出口治明「定年からの人、定年までの人…何が人生の輝きを変えるのか」
プレジデントオンライン / 2020年10月13日 9時15分
■好きなことをする。これに尽きる!
日本には定年という慣習がありますが、僕にいわせれば「実に愚かな仕組み」です。「何歳まで働くか」はよくある問いかけですが、年齢に意味はありません。
元気に動けるなら働けばいいし、体がしんどくなったら仕事を辞めればいいだけです。そのときの能力と意欲、体力に応じて、そのときにふさわしい仕事をすること。僕自身も古希を迎えてから、今の仕事に就きました。年齢に意味はありません。年齢を理由にして挑戦を恐れるのはやめたほうがいい。年齢にとらわれない柔軟な生き方こそが、還暦後の人生を輝かせることになるでしょう。
政府が「人生100年時代」を掲げるようになって久しいものがあります。それをベースに考えると還暦は単なる「折り返し地点」にすぎません。また、まだまだ長く続く人生を楽しむために、自分の好きなことを何でもいいので学び始めてください。学びは人生を楽しむ手段のひとつです。
好きなこと、やりたいことがなかなか見つからないなら、見つかるまで悩み尽くしてください。パートナーや友達に何か新しい趣味の候補を書き出してもらい、あみだくじで決めるのもいいじゃないですか(笑)。やってみて合わないなら、別の候補に手を出せばいいでしょう。好きなものに出合えたとき、あなたの人生は何倍も充実するのです。
以前、学生から面白い相談を受けました。「将棋が面白そうだから勉強してみようと思ったら、友人から『将棋なんて社会人になったとき役に立たない。勉強したところで何の意味もない』と言われて、学ぼうかどうか迷っている」という内容でした。
僕は学生に「将来役に立つのは間違いない!」と即答しました。それはなぜか。仮にその学生が社会に出て営業職に就いたとしましょう。そこで、取引先の社長が将棋好きの人であれば、将棋の知識を通じていい関係を築ける可能性があるわけです。
何が人生の役に立つかは誰にもわかりません。でも、好きなことをやっていれば、選択肢は自然と広がりますよね。将棋の経験や知識があれば「僕と一局お願いします」と、趣味を通じて相手との距離を縮められるわけですから。将棋を知らなければ、そのような展開にはなりません。だから、学びはムダになりません。どんなことでも何かを学んでいれば、会話に加われるようになるし、生活が楽しくなるのです。
「仲良くなりたいな」と思う人が現れたとき、その人の興味のあることを自分も学びたいとは思いませんか? 距離を縮めたい人と話すきっかけが欲しいし、一緒にやってみたいという気持ちもあるでしょう。どんなことでも学んでおけば、相手と話す内容や一緒にできることが増えるわけですから、人生がさらに面白くなるのは間違いないのです。
■本を読んでも頭に残らないと嘆く人
読書も人生を豊かにする趣味の1つです。僕も毎日、寝る前に本を読むことを日課にしています。僕はさまざまな本を読みますが、最近読んで面白かったのは『KGBの男 冷戦史上最大の二重スパイ』というノンフィクション。少し読んで寝ようと思っていたら、ページをめくる手が止まらず、夜中の3時まで読んでしまいました(笑)。500ページ弱ある分厚い本ですが、たった2日で読み終えました。それくらい面白い本でしたね。
本といえば、ある40代の真面目そうなビジネスパーソンから次のような相談を受けました。「毎週本を読んでいるのですが、頭に何ひとつ残りません。どうしたらいいでしょうか」と。どんな本を読んでいるのかを聞くと、上司から毎週5~6冊の課題図書を渡されるそうです。半分読むのが精一杯で、積読(つんどく)が増えるばかりだと話していました。
僕は答えました。「すぐに古本屋に行って、その上司からもらった本をすべて売りなさい。そして手にしたお金で、あなたが本当に読みたい本を買って読みなさい。そうすれば頭に残る読書ができますよ」。
興味のない本を読んでも頭に残るはずがない。だから本も学びと同じで、自分が気になるものを手に取ればいいと思います。
■だからマクロンはスゴイ
人生を充実させるには、良好な人間関係を築くことも重要です。パートナーに友人、知人……どんな人間関係であれ、大事な人たちと良好な人間関係を継続するには、その人が「面白いかどうか」がカギです。
例えばフランスでは大人になる頃、気の利いた会話を学ぶ機会があります。エスプリに富んだ会話ができると、人とのコミュニケーション、ひいては人生がより楽しいものになりますよね。
フランスのマクロン大統領も、ウィットに富んだ会話ができるスマートな人物です。エリート投資銀行家だった彼は、36歳の若さで経済・産業・デジタル大臣に就任しました。
ですが、年が若く、選挙を経ずに大臣に抜擢されたことにより、メディアからは手厳しい評価を受けました。
大臣就任後しばらくして、エリゼ宮(仏大統領官邸)でダンスパーティーがあり、彼は24歳年上のブリジット夫人を伴って参加しました。そこで悪意たっぷりの新聞記者がマクロンに「今日はお母さんと一緒においでになったんですか」と意地悪な質問をしました。
そのとき彼はどう答えたと思いますか?
「おお、可哀想に! 君の目は節穴なんだね。パリで一番かわいい僕の妻の姿が目に入らないなんて」と切り返したと聞きました。
お見事の一言に尽きますよね。
これがニュースとなって大きな話題を集め、彼は大統領選挙で100万票超の女性票を獲得したといわれています。
こんな応答は付け焼き刃では出てきません。日頃から読書をするなど、たくさんの教養に触れていたことの賜物だと思います。
■今だから言う。男子よ、厨房に入れ
人から感謝され、よりよい人間関係を構築するには、「料理」も一役買うことをご存じですか。
僕の大学時代のクラスメートで次のような人がいます。定年後、奥さんから「今まであなたは仕事を頑張ってくれたから、私は食事を作ってきた。でも今は働いていないよね。だから今日からはあなたの食事は作りません」と宣言されました。「ひどいな」と彼は感じたものの、妻の言うことも筋がそれなりに通っていると思い、料理学校に通い始めたそうです。すると、料理がどんどん面白くなり、自宅でも作るようになり、奥さんとの関係も良好になったというのです。
さらに、地域の会合で出会った同世代の人たちを誘って、ホームパーティーをすることもあるそうです。みんな喜んで、いろいろなお土産を持って遊びに来てくれるとか。料理を始めてから、美味しいものをリーズナブルに楽しめて、地域の人気者になって、こんなに素晴らしいことはないと、彼は話していました。
何を隠そう、僕自身も、料理をすることが好きです。外出自粛期間中は、おかげで料理のレパートリーが増えました。「出口食堂」と称して、その日作った料理をツイッターやフェイスブックに投稿しています。先日は学生のシェアハウスに、ディスカッションをするために呼ばれた際、夕方になったので僕が料理をふるまいました。ごくシンプルなポークカレーでしたが、みんなから喜ばれて、自分も嬉しくなりました。
■アフターコロナはこんな世の中になる
コロナ禍の今、気軽に旅をするのは難しいものの、旅も人生を豊かにするためには欠かせません。旅の定義は人それぞれですが、僕自身は「コンフォートゾーンから、アンコンフォートゾーンへ飛び出すこと」だと考えています。
私たちは家や職場、学校など、安心して暮らせる場所、つまりコンフォートゾーンをベースに生活しています。ここから外に出て、アンコンフォートゾーンという非日常に身を置くと、変わった気づきを得られることがあります。
以前、僕はイスラエルの都市、エルサレムに行ったことがあります。街を歩いているだけで、機関銃を持った女性から「鞄の中身を見せなさい」と止められます。今まで持っていた常識が覆される旅でしたね。日本にいる限り、まずこんな経験はしないでしょう。皆さんもコロナが落ち着いたら、人生に刺激を与える場所へどんどん出かけてみてください。
メディアで度々目にするようになった「ウィズコロナ」と「アフターコロナ」。同じようなものだと考えている人もいるかもしれませんが、僕は「ワクチンや薬ができるまで」をウィズコロナ、「ワクチンや薬ができた後」をアフターコロナと捉えています。
たとえ感染が下火になっても、ワクチンや薬がない間は「ニューノーマル」な生活様式がマストです。人前ではマスクを着用して、手洗いをこまめに行い、ソーシャル・ディスタンシングに気をつけないといけません。一方で、ワクチンや薬ができた後は、コロナはインフルエンザのような存在になる。今はNGとされているハグのような習慣もきっと復活するでしょう。ただ、人々の意識はすぐには戻らないでしょうね。マスクをつけたまま過ごす人も少なくないでしょうし、ハグを嫌がる人もいるかもしれません。
ワクチンや薬が開発されたら、過敏にならなくていいと頭ではわかるのですが、人々の意識はすぐには切り替わりません。動き出したクルマはブレーキなどの摩擦力を加えない限り動き続ける、あの「慣性の法則」と同じように、人の気持ちもサッと切り替わるものではない。人間とはそういうものです。
僕がよく例に出すのが「テレビのリモコン効果」です。古き良き昭和の時代、テレビのリモコンが世に出たときのことは、今でも忘れられません。メディアでは「こんなもの売れるわけがない」「過剰なサービスだ」と散々な言い様でした。リモコンがなくても、部屋の中を1~2メートル歩けばチャンネルを回せるのだから、リモコンを必要とするような横着な人はいない、という見解もあったほど。でも、結果的にリモコン付きのテレビは売れ、今ではなくてはならないものになりました。リモコンが証明したのは、元来人間はとても怠け者で、便利なものには勝てないということです。
■アフターコロナでは、オンラインが定着するはず
同じようにアフターコロナでは、オンラインが定着するはずです。オンラインでできることを元に戻して「すべて対面で実施しましょう」とはならないでしょう。ちなみに、この記事の取材も対面ではなく、オンラインで実施しています。現在、立命館アジア太平洋大学(APU)学長として、別府を拠点に生活している僕は、今回のコロナ禍をきっかけに、Zoomなどを使ったオンラインでのやりとりが当たり前になっています。とても便利です。
便利なものはなくならないのです。これを僕は「リモコン効果」と呼んでいます。だから、アフターコロナになっても、オンライン会議やテレワークは絶対になくならないでしょう。とはいえ、リアルな場で行う会議や出勤が、なくなるとは考えられません。これからはオンラインとオフラインのハイブリッド社会になっていくと思います。オンラインを嫌がるのではなく、積極的に活用していきましょう。「この年になって慣れないことをするのは……」などと、躊躇している場合ではありません。
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立命館アジア太平洋大学(APU)学長
1948年、三重県生まれ。京都大学法学部卒業後、日本生命保険に入社。2006年、ネットライフ企画(現・ライフネット生命)を設立、社長に就任。18年からは立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任。ベストセラーの新刊『還暦からの底力』など著書多数。
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(立命館アジア太平洋大学(APU)学長 出口 治明 構成=池田園子 撮影=坂本道浩)
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