「半沢直樹」白井国交相に見る、男性社会で抑圧された女性たちのリアルとは
プレジデントオンライン / 2020年10月16日 13時15分
■小学生にまで影響を与えたドラマ
最終回視聴率32.7%との数字を打ち立て、TBS系ドラマ・日曜劇場『半沢直樹』が幕を引いた。昨今の日本では人気ドラマシリーズが終わるたび、定型文のようにして「ナントカロスで悲嘆に暮れる人続出」という記事が出るけれど、半沢終了以来2週間、確かに「半沢ロスで悲嘆に暮れる私が続出」だ。
あんまりロスとか言わない私だけれど、毎週目に焼き付いて夢に見る顔芸、歌舞伎や大河のような伝統芸能みあふれる大きな芝居から繰り出されるあざとい名台詞、そして飛び交う唾と怒号にワクワクさせられ続けた後遺症みたいなもので、半沢前の自分が日曜夜をどう暮らしていたかも思い出せず、手持ち無沙汰でどう過ごしていいか分からず、もう飲んで寝るしかないから飲んで寝よう。
ああ、半沢放送の翌朝、我が家の前を集団登校で通っていく小学生たちが口々に「死んでもヤダねー!」とか「おしまいDEATH!」とか嬉しそうに言い合っているのを聞きながらコーヒーを飲むのは楽しかったなぁ。親や先生に渋い顔をされても小学生が真似しちゃうくらいの無邪気なキャッチーさが、社会的影響力を持つヒットの条件である。そしてその無邪気さが、本当は無邪気などでなくて慎重に計算されたものであることに、このドラマに対する視聴者の支持の本質があったと思う。
■日本の女性政治家に対する世間の視線
さて、この連載で現代の女のあり方について細々と書き続けている私としては、2020年の半沢セカンドシリーズ後半戦で絶対に無視できない登場人物がいた。そう、江口のりこ演じる国土交通大臣・白井亜希子だ。
「い・ま・じゃ・ない」「恥を知りなさい」。キャスター出身で、長身を白いスーツに包み、破綻寸前の帝国航空を再建させるべく私設再生検討チーム「タスクフォース」を率いる白井は、そのキャラクター設定の中に蓮舫衆議院議員や滝川クリステル、小池百合子都知事、三原じゅん子参議院議員たちのファッションや発言を織り込んだ見事な風刺であり、現代日本の表舞台を張る「女性政治家」の引用の総体ともいえる存在だった。
ドラマ自体も、白井というキャラクターも、見る者によって好き嫌いはあるのだろう。半沢の妻である花(上戸彩)や、かつては銀行員だった小料理屋の女将・智美(井川遥)の役割や描かれ方には、さすがに“半沢穏健派”の私でもふっと苦笑含みのため息くらいは出る。でも代わりに、白井がどう描かれ、世間からどういう反響を得るかで、日本が女性政治家というものに期待しているのかそれとも絶望しているのか、そんな視線が測れるのじゃないかという気がしていた。
■担ぎ上げられた女が見せる「一本調子」と「能面」
白井はバックに進政党・箕部幹事長(柄本明)の絶大な権力を借りて政界デビュー、「お前はお飾りだから」と屈辱的な言葉を浴びせられながら、帝国航空再生では当然のように箕部の意思に従い、各行へ債権放棄を一本調子に迫る。
そう、政治方針もセリフも、一本調子だった。箕部幹事長の顔色をうかがい怯え、政界で生き残るためには感情を悟られてはならないとでも言うかのように、能面のようにこわばった無表情を張り付かせていた。そんな場所へ担ぎ上げられ、そんな役割を負わされ、だけどこの局面を成功裏に乗り切れたのならきっと自分は女性政治家として成功するのだ。押し潰されそうな重圧の中で、白井は感情の揺れを見せまいとする「一本調子」と「能面」で、任務を遂行しようとする。
ああ、女性政治家って、というか表舞台に背伸びして立たねばならぬ瞬間の「できる」女の人って確かにそういうところがある、強くあらねばと思って感情を殺すところがある、と思いながら、白井の能面を見守った。演じるのは、怪女優(褒めています)の江口のりこである。演技力不足なのじゃない、他の役者たちが大声で叫び顔芸を競い、全身で大きな芝居をする中で、演出はむしろ表情のなさ、抑揚のないセリフ回しで「つまらない人形」として抑制的に描くことで、白井大臣がいかに抑圧されているかを表現したのだ。
■能面から涙がこぼれた
最終回の白井の追い込みは、凄かった。絶対的服従を強いられてきた箕部の不正を知り、反旗を翻す。
半沢の妻、花から「花言葉は誠実、凛としていつもまっすぐな白井大臣みたい」と手渡された桔梗の花がきっかけとなるスイートな運びにはまあ片目を瞑るが、白井の能面から涙がこぼれたことで彼女に表情と感情が戻っていく演出は、抑圧からの解放を意味していた。その桔梗を箕部が土足で踏み潰すのを見た時の、白井の苛烈な怒りで歪む表情も素晴らしかった。
彼女はその手で、箕部幹事長が何かの象徴であるかのように固執し丹精していた大きな盆栽を「くたばれ!」と叩き落し、どっかりと真っ二つに割ってみせる。そして全国民が注視するなか、東京中央銀行の債権放棄が期待された会見場で別人のように手のひらを返し、カメラの前で半沢に不正を暴かれた箕部へ「幹事長! やりなさい」「国民のために」と土下座を求めるのだ。
スカートの下に劇場があるように、マスク(能面)の下にも、きっと劇場がある。私たちも、顔を隠す暮らしに慣れすぎたいま表情を失っていないか、ちょっとマスクを持ち上げて鏡を見てみてもいいのかもしれない。
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コラムニスト
1973年、京都府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。時事、カルチャー、政治経済、子育て・教育など多くの分野で執筆中。著書に『オタク中年女子のすすめ』『女子の生き様は顔に出る』ほか。
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(コラムニスト 河崎 環 写真=iStock.com)
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