アマゾン創業者が「品揃えと価格」に加えて最重要視する3つ目の要素
プレジデントオンライン / 2020年10月16日 11時15分
アマゾンジャパン合同会社Amazon Pay事業本部 本部長 井野川 拓也/東京大学大学院 化学生命工学科修了。ペンシルバニア大学ウォートン校にてMBA取得。2010年にアマゾンジャパン入社。2015年11月よりAmazon Payの日本統括責任者。
※本稿は、デジタルシフトタイムズの記事「Amazonから学ぶデジタルシフトを本質的に成し遂げるための思想とは」を再編集したものです。
■社内で頻繁に使われる「Day 1」という言葉の意味
【田中】井野川さんは2010年の1月にアマゾンジャパンに入社し「フルフィルメントby Amazon(FBA)」の立ち上げに従事し、2015年の11月からはAmazon Pay事業本部の本部長をお務めです。どのようなキャリアでいまの仕事に就かれたのですか。
【井野川】私は元々石油会社でエンジニアをしておりました。その後コンピューターの開発・販売を行うデル株式会社に勤め、その後にAmazonに入社しました。
Amazonにはもう10年ほどおりまして、販売事業者さま向けの「FBA」や広告サービス「スポンサープロダクト広告」の立ち上げを経験し、その後3番目のサービスとして「Amazon Pay」の担当をしております。
【田中】常に新しい戦略部門の立ち上げをしてきておられるということですね。
【井野川】性格的にも新しいものを作るのが好きなので。
【田中】私自身もAmazonのことを常にベンチマークしています。2017年11月には『アマゾンが描く2022年の世界』、昨年4月には『アマゾン銀行が誕生する日』という本を出しており、「ベゾスウォッチャー」と呼ばれています。
長年Amazonをベンチマークにしている私としては、井野川さんにまず、Amazonの「カスタマーセントリック(顧客第一主義)」「Day 1」など有名なカルチャーについて伺いたいです。
■スタッフの質問に対し、ベゾスは「Day 2は死だ」と答えた
【井野川】よくAmazonの中では「Day 1」という言葉を使います。日本語では「初心を忘れずに」という言葉が一番近いかも知れません。最初にビジネスを始めるときの考え、そのときのスピード感を常に持ち続け、「地球上で最もお客さまを大切にする企業になること」という企業理念を忠実に持ち続けようと考えています。
以前、Amazonのスタッフがジェフ・ベゾスCEOに「Day 2はなんですか?」と質問したことがありました。それに対してベゾスは「Day 2は死だ」と答えています。初心を忘れないというカルチャーをとことん実践しようとしていると感じました。
例えばFBAは、販売事業者さまが納入した商品を、Amazonが事業者さまに代わってお客さまへ商品を配送するサービスです。事業者さまからは「そんなことしてAmazonに得はあるの?」と言われたりします。
【田中】なるほど。事業者は競合でもあるので普通は驚かれますよね。
【井野川】Amazonとして考えているのは、お客さまにとっていいことをするということ。お客さまのところへすぐ届く商品の品揃えを豊富にすることが、お客さまにとっては一番いいですよね。そう考えると、Amazonが持っている物流のノウハウは提供すべきだと考えています。
【田中】そこもカスタマーセントリックの表れということですね。
■うまくいかなくてもいいから、リスクを取ってやる
【田中】Amazonは97年の上場時の株主レターに「Day 1」と書いてあって、毎年の株主向け書簡にも97年の株主レターを添付しています。また、ベゾスCEOのデスクがあるビルは「Day 1」と名付けられています。それだけ強いこだわりを持っているのだと思います。
【田中】私は本質的なデジタルトランスフォーメーションは、Day 1カルチャーのように、スタートアップ企業のようなスピーディーでフレッシュ、そして謙虚なカルチャーがないと実現できないのではと考えています。結局、デジタルトランスフォーメーションは企業文化の刷新まで手を付けるのが重要だと思っていますので。
そういう意味でも世界一のデジタルシフトの会社であるAmazonが、常にDay 1を気にしているところは、全ての日本企業が見習うべきだと思います。井野川さんご自身はDay 1にどういう思いを持って日々お仕事をされているんですか?
【井野川】お客さまのために、という点に加えると、判断のスピードを早くすることが重要だと思っています。
Amazonで最初に考えるのは、一旦判断をすると戻れない「1 way decision」なのか、一度判断してもうまくいかない場合は戻れば良い「2 way decision」なのかです。2 way decisionならば、うまくいかなくても戻れば良いので、リスクを取ってやってみればと言われます。
■「7割の情報で意思決定する」がアマゾンの常識
【井野川】必要な全部のデータが揃っていれば正しい判断ができるかもしれません。しかし全ての情報が揃えられるケースは非常に稀です。全ての情報が揃って、判断の精度が90%から95%になるのを待つより、どんどん進めていく、2 way decisionを推奨するカルチャーがあると思いますね。
【田中】ベゾスCEOもDay 2を防ぐため「7割の情報で意思決定する」「1 way decision」「2 way decision」について、株主レターの中で書かれていますね。7割の情報で意思決定をするということには、とても衝撃を受けました。
【井野川】Amazonはテストが好きな会社で、例えばオンライン上で、商品やメールの文言をいろいろ変えてみて、開封率やクリック率を確認しています。いろんなテストをすることで、判断や、文言、画面の精度を上げていくことは常にやっていますね。
【田中】ちょうど日本時間では今朝(7月31日当時)、Amazon本体の4‐6月期の決算が発表されました。このタイミングで最高益を達成し、それにも関わらずDay 1精神を継続しているところが、本当に素晴らしいなと思います。
■「Amazon Pay」はアマゾン外で簡単に決済するためのサービス
【田中】井野川さんは今、戦略的にも非常に重要なAmazon Payの本部長として指揮を執られています。そもそもAmazon Payはどういうものなのですか。
【井野川】Amazonのビジネスには、Amazonが売主になって販売するビジネス(直販事業)と、事業者さまから販売手数料を頂戴するマーケットプレイス事業(出品事業)があります。これらの直販事業と出品事業は「on Amazon」、つまりAmazon上でのビジネスとなります。
そこで提供されている決済サービスがAmazon Payだと間違えられることがありますが、実はそうではありません。Amazon外の事業者さまが運営されている独自のEコマースのサイトでお客さまがAmazonのアカウントを使って、簡単、快適に安心してお買い物ができるようにするのがAmazon Payです。
【田中】私の自宅にも「Amazon Echo」シリーズのデバイスが3台あって、朝から晩までAmazon Alexaに話しかけて使っています。最近は「出前館」のAlexaスキルを使用して出前を取ることもありますが、あれにもAmazon Payが使われていますよね。
【井野川】そうですね。
【田中】出前館でデリバリーを頼むとAmazon Payからもメールが来ます。そういうところでもAmazon Payが使われているということを実感しますね。
■創業時に紙ナプキンに書いたビジネスモデルの真意
【田中】Amazonで有名なのは、ベゾスCEOが創業時に紙ナプキンに書いたと言われているビジネスモデルです。
昨年のカンファレンスでは、井野川さんがAmazonのビジネスモデルと同じような形でAmazon Payのビジネスモデルをご説明されていました。やはり、オリジナルのビジネスモデルに全ての事業が合致する形で新しいビジネスモデルができていくのでしょうか?
【井野川】そのビジネスモデルの中にわれわれも入ると考えていただければ良いかなと思います。
【田中】元々のビジネスモデルになぞらえて、Amazon Payのビジネスモデルを説明していただくと、どうなるのでしょうか。
■満足度が上がる→客が増える→コストが安くなる
【井野川】まず、お客さまが商品を買いたいと思ったとき、商品(品揃え)が揃っているということがすごく重要です。しかし、直販だけでは品揃えに限界がありますよね。後にマーケットプレイスビジネスが始まり、販売事業者さまに商品を販売いただくことで品揃えがさらに豊富になります。
とはいえ、なかなか取り扱いが難しい商品もあります。例えば出前サービスや劇団のチケット、旅行商品などです。Amazonはそれらをお客さまが買うときも、簡単・快適・安心な購買体験を提供したいと考え、このAmazon Payのビジネスを始めました。それによって欲しい物が、簡単快適にAmazonアカウントを使って買えるようになり、お客さまの満足度が上がります。
【田中】カスタマーエクスペリエンスが上がるということですよね。
【井野川】満足度が上がれば「ここで買いやすいからまた来よう」となり、トラフィックが上がります。トラフィックが上がると「私たちもビジネスがしたい」と販売事業者さまも増えていきます。そうすると規模がだんだん大きくなり、規模の経済的な部分でコストが安くなります。コストが安くなったぶん価格を下げる。グルグル回っていく形ですね。
■「昔も今も10年後も変わらないことが3つある」
【田中】ベゾスCEOの動画を長年拝見していますが、彼は重要なことや信条のようなものは繰り返し同じことを言い続けている。例えば、彼は、Amazonが10年後どうなるかと聞かれても、「それは自分でもわからない。ただ、昔も今も10年後も変わらないことが3つある」と言っています。「品揃え」「価格」「利便性」(※)をお客さまが求め続けるということです。これはずっと言い続けていることですね。実際、顧客が求める水準や尖鋭度は高まっていて、それらに先行して、ということだと思いますが、その3つへのこだわりは、今の事業の中でも強くお持ちですか。
※筆者註:Amazon社ではお客様満足(Customer Experience)を高める3つの柱として、以下の英語・日本語表現が使用されている。
1)Selection(品揃え)
2)Price(価格)
3)Convenience(利便性):ここに迅速な配送が含まれ、サイト上での買いやすさなど、あらゆる観点での利便性が含まれる。
【井野川】私が過去に携わったフルフィルメントby Amazon(FBA)も、事業者さまの商品を早くお客さまにお届けするというサービスですからね。
【田中】シアトル本社のすぐ近くにAmazon Goがありますが、あれも一つのpaymentシステムですよね。実際に体験して、カスタマーエクスペリエンス自体の定義が進化したなと思いました。ただ立ち去るだけで決済が終わっていて、買い物をしていることすら感じさせないし、支払いしていることすら感じさせない。カスタマーエクスペリエンスの定義が、取引をしていることすら感じさせないくらい自然で、スピーディー、というところまで進化したなと思いました。
【井野川】私自身もシアトルに行ったときはAmazon Goを使うのですが、レジに並ばなくてよく、スピーディーにお買い物ができるので非常に気に入っています。
Amazon Payで言うと、お客さまにとっていろんなサイトでお買い物をすると、サイトごとにパスワードやIDを求められて非常に面倒です。新しく登録する場合も、支払い方法の画面でクレジットカードの情報を入力しなければいけません。最近はPCよりスマホを使い、電車に乗っているときや、レストランで行列に並んでいるときなどちょっとした隙間時間を利用してお買い物をするお客さまが多いです。そんなときにポケットからクレジットカードを出して、スマホに打つことはできません。われわれのサービスを使っていただくことで、買いたいと思った瞬間に買えるようになり、不便を解消できると良いなと思っています。
■コロナ禍で非現金の決済の需要は高まっている
【田中】withコロナで人との接触に対して抵抗感が現れているなか、例えば出前館だと、先に決済が済んでいるので、商品を持ってきたときに現金の受け渡しが不要です。そういった利便性もありますよね。
【井野川】非現金の決済の需要というのは高まっているのではないかと思いますね。
【田中】グローバル全体なのかもしれませんが、コロナがあって非接触であることが重要になってきているなかで、ECもpaymentも数字が伸びていますよね。
【井野川】そうですね。特に今まで実店舗でビジネスをされてきた事業者さまが、オンラインに参入されるケースが多いです。そういった事業者さまが、お客さまにとって使いやすいサイトを作る際、やはり決済は重要です。クレジットカード情報を入れなくてはいけないのは、めんどくさいですよね。それを解消するためにAmazon Payを使っていただいていることが多いです。
例えば、イベント開催のための食料品やお酒を用意されていた事業者さまが、オンラインストアを立ち上げ、イベント用に確保していた商品を売り切ったケースもあります。そんなふうに、実店舗から、オンラインにシフトされる、または販売チャネルを増やされるという数も増えているように感じます。
■われわれの仕事は「お客さまの購買判断を助けること」
【田中】なるほど。以前、井野川さんからお話をお伺いしたとき、これもベゾスCEOがおっしゃっているところだと思いますが、Amazonのビジネスの本質として「顧客の購買や顧客の判断の手助けをする」というものがあるというお話を繰り返しておられたのが印象的でした。
【井野川】ベゾスは、われわれの仕事は物を売る、売上をあげる、ということではなく「お客さまの購買判断を助けること」だと言います。例えば、われわれの製品の良い評価も悪い評価も包み隠さず出して、それによってお客さまがご自身でその商品の良い点も悪い点も見比べ、より正しい判断ができるようにしています。
単に売上だけ考えると、悪い評価がないほうが一時的な売上は上がるかもしれません。しかし長期的視点でものを考えたとき、お客さまが悲しい思いをされることは防がなければいけません。われわれの仕事は単に売上を上げることではなく、お客さまに対するより良いサービスをご提供すること。お客さまの購買判断を手助けすることなのです。
■米国と比較すると、日本での導入は急激に増えている
【田中】日本のAmazon Payの責任者としては、日本においてAmazon Payを、さらにどうしていきたいと思われているのでしょうか。
【井野川】お客さまが使いたいと思われる場所でどこでも、簡単に使えるようにしていきたいと思っています。さらに、使える場所や、いろんなチャネル、デバイスを超えて、いつでもどこでも簡単に使える環境を作ることができればと思っています。
【田中】Amazon Payを米国と日本で比較したとき、この分野は米国よりも進んでないとか、こういう部分は未開拓だなど何か違いはありますか。
【井野川】Amazon Payだとそんなにないですね。サービス開始時期は日本の方がだいぶ遅いですが、多くの日本のお客さまに選んでいただいている実感はありますね。
【田中】日本の事業者さんが急激に導入しているという感じですか。
【井野川】そうですね。
■まずは勇気を持って一歩踏み出すことが重要
【田中】デジタルトランスフォーメーションやデジタルシフトは、遅ればせながら日本でも非常に重要なキーになっていると思いますし、その最先端の企業がAmazonだと思います。Amazonのデジタルシフトは本質的で、事業の本質自体をアップデートするところにデジタルを使っています。
最後にメッセージをいただくとすると、デジタルトランスフォーメーション、デジタルシフトを進めていく上で、日本企業にとっては何が鍵になると思いますか?
【井野川】しがらみがあってやりにくいこともあると思いますが、やるべきことが2 way decisionなら、やってみてダメだったら戻れます。なので、まずは勇気を持って一歩踏み出すことが重要だと思います。
【田中】まずはやってみるというところですね。
【井野川】はい。
【田中】本当に井野川さんのお話は日本においてデジタルシフトを志向される方の、参考になったと思います。本当にありがとうございました。
【井野川】こちらこそありがとうございました。
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東京大学大学院 化学生命工学科修了。ペンシルバニア大学ウォートン校にてMBA取得。2010年にアマゾンジャパン入社。2015年11月よりAmazon Payの日本統括責任者。
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立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略、及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)などを歴任し、現職。主な著書に『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(以上、PHPビジネス新書)、『GAFA×BATH 米中メガテック企業の競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)などがある。
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(アマゾンジャパン合同会社 Amazon Pay事業本部 本部長 井野川 拓也、立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭)
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