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大量の未開封DVDとサーバーに埋もれて40代男性は黒い染みになった

プレジデントオンライン / 2020年9月22日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kieferpix

孤独死はもはや高齢者に限った問題ではない。10年以上のキャリアを持つ特殊清掃業者は「急性心筋梗塞による孤独死は、働き盛りの30代、40代の男性に圧倒的に多い」という。ノンフィクション作家の菅野久美子氏が聞いた――。

※本稿は、菅野久美子『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(角川新書)の一部を再編集したものです。

■孤独死の8割以上は65歳以下の現役世代

数々の孤独死事例を取材したが、最も衝撃を受けたのは、30代、40代も含む現役世代の孤独死がより深刻だということだ。孤独死現場の遺品などを見て感じるのは、何らかの事情で人生の歯車が狂い、その場に崩れ落ちてしまった現役世代の姿である。

原状回復工事に携わって、10年以上のキャリアを持つ塩田卓也は現役世代の孤独死現場と日々向き合い葛藤している特殊清掃業者の一人だ。塩田は、特殊清掃業者、武蔵シンクタンクの代表を務め、日々清掃作業に明け暮れている。

「うちにやってくる孤独死の特殊清掃の8割以上は65歳以下なんです。65歳以上は地域の見守りがなされていて、たとえ孤独死したとしても早く見つかるケースが多い。孤独死が深刻なのは、働き盛りの現役世代なんですよ」

塩田はそう言って、少しでもそんな現状を知って欲しいと、私を数々の現場に案内してくれた。

ある日、塩田が管理会社の依頼を受けて、東京都某市のマンションの一室のドアを開けると、廊下に突然、ジャングルジムのようなメタルラックの仕切りが現れた。その上にサーバー機が何十台と並べられ、HDDと配線、その熱を放出するためのファンとサーキュレーターが、ひしめき合うように圧縮陳列され、張り巡らされていた。その隙間にも、キーボードやマウスが足の踏み場もないほどに置かれている。

■サーバー機のわずかな隙間に埋もれて亡くなった男性

この部屋に住んでいた40代の男性は、東北地方から上京し、ウェブ関係の専門学校に進学。卒業後、都内のウェブ制作会社に就職したが、一度も無断欠勤をしたことはなかったという。GWが明けた後に、なかなか出勤しないことを心配した同僚がマンションを訪ねると、そこにはすでに事切れた彼の姿があったのだという。死因は急性心筋梗塞だった。

この部屋の特殊清掃は難航を極めた。サーバー機に阻まれ、奥に進むことさえできなかったからだ。その隙間には、インスタントラーメンの食べかすや、空のコンビニ弁当、飲みかけのコーヒー牛乳などが溢れ返って、いくつもの層を作っており、蠅が集まっていた。10年以上原状回復工事に携わっている塩田でさえも、たじろぐほどの異臭であった。

男性は欠勤することなく会社に通勤しつつも、何十年にもわたって不衛生な環境で、不摂生な食生活を送っていたと塩田は、すぐに察知した。

黒い染みの様子から、男性はサーバー機のわずかな隙間に埋もれるようにして亡くなっていたという。

「しょこたん」(中川翔子さん)や水樹奈々さんのファンだったようで、初回限定版のCD・DVDや写真集、漫画本などが見つかり、そのほとんどが未開封で、アニメのポスターと一緒に棚に積まれていた。

■団塊ジュニアやゆとり世代は社会的孤立に陥りやすい

数日間かけて、ようやく無数に張り巡らされている配線とサーバー機を外したが、室温はゆうに40度を超えており、一歩間違えば火災の危険があったという。

「急性心筋梗塞による孤独死は、働き盛りの30代、40代の男性に圧倒的に多いんです。その生活ぶりを見ていると、仕事には真面目で実直な人ばかりなんです。その分、趣味などで自分の世界にこもりがちで、世間との軋轢も多くて、普通の人よりもストレスを抱えやすいのだと思います。若年者の孤独死について感じるのは、生前、彼らが社会において孤立していたということです。慢性的な孤立状態が寿命を縮めてしまうというのは、特殊清掃現場に携わっていて毎回ひしひしと感じることです」

塩田は、若年者の孤独死について、こう警鐘を鳴らす。

特に、団塊ジュニア、ゆとり世代は、社会的孤立に陥りやすく、孤独死しても長期間遺体が見つからないという痛ましいケースが多い。孤独死はもはや高齢者に限った問題ではない。その日本社会の暗部と日々向き合っているのが、塩田のような特殊清掃人だ。

■真面目な人がセルフネグレクトに陥るという現実

メタルラックに掛かっていた布をめくると突然、小さな仏壇が出てきた。その奥には、二つの位牌と写真数枚が置かれていた。それは、男性の母親と妹の写真らしかった。写真をめくると、原形が判別できないほどに潰れた車の写真があった。男性は若い頃に、交通事故で母と妹を同時に亡くしていたことがわかった。肉親を同時に2人も失ったことは、男性にとってとてつもない大きな悲しみだったのではないかと、塩田は声を詰まらせた。

「現役世代の特殊清掃の現場で思うのは、なぜ普通の人よりも真面目にやってきた人が、若くして亡くなって、何日も発見されないんだろうということです。世の中には、仕事もそこそこにこなして、毎日楽しく、楽に生きている人もたくさんいるはず。

それなのに、仕事に一生懸命打ち込んできた故人様のような方が、セルフネグレクトに陥ってしまい、孤独死するケースが多い。切ないですよね。特殊清掃を仕事にしている僕が言うのもおかしいと思われるでしょうが、孤独死は減ったほうがいいと思うんです」

塩田は全ての作業が終わると、「いつか生まれ変わったら、亡くなったお母さん、妹さんと故人様が、笑顔で再会できますように」と心の中で祈り、涙ながらに深く手を合わせた。

生涯未婚率の増加などによって、単身世帯は年々増加の一途をたどっている。2015年には、三世帯に一世帯が単身世帯になった。そして、この数は今後も増え続けていくとみられる。単身世帯が右肩上がりで増え続ける現在、孤独死は誰もが当事者となりえる。特に、地域の見守りなどが充実している高齢者と違って、現役世代のセルフネグレクトや社会的孤立は、完全に見過ごされているといっていい。特殊清掃の現場は、それを私たちに伝えている。

■孤独死はふとしたきっかけで訪れる

見てきたように、現役世代の孤独死の特徴として、彼らは、生前、長期間家にひきこもっていたというケースばかりではない。現役で働いていたり、少なくとも、数年前までは勤めていた形跡があったり、かつては社会とかかわりを持っていた形跡を感じることが多い。

そして、ふとしたきっかけで、つまずき、孤独死してしまうのだ。

2019年2月、塩田は、横浜市にある2DKの分譲マンションの一室に足を踏み入れようとしていた。200匹はくだらない数の蠅が、塩田の顔面に容赦なく、突進してくる。

隣のマンションの住民の子供が、毎日同じ部屋の電気がついていることを不審に思い、親に相談。管理会社に通報があり、女性の孤独死が発覚した。

この部屋で亡くなっていたのは、40代の女性で、死後1カ月が経過していた。女性は、自営業のノマドワーカーで、在宅でネット販売の仕事をしていた。居間には、仕事用のネット販売の顧客リストや郵送用の販促物などが山のように積んであった。

■仕事は順調、通帳の預金残高は1000万円

その周囲は、異様な数のブランド物の洋服や、バッグ、キャリーバッグなどで固められていて、いわゆるモノ屋敷だった。女性は、買い物依存に陥っていたのだろうと、塩田はピンときた。

女性の仕事の業績は順調だったらしく、通帳の預金残高も1000万円近くあり、金銭的には不自由した様子はなかった。しかし、仕事以外の人とのつながりを示すものは何も見つからなかった。男性関係を示すものはおろか、友人や親族など、人間関係を完全に遮断していたようだ。

「この女性は、いわば仕事と結婚したようなもので、まさに仕事に生きていた女性だったのでしょう。化粧品も全くなかったですし、社会との接点は、本当に仕事だけ。もちろん、このような状態の部屋に人を招き入れることはなかったはずです。

ただ、毎日の仕事だけが彼女の生きがいだったのかもしれません。しかし、そんな仕事だけの人生が、逆に彼女を孤立させて、心身をむしばんでいったのだと思いました」

冷蔵庫の中は空っぽで、大量のカップラーメンが段ボールに入っており、一部は残り汁がそのままに、机の上に放置されていた。女性は、明らかに栄養面では偏り、不摂生な食生活を送っており、孤独死へとジワジワと追い打ちをかけていたことが見てとれる。

■マンションの配管を伝って体液が流れ出す

女性は、いわゆるワーカホリックで仕事に邁進し、身の回りのことに手がつかなくなっていたようだ。お風呂場で亡くなったらしく、強烈な臭いを放つ浴室は、水が抜けていて空っぽだった。

ちなみに浴槽で亡くなった場合は、警察が水の張っている風呂の中から、遺体を引き上げる際に、栓を抜いてしまうことが多い。つまり、腐敗した体液が、排水溝にそのまま流れてしまうというわけだ。これが、のちに大問題を引き起こす。

マンションの1階ならまだしも、上層階の浴槽で孤独死が起こった場合、下層階まで排水管を伝ってその臭いが下の階に漏れ出てしまうのだ。下手をすると、マンション1棟を巻き込むほどの、大騒動が勃発する。

人の腐敗した体液は、えもいわれぬ強烈な悪臭で、それを取るには高度な専門知識が必要になる。統計上の死因で、交通事故よりも多いヒートショック死だが、現実問題として、孤独死は近隣住民にも、多大なダメージを被らせてしまうことが多いのである。この女性のようなヒートショック死は、実は孤独死の類型として、決して珍しいものではない。冬場は、寒暖差による突然死が多く発生するからだ。

死因は、急性心筋梗塞──。しかし、それ以前の偏った食生活や、不衛生な部屋の状態が女性の寿命を縮めてしまったのだろう。しかし、孤独死現場に日々取材で向き合う私自身も含めて、仕事に没頭するあまり、このような状態へと落ち込んでしまうことは、ありえることなのだ。

■現役世代はセルフネグレクトに陥りやすい

特に現役世代はワーカホリックで、仕事に追われるあまり、セルフネグレクトに陥り、食生活がなおざりになり、孤独死するケースも多い。部屋も仕事上のモノで溢れ、衛生状態が悪いというケースが後を絶たない。塩田はその現状をつぶさに見てきた。

菅野久美子『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(角川新書)
菅野久美子『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(角川新書)

「在宅だけで完結するノマドワーカーやIT関係の方など、人と密に関わらなくても済んでしまう仕事をしている人も、実は孤独死を招きやすいのです。特に今は、パソコンやスマホで仕事が完結してしまう。亡くなった女性は、かなりの仕事人間で、日常生活は仕事に追われていた。しかし、喜怒哀楽をともにする友人や親族はほとんどなく、社会的に孤立していたのではないでしょうか」

遺族である母親は、すでに80代で認知症を患っており、女性も仕事以外の人間関係が全くなかったため、女性の遺品のほとんどはゴミとして処理された。

これが日々我々の社会で起こっている孤独死のリアルなのである。長年、孤独死の取材をしていると、その現場からは私たちの社会が抱える現状と大きな課題が浮き彫りになる。それは、声なき悲鳴として、特殊清掃人や私に訴えかけている。

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菅野 久美子(かんの・くみこ)
ノンフィクション作家
1982年、宮崎県生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒。出版社で編集者を経てフリーライターに。著書に、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)、『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)などがある。また、東洋経済オンラインや現代ビジネスなどのweb媒体で、生きづらさや男女の性に関する記事を多数執筆している。

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(ノンフィクション作家 菅野 久美子)

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