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「ワクチン投与まで経済は止めるべき」という考え方は間違っている

プレジデントオンライン / 2020年8月25日 15時15分

ロシアが世界で初めて承認した新型コロナウイルス感染症のワクチン。モスクワのガマレヤ研究所とロシア直接投資基金が開発したという。 - 写真=AFP/時事通信フォト

■人間の体にとってワクチンは「異物」である

いよいよ新型コロナウイルス対策の核心にワクチンが入ってきた。しかし、ワクチンで一番気を付けなければならないのが深刻な副反応、つまり健康被害である。

ワクチンによる予防接種とは、病原体(ウイルスや細菌など)の毒性を弱めたり、あるいは分解して不活化したりしたかけらを健康な人の体に注射し、体の抗原抗体反応を利用して感染を防ぐ方法である。

人間の体にとってワクチンは異物だ。そのため副反応が起きる。注射した上腕部が赤く腫れる程度ならまだいいが、場合によっては重篤なアレルギー反応を引き起こして死亡する危険性もある。子宮頸がん予防ワクチンに対していまだに「接種反対」の声が強いのも、副反応とみられる被害があったからだ。

■ロシア製ワクチン「スプートニクV」は本当に安全なのか

ロシアのプーチン大統領が8月11日、新型コロナの予防接種について「ロシア製のワクチンを承認した。世界で初めのことだ。有効性は十分で抗体ができる。8月末から9月にかけてワクチンを医療関係者から投与していく」と発表した。

ワクチンの名前は「スプートニクV」。旧ソ連が1957年に打ち上げた世界初の人工衛星スプートニクにちなんだ名前だ。プーチン氏はワクチン開発でもアメリカを打倒し、世界のワクチン市場に打って出たいのだろう。

しかし、新型ウイルスのワクチン開発は、これまで早くても2~3年はかかるといわれてきた。新型コロナが中国湖北省武漢市で最初に感染拡大を引き起こしてからまだ1年も経たない。遺伝子工学技術の急速な進歩でワクチンの製造過程がかなり短縮できるようになったとはいえ、沙鴎一歩は「早過ぎて危ない」と懸念する。

報道によると、ロシアのワクチン開発は、モスクワのガマレヤ国立疫学・微生物学研究所が国防省の協力で実施し、臨床試験では軍人が次々と投与を受けた。10月にもワクチンの大量生産ができる見通しだ。アジアの国々のほか、南米や中東がロシア製ワクチンの購入に強い関心を見せ、現在20カ国から計10億回分以上の注文を受けているという。

■ロシア製は第3段階を終えずに承認した「見切り発車」

ロシアでは新型コロナの感染者数が約90万人と世界で4番目に多く、プーチン政権は感染拡大を防がなければ、政権そのものが倒れかねない。このためワクチンの開発を急ピッチで進めてきた。ワクチン開発が成功すれば、莫大な外貨資金が得られるうえ、外交的にも強い立場に立てる。

しかし、臨床試験で最終的に安全を担保する第3段階が完了していない。第3段階を終えずに承認した「見切り発車」なのである。このためロシア国内では安全性を心配する声が多く出ているし、アメリカもWHO(世界保健機関)もロシア製ワクチン「スプートニクV」を評価していない。

日本国内では、大阪大学発のベンチャー企業「アンジェス」(大阪府茨木市)がワクチンを開発中だ。これは最新の「DNAワクチン」で、2021年の春以降の実用化を目指す。6月から大阪市立大病院で治験を始めていて、9月上旬から大阪大病院でも治験を始める。

■「SARSのワクチン」は症状がかえって悪化してしまった

一方、感染症の専門家の間ではワクチンの効果を疑問視する声が少なくない。

8月21日に開かれた政府の分科会では専門家が「過度な期待はすべきではない」と説明している。風邪やインフルエンザなどのワクチンで、感染そのものをパーフェクトに予防できるものはないからだ。インフルエンザのワクチンも、効果が認められているのは重症化に対する予防効果である。開発中の新型コロナワクチンも同様に考えたほうがいい。感染そのものの予防効果は期待できないだろう。

感染症の専門家たちも副反応を心配している。開発中の最新のワクチンの大半は、ウイルスの遺伝子の一部を使った「DNAワクチン」で、これまで一般の医療現場で投与された実績がない。治験では分からなかった重い副反応が出る恐れはある。

たとえば中国などアジアで流行したSARS(サーズ、重症急性呼吸器症候群)の病原体はコロナウイルスの一種で、今回の新型コロナとも遺伝子構造がかなり類似している。このSARSのワクチンの開発試験では、動物への投与で抗体ができたものの、その抗体の反作用で症状がかえって悪化してしまった。

ワクチンの投与開始後の調査体制をきちんと整備しておくことはもちろん、副反応の健康被害に対する救済措置の十分な検討も必要だ。高齢者や基礎疾患(持病)保持者、医療従事者から優先的に接種することも固まってきたが、接種を希望しない、あるいは接種を拒否するという「権利の保障」も求められる。

■「経済や暮らしを極度に悪化」させているのはウイルスではない

8月19日付の産経新聞の社説(主張)は「新型コロナウイルス感染が再拡大する中、世界では、治療薬や予防のためのワクチンの開発が急ピッチで進んでいる」と書き出し、次のように訴える。

「生命を奪い、経済や暮らしを極度に悪化させるパンデミック(世界的な大流行)を終息させるには、開発の成果に期待するほかない。日本政府もワクチンの開発支援や確保に全力を挙げてもらいたい」

新型コロナの現在の世界の感染死者数は約80万人だ。その数は毒性の強い新型インフルエンザウイルスが出現した場合の感染死者数(世界で7400万人、日本国内で17万人~64万人、WHOと厚生労働省による推計)に比べると、ぐっと少ない。とくに日本の新型コロナによる感染死は約1200人にとどまっている。

産経社説は今回のパンデミックについて「生命を奪い」などと書いているが、恐怖感を煽ってはいないだろうか。さらに言えば、「経済や暮らしを極度に悪化」させているのは、新型コロナそのものではなく、人の移動と接触を制限してきた防疫措置である。感染防止を強めるほど社会や経済は疲弊していく。そうした事情を抜きにワクチン開発に全力を尽くせというのは、社説としての説得力に欠ける。

■国内製であろうと外国産であろうと、重要なのは安全性だ

前述してきたようにワクチンにとって重要なのは、いかに副反応を抑えるかである。産経社説は健康被害についてどう指摘し、どう主張しているのか。

読み進めていくと、「ワクチン開発では安全性にも万全を期さなくてはならない」とひと言だけ触れ、この後に指摘するロシア製ワクチンの批判の足場にしているだけである。

物事の是非を見極め、はっきりと分かりやすく主張する産経社説にしては不甲斐なく、とても残念だ。産経社説は中盤ではこうも指摘している。

「政府はすでに国内企業の開発に財政支援を行っている」
「加えて米国と英国の製薬大手から、それぞれ1億2千万回分の供給を受けることで合意した。一部は日本企業が製造を受託し、保管や配送も担って迅速に配布できるようにする」

国内企業への支援は必要だし、アメリカとイギリスの製薬メーカーから供給を受けることも重要なことではある。ただし、製薬会社が国内でも海外でも、確かな安全性がなければ本末転倒である。産経社説はさらに指摘する。

「世界を見渡せば、中国がワクチンを独自に開発し、これを世界の公共財にすると主張している。ただ、過度の中国依存がもたらすリスクを考えれば、日本が国内企業とともに欧米企業を安定的な供給元とするのは有益だ」

沙鴎一歩も中国製のワクチンを打ちたいとは思わないが、ワクチン開発においても中国批判を欠かさないところは実に産経社説らしい。

■ワクチン接種の優先順位を、どうやってつけるのか

次に同じ8月19日付の東京新聞の社説を見てみる。見出しが「コロナワクチン 迅速な接種へ備え急げ」で、こう書き出す。

「新型コロナウイルス感染症対策の切り札としてワクチンの開発が待たれている。迅速な確保と国民への着実な接種が求められる。政府はワクチン実用化への支援と接種体制の整備を急いでほしい」

東京社説も産経社説と同じく、副反応の問題を抜きにワクチン投与を肯定するのかと思いきや、少々違う。

続けて東京社説は「ワクチンを社会に行き渡らせるには開発と確保だけではなく、どう接種の優先順位をつけ実施するのか、その際の費用負担などの課題に目配りして体制整備に取り組む必要がある」と訴えている。

■やはり「過度な期待は禁物である」

さらに健康被害の問題についてもこう指摘する。

「ワクチンなど新薬は有効性や安全性の確認に時間がかかる。期待された有効性が確認できない可能性もある。さらに生産体制もすぐに整うわけではない。過度な期待は禁物である」

やはり過度な期待はすべきではない。新型コロナでは8割以上の感染者が軽い症状や無症状で治癒している。表現は乱暴かもしれないが、ワクチンの重い副反応に苦しむぐらいなら、新型コロナに罹患したほうがましかもしれない。ワクチンの開発にかかわらず、防疫と経済のバランスを取ることが、今後ますます重要になるだろう。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)

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