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「アビガンが『有効でない』とは言っていない」研究代表・土井洋平医師の独白120分

プレジデントオンライン / 2020年9月17日 11時15分

Getty Images=写真

新型コロナの治療薬として注目されたアビガン。いつしか「効かない」という言説が広まったが、それは本当だったのか? 臨床研究の当事者が、120分、プレジデント誌に語った真実とは――。

■「有効性示せず」「効果確認できず」と報道されたが…

「私たちは『(アビガンに)有効性がない』とは一言も言っていないはずです。服薬した患者はウイルス量に減少傾向が見られましたし、発熱期間も短縮しました。しかし、統計的有意差には達しませんでした。この結果によって『有効性示せず』というふうに“見出し”が一人歩きし、あたかも『研究に全く意味がない』という印象をもたれてしまったのは、大変残念に思っています」

プレジデント誌の取材にこう語るのは、「アビガン(一般名ファビピラビル)」の効果を検証する特定臨床研究を実施した際の研究代表医師で、藤田医科大学医学部の土井洋平教授だ。

アビガンは富士フイルム富山化学が製造する新型インフルエンザ治療薬。インフルエンザに対しては細胞内でウイルスの増殖を抑える働きがあり、タミフル(一般名オセルタミビルリン酸塩)と同等の効果があるといわれている。新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)にも同様の効果が期待された。

2020年5月、安倍晋三首相が会見で、同月中にも新型コロナの治療薬としてアビガンを承認する考えを表明した。日本全国から注目される中で土井教授率いる藤田医科大学の研究グループは、新型コロナに対する臨床研究を日本で初めて完遂。その最終報告(プレスリリース)を受けて、各メディアは「アビガン 有効性示せず」「効果確認できず」などと報道したのだった。

結果的にアビガンは20年8月末現在、いまだに新型コロナの治療薬として承認されていない。

■多くのメディアは「効かない」しか報道しなかった

「新型コロナにアビガンは効かない」――私もそのような認識でいた。そのため取材時の土井教授の発言に驚き、そして一メディアとして申し訳ない気持ちでいっぱいになった。本来、研究結果の見方は1つではないはずだが、多くのメディアは一方向からしか報道しなかったということだろう。

藤田医科大学医学部教授 土井洋平氏
藤田医科大学医学部教授 土井洋平氏

藤田医科大学のアビガン特定臨床研究のプレスリリースによると、新型コロナ患者89人に研究に参加をしてもらい、そのうち44人が「アビガン通常投与群」(1日目から内服)、45人が「遅延投与群」(6日目から内服)に無作為に割り付けられた、とある。

「こういった研究を行うときには『検証したい薬を服用する群』『プラセボ(偽薬)を服用する群』という2群が一般的で、またそれがベストではありますが、今回は偽薬を用意する時間的余裕がなかったのと、また新型コロナによる社会的不安がピークになっていたので、半分の方に偽薬を飲んでいただくという研究は患者さんの理解を得にくい可能性がありました。

■やはり服薬したほうが発熱期間が短くなる

そこで全員が内服する。けれども服薬するタイミングをずらす、という形にしたのです。最初の5日間については、『通常投与群』しか内服しないわけですから、服薬していない場合との直接的な比較ができます。ただし短所としては、6日目以降は遅延群も服薬を始めるので、長期的な比較はできません。あくまで最初の5日間の比較です」

実はそれでも、「対:偽薬」で行う研究との差は出てきてしまう。なぜなら偽薬を使う場合は、患者もその主治医も、本物の薬か偽薬かのどちらのグループであるかを知らされないことが多い。しかし土井教授のグループが行った研究では、遅延投与群は6日目まで内服できないため、「なんとなく調子が悪い気がする……」というバイアス(先入観、思い込み)がかかりやすいのだ。

「ですから評価項目には、『だるい』『頭痛』などのような主観が入る可能性のある症状よりも、数値として示せる『ウイルス量』『体温』などの項目を主軸としました。プレスリリースではその信頼性の高いデータを発表したのです」

その結果、6日目までの累積ウイルス消失率は、通常投与群で66.7%、遅延投与群で56.1%。遅延投与群が内服を開始する前の結果であるため、ウイルス量はアビガンを服薬したほうが消失傾向にあるといえる。また、「37.5度未満への解熱までの平均時間」は通常投与群で2.1日、遅延投与群で3.2日で、やはり服薬したほうが発熱期間が短くなるのだった。

■「違う統計法で行えば、有意差が出ている結果もありえる」

「『統計的有意差がない』と一言で言っても、統計手法にはさまざまなやり方があります。ただし、私たちがあとから研究結果のいいところだけをつまみ食いしたような解析にしてはいけないので、事前に決めた順番で解析していきます。ですから違う統計法で行えば、実は『有意差が出ている』結果もありえます。

アビガンはなぜ効く? その作用メカニズム

査読(学術誌に論文が発表される前に同分野の専門家が行う評価)を経る『論文』と違い、『プレスリリース』では事前に規定された統計手法で、一番重要なデータをなるべく簡潔に示すのが正しいやり方ですから、そのように報告しました。しかし、発熱期間をとっても3割程度短縮されているので、医学的に意味のあるデータだと思います」

■200人程度の患者を集めれば、有意差を得られた可能性が高い

中国は20年2月に、アビガンの後発薬が新型コロナ患者の解熱までの期間を大幅に短縮したという臨床試験の結果を発表した。ロシアでは20年8月に、アビファビル(ロシア製のファビピラビル)を服薬した患者の62%でウイルスが陰性化したと、服薬しない群(約30%)と比べて倍程度のウイルス量減少の有効性を報告している。

「ウイルス量について、なぜ私たちの研究で予想より差が小さかったのかは、いまだにわかりません。中国やロシアの研究では鼻奥のぬぐい液でPCR検査をする、つまり同じやり方で研究を行い、大きな差が出ています。

ですので私は日本の監督下で行う研究で、日本製のアビガンの有効性が示せる日がどこかの段階でくると思います。私たちの研究でも200人程度の患者さんが集まれば、有意差が得られた可能性が高いのです」

それではなぜそれだけの患者を集めなかったのだろうか?

「20年2月末に研究を始める頃は、国内で新型コロナの患者さんはまだほとんどいませんでした。ですから実は当初、20人くらいの患者さんを研究対象にしようかと考えていたんです。しかし、院外の統計家の先生からそれじゃあ全然ダメだと。中国で行われたアビガンの後発薬の臨床研究データから、86人の患者が参加すれば統計的有意差をもって効果が確認できる可能性があるとわかったため、『86人』という目標人数を設定しました。

でも当時はそれでも、エベレストに登るくらいの遠いイメージでしたね。『半年で結果を発表』という目標も立てていましたが、最初のペースでは1年かかるのではないかと思いました。しかし20年3月の終わり頃から20年4月に“第1波”がきて、一気に目標人数に達したのです」

ところが、20年5月の連休明けに、新型コロナの患者は大幅に減少する。

「次は秋ぐらいに“第2波”かなと指摘されていました。秋まで待ったら結果発表は冬になるでしょう。まさかその後あれほど感染者が増えるとは、当時予想できませんでした。皆でどうするかを議論しましたが、私たちの研究は早く始まって早く終了し、だいたいこんな感じですよと発表することが大事と考え、目標を超えた人数で終了することにしました。もちろんその時点で私は研究の結果は知らされていませんでした」

実は、土井教授を中心とした研究グループは、“驚愕のスピード”でアビガンの臨床研究を実施した。この舞台裏に迫ると、日本で感染症に対する臨床研究がスムーズに進まない理由が見えてくる。彼らはどのような困難に直面したのか。詳しく聞いた。

■アビガン承認が目的ではなかった

――そもそも、なぜアビガンで研究しようと思われたのでしょうか?

新型コロナウイルス感染症に対する抗ウイルス薬
時事通信フォト=写真

「20年2月頃、中国の武漢が厳しい状態であることが連日報道され、現地ではものすごいスピードでデータを集め臨床研究を行っていました。中国がやるなら、日本でもやらないと、と思ったんです。そして新型コロナの場合、症状が軽い人からでもウイルスが排出されていることがわかり始めた時期でした。爆発的感染を防ぐ1つの方法として、感染がわかった人が抗ウイルス薬を服用することで、感染が拡大するリスクを下げることができるのではないか、と。そこで、少なくともインフルエンザで承認されているし、効果を検討しようとすればすぐ手に入る薬で、備蓄もあるということで、アビガンを使って検証することにしました」

――目的はあくまで感染拡大の防止で、「アビガン承認」ではなかった、と。そして国内でアビガンが注目を集めていない時期から研究のタネを蒔いていた。

「そうです。よく混同されるのですが、私たちが行ったのは『治験』ではなく『臨床研究』。治験は、基本的に製薬会社が医薬品の承認を得るために行うもの。私たちが始めた数週間後に富士フイルム富山化学がアビガンの企業治験をスタートさせました。けれど私たちは『比較的元気な人からのウイルス排出を抑えられないか』というのがそもそもの出発点。

どちらが良い悪いではなく、治験と臨床研究は出自も内容も目的も違う視点なのです。私たちが臨床研究を始めた頃は、そこまで期待を背負っていませんでした(笑)。ただ、そのように誰からも注目されていない、かなり早い時期から研究の準備を進めた甲斐があり、第1波がきたときにスムーズに症例(患者)を集めることができました」

■「最初は4施設で、研究が進むスピードは非常に遅かった」

――研究をスタートさせるのは大変でしたか?

「臨床試験でも治験でも、今日やると決め、明日から始められるものではありません。国内には臨床研究法というものがあり、その手順に従って手続きを進めなくてはいけないのです。発案してから実際に研究を始められるまで数カ月から半年かかるのが一般的ですが、私たちは大学をあげて準備に取りかかり、発案から10日程度のスピードで最初の患者さんを受け入れました。研究スタッフの間では毎晩午前3時にメールが飛び交う状況でしたね」

――今回の臨床研究の進め方として、日本全国の病院に声をかけ、研究に参加してもいいという病院は登録の手続きを行うんですよね。

「最初は4施設からのスタートで、研究が進むスピードは非常に遅かったです。日本地図を広げ、新型コロナの患者さんを受け入れそうな全国の病院に一件一件、研究へのご協力のお願いをしました。例えば当初は北海道で患者さんが多く発生したので、特に力を入れてアプローチしたのですが、医師も看護師も家に帰らず対応しているような大変なときに、すぐには研究まで請け負えない、という状況でした」

注目を集めた新型コロナ治療薬

■立ちはだかる日本の臨床研究の限界

――目標であった「86人」に達するまでの道のりが遠かったですね。

「そうですね。例えばこれが糖尿病やがんなどのような慢性疾患であれば、すでに患者さんは存在しています。しかし新型コロナでは患者が発生する地域も、その数も予測できない中で進めていく難しさ、効率の悪さがありました。

また研究に協力いただいた各医療機関には大変なご負担をおかけしました。新型コロナの患者を受け入れるだけで通常の2倍くらいの業務量になって、さらに研究に参加となると、主治医が患者に研究内容を説明し、患者の同意を得て、毎日その患者からPCR検査などで検体を採取し、体温などの症状のチェックも行い、退院後にはそれらのデータをすべて入力してもらわなくてはいけません。徹夜状態で研究にご協力してくださった先生方もいます。

ですから100人以上まで研究を続けなかったのは、20年5月の連休明けに患者数が大幅に減少したことが大きかったのですが、現場の先生方にこれ以上頼めない、日本の臨床研究の限界を感じたことも大きいです」

――海外ではどのように行われるのでしょうか?

「アメリカは日本と同様に臨床研究にまつわる法規制が厳しく、ある意味“完璧”を目指します。ただし、私もアメリカで臨床研究をしていたのですが、患者さんに研究の同意を得るところまでは主治医が行うものの、それ以降は研究支援を専門にしている担当者や機関が担うのです。ですから今回、医師が新型コロナの対応に追い込まれたとしても、研究が進む。ただし1症例につき、数百万円以上かかります。

イギリスについては報道で見る限りですが、研究内容の精度よりも患者の“数”で勝負する形ですね。日本はどちらかといえばアメリカ型ですが、それだけの人やお金を投入するのは厳しいので、そうなると現場の負担が増してしまいます」

――人員や費用の支援が難しい場合、スムーズな臨床研究を進める策は?

「医療機関がもう少し簡単に研究に参加できることでしょう。例えば私たちが研究に参加してくれる病院を募り、A病院が参加したいと連絡をくださってやりとりをしたとします。現状ですと、実際にA病院で新型コロナの患者さんの研究がスタートできるようになるまで、平均すると1カ月くらいかかってしまうのです。

今回、我々の研究に100以上の医療機関から希望があったのですが、最終的に研究に参加いただけたのはその半分以下でした。その大きな要因は、手続きが大変で時間がかかることです。日本の臨床研究を行う枠組みは堅牢で透明性があり、優れたシステムでしょう。しかし一刻一秒を争う今回のような状況では、もう少し柔軟な運用ができるといいと感じました」

■医療機関を奪い合わないためには

「あとこれは夢物語かもしれませんが……」と土井教授が続ける。

「新型コロナに関しては、今は各大学がバラバラに臨床研究をしている状況です。別にそれぞれが自分の手柄にしたいと思っているからではなく、構造的にそのようなやり方でしか研究できない仕組みなんです。すると結果的に『研究に参加できる医療機関』を奪い合うような形になってしまいます。全国の100なら100の医療施設と複数の大学が共同で連携して研究できるような仕組み、しかも研究に参加する医療機関のほうもAからEまでの治療薬を患者さんに応じて選べると、このようなパンデミックな感染症のときに研究結果が効率的に出せると思います」

そして私たち国民にも協力できることがある。もし自分が患者の立場になって、土井教授の研究グループが行ったような臨床研究(介入研究)の提案を医師からされたら、内容をよく吟味したうえで協力できそうであれば参加することだ。

■観察研究では「医師が投与しようと思う状況」が前提に

現在も同大学で続く「観察研究」は、医学的にアビガンが必要と判断された患者が服用した経過を追跡するもの。似ているようで、「介入研究」と「観察研究」の2つは全く違うものである。観察研究で多くの患者の情報を集めても、服用しなかった患者との違いを厳密に比較しなければ、科学的に薬の有効性を裏付けることはできない。

「介入研究では、患者さん同士の差は『アビガンを投与されたか、されていないか』の一点になるように、研究対象者をランダム(無作為)に選び出します。また研究を遂行する手順も、検体採取や体温測定などのタイミングが厳格に決められています。

しかし観察研究では、『医師がアビガンを投与しようと思う状況』が前提ですので、病の重症度が高い方が多い。ですから、死亡率という観点でいえば、むしろ高くなる傾向にあるでしょう。また投薬も通常の診療として行われるので、ルールに基づいてきちんと情報を集められるわけではありません。観察研究では症例数はどんどん増えていくので、薬の副作用については有用なデータが蓄積されます。一方で有効性については介入研究よりは科学的信頼性の低いデータとなります」

アビガンの副作用については、妊娠中の女性が飲むと奇形の赤ちゃんが生まれる恐れがあると指摘されてきた。そのほか尿酸値が高くなる副作用も報告されていたが、土井教授の研究でも8割の患者にその傾向が見られたという。

「インフルエンザで試験されたときよりも、新型コロナの治療薬として投薬したほうが尿酸値が上がる人の割合が断然高かった。アビガンは一定の内服量を超えると尿酸値が上がるようですね。しかし内服が終わって再検査をすると回復していましたから、大きく心配するようなものではないと考えています」

■医療の本質は「白か、黒か」では決まらない

実は土井教授とは20年2月に別件の取材でお会いしている。そのときと比べるとずいぶん疲れた様子で心配になり、睡眠時間や体調を尋ねると「いやいやもう“どん底”は抜けまして……」と笑う。

「『データを隠しもっているんじゃないか』など、一般の方からも含め多くの問い合わせがあり、得体がしれないパンデミックがもたらす社会不安を感じました。新型コロナに限らず、医療の本質は白か黒かでは決まらないことが多い。どんな病気であっても、患者さんから『必ず良くなりますか?』と聞かれたら『良くなりますよ』とは答えますが、“必ず”とは言えません。同様に研究結果であっても、“確定”はなかなか下せないものです。

イギリスで1万人近くの方を対象にステロイドの効果が調べられ、『重症患者にステロイドを併用すると死亡率が3割下がる』と『ニューイングランドジャーナル』という著名な雑誌に発表されました。しかしそれさえも『偽薬を立てて検証しないとダメだろう』と報道で指摘されてしまいます」

大前提として新型コロナは、ほとんどの人は治療なしで良くなっていくことを忘れてはならない。ただ一部、高齢者などに重症化する傾向がある。

「この薬があればバッチリ効きますというのは難しく、進行を遅らせる、退院が早くできる、熱が早く下がるなどの効果を示せるものが治療薬の候補になる」と土井教授は言う。

「私たちの研究結果でアビガンが承認されることはありませんでした。けれども企業治験の結果がメインとなって、トータルで考えたときの判断材料として、有効に活用してもらえればと思います」

富士フイルムは20年8月、治験の数が揃ったため、約1カ月後にすべてのデータを明らかにすると発表した。そのとき、土井教授のチームが行った研究がその後押しとなるだろうか。

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土井洋平(どい・ようへい)
藤田医科大学医学部教授
ピッツバーグ大学医学部准教授。日本感染症学会感染症専門医、米国感染症内科専門医。1998年名古屋大学卒業。2018年より現職。20年、同大学が行った新型コロナウイルス感染症に対する抗ウイルス薬「アビガン(ファビピラビル)」の臨床研究の研究代表医師を務めた。

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)など。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子 撮影=藤田学園 写真=Getty Images、時事通信フォト)

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