男性ばかりの職場で、定時退社の罪悪感に追い詰められた私を救った息子の一言
プレジデントオンライン / 2020年9月30日 17時15分
■働き方を模索してきた日々
コロナ禍で自粛生活が続くなか、家庭の食卓で重宝されたのがレトルト製品だ。日中、在宅でテレワークをしながら、家にいる子どもや夫の昼食まで用意するのは大変で……とぼやく女性たちも多い。そんなときに役立ったのが辛さや素材のバリエーションも多様になっているレトルトカレーだったと聞く。
「カレーマルシェ」「咖喱屋カレー」はじめ、人気製品を数多く発売しているハウス食品。今は人事総務の業務を担う南泉希さんも、かつてはレトルト製品の開発に携わっていた。
「コロナ禍で外食も控えるようになり、お家で食べることがすごく見直されたように思います。私たちも食を通して、お客さまに幸せを届けられるようなチャレンジをしていかなければとあらためて感じる機会になりました」
南さんにとって、製品開発に携わった10年余りはまさにチャレンジの時でもあった。子育てと仕事の両立、そこで自分とも向き合いながら働き方を模索してきたという。
■産休後フルタイムで復帰。しかし…
営業から製品開発の業務へ変わったのは2005年。入社6年目で大阪支店から東京本社へ異動し、当時の香辛食品部でカレー周りの製品を担当する。管理栄養士の資格をもつ南さんは、水と混ぜてフライパンで焼くだけでナンを作ることができる〈ナンミックス〉、カレーに甘みやコクを加える〈炒めたまねぎペースト〉など、家庭でも簡単に楽しめる商品に意欲的に取り組んだ。
「まったくわからないことだらけで、とにかくがむしゃらに頑張っていた一年でしたね」
自身の生活も大きく変わった。この年秋に社内結婚をして、まもなく子どもを身ごもった。体調が良くなかったので、医師からあまり動かないようにと注意される。やむなく大事をとって産休前から休まざるをえなかった。
南さんは無事に出産し、男の子を授かる。やがて育休が明けると、すぐにフルタイムで職場へ復帰したのである。
「休んだ期間、会社や上司に迷惑をかけてしまったことが申し訳なく、仕事で返さなければいけないという思いが強かった。だから時短勤務はせず、フルタイムで働こうと決めていました」
育休中に夫の実家近くへ引っ越し、義母に協力してもらえるようにお願いした。保育園の送り迎えを頼み、夫も仕事への理解があったので何とか両立できると思っていたのだが……。
■もれた弱音に、子どもが返した思いがけない一言
最初の一年は子どもが頻繁に熱を出し、その度、会社を休まざるをえなかった。当時はテレワークも導入されておらず、製品開発部門に“ママさん開発者”はいなかった。そこへ復帰した南さんは、男性ばかりの職場で同じように結果を出さなければと気負いもある。男性社員は当たり前のように残業していたが、ひとり定時に退社するのも心苦しかった。そのため家に帰っても、子どもが寝静まった後にできる作業をこなす。
「寝不足になると体力的につらくて、きつくて、子どもが風邪をひくと一緒にダウンしてしまう。そんな悪循環に落ち込むこともありました。今となれば、なぜもっと上司と話し合わなかったのだろうと思うけれど、私も周りの人には理解してもらえないと勝手に思い込んでいたような気がします」
それでも仕事の達成感が励みになった。子ども用のレトルトカレーを開発すると、息子も喜んで食べてくれる。子育ての経験を生かした商品を開発し、お母さんたちに手に取ってほしかった。そんな思いで必死にがんばっていたが、ふと虚しさを覚えることもあったと、南さんは振り返る。
「私は何のために仕事をしているんだろう。子どもと過ごす時間も限られているのに、何でこんなにがむしゃらにやっているんだろうと。会社を辞めちゃおうかなと思うこともあって……」
あるとき息子とおしゃべりしていて、ふと弱音が漏れてしまった。
「ママ、辞めちゃおうかな、お仕事……」
すると、思いがけない言葉が返ってきた。
「ぼくはがんばっているママ、好きだよ」
その笑顔にどれほど救われたことか。南さんにとって今も胸が熱くなる出来事だった。
■子育てと仕事の両立の難しさを痛感し、働き方をチェンジ
職場へ復帰するときに南さんが決めていたのは、家で子どもが起きている時間は仕事をしないということ。その間は子どもと遊び、一緒に過ごす時間は大事にしてきた。それでも気持ちが抑えきれなくなると、夫に「もう辞めるから!」とぶつけてしまう。「いつでも辞めていいよ」と彼はにこにこ笑っていた。
そんな家族に支えられて仕事を続けられたという南さん。次なる転機は2014年4月、チームマネージャーへの昇格が決まった。実はこの前に会社にある意思表明をしていたのだ。昇格試験のリポートを提出。そのリポートには製品開発で成し遂げたいことを書き、最後に述べたことがあった。
「それは女性でも働きやすい会社に変えていきたいという想いでした。私は家族の協力があってどうにか続けられたけれど、子育てと仕事の両立は苦しかった。残業が当たり前という環境では働き続けられない人たちも多いので、何とか変えていきたいと思っていたんです」
南さんはまず自身の働き方から変えていった。子どもが小学校へ入学するとき、初めて時短勤務を申請。学童保育に通い始めると、最初はお迎えに行かなければいけないので、時短で退社することにしたのだ。チームマネージャーになっても、低学年のうちは時短勤務を続ける。部下には相談事は17時までにというルールを作り、メンバーも快く協力してくれた。
■女性が働きやすい環境を整えるために
それから2年後、新たなチャレンジが待ち受けていた。南さんはハウス食品グループ本社の人材開発部へ異動。新設された課でダイバーシティ推進に携わることになる。自分がリポートに書いていたことを見てくれていたのだと、嬉しい思いもあったという。
「もしかして私の夢がかなうかもしれないと、そんな期待を抱いたことを覚えています。女性が働きやすい環境をいかに整えていくか、そのためには制度とともに会社の風土も変えていかなければならない。まずは社員の意識を変えていく活動から取り組みました」
最初は手探りで、二人きりのチームでスタートした。いろいろな部署をまわって女性社員にヒアリングをし、男性上司とも話し合った。すると、女性たちからはもっと活躍したいけれど、子育てや働き方などの制約の中であきらめてしまう気持ちも見えてくる。一方、上司としてはなかなか理解できない状況がある。そこで上司と部下が一緒に参加する「キャリアデザインマネジメント学習会」を始めた。
さらに初の試みとして好評だったのが、「ダイバーシティフォーラム」だ。女性社員と役員を招き、総勢141人が集まってホテルで開催。講演だけでなく、ワークショップや立食パーティを企画。華やいだ雰囲気のなかで、社員と役員が和やかに交流できる場になった。
「社員の意識を変えることはなかなか難しいけれど、こうして発信することで『良いきっかけをもらった』『当事者意識を持つようになった』と言ってくれる人もいます。そんな人がどんどん増えていくことで、会社も少しずつ変わっていくのだと実感しましたね」
■社内環境を整える必要なのは、上司と部下の「対話の機会」
今は人事総務で主に採用の仕事に携わり、多様な人材を求めるキャリア採用に力を入れている。ダイバーシティ推進には社内の環境整備も課題となるが、南さんがそこで重視していることは何だろう。
「制度を整えることはあるけれど、やっぱり上司と部下が対話する機会をつくることが大切だと思っています。社員にとっては、自分のことをきちんと理解してもらい、期待されているという気持ちが仕事のモチベーションにつながっていくと思うので」
社内では「1on1ミーティング」を導入している。もともと人材開発部時代に始めた「キャリアデザインマネジメント学習会」で取り入れ、そこからスタートした。南さんも自分のキャリアを振り返ると、もっと上司と話していれば良かったという悔いがあり、今は部下とよく話し合う。育休明けで不安を感じていたり、仕事で思い悩んだりしていたら、一緒に考えながら先へ進めるように努めてきた。
「私も仕事を続けてきて良かったなと思います。やっぱり社会とつながっていて、お客さまに喜んでもらえるのは嬉しいこと。やっと子育ても少し肩の荷が下りて、仕事では次の人材を育てていくことにやりがいがある。あのとき辞めなくて本当に良かったですね」
家庭では中学生の息子が良き話し相手になっている。今は食卓を囲むときが子どもと向き合える貴重な時間。手の込んだ料理をつくるのは楽しいし、「おいしいね!」と喜んで食べてくれると嬉しい。それでも定番のカレーはよく登場し、「毎日食事づくりをがんばるのは大変だから、さぼりたいときはさぼります(笑)」と南さん。そう聞いて、なんだかホッとした。
(歌代 幸子)
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