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韓国の格差社会を描いてはいなかった映画『パラサイト』

プレジデントオンライン / 2020年10月13日 11時15分

下川正晴『ポン・ジュノ 韓国映画の怪物(グエムル)』(毎日新聞出版)

■韓国の格差社会を描いてはいなかった映画『パラサイト』

ポン・ジュノ監督の韓国映画『パラサイト 半地下の家族』は、映画史に残る事件となった。カンヌ国際映画祭のパルムドールとアカデミー賞作品賞をW受賞したのは64年ぶりで、非英語圏の作品としては初の快挙だ。

ソウルの半地下住宅に住む4人の貧困家族が、上流社会の家庭に潜り込む(パラサイトする)が、その家の地下室に寄生していた貧しい夫婦と争いになり、ついには3家族入り乱れての殺し合いに。

韓国の格差社会を「リアルに描写した」と評されたのだが、それはピンぼけだと、著者は書く。『パラサイト』は様々な暗喩的表現を駆使したブラックコメディなのだ、と。半地下に住む世帯は、2005年には3.7%(約58万世帯)に上ったが、10年後には1.9%と半減し、今では1%前後。〈『パラサイト』に映し出された韓国と実際の韓国社会の間には、かなりズレ〉があり、それは世界市場に向けて作品を変容させた結果だ、と指摘する。

ポン・ジュノの父親は大学教授、母親は小説家の次女で、兄も長姉も大学教授。むろん貧困とは無縁の家庭で、自身も高級住宅地に居を構えている。大学時代までをマンガと映画ですごした韓国の「第一次オタク世代」なのだ。

■多角的な視点からポン・ジュノの実像に迫っていく

著者は、毎日新聞の記者時代に韓国映画の魅力にとりつかれ、自ら望んでソウル特派員となる。元記者ならではの綿密な取材に基づく本書は、単なる監督論にとどまらず、多角的な視点からポン・ジュノの実像に迫っていく。

彼の母方の祖父は〈韓国モダニズム小説の先駆者であり、朝鮮戦争時に「越北」し、歴史小説を書いて平壌で亡くなった〉。一家が「南北離散家族」であることを、彼はほとんど語らないという。

彼を支える、韓流エンタメ界の「ゴッドマザー」にスポットを当てた一章はさらに興味深い。サムスン財閥系企業「CJ」の副会長イ・ミギョンは1995年、スピルバーグ監督のドリームワークスSKGに3億ドルを出費して、米国映画業界に本格参入。『殺人の追憶』『母なる証明』『スノーピアサー』『パラサイト』と4本のポン・ジュノ作品に投資し続け、ついに金的を射止める。オスカーを狙った宣伝キャンペーンに100億ウォン(約9億2800万円)を投じたのだ。

イ・ミギョンは、「アジア市場だけでも、『韓国エンターテインメントの植民地』にしてみたい」と公言してはばからない。その野望に『パラサイト』で一歩近づき、すでに二の矢も放っている。Netflixで配信され、日本中が熱狂するドラマ『愛の不時着』も、CJ傘下のケーブルテレビが製作した。

本書は、「快挙」の裏にあるしたたかな戦略と作品の変容に鋭く迫っている。

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松井 清人(まつい・きよんど)
文藝春秋前社長
1950年、東京都生まれ。東京教育大学(現・筑波大学)卒業後、74年文藝春秋入社。『諸君!』『週刊文春』、月刊誌『文藝春秋』編集長、第一編集局長などを経て2013年専務、14年社長。18年退任。

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(文藝春秋前社長 松井 清人)

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