「医学部でミス東大」上田彩瑛さんを育てた母は、娘に勉強する姿を見せていた

プレジデントオンライン / 2020年9月18日 9時15分

上田彩瑛さん(撮影=市来朋久)

2019年のミス東大グランプリに輝いた上田彩瑛(さえ)さんは、東京大学理科三類で学ぶ医師の卵でもある。なぜ東京大学の最難関学部を目指そうと思ったのか。上田さんは「中学受験をする際、大学院を目指して猛勉強する母の姿を見ていた。そのため勉強することに抵抗感がなかった」という——。

※本稿は、『プレジデントFamily2020秋号』の記事の一部を再編集したものです。

■ミスコンも東大理三受験も「やってみたら?」の精神

——彩瑛さんは東大に入学したばかりの1年生(2019年)でミス東大コンテストにエントリーしたんですよね。出場した動機を教えてもらえますか。

【彩瑛】高校の友達から勧められ、いろいろなことに挑戦してみたいという気持ちがあったので勢いで応募したんです。応募するだけと思っていたら、4カ月間SNSに投稿を続けなくちゃいけなくて戸惑いましたね。高3の1年間、合格祈願でSNS断ちをしてアプリすら入れていなかったから。

【母】出場すると聞いたときは、びっくりしたけど、「やりたいことはなんでもやってみたら?」と言いました。コンテストの本番はあまり緊張してなかったよね?

【彩瑛】舞台に上がってゆりやんレトリィバァさんの物まねやTWICEのダンスをしたけどもう無我夢中で。でも、やっていたら楽しくなってきて。後で動画を見たらかなり恥ずかしかった(笑)。

——東大理科三類は医学部のなかでも最難関。志望したきっかけは?

【彩瑛】もともと高1のときに医学部に行きたいと思ったんです。インフルエンザの予防接種を受けた後、倒れてしまって。自分の体の中で起こったことなのに原因がわからないのは不安だし、気持ち悪い。医学部に入れば、体の仕組みを学べると思ったのがきっかけです。

【母】予防接種で倒れたときそばにいたけれど、具合がよくなって最初に出た言葉が「しんどい」でなく「悔しい」だったよね。

【彩瑛】そうそう。悔しかった。私と同じように原因がわからない不調で不安になっている人の役に立てる医師になりたいな。

【母】理三を受験したいと言いだしたのも彩瑛だったよね。

■いざ東大医学部へ「数学も学べるし、相対性理論も勉強できる」

【彩瑛】そうそう。東大理三を目指したのは「鉄緑会」(東大・京大・国公立大医学部受験指導専門塾)に通っていたことが大きかったかな。理三を目指している子が多くて、手の届かないところじゃないのかなと思うようになって。調べたら、東大は1、2年の前期課程で教養を学べる。私が大好きな数学も学び続けられるし、相対性理論も勉強できると思って。受験のときはいろいろと相談にのってもらったよね。

【母】実は、私、中高の英語教員なんです。長年、生徒に進路指導もしてきたので慣れているのに、自分の娘のことになると勝手が違って。生徒には「大丈夫。頑張れば巻き返せるよ!」と言って励ましてきたけれど、娘の進路では弱気になっちゃった。

【彩瑛】入試直前で本当に悩んだからね。高3最後の全国模試では判定がよくなくて。そこからセンター試験まで伸びを信じるかどうかで悩んだよね。

【母】最終的に決めたのは彩瑛だった。私は「じゃあ、それで行こう」って言って。

■「中学受験の勉強のとき、こたつの隅と隅で母と勉強しました」

【彩瑛】そうやって相談にはのってくれたけれど、最終的には私がしたいようにさせてくれたのはありがたかった。参考書も「これが欲しい」と言えばすぐ買ってくれたし、ほんとありがとう!

【母】アマゾンプライムが届けてくれるだけやけどね。アマゾンがあって助かったわ(笑)。

【彩瑛】家に勉強しやすい環境があったのもありがたかった。いつも学んでいる姿を見せてもらってたよ。

上田彩瑛さん
撮影=市来朋久

【母】仕事が忙しくてあんまり手をかけてあげられなかったけれど、強いて言うと、私が勉強する姿を見せられたことはよかったかもしれない。教員を続けながらもっと学びたいと思って大学院に入ったのは、彩瑛が小4のときだったかな。その頃はリビングのテーブルに書きかけの論文や資料なんかがわーっと積まれていて。提出日前なんてもう必死で、話しかけられてもふんふんと受け流すことが多かった。

【彩瑛】でも、そうやってお母さんが隣で学んでいたおかげで、私も勉強することに抵抗感がなかったよ。中学受験の勉強のときとか、こたつの隅と隅で、2人で勉強していたことを覚えてる。

【母】彩瑛が中学受験のとき、私は、昼間は教員として働いて、夕方から大学院に行ってたから、塾のお迎えもいつもギリギリ。仕事柄、多くの子を見てきて、男子は一気に成績が上がることがあるけれど、女子はコツコツ勉強を積み上げていくのが大事だなと感じていたので、小学校に入ってから勉強に集中するためのシステムづくりを一緒に考えていたね。

【彩瑛】確かに、やることリストを一緒に作ったりしてたね。

【母】その日やることを紙にまとめて、終わったことは一つずつ定規で線を引いてつぶしていくとか。

【彩瑛】小学校高学年の頃には自分でやっていたね。スケジュール帳に計画を書くことも好きだった。

■模試の結果が悪くても「くよくよしている時間がもったいない」

——そして晴れて私立中高一貫の名門女子校・四天王寺に合格。中学・高校とずっと学年1位だったと聞きましたが、トップのプレッシャーはなかったですか?

【彩瑛】あまりなかったですね。私は数学が大好きで得意だったので、確かに数学の点数はよかったです。とはいえ、周りには社会や国語などほかの教科でもっとできる子がいたので、互いに教え合うなど切磋琢磨(せっさたくま)できる環境が学校には整っていたと思います。

【母】勉強のスランプもなかったんじゃない?

【彩瑛】小学校のときは覚えてない。大学受験のときも、たとえスランプがあったとしてもスランプとして捉えていなかったような。数学以外の教科は伸びしろしかないと思っていたし!

【母】彩瑛は前向きな性格だよね。模試の結果が多少悪くても、「くよくよしている時間がもったいない」と言っていた。

【彩瑛】うん、言ってた(笑)。

■「目の前の問題は解きたくなる」習性がある

——小さい頃はどんなお子さんでしたか?

【母】小さい頃から気になったことはとことん調べずにはいられないところがあったよね。目の前に問題があったら、どんどん解きたいタイプで、小学校に入学したときにもらってきた教科書を全部解こうとしたことがあったよね。

【彩瑛】授業までに全部解かないといけないのかと落ち着かなくて(笑)。

【母】私も好奇心が強いので、そういうところは似たのかなぁ。彩瑛が小さい頃から、子育てにおいてこういうことを教えたらどういう結果になるんだろうと、知りたい一心で……(笑)。生後6カ月から教え始めたのはパズル。お座りができれば手が自由に使えるから、4ピースの木製パズルをあと一つはめれば完成という状態で渡してみた。最初はなめたりするだけだったけれど、お手本を示すうちにはめられるようになって、結局、8カ月ぐらいで4ピースのパズルを1人で完成させられるようになったんです。子供って与えたらなんでもできるんだなと実感したのがこの時。

■ピアノ、バレエ、ダンス……なんでも一生懸命に休まず励む

【彩瑛】英語も教えてくれていたんだよね?

【母】そうそう、日本で生まれたけれど、母親がずっと英語で話しかけていたら、初めての言葉はどっちをしゃべるのかが知りたくて。結局、英語がポッとでたので、母親がしゃべる言葉を習得するんだなぁとわかってびっくりした。母国語のことをmother tongue(=母親の舌)というのですが、語源に偽りなし、と感心した記憶があります。それから日本語と英語のミックスで話しかけていたけれど、幼稚園に入ってからは広島弁オンリー。当時、広島に住んでいたからね。

東京大学本郷キャンパスの赤門前にて
東京大学本郷キャンパスの赤門前にて(撮影=市来朋久)

【彩瑛】昔は英語をしゃべっていたんだね。

【母】中学で英語の授業が始まったとき、リスニングに抵抗がなかったのもその影響なのかなぁ。英語独特の周波数を聞き分けられる耳が育っていたんだと思いたい。

【彩瑛】算数に興味を持ったのは、お母さんが買ってくれた『数の悪魔』という本がきっかけかも。分厚い本だったけど、読んだら面白くて、何回も読み返していた。

【母】最初は小2くらいだったから絵だけ見て楽しんでいたけれど、だんだん読めるようになったね。そうだ、『プレジデントファミリー』に載っていて良さそうな本だなと思って買ったんですよ!

【彩瑛】思えば、算数グッズが身近にたくさんあったよね。100玉そろばんとか。

【母】私が意識的に買っていたのかなぁ。女の子はどうしても数学を苦手にすることが多いから、興味を持つようにと思って。1歳9カ月から6歳まで七田チャイルドアカデミーに通ったことも数学好きになったきっかけの一つかもね。

【彩瑛】習い事も結構していたよね。確かピアノは小1から小3まで通ってた。「来週はこれを弾くから練習してきてね」と先生に言われても、1週間練習はせずに温めておいて次のレッスンで初めて弾く(笑)。

【母】温まらんわ(笑)。

【彩瑛】クラシックバレエは小1から高校生まで通っていたんですよ。ダンスも好きで、発表会前はレッスンやダンスの部活で週6日くらい踊っていたこともあった。

【母】中高の定期テストの前もバレエやダンスのレッスンは休まなかったよね。「ママ、テストの前も休まないからね」って言って(笑)。

【彩瑛】休まなくて済むように、逆算して、テスト勉強をする計画を立てて、「ダンスに行く時間分はここで勉強するから、レッスンは休まない」って言って(笑)。

■お母さんというより「お姉ちゃん」みたい

【彩瑛】お母さんの影響は割と受けているかも。同じダンススクールに通っていたし、お笑いも好きやし。大阪だとテレビつけると吉本新喜劇をやっているのでそれを見て楽しんだり。「THE MANZAI」とかお笑い番組は全部録画して、面白い漫才だけセレクトした動画を作って何度も見てます。

【母】お父さんもお笑いが好きだから、家族で会話するときは漫才のネタに沿って話が進む(笑)。反抗期の気配はまったくなかったかな。一緒に東方神起のライブに行ったりしたよね。2人で自転車こいで会場まで行ったね。

【彩瑛】お互いに忙しくて反抗する時間がなかったというのもあるけど、お母さんというよりお姉ちゃんみたいな感じ。距離感がほどよくて、学校の先生がお母さんだったら相談しやすいだろうなって思ってたよ。

【母】お母さんとしてはあんまり頼りにならなかったんじゃないかな。ママ友とのおしゃべりに夢中になって幼稚園に娘を置いてきたり、中学入試のときに会場の地図を持たずに向かったり。

【彩瑛】そうそう、大阪環状線に乗って2人で梅田駅に降りたのはいいけど、会場はどこって?

【母】(中学受験塾の)希学園のジャンパーを着た人がいたから、「あの人についていけば会場につくかも!」ってついていったら、無事に会場につけたんだよね!

【彩瑛】あのときは地図を忘れた自分が悪いなと思って、それからは自分で準備するようになった(笑)。

【母】私がこんなんだから、逆にしっかりしたのかも。あんまり母親っぽくなくてごめんね。

【彩瑛】そんなことないよ。常に学んでいる姿勢は本当にすごいと思う。間違いなく、世界で一番、お母さんを尊敬しているよ。

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上田 彩瑛(うえだ・さえ)
東京大学理科三類
2000年大阪府生まれ。私立四天王寺中学・高校から現役で東京大学理科三類に進学。2019年のミス東大コンテストでグランプリに輝く。現在、ワタナベエンターテイメントに所属しテレビ番組などにも出演中。高校時代は「数学甲子園」に出場するなど数学が得意科目。阪神タイガースの大ファン。彩瑛さんのお母さんは、今回、後ろ姿だけで対談に参加してくれました。

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(東京大学理科三類 上田 彩瑛 構成=上島寿子)

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