバイアスだったのです。本来ならあれを見て「明日はわが身」と襟を正すべきだったのに、欧米メディアはアジアが慌てふためく姿を、ただひとごととして娯楽的に消費しただけでした。
■司令塔のちぐはぐな指示で被害は爆発的に拡大
また、司令塔であるべきWHO(世界保健機関)の指示が矛盾だらけであったことも、被害拡大につながってしまいました。
たとえばWHOのテドロス事務局長は4月、各国からの批判に対して「世界はWHOの警告に耳を貸すべきだった」と反論しています。その根拠として「WHOは新型コロナが世界に蔓延する前の1月30日時点で“国際的な公衆衛生上の緊急事態”を宣言していた」と言っています。
それは確かにそうですが、残念ながら私たちは、テドロス氏のこんな発言も、しっかりと覚えています。「マスクは不要」「人から人への感染の可能性は低い」「入国拒否など人の動きを止めるべきではない」「緊急事態に当てはまらない」「中国から外国人を避難させることを勧めない」「渡航や貿易を不必要に妨げる措置をとるべきでない」「新型ウイルスは致命的ではない」……。
さらにイタリアで初の感染者が確認されたのが2月21日、ニューヨークは3月1日で、そこから信じがたいペースで爆発的に感染者数・死者数が急増していったのに、パンデミックを宣言したのが3月11日。たかだか10日、20日に見えますが、猛烈な速度で欧米の死亡者が急増する非常時に、無策のままの10日、20日は、体感スピードとしてはあまりにも遅いものに感じられました。
■対応が早かった韓国、台湾、シンガポール
しかし一方で、非常に対策の早かった国々も存在します。韓国、台湾、シンガポールなどです。これらの国々に共通しているのは「少し前に痛い目に遭っている国」という点で、すべて21世紀の感染症であるSARS(重症急性呼吸器症候群:2002~2003年)・MERS(中東呼吸器症候群:2012年~)・新型インフルエンザ(2009~2010年)のいずれかで、甚大な被害を受けており、どの国も多数の患者と死者を出しています。
韓国は2015年、MERSで感染者186人、死者38人を出しました。中東から帰国した男性が最初の患者でしたが、まず検査が遅れ(発症から10日も経ってようやくMERSと確定)、その間に患者は隔離されず複数の医療機関を転々とし(韓国でよくある「ドクターショッピング」)、隔離入院後も空調設計のまずさから入院していた8階全域に院内感染が広がってしまいました。
しかも当時の朴槿恵政権は、院内感染の広がっている病院名を18日間も公表しなかったため、国民の不安と政権への不満は高まりました。また感染者の意識も低く、隔離中なのに無断外出する人や、症状が出ているのに勤務を続ける医師などもいました。
その教訓から、韓国は今回の新型コロナでは、まだ国内感染者が0人だった1月からすでにPCR診断キットを準備し、やや精度面に難はあるものの、4~6時間で判定できるPCR検査体制を政府・民間の双方で整え、最大で1日1万8000件以上もの「攻撃的検査」を行いました。
さらにスマホの位置情報を利用した感染者の移動経路の追跡を行い、それをネット上で公開しました。人権尊重の観点からすると、ありえないプライバシーの侵害ですが、MERSの経験は、彼らに「命あってこその人権」であることをイヤというほど思い知らせてくれたということでしょう。
シンガポールはSARSで33人の死者を出したことを教訓に、旅行制限措置と公衆衛生のインフラ整備を行いました。しかし2009年の新型インフルエンザでは、あまり役に立たなかったため、今回の新型コロナでは、より厳しい旅行制限(入国制限や入国後の行動制限、帰国者の隔離など)、感染者と接触者の特定&監視、徹底した情報公開と必要情報の提供などを実施しました。
特に「監視」に関しては、クレジットカード支払いや現金の引き出しなど「デジタル署名の痕跡」から、感染者の行動履歴をたどる方法を採用し、こちらもプライバシー侵害が問題視されていますが、これも韓国同様、過去の経験から学んだ「命あってこその人権」という意識なのでしょう。
台湾は、SARSで347人の感染者と73人の死者を出しました。それをきっかけに、防疫用の組織の強化、人材育成、法改正などに、次々と着手。
台湾の防疫政策の根底には、WHOと中国への強い不信感があります。台湾と中国は仲が悪く、WHOは中国寄りとされる組織のため、2003年のSARS流行時、台湾はWHOから情報をもらえず、アメリカの疾病予防管理センター(CDC)経由でもらうしかなかったことから初動が遅れ、多数の犠牲者を出してしまいました。
それを教訓に台湾では、台湾版CDCともいえるNHCC(国家衛生指揮センター)を立ち上げ、独自の警戒態勢をつくりました。ですから今回も、彼らは中国とWHOの発表を信用せず、患者0人の時点から優秀な医療スタッフと隔離室を準備し、マスクの自給体制と国家管理体制を整え、入国管理の徹底と厳しい旅行制限措置をとりました。
■初動で成功しても抑え込めない新型コロナ
幸か不幸か、SARSやMERSは世界的な大流行にまではならず、総患者数・死者数ともに今日の新型コロナとは比較にならないほど少なかったため(SARSは総患者数8439人/総死者数812人、MERSは2254人/790人)、ロックダウンや経済活動の制限などはなく、今日の新型コロナほどの経済的損失は出ていません。ただそれでも、一時的に観光客が減ったことのダメージはあり、たとえば韓国では夏の訪韓外国人旅行者が80%も減り、経済的損失は1000億ウォン(112億円)以上にのぼったそうです。
いずれにせよ、今回の新型コロナ騒動では、過去に苦い経験をもつ国々が、初期対応をうまくこなせていますが、全体からわかることは、実は彼らも、かつては今の日本と似たような不十分な対応だったということです。ただ、過去の教訓がある国の中でも、発展途上の国を見ると、今回も有効な対策が打ち出せないまま被害が拡大しているうえ、韓国・シンガポール・台湾ですら、初動に成功した後の一瞬の気の緩みから、再び集団感染が発生しています。感染症との闘いは、本当に厄介です。
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代々木ゼミナール公民科講師
「現代社会」「政治・経済」「倫理」を指導。3科目のすべての授業が「代ゼミサテライン(衛星放送授業)として全国に配信。日常生活にまで落とし込んだ会社のおもしろさで人気。『経済学の名著50冊が1冊でざっと学べる』(KADOKAWA)、『マンガみたいにすらすら読める経済史入門』(大和書房)など経済史や経済学説に関する著書多数。
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(代々木ゼミナール公民科講師 蔭山 克秀 写真=iStock.com)
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