なぜ善良な日本人が「マスク警察」として周囲を攻撃するようになったのか

プレジデントオンライン / 2020年9月4日 18時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Fiers

■感染が下降傾向のいまは、社会を正常に戻す絶好のチャンス

「新規の感染者数に下降傾向が見えてきている」。西村康稔・経済再生相が8月31日の記者会見で、新型コロナウイルス感染症の状況についてこう説明した。

西村氏のこの説明の根拠は、厚生労働省に対策を助言する専門家組織「アドバイザリーボード」の分析結果によるものだ。

アドバイザリーボードは8月24日、6月からの感染拡大について「7月27日から29日以降、緩やかな下降がある。7月末にピークとなったとみられる」との分析結果をまとめている。下降に転じた理由については「感染が広がりやすい接客を伴う飲食店の営業時間の短縮や、他人と距離をとるソーシャルディスタンス行動の浸透による可能性がある」としている。

感染が下降傾向のいまは、感染対策に疲れた果てた私たちの心と社会を健康で正常な方向に向かわせる絶好のチャンスだ。

■ポケットからヨレヨレになったマスクを取り出して顔に着ける…

3密の回避、ソーシャルディスタンス、緊急事態宣言と感染対策を推し進めれば進めるほど、人の心と心との距離も遠くなる。感染拡大を防ぐことは重要だが、感染対策が行き過ぎれば、社会・経済活動だけではなく、人の心にも悪影響を与える。私たちは病んだ心を元気にすることも真剣に考えるべきだ。

社会全体が感染対策について過剰反応をしているのではないだろうか。たとえばマスク。マスクがないと店にも入れない。まともに人と会話もできない。マスクを着けずに歩いていると、周囲から白い目で見られる。そこで仕方なくポケットからヨレヨレになったマスクを取り出して顔に着ける。

こうした暗黙の協調を強いる「同調圧力」が強まっている。さらに、新型コロナ禍では「自粛警察」「分散型社会」「ウィズコロナ」といった言葉が次々と生まれた。そうした言葉に理解を示さない人は、強い非難を集める。

■「ウイルスの次にやってくるもの」はなにか

「手を洗えば新型コロナウイルスに感染する確率は下がる。でも、心の中にひそんでいて、流れていかないものがある。それは人から人に伝わっていく『恐怖』だ」

8月25日付の毎日新聞の社説はこう書き出し、感染対策が人の心に及ぼす悪影響を問題視している。この毎日社説は1本の大きな扱いで、見出しは「コロナの時代 つながりの再構築 『お互いさま』を広げたい」である。

毎日社説は書く。

「日本赤十字社がユーチューブにアップした動画にある言葉だ。恐怖が広がれば『人と人が傷つけあい、分断が始まる』と訴える」

この動画は沙鴎一歩も目にした。「ウイルスの次にやってくるもの」というタイトルのアニメーションで、人々の間に恐怖が広がり、「ウイルスが広まったのは、あいつのせいだ!」と攻撃しあう様子を描いている。そのうえで最後は「だから励ましあおう。応援しあおう。人は、団結すれば、恐怖よりも強く、賢い」と呼びかけている。

人には自らの命を守ろうとする防衛反応がある。目に見えない病原体に対しては、その防衛反応はより強く働く。そこをよく自覚して行動すれば、過剰反応を防ぐことができるはずだ。

■マスクをしない人をとがめる「マスク警察」の歪んだ思考

さらに毎日社説は指摘する。

「新型コロナは他者への差別や偏見を生み、社会に亀裂をもたらしている。感染した人や家族を非難する声は収まらない。自分の『正義』を振りかざし、マスクをしない人をとがめる『マスク警察』の現象は今も続く」「背景に浮かぶのは、感染への不安ばかりではない」
「『ステイホーム』や『ソーシャルディスタンス』で他者とのつながりが希薄になった。個人が次第に孤立していったことが分断に拍車をかけている」

「社会の亀裂」「孤立」「分断」。毎日社説が指摘するように、私たちは過度な防疫が人の心を深く傷付けることがあることを自覚すべきだ。

毎日社説はこんな調査結果を取り上げる。

「大阪大などの研究者による国内外の意識調査は興味深い。各国400~500人を対象に行われ、『感染するのは本人が悪い』と答えた日本人は3~4月時点で約11%に上った。1~2%台にとどまる米国、英国、イタリアと比べ突出して高い」

新型コロナにはだれでも感染する。感染症に対する無知が「感染するのは本人が悪い」という歪んだ思考を生んでしまうのだ。

毎日社説は「一人一人が感染を広げない自覚を持つべきだという考えは大事だ。だが、個人が孤立を深める中、その意識が過剰になれば、他者を責める声が大きくなる」とも書く。その通りである。

■松江市の高校には「コロナをばらまいている」と非難が殺到

8月30日付の読売新聞の社説は「コロナと中傷 感染者を責めるのは理不尽だ」との見出しを掲げ、書き出しからこう訴える。

「新型コロナウイルスは誰でも感染する可能性がある。感染した本人や周囲の人、通っている学校などへの理不尽な中傷や差別をなくしたい」

新型コロナはだれもが感染し得るものだ。読売社説は具体的に事例を挙げて主張を展開する。

「サッカー部員らの集団感染が起きた松江市の高校には、『学校をつぶせ』などと非難の電話が殺到した。インターネット上に生徒の写真が転載され、『コロナをばらまいている』と書き込まれた」
「批判にさらされ、『眠れない』などと心身の不調を訴える生徒もいるという。感染への不安が生んだ行動かもしれないが、行き過ぎた反応だと言わざるを得ない」
「ラグビー部で50人超の感染者が確認された奈良県の天理大では、関係ない学生が中学校や高校から教育実習の受け入れを拒否されたり、アルバイト先から出勤を見合わせるよう求められたりした」
「地元の天理市長が『不当な差別であり、社会の分断につながる』と冷静な対応を求めたのは当然である。感染症を巡っては、ハンセン病やエイズ患者が差別や偏見にさらされた歴史がある。こうした過ちを繰り返してはならない」

過剰反応は社会を壊してしまう。感染症は社会の病でもある。私たちは悲惨な過去をあらためて学び直す必要がある。

■医師や看護師に誹謗中傷を浴びせる行為は断じて許されない

読売社説は指摘する。

「国立成育医療研究センターが6~7月に行ったネット調査では、回答した7~17歳の子供の3割が『自分や家族が感染しても秘密にしたい』と答えた。感染したことを責められるのではないか、という恐れが根底にあるのだろう」

「秘密にしたい」という気持ちはよく分かる。しかし、新型コロナウイルスにはだれもが感染する恐れがある。まずは大人がそこをよく理解していかなければ、子供の心は閉ざされたままだろう。

読売社説は主張する。

「国内の感染者数は累計6万人を超えている。どんなに防止策をとっても、感染を完全に防ぐのは難しい。感染した人を責める言葉は、自分にも降りかかる可能性があることを認識すべきだ」

まったくその通りだ。新型コロナと同じ風邪やインフルエンザの気道感染の実態を見れば、よく分かるはずである。

最後に読売社説はこう訴える。

「感染者や医療従事者を攻撃する書き込みがないか、ネット上を監視している自治体もある。心ない言葉で傷つく人を出さぬよう、手立てを尽くさねばならない」

新型コロナ患者を救うおうと休みもなく懸命に働く、医師や看護師に対し、誹謗中傷の言葉を浴びせる行為は断じて許されない。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)

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