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政府の「ジビエ拡大」が一石二鳥どころか机上の空論であるワケ

プレジデントオンライン / 2020年10月20日 15時15分

「自然と農山村を守る狩猟のつどい」でジビエのフレンチ料理を試食する菅義偉官房長官(中央)。左は大日本猟友会の佐々木洋平会長=2020年1月29日、東京・永田町の自民党本部 - 写真=時事通信フォト

政府は鳥獣被害対策としてジビエ(野生鳥獣肉)の拡大を目指している。朝日新聞科学医療部の小坪遊記者は、「鳥獣被害対策を進めたい農村の立場は、おいしいジビエを食べたいという消費者の立場と逆行する。メディアが美談として取り上げるジビエ活用は、実際のところ机上の空論にすぎない」という――。

※本稿は、小坪遊『「池の水」抜くのは誰のため?』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

■被害減少と農村の所得向上を同時に狙うが…

あえて乱暴に言ってしまえば、「わかりやすい筋書き」に沿って描かれた話がメディアには溢れています。生き物との付き合いにおける誤った行為を美談として取り上げたり、勧善懲悪な視点で描いたりするものも少なくありません。

こうした記事や番組が、時に大きな反響を巻き起こし、場合によっては望ましくない方向に事態を導いてしまうこともあるのです。

ではどんな「メディアのストーリー」に気をつけるべきなのか。こう言うからには、私の所属する朝日新聞の記事にまず登場してもらいましょう。

「ジビエ拡大、官邸主導で 鳥獣被害対策、菅氏が旗振り役」(朝日新聞デジタル 2017年4月28日)
シカやイノシシなど、農作物に深刻な被害を与える野生の鳥獣。安倍政権きっての実力者である菅義偉官房長官が旗振り役になり、政府が対策に乗り出すことになった。目指すは野生鳥獣肉(ジビエ)の利用拡大。官邸主導で盛り上げ、被害減少と農村の所得向上という「一石二鳥」を追おうとしている。
菅氏は28日の記者会見で「スピード感をもって政府をあげて対応策に取り組んでいきたい」と強調。27日に首相官邸であった関係省庁による会議では「全ての省庁一体となって取り組んでいく」と発破をかけた。ジビエの利用拡大には、安全性の確保や肉のカットの共通ルール化、安定的な供給などが課題とされ、課題解決への対応を速やかにまとめる方針だ。

鳥獣害について聞いたことのある人は多いでしょう。動物が農作物や水産物を食べてしまったり、一部の動物が増えすぎることで生態系がゆがんでしまったり、貴重な生物が数を減らしてしまったりすることなどが主な被害です。

他にも生活圏に出て来た動物に感染症をうつされたり、道路に飛び出されて交通事故になったりすることも鳥獣害と言えるでしょう。農家の収益ややりがいに直結し、時に人命を脅かし、地域社会の存続にも関わる問題です。国や自治体としてはどうにかして抑え込みたい被害です。

■本当にジビエは鳥獣被害対策の万能薬になるのか

代表選手はイノシシとシカです。農林水産省によると、2018年度の農作物の鳥獣被害は158億円。そのうちシカは約54億円、イノシシは約47億円で、サルが約8億円と続きます。国などは、これらの動物について、2011年度を基準として、シカを320万頭から2023年度までに152万頭、イノシシは98万頭を50万頭にまで半減させる計画を立てています。いずれも近年少し減る傾向にありますが、2017年度の全国のシカの頭数は310万頭程度、イノシシは約88万頭と推測されています。依然として多く、目標が達成できるかどうかは不透明な状況です。

道路上の鹿
写真=iStock.com/Carol Hamilton
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Carol Hamilton

そこで注目されているのが、「ジビエの活用」。捕獲されたイノシシやシカの肉は食べることができ、毛皮は製品に活用できます。駆除するだけではなく、命を奪うからには、その肉や毛皮を大事に使おう。あわよくば、それを産業にして、農村振興にもつなげよう、そんなコンセプトがうかがえます。

私も都内のジビエ焼き肉店を訪れたことがありますが、とてもおいしく、食べながら話のネタにもなり、楽しい会になりました。ジビエ活用は、消費者にとっても悪くない取り組みのようにも思えます。記事にあった「被害減少と資源の活用という『一石二鳥』」だけでなく、農村の所得向上や、消費者の楽しみを増やすことも加えた「一石四鳥」くらいにはなりそうです。一見したところ、ジビエこそ鳥獣被害対策の万能薬のようにも感じられます。

でも、そう簡単には行きません。

■消費者は「おいしいジビエが食べたい」一方で…

あくまでジビエのおおもとにあるのは「鳥獣被害の防止・抑制」です。しかし、いざ真剣に考えてみると、このジビエ活用に関わる関係者は、それぞれの立場で目指すものや、利害が一致しないところがたくさんあります。それぞれの立場から考えてみましょう。

まず、消費者の立場からです。ジビエ料理の店に行く人の中には「食べて鳥獣被害を防止するんだ!」と意気込む方もいるかもしれませんが、多くの人はおいしいジビエが食べたいと思っているはずです。

好みはいろいろあるかと思いますが、やはりおいしいのは、たっぷりと脂ののったジューシーな肉だという人が大半でしょう。例えばイノシシの場合、おいしい脂ののった肉を獲りたい場合は、寒い冬に備えて脂肪を蓄える秋以降に捕獲することが望ましくなります。

一方で、イノシシの被害が大きい作物の一つが米です。夏の田んぼにイノシシが入り込んで米を食べたり、獣臭を付けてしまったりすると、商売になりません。農作物の被害を抑えるなら、米の収穫前の夏にはイノシシを駆除する必要があります。

そうすると、農村では、米を大事にするのか、イノシシ肉の商売を大事にするのかという葛藤が生じてしまいます。「たらふく食べた美味しいイノシシを出荷して欲しい」なんて消費者目線は、農村の人々の願い、鳥獣害対策とはやくも逆行してくる恐れがあるのです。

■ハンターの事情、加工施設の事情も鳥獣被害対策と逆行する

次に、イノシシやシカを捕る立場から考えてみましょう。

小坪遊『「池の水」抜くのは誰のため?』(新潮新書)
小坪遊『「池の水」抜くのは誰のため?』(新潮新書)

肉をジビエとして売る前提で捕獲を行うなら、なるべく効率よく捕獲をして、品質を保って出荷し、安定的に供給した方が事業としてよいでしょう。すると、簡単に獣を捕まえられる場所や、運び出しが容易な場所での捕獲がより望ましくなります。

ところが、実際に鳥獣害に苦しむ人は、アクセスが容易でない奥山の農村にもいますし、人の入りにくい場所にしかいない貴重な生物が鳥獣害を受けていることもあります。そうした場所でのイノシシやシカの個体数を抑えることよりも、効率よく捕獲して肉を販売することを優先すれば、これも鳥獣害対策と逆行してくる恐れがあります。

地域の立場でも考えてみましょう。ジビエ活用をうたった加工施設などが各地にできています。肉を素早く衛生的に処理する上でも、こうした施設は確かにジビエ活用には重要でしょう。でも、ただでさえ農業の担い手不足や高齢化が叫ばれ、中には道路脇の草刈りや祭りなどもできなくなるような集落があります。施設を作っても、どんな人が何人くらい、どんな時期や時間帯に働くのでしょうか。施設が休みの日はどうでしょうか。

「しばらく加工場が閉まっているから、捕獲はやめてね」「今日はもうたくさん買い取ったから、これ以上は持ってきてもお断りだよ」と言われたら、捕獲はしないのでしょうか。施設の予定や都合に振り回されてしまって、適切なタイミングで捕獲ができなければ、これも鳥獣害対策と逆行してくる恐れがあります。

「ジビエ活用で鳥獣害防止」は、農村の被害も抑えられて、命も大事にするという、わかりやすい話です。都市に住む人にも、ジビエを食べることで農村での鳥獣害対策に少しでも役立てるかもしれないという関心を持たせた意味も小さくありません。しかし、ここであげたような側面をはじめとして、たくさんの課題があるのです。

■動物園で「駆除シカ」有効活用?

最近は、駆除されたシカの肉を動物園のライオンやクマなどに与える「屠体給餌」も注目されています。駆除されたシカの有効活用だけでなく、シカを与えられた肉食獣本来の行動が引き出されることや、それを目にする来園者の学び、さらにはそこから鳥獣害のことも知るきっかけにもなるとして、多くの波及効果があると言われています。

ただ、感染症対策などの処理を施したシカ肉は、通常エサで与えているニワトリやウマの数倍の費用がかかる「高級肉」。各園は募金などで費用を確保しようとしています。「こういう取り組みをどんどんやろう」だけではなく、園側が続けられるような支援もまた求められていますし、ライオンやクマ以外の動物にも少しでもやさしい動物園にしていくことも忘れてはなりません。

ドライな言い方をすれば「美談」はあくまでおまけみたいなもの。いい話に目がくらんで、鳥獣害対策という本来の目的を見失ってジビエ礼賛になるような落とし穴には、はまらないようにしたいものです。

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小坪 遊(こつぼ・ゆう)
新聞記者
1980(昭和55)年福岡県生まれ。京都大学大学院農学研究科修士課程修了後に朝日新聞社入社。松山総局、京都総局などを経て2013~2015年に福島総局で東日本大震災・原発事故の取材を担当した。2020年から東京本社科学医療部記者。『「池の水」抜くのは誰のため? 暴走する生き物愛』が初の単著。

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(新聞記者 小坪 遊)

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