痴漢に遭った女性の84%が通報を諦めるのは、一体だれのせいなのか

プレジデントオンライン / 2020年8月29日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/spukkato

電車などで痴漢に遭った女性のうち、84.1%が警察に通報しなかったという調査結果がある。弁護士の岸本学氏は「警察へ届け出ると5~6時間拘束され、氏名が加害者に伝わる場合もある。こうした負担が被害者を救済する妨げになっている」と指摘する——。

■被害女性の50%が我慢している

新型コロナ禍により一時減少したものの、再度息を吹き返しているものに、満員電車等での「痴漢」がある。

「痴漢」について、東京都迷惑防止条例では「公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること」が禁止され(5条1項1号)、違反したものは、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処される(8条1項2号)。他の自治体でも同様の条例がある。痴漢被害の程度が甚だしい場合、犯人は刑法上の強制わいせつ罪に問われ、6月以上10年以下の懲役が科される(176条)。

このように明確に「痴漢」行為は法律で禁止され、処罰対象とされている。

ところが、被害を受けた女性が、警察へ届け出る割合はとても少ない。

2019年1月に#WeToo Japanが公表した「公共空間におけるハラスメント行為の実態調査」によれば、過去に交通機関や路上などで「自分の体を触られる」被害を受けたことがある女性は47.9%にのぼる。多くの女性が過去に痴漢の被害を受けた経験を持つことがうかがえる。

痴漢への対処については、「犯人を捕まえた」は4.6%、「駅員に通報した」は5.9%、「警察に通報した」は4.1%にとどまる。それに対し「我慢した」が50.5%、「その場から逃げた」が33.6%と、両者をあわせると84.1%になる。

つまり、法律や条例で痴漢行為が禁止され処罰の対象とされているにもかかわらず、大半のケースでその運用がなされていないのが実態なのだ。

■長い拘束時間、氏名が犯人に知られる恐れも

どうしてこのような状況になるのか。

被害者が犯人を確保することの困難さや、犯人から「冤罪」を主張されることへの不安、周囲の乗客の被害者への非協力など、さまざまな要因がまず考えられる。そこへさらに、刑事手続における被害者負担の大きさも大きな要因になっている。

被害者がなんとか警察へ通報したとしても、臨場した警察官と一緒に警察署に行き、被害届の作成、事情聴取と人形等を使った犯行再現などで5~6時間は拘束されてしまう。

また刑事手続が進行して犯人が起訴(略式起訴を含む)された場合、被害者の氏名等が犯人に知られてしまう。

こうした手続等は、現在の刑事裁判実務を背景としたもの、つまり裁判になる場合を想定すれば必要とされているものである。しかし被害者は、警官から当日の手続きに時間がかかること、最終的に被害者氏名が加害者に伝わるかもしれないことを説明され、そこで事件化を断念してしまうことも少なくない。刑事手続における被害者負担の大きさが、被害者の救済の事実上の妨げになっているのだ。

■声を上げ続けることで法制度は変えられる

このような刑事手続の被害者負担は、軽減されるべく改善の必要がある。そして改善を求めるには、刑事訴訟法などいまの法律とその運用実態を知ることが欠かせない。さもなければ改善が可能なのかどうか、どのように改善すべきなのかについて、意義のある要望・意見を示すことができないからである。

事情聴取の簡素化・短時間化や、犯行再現時の心理的負担の軽減、被害者氏名の秘匿化など、被害者の要望・意見を受けて、弁護士、裁判所、検察庁および警察など関係機関等が、よりいっそうの改善を検討・協議するべきである。しかし被害者が黙っていれば、改善に向けての取り組みが始まることは未来永劫ないであろう。

次世代に向けて、よりよい法制度を整備するうえでは、多くの人が現在の法律を学び改善を求める声を大きく上げていくことしかない。

例えば、数十年前まで、「セクハラ」「パワハラ」は法律の問題ですらなかった。しかし、いまでは法律で、事業者に防止などのための必要な措置を講じることが義務付けられている。これは、人々が声を上げ続け、法律を変えてきた結果にほかならない。

■本来もらえる手当も見逃しているかもしれない

現在でも、残業代の不払い、新型コロナ禍による休業手当の不支給など、本来請求できるはずの権利が行使しづらい状況があるようだ。そもそもそうした権利があることを知らない人々も少なくないのではないか。筆者が上梓した『おとめ六法』でも書いたが、自分が持つべき「権利」を認識することで初めて、権利の実現を求める声を上げることができる。

むろん、声を上げる義務があるとか、声を上げないことが責められる、というわけではない。特に性犯罪の場合、被害者にとって声を上げることがいっそう精神的な苦痛になってしまう場合もある。しかし「自分には本当は権利がある。相手の行為は、本当は法律違反である」ということを知っていれば、声を上げるか、上げないかの選択権を得ることができる。また少なくとも「自分が悪い」と過度に自分を責める気持ちの防波堤になりうる。

■理不尽から自分を守るために法律はある

「法律は建前にすぎない。だから法律を知っても現実を変える力にならない」という反論があるかもしれない。

たしかに法律が事実上「建前」と化しているケースは少なくないかもしれない。

上谷 さくら(著)、岸本 学(著)、Caho(イラスト)『おとめ六法』(KADOKAWA)
上谷 さくら(著)、岸本 学(著)、Caho(イラスト)『おとめ六法』(KADOKAWA)

しかしそれでも「法律は法律」である。違法な行為に対しては、国家の強制力が発動されることになっている。警察も裁判所も行政も「違法な行為」による被害を受けた者が救済を求めたときに、それを正当な理由なく無視することは許されない。

法律を知ることは、人が守るべき義務を知ること、そしてあなたに与えられている権利を知ることにほかならない。それは、自分、そして大切な誰かをさまざまな理不尽から守る力になる。

権利を行使するうえで不便である箇所を見つけたら、その改善に向けた議論を始めることも可能である。

これらはすべて「法律を知る」ということから始まるのである。

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岸本 学(きしもと・まなぶ)
弁護士 第一東京弁護士会所属
第一東京弁護士会犯罪被害者に関する委員会委員。人権擁護委員会第5特別部会(両性の平等)委員。大阪大学法学部卒。民間企業のコンプライアンス統括部門を経て、2008年横浜国立大学法科大学院を卒業。同年司法試験合格。金融庁証券調査官を経て、2010年弁護士登録。

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(弁護士 第一東京弁護士会所属 岸本 学)

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