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定年後に夫婦で旅行に行きたがるのは「夫だけ」という不都合な真実

プレジデントオンライン / 2020年10月16日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz

定年退職後、妻に対して横柄な態度をとる男性たちがいる。彼らはなぜ家庭内で威張るのか。フリーライターの林美保子氏が、家族問題評論家の宮本まき子氏に話を聞いた――。

※本稿は、林美保子『ルポ 不機嫌な老人たち』(イースト新書)の一部を再編集したものです。

■ベテラン主婦に向かって「特売品を買え、ポイントを貯めろ」

家族問題評論家の宮本まき子さんは、二二年間勤務していた電話相談室や、講演会後の懇談会、女性講座などで「百科事典ができそうなくらい」夫への愚痴、不満を聞かされてきたという。

「特に定年後の夫ときたら妻の領域に無遠慮に侵略してくる。冷蔵庫の中身だけでも喧嘩のタネで、『おまえは卵を買い込みすぎる! 卵は新鮮なほうがいいから、なくなってから買え』とかね。何十年も主婦をやってみれば、卵は賞味期限に関係なく長持ちするし、突然料理に必要になるから多めに用意しようと思うわけですが、聞く耳持たない」

こうして現役時代には「家庭は妻に任せる」と丸投げしていた夫が家庭に居座るようになると、細かいことにまで口を出してくるのに閉口させられるという。

お金でもめる夫婦も多い。ベテラン主婦に向かって、「特売品を買え、ポイントを貯めろ」とか、「こうすれば一カ月の電気代が一〇〇〇円も安くなる」などと指示して得意顔をする。

仕事から引退した途端、「これから家計の管理はオレがやる」と宣言して、通帳を渡すように言われた妻もいる。「一年にこのくらいの貯金を取り崩せば、このくらいの年数は持つはず」という机上の計算は、社会が変わり、物価も上がってそのとおりにいかないことが多い。引退して新たな資金を創出する手段がなくなると、不安が波のように押し寄せてくる。

■妻に対して部下と同じ要領で対応してしまう

「だから、ネットで調べた情報を頼りに、『こうすれば貯金できるはずだ』とか、『なんでおまえは貯めることができないんだ?』とか言われて、妻はカチンとくるのです」

いままで見向きもしなかった家庭のことにうるさく口を出して、命令や指示を出すのだが、自分からは何も動かないでモラハラ予備軍になる夫たちも少なくない。

「無意識なんですが、仕事場での部下対応と同じ要領で妻に対応してしまうようです」

「釣りバカ日誌」のハマちゃんでない限り、多くのサラリーマンは管理職の身分で定年を迎える(その前に役職定年になる場合もあるが)。長年、人を“使う”立場にいた人間は、その感覚が身についてしまっている。

宮本さんによれば、定年をすぎた夫に関して一番多い不満は、「一方的に威張り散らされること」だという。団塊世代以上になると、男尊女卑感覚が残っている人も少なくないので、さらに高い場所からの目線でものを言うことになる。

■定年後、夫は夫婦で旅行に行きたがることが多いが…

私は、過去にこんな相談を受けたことがある。六五歳の夫は定年退職してからというもの、一日中パソコン、テレビにしか興味を示さず、一歩も家から出ない生活をしている。口うるさく妻の行動に干渉し、暴言を吐くようになった。そんな夫に対し、いままでの結婚生活で耐えてきた不満が吹き出し、文句を言うと、「出て行け」と逆ギレされたという。夫は、「ありがとう」さえ言ったことがない。謝ることも絶対しない人だそうだ。いままでの夫の仕打ちを言葉にするだけで声が震えてしまうほどつらい気持ちにさせられるそうで、心療内科にも通院しているという話だった。

暗い部屋で一人で年配の女性
写真=iStock.com/CasarsaGuru
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CasarsaGuru

定年になると、夫は夫婦で旅行に行きたがるが、意外と妻は乗り気でないことが多い。私の周りにも、「友人との旅行のほうが楽しい。夫との旅行はつまらない」と言う妻は驚くほど多い。一方的に、夫のペースで進んでいく旅になってしまうのが原因だそうだ。

「私も産後うつになったから、よくわかるのですけれども」と、宮本さんは語る。

「産後うつはホルモンの急減と心身の疲弊でかかる心の落ち込みです。不慣れな子育てと家事がつらい時期に働き盛りの夫は見て見ぬふり。助けを求めても、『育児は女の仕事』と非協力的。ドン底にいた妻は、そんな夫の言動を何十年経っても恨みに思って忘れません。吐き出せないまま澱(おり)のように積み重なって、地雷を埋めたようなものですね」

■定年後も相変わらずの「メシ、フロ、ネル」にうんざりする妻

それでもお金を稼いで生活を支えてくれる人だから一応立てたり、譲っておこうという気持ちが妻たちにはあった。

「でも老後生活になっても相も変わらず自分中心の発想とやり方で、『メシ、フロ、ネル』と上から目線で言われると、昔の恨みも加わって無性に腹立たしい。たまに地雷を踏んで熟年離婚まっしぐらになりかねないケースは多々あります」と宮本さん。

「夫は外で仕事に勤しみ、妻はしっかり家庭を守る」という昭和期までの家庭のあり方は、家事能力がなく、生活面で自立できない男性たちを量産してしまった。この世代の男性たちが定年になって家庭に回帰したところで、妻は困惑するばかりだ。

私の知人は六〇歳になったとき、「主婦は卒業します」と、夫に宣言した。料理も掃除も自分の分しかやらない。それ以来、卒婚状態にあるのだが、「わが家はシェアハウス」と笑い飛ばしながらも、同居生活を続けている。経済的なことを考えるとそのほうが賢いと言えるだろう。

七〇代の知人男性に話を聞いてみた。彼はすでにリタイアしているが、妻は医者でフルタイムではないがいまも働いているのだという。

「だから、自分で料理も作るし、家事もひと通りこなすよ。夫は仕事、妻は専業主婦という家庭では、定年になった夫の食事を作らなければならないと、『やってられないわ』となるのだろうけれども、ウチはそんなことはないね」

■リタイア後に楽しく暮らせる人はいわゆる「おとな」な人

街頭インタビューをした八〇歳の男性も、妻が週二回のパート勤めをしているので、部屋やトイレ、浴室の掃除は自分でも行っているという。米国の航空会社に勤務して、最後のほうはフルタイムではないが七五歳まで仕事をしていたというから、おそらくそれなりの役職にあった人なのだろう。

「妻はパートで稼いだお金で年二~三回海外旅行に行っています。すでに三〇カ国行っていて、いまはカンボジアに行っている。僕は仕事でさんざん外国に行ったのでもういい。むしろ国内でのんびりした旅のほうがいいね」

宮本さんの友人にはリタイア後の現在も、実に楽しげに暮らしている男性たちがいるという。功成り名遂げたトップもいれば、社長、会長職を勇退した人もいるが共通項は、「ものすごく頭が柔らかくて受容力が高い。ひとり暮らしが長くて家事、炊事何でもできる。家族を大事にする(海外赴任中は毎日絵はがきを出し続けたという愛妻家もいた)」ことだという。視野も広ければ人の話もよく聴ける、いわゆる“おとな”なのだろう。「退職して何をやりたい?」の質問に、「孫と鉄道のジオラマを作る」、「憧れのピアノを初歩から習う」と顔に似合わないことを言ったそうだ。自己肯定感がある人は他者に寄りかからないのである。

「四〇代以下の世代になると共働き夫婦があたりまえになってくるから、ずいぶん違う」と、宮本さんは語る。

「息子がうちに来て帰った後は、かえって部屋がきれいになっているの。孫二人が散らかした後を片づけて掃除機をかけて、食器を洗って、汚したものを洗濯して干して撤収。イクメンだし、家事の段取りや手際の良さはわが息子ながら感心します」

■男性は定年後の頭の切り替えが難しい

都内に住む大和田弘さん(五六歳・仮名)は、マンション管理組合のワンマン理事長などを見てきた経験から、「もちろん、人にもよるのでしょうが、現役時代にパワフルにやってきた方というのは、定年になってからの頭の切り替えがむずかしいなという気がします」と語る。

「女性の場合は自分のサイクルって決まっているじゃないですか。多分、夫が定年になったこと以外、趣味とか友だちづきあいとか、自分のポジションは変わらない。でも、男性は急に変わるのでどう対応していいのか迷うのだろうなと思います」

大和田さんの父は九三歳で、まだ現役で会社経営をしているそうだ。

「ずっと仕事をしているので変わらないです。多分まわりの社員たちは迷惑しているとは思いますけれども、健康なうちは働かせていたほうがいいのかなと。いろいろな方と話していると、自分が当事者になってまわりに迷惑をかけたくないから、どうすればいいのかを改めて考えなくてはいけないなと思います。定年になっても働いているのがいいのかなとも思っているところです」

■管理職だとしても「人が偉い」わけではない

確かに、大和田さんが言うように、たとえば何人もの部下を従え能力を発揮してきた人が、定年になっていきなり頭を切り替えるのは簡単ではないのだろうということは想像できる。多くの人は仕事に励む中で経験と実績を積み、その成果として役職を授かる。よく聞くのは、再就職活動でセールスポイントを聞かれ、仕事上のスペシャリティではなく、「部長だった」ことなどを挙げる人が少なくないということだ。どうやら、能力イコール役職だと思っているようである。

さらには、役職イコール人間的価値だと思っている人もいるようだ。私がある大手企業の社長にインタビューをしたとき、彼は言った。

「社長の仕事は役割としては重い。でも、人が偉いわけではないんですね。それは、トップではなくても同じことです。立場が上になるほど、その境目がいい加減になってくることがあります。周りが持ち上げるものだから、中には、“昇ってしまう”人がいるのです。だから、公私のけじめはしっかりつける、ということですね。『別に、人が偉いわけではない、役目が重いだけだから誤解はしないように』と、常々社員には話しています。管理職クラスの人でも、踏み外す人が出てくることがありますから」

おそらく、一線を退いても上から目線的な態度しかとれない人は、「役員としての自分」とか「部長としての自分」以外の世界に身を置くことがなく、会社人間を通してきた人なのだろう。それが普通だったのだから、そのまま続いているだけで、周囲の人間が違和感を感じていることにも気づかないのかもしれない。

■利害関係のない世界を持っておく

以前取材をした外資系企業の日本法人社長は、気取らない自然体の人物だった。彼は趣味の果樹園栽培がきっかけで大工やトラック運転手、電気工などの仲間ができ、「彼らに連れられてイモ掘りやシイタケ作り、アユのひっかけなどアウトドア・イベントに行くのが何よりも楽しい」と話していた。自分と同じような地位であるとか、似たような境遇の人と仲良くなるのはたやすいことだが、普段知り合う機会がなかなかない人たちと仲良くなるには柔軟な思考を持っていないとむずかしい。

林美保子『ルポ 不機嫌な老人たち』(イースト新書)
林美保子『ルポ 不機嫌な老人たち』(イースト新書)

私はテニスが趣味なのだが、テニス仲間には老若男女、実にさまざまな人がいる。このような集まりには肩書もバックグラウンドも関係ない。すべてがフラットの関係だ。私のようなフリーランスはもともと肩書などないに等しいが、年功序列の世界で生きてきた人たちも、このような利害関係のない世界を持っていれば、オンオフを使い分けて、肩書が要らないときの自分の処し方が身につくのではないだろうか。

ボランティアグループに入ったとき、いろいろな世界で生きてきた人がいるものだなあとつくづく思ったことがある。趣味仲間の場合には、趣味を楽しむだけなのでそれほどバックグラウンドの違いは浮き彫りにはならないが、ボランティア活動の場合には組織を運営する中で、さまざまな価値観がぶつかることがあるのだ。

■ヨコ社会になじめることが老後を心地よく生きるポイント

専業主婦の中には考え方が狭いなあと思われる人もいた。驚いたのは、ある元会社員の社会性のなさだった。長年、仕事に従事していれば自然に社会性は身につくものではないのかしらと疑問に思ったものの、後になって気がついた。世界が狭くなりがちになるのは家庭の主婦だけではない。社会人として生きてきた人でもずっと同じ所に勤めていれば、そこでの常識しか知らないのだと。要は、人は自分が生きてきた世界のことしか知らず、その世界で通用する常識が、どこに行っても常識だと思っているということだ。

だから、定年になっても管理職気質が抜けない人は、自分の仕事環境しか知らずに生きてきた人なのだろう。定年になってヨコ社会に変わったとき、いかにフラットな感覚に頭を切り替えることができるのか。それが、老後を心地よく生きるためのポイントになるのだと思う。

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林 美保子 フリーライター
1955年、北海道出身。青山学院大学法学部卒。弁護士秘書、編集プロダクション勤務等を経てフリーライターに。ボランティアグループ代表や人権擁護委員の経験も。著書に『ルポ 難民化する老人たち』(イースト新書)。

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(フリーライター 林 美保子)

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