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国家公務員が「安倍官邸の下僕」と化したのは、安倍首相の責任ではない

プレジデントオンライン / 2020年9月11日 9時15分

首相官邸に入る安倍晋三首相=2020年9月4日、東京・永田町(写真=時事通信フォト)

7年8カ月続いた安倍政権は、どのような政治をしてきたのか。政策シンクタンク代表の原英史氏は「元文部科学次官の前川喜平氏は『霞が関全体が安倍官邸の下僕、私兵と化してしまった』と批判している。しかし、忖度が増えたのは『官邸主導』の問題ではなく、霞が関の劣化の問題だ」という――。

■安倍政権の「行き過ぎた官邸主導」という虚像

安倍政権は「行き過ぎた官邸主導」だった、というのが通り相場だ。

たしかに、アベノミクス初動や外交・安保では、強力な「官邸主導」が発揮された。だが、それ以外の内政全般ではそうだっただろうか。

私自身、安倍政権での「国家戦略特区」の制度創設時からワーキンググループ委員として運営に携わるなど、目玉政策の一つだった「岩盤規制」改革に関わった。私に見えていた限り、「官邸主導」を感じることは少なく、政権後半にはさらに薄れていった。

比較すると、より強く「官邸主導」だったのが小泉政権だ。道路公団、郵政、政策金融など、政府・与党内での対決を辞さず、「官邸主導」で次々に改革を進めた。

当時、改革のエンジンとなった「経済財政諮問会議」は毎回のように大荒れで、改革推進側の大臣・民間議員らと反対側の大臣らが激しい議論を戦わせた。

政策金融改革が議題になった際、双方の議論を聞いた小泉首相が、反対する財務・経産大臣に対し「役所に引きずられるな」と強く改革を迫った場面は、後々まで語り継がれている(2005年10月27日経済財政諮問会議)。

首相の姿勢を聞き及んだ関係者はその後、粛々と改革を進めることになった。

■会議が大荒れだった小泉政権

安倍政権での改革は、明らかにスタイルが違った。実は2013年に「国家戦略特区」の制度を設けた際、経済財政諮問会議にならって「国家戦略特区諮問会議」を設けた。私は制度設計段階でこれを発案した一人だが、この会議で丁々発止の議論が戦わされ、最後は安倍首相が決断する場面を期待していた。

しかし、実際の国家戦略特区諮問会議では、そんなことは一度も起きなかった。特区諮問会議は一度として荒れなかった。

各省庁との折衝は特区ワーキンググループ(民間委員と各省庁の折衝)で事前に済まされ、特区諮問会議は、その結果に基づきシナリオどおりに運営された。大臣らが順番に予定された発言をしていく、政府の会議の標準スタイルだ。

もちろん、特区諮問会議で大臣に説明を求めるだけで、事前の各省庁との調整は進みやすくなる。それで相当程度の規制改革が実現できた。しかし、それでは済まないレベルの本当の難題はなかなか解決に至らなかった。

■「自分の意向は入らない」安倍首相の正直な答え

政権後半になると、マスコミ・国会でモリカケ騒動が起きる。「官邸主導」で不正な利益誘導がなされているなどと“疑惑追及”がなされることになった。

私はこれら事案での政府の対応をすべて擁護するつもりは毛頭ないが、少なくとも、国家戦略特区で当事者として関わった加計問題(獣医学部新設)に関して言えば、あの問題は本来はとっくに決着済みだった「意味のない規制で半世紀以上認可されてこなかった獣医学部の新設を認可する」という長年の懸案解決にすぎなかった。

首相の友人関係など、全く関係ない話だった(こう書くと「新設を1校限定で許可したのは、加計学園と安倍首相の特別な関係があるからだ」などという反論が出てくるのだが、そのあたりの詳しい経緯は拙著『岩盤規制 誰が成長を阻むのか』に書いてあるので、ご興味のある方はそちらを参照していただきたい)。

当時の国会論戦で、安倍首相は「国家戦略特区での検討は特区ワーキンググループで民間委員が行っていて、自分の意向は入らない」と答弁したことがある。この答弁を聞いて、私は正直なところ「変な答弁だな」と思った。

国家戦略特区は本来、首相主導で岩盤に穴を開けるための制度で、「首相の意向は入らない」仕組みではない。だが、現実の運用はたしかにそのとおりだったし、安倍首相は自らの認識を正直に答えたのだろう。

■虚像に基づく“疑惑追及”で岩盤規制は不発に終わった

ともかく、虚像に基づくマスコミ・国会の“疑惑追及”が続くうち、「官邸主導」の機運はますます低下した。これが、安倍首相の岩盤規制改革で十分な成果をあげきれず、「第三の矢」が不発に終わった理由だ。

ちなみに、首相の方針が不発に終わった事例はこれに限らない。例えばコロナ対応では、安倍首相が2月に「医師が必要と認める検査はすぐできるように」と表明した。しかし、その後も十分な検査体制の構築はなされず、結果として、不毛な「PCR検査論争」を招いているのも、その一例だ。「官邸主導」は決して強力ではなかった。

■「官僚の忖度」は霞が関の劣化の問題でしかない

官邸が霞が関の人事を掌握し、「官僚の忖度」が蔓延ったとの指摘も繰り返されている。例えば毎日新聞の8月29日付記事『「忖度」は脅されて? 霞が関どう変わった 反骨の元官僚2人に聞く』では、元文部科学次官の前川喜平氏がこう語っている。

・「霞が関全体が安倍官邸の下僕、私兵と化してしまった」
・「各省庁の知識や経験、専門性はないがしろにされ、『これは変じゃないか』と思うようなものを無理やりやらされることはしょっちゅうだった」

しかし、これは「官邸主導」の問題ではない。安倍政権以前の古い時代にも、声の大きい有力族議員などは存在し、その言いなりに筋を曲げてしまう官僚はいた。そうではなく、言うべきことは言い、筋を通す官僚もいた。

前川氏は自分は前者のタイプだったと表明しているにすぎない。こうしたタイプの官僚が増えているとすれば、「霞が関の劣化」の問題でしかない。

もちろん、後者のタイプが正義と言えるかどうかは別問題だ。こうした議論ではしばしば、双方とも自らが正義と信じていることがある。これは、議論を公開し検証可能にして解決するしかない。

前川氏の場合、国家戦略特区の会議に出てきて「変じゃないか」と主張し、公開議事録に残すことができたにもかかわらず、文科省の責任者としてそれをしなかったのである。

それを今になって「行き過ぎた官邸主導」と難じても、何の説得力もない。マスコミもそろそろ、こうした主張を「正義の反骨官僚」扱いするのは考え直したほうがよいのではないか。

■難題に立ち向かうために「より有効な官邸主導」が必要だ

「官邸が霞が関の人事を掌握」したことを批判するマスコミも多い。こうした批判の多くは、前世紀から「官邸主導」への転換が進められたこと、十年以上前に当時の民主党も合意して「内閣人事局」が設計されたことなど、前提知識を欠いてなされている。

高橋洋一、原英史『国家の怠慢』(新潮新書)
高橋洋一、原英史『国家の怠慢』(新潮新書)

国の枠組みを「平成」を通り越して「昭和」に戻すべきと言っているようなものだ。行政改革と規制改革の絡み合う経過は、拙著『岩盤規制』に記した。記者たちには少なくともここに書いた程度のことを知ったうえで記事・論説を書いてほしい。

今後、誰が首相になるにせよ、難題は山積だ。コロナ禍からの脱出、混迷する世界情勢への対応、積み残しの岩盤規制、デジタル変革への対応、労働市場改革、社会保障改革などなどだ。これらに取り組むために必要なことは、断じて「行き過ぎた官邸主導」の是正ではない。「より有効な官邸主導」が必要だ。

さらに、安倍政権での経験を踏まえれば、「マスコミ・国会改革」も課題だ。これについては高橋洋一氏との共著『国家の怠慢』で論じたので、ぜひ読んでいただけたら幸いだ。

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原 英史(はら・えいじ)
政策工房代表取締役
1966年生まれ。経済産業省などを経て2009年「(株)政策工房」設立。著書に『岩盤規制 誰が成長を阻むのか』(新潮新書)など。

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(政策工房代表取締役 原 英史)

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