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コロナ予防のプロが警鐘「絶対にやってはいけない手洗い&消毒法」

プレジデントオンライン / 2020年9月4日 9時15分

撮影=中村治

感染症予防のプロは、新型コロナウイルスにどのように対処しているか。鳥取大学医学部附属病院感染制御部部長の千酌浩樹氏は「予防には手洗いとアルコール消毒が有効だと判明している。しかし、正しくできていない人があまりに多い」という——。

※本稿は、鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 5杯目』の一部を再編集したものです。

■患者の2割が重篤化する肺炎のヤバさ

これはいけん、やばいウイルスに違いない。

鳥取大学医学部附属病院感染制御部の千酌(ちくみ)浩樹は心の中で呟いた。

昨年12月に中国湖北省武漢市で新型コロナウイルス(COVID-19)が発生、1月23日、武漢市当局は、感染拡大を防ぐため公共交通機関を一時閉鎖すると発表。多数の中国人が国内外を移動する旧正月――春節を前にして街を閉鎖したのだ。

千酌はこう思ったのだと振り返る。

「これは(中国政府の)本気だ。まだ出てこない情報が山ほどあるに違いない」

この時点で日本の危機感は薄かった。1月末の段階で、日本、タイ、香港などの15カ国で感染例が報告されていたが、その多くは武漢市からの旅行者。日本の感染者数は十数人で軽症。通常のインフルエンザと同等、あるいはやや強い程度という認識だった。

千酌の疑念が裏付けされたのは翌2月上旬のことだった。アメリカが14日以内に中国本土を訪問した人間の入国を禁止した。アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は重要な情報を掴んでいるのかもしれない、だからこそこれだけ迅速に行動したのだと感じた。

直後の2月17日、武漢の研究者が『The Epidemiological Characteristics of an Outbreak of 2019 Novel Coronavirus Diseases(COVID-19)』という論文を発表した。それによると2月11日までに陽性反応した患者4万4672人のうち、80.9パーセントが軽度の症状だという。

「8割が軽症だとされていましたが、逆に言えば2割は重篤化するんです。ぼくは30年間、呼吸器内科をやってきましたが、2割も重篤化する肺炎って知らない。ぼくたちからすればとんでもない話なんです」

■空気感染するか分からなければ「する」という前提で

この論文には年齢別致死率の数字も記されていた。50から59才までは致死率1.3パーセント。しかし、60から69才になると3.6パーセント、70から79才は8.0、80才以上は14.8パーセントに跳ね上がる。

「若年者は重篤化しないというのはあるかもしれないと思いました。ただ、ぼくたちは子どもだけを相手にしているわけではない。今の日本では60才以上って働き盛りなんてす。その年代が重症化する肺炎を流行らせてはならない」

2017年時点で鳥取県は人口の30.4パーセントが65才以上という高齢県である。このウイルスが万が一、県内で広がったら大変なことになる。一帯の基幹医療機関である、とりだい病院として徹底的に策を講じる必要があった。千酌は病院長の原田省と話し合うことにした。

千酌浩樹(ちくみ・ひろき)/鳥取大学医学部医学科卒業後、鳥取大学医学部附属病院に入職。米国国立衛生研究所留学などを経て、2014年より感染制御部 部長。その他にも高次感染症センター長、感染症内科科長、病院長特別補佐(患者サービス担当)を兼任。
千酌浩樹(ちくみ・ひろき)/鳥取大学医学部医学科卒業後、鳥取大学医学部附属病院に入職。米国国立衛生研究所留学などを経て、2014年より感染制御部部長。その他にも高次感染症センター長、感染症内科科長、病院長特別補佐(患者サービス担当)を兼任(撮影=中村治)

「私は本当に悲観的なことしか言いませんでしたね。これはまずいですよと。ロックダウンまで行くかどうかは分からなかったけれど、普通じゃないものが流行ろうとしている。これを克服するにはワクチンか治療薬の開発しかない。それまで数年間は掛かる、と」

原田が千酌の提案を理解し、全面的に受け入れてくれたことが心強かった。とりだい病院では、ウイルスと接触する可能性がある医療従事者には空気感染を防ぐN95マスク、防護服の着用を徹底させることになった。

「この感染症が空気感染するかどうか。当時は空気感染する証拠はなかった。しかし、流行りだしてまだ半年も経たない感染症なんです。それに対して、違うウイルスの知見を持って来て、こうだなんて信じられない。ぼくは理科の人間だから論理を重視する。分かっていないから、いいですよという考えには従うことはできないんです。つまり、空気感染するか分からないのならば、するという前提で対応すべき。これは危機管理の問題でもあるんです」

絶対に病院に(新型コロナウイルスを)持ち込ませたらいけないんですと語気を強めた。

■通常業務に戻れるまで一年かかる可能性

千酌が部長を務める感染制御部は、診療科を越えた横断的組織だ。医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師、事務員で構成されている。

感染制御部で千酌の右腕とも言える存在が、看護師の上灘(かみなだ)紳子である。

上灘は今回の新型コロナウイルスの第一報に接したとき、2009年春の新型インフルエンザを思い出した。

代表的な感染症の一つ、インフルエンザは、ウイルスが体内で増えて熱や喉の痛みの症状を引き起こす病気だ。気道で局所感染し、強い咳を伴うため、多数の人々に感染が広がる。遺伝子に変異が起こりやすいため、以前の感染で作られた免疫抗体では対応できず、毎年流行するのが特徴である。

2009年5月9日、成田空港の検疫で新型インフルエンザの患者が検知され、兵庫県と大阪府内の高校を中心に集団感染が明らかになった。

「厚生労働省の大臣だった舛添(要一)さんが真夜中でも何度も会議を開き、膨大な資料が県や厚生労働省から送られてきた。必要な部分だけ選んでかみ砕いて書いたものを、病院内で共有しました。幸い、死亡率は低くて、結果的に(山陰地区で)深刻な影響は出ませんでした。ただ、その間は普段の仕事が手に付かず、全部後回しにしていたので、通常の仕事に戻るまで一年ぐらい掛かりました。もしかしてあのときのようなことが起こるのかなと思いました」

上灘紳子(かみなだ・のぶこ)/鳥取大学医療技術短期大学卒業後、1994年に看護部に入職。脳神経外科・耳鼻咽喉科病棟などを経て、2006年より感染制御部に配属。2007年に感染管理認定看護師資格取得。看護師長。千酌(写真右)とともに院内の警戒体制を指揮する。
撮影=中村治
上灘紳子(かみなだ・のぶこ)/鳥取大学医療技術短期大学卒業後、1994年に看護部に入職。脳神経外科・耳鼻咽喉科病棟などを経て、2006年より感染制御部に配属。2007年に感染管理認定看護師資格取得。看護師長。千酌(写真右)とともに院内の警戒体制を指揮する。 - 撮影=中村治

■いかに防護服を丁寧に脱ぐか

2009年時点と変わっていたのは、とりだい病院が2類感染症を受け入れる第二種感染症指定医療機関となっていたことだ。

2類感染症とは、空気感染のない結核、重症急性呼吸器症候群(SARSコロナウイルスに限る)、鳥インフルエンザ(H5N1)などを指す。

「新型インフルエンザのとき、第二種感染症指定医療機関は(鳥取県)西部地区では済生会境港病院だけでした。そこに当院から医師を派遣するなどの協力をしました。その後、地域の基幹病院として大学と一緒に地域の医療を進めるために、感染症病床を2床整備することになったのです」

感染症病床の整備は2種感染症医療機関の条件である。とりだい病院の感染症病床は、空気感染の可能性のある1類感染症に対応する基準で作られている。いわば過剰品質だ。

病室は病原体が漏れないように気圧を下げる「陰圧室」となっており。個室に繋がる小部屋である「前室」が設置。空調設備には、病原体が飛散しないように特別なフィルターが取り付けられ、床の材質、仕上げなどなども厚生労働省の基準を遵守している。

「人が扉を開けて出入りすることによって空気が動きます。前室があることによって、廊下側との空気の行き来が抑えられる。(感染症病床は)たった2部屋かと思われるかもしれません。ただ、普段は全く使わない病床。そして普通の病床よりも維持費が掛かる。そのため無暗に増やすことはできないのです」

感染症病床は普段使っている病棟と勝手が違う。新型コロナウイルス対策のため、看護師を集めて感染症病床での患者受け入れの訓練を始めた。

「どこになにが置いてあるのか、どこまでが清潔なエリアなのかということを把握しなければなりません。そして全病棟で標準予防策を確認しました。手洗い、消毒といった手指衛生。そして血液、体液、あるいは痰などが曝露する可能性がある処置時の防護服着用。特に重要なのは、いかに防護服を丁寧に脱ぐか。脱ぐときに慌ててしまうと、防護服の表面についているウイルスを自分自身につけてしまう。職員自身の感染のリスクにもなりますし、そのウイルスが手指衛生をすり抜けて他のエリアに広まってしまう可能性もあります」

新型コロナウイルスに感染していることに気がつかず、外来患者が来院する場合もある。外来診察体制の見直し、患者数が増えた場合の対策も練った。検討事項は山積みだった。

■「PCR検査」の全ての過程を自動化

山陰一帯で高度医療を提供するとりだい病院の活動を新型コロナウイルスで止めてはならないと千酌はいう。

「新型コロナウイルスに罹患している可能性の高い方を迅速に診断する、病院独自の仕組みを作り上げなければならないという結論でした。検査さえすれば、感染している方にも、感染していない方にも、感染予防に配慮した医療を提供することができる」

新型コロナウイルスの検査には、PCR検査、抗原検査、抗体検査の3種類がある。PCR検査と抗原検査は、身体に感染したウイルスそのものを検出。抗体検査はウイルスに反応して身体が作る物質――抗体を検出する検査である。

新型コロナウイルスの検査
撮影=中村治

新型コロナウイルスには前者2つがより有用性が高いとされ、PCR検査の方がより敏感に、そして高精度で病原体を検知する。そのためとりだい病院ではPCR検査に力を入れている。

ただし、PCR検査は、熟練した臨床検査技師に頼る過程が多く、検査数が限られる上に結果が出るまでに時間がかかっていた。とりだい病院では、4月に前処理だけを自動化する拡散抽出機を、8月からは全ての過程を自動化した「全自動PCR機器」を導入して、検査数を増やしている。現時点で一日最大100人の検査が可能だ。

■アルコール消毒は15秒、手洗いは20秒と丁寧に

この原稿を書いている(8月12日)時点で感染者7人の岩手県に続いて、感染者21人の鳥取県は2番目に感染者の少ない県である。特にとりだい病院のある鳥取県西部の感染者数は東京からの訪問者1人を含めて2人のみ。

それでも千酌は警戒を緩めていない。

「ぼくたちは毎日PCR検査を沢山していますが、全然出ない。この一帯は安全じゃないかとは思っています。現状ではリスクはない。問題は今後ですね」

ワクチンは開発されていないが、知見は蓄積しつつある。人から人へとウイルスを運ぶのは、飛沫、あるいは手の接触が主であることが判明した。

飛沫は、会話、咳などで飛び出し、1、2メートル以内にいる対面する人の目、鼻、口の粘膜に付着し、感染が始まる。この対策はマスクである。手の接触には手指衛生――アルコール消毒、手洗いが有効である。

「アルコールはすごくいい消毒薬なのですが、きちんとまんべんなく刷り込まないといけないです。つまり手の隅々にまで塗り広げないといけない。だいたい10秒から15秒と考えて下さい。手洗いも同じ。おまじないのように、ちゃっちゃっと洗っているのでは駄目です。20秒程度、手首まで掌の表裏、丁寧に洗うこと」(上灘)

マスクをすり抜けてしまうほど細かい、ウイルスを含む塵埃(じんあい)――ちりやほこり、気管内挿管などの医療処置による(霧状の)エアロゾルを吸い込み、肺胞で増殖する可能性はあるが、それ以外はこの二つでほぼ防げると考えていい。

特に手洗いは日々の習慣として軽んじられがちではあるが、科学的な根拠がある。

ウイルスの多くに共通しているのは、感染した細胞から外に出るとき、“宿主”の脂質膜を剥ぎ取って「エンベロープ」を作るという性質だ。エンベロープがウイルス粒子の最も外側を包み込み、新たな“宿主細胞”に融合、侵入する。

このエンベロープはリン脂質で出来ているため、その構造を壊してしまう界面活性剤、つまり石鹸に弱い。インフルエンザ、そして新型コロナウイルスはエンベロープを持つため、石鹸が効果的なのだ。

■正しい情報を手に入れること、理知的に判断すること

感染症の専門家である千酌は自らに厳しい行動制限を課している。

「ぼくは(感染の可能性が高いとされている)閉所、スポーツジムやライブハウスのようなところには行かない。集会は100人以下。集会を主催する場合は、定員の50パーセント以下というのがとりだい病院の基準です。正直なところ感染対策と経済をどう両立すればいいかは分かりません。私ができるのは科学的にはこうです、と言うだけ。医学者は、経済を忖度するべきではないと思うんです」

鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 5杯目』
鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 5杯目』

医学的見地に基づいた意見、経済学者からの意見を最終的に政治が判断するのが正しいありかただろう。そして、各自が自分の生活、仕事形態に合わせた論理的な行動をすることが大切だと千酌は考えている。

「例えば、一人で車に乗っているとき、風が吹いていて開けた場所を歩くときはマスクをつける必要はないと思うんです。ただ、店などの密集したところに入るときはマスクをつける。スポーツジムについても、もし自分がジムの経営者ならば、できるだけ風通しをよくして、予約制にして人数制限します。それぞれが治療方法が定まるまでは新型コロナウイルスと共生するしかない」

現時点ではこのウイルスの全貌は分かっていない。

ウイルスを過度に恐れて生活を止めてしまえば、別の形で社会は崩壊するだろう。現時点で我々は新型コロナウイルスを受け入れるしかない。日々更新される正しい情報を手に入れること、そしてその情報を理解し、自らの立場に合った理知的な行動を取ることが必要なのだ。

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田崎 健太(たざき・けんた)
ノンフィクション作家
1968年3月13日、京都市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部などを経て、1999年末に退社。スポーツを中心に人物ノンフィクションを手掛け、各メディアで幅広く活躍する。著書に『W杯に群がる男たち―巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)、『偶然完全 勝新太郎伝』(講談社)、『維新漂流 中田宏は何を見たのか』(集英社インターナショナル)、『ザ・キングファーザー』(カンゼン)、『球童 伊良部秀輝伝』(講談社 ミズノスポーツライター賞優秀賞)、『真説・長州力 1951-2015』(集英社インターナショナル)『電通とFIFA サッカーに群がる男たち』(光文社新書)など。

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(ノンフィクション作家 田崎 健太 撮影=中村 治)

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