オードリー・タン「高齢者はデジタル弱者というのは誤解」
プレジデントオンライン / 2020年11月26日 9時15分
■デジタルファーストでは、うまくいかない理由
――台湾は新型コロナウイルスの感染拡大をいち早く封じ込めました。その中でタンさんはデジタル担当大臣として、ITを駆使したコロナ対策に取り組んでこられたそうですね。
台湾が感染拡大阻止に成功した一因には、2003年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)の経験があります。当時、台湾では73人の犠牲者が出ました。これを教訓として、政府にも国民にもパンデミックに備えようとする意識が共有されていました。
今回も、政府は早い段階で中国からの訪問禁止など水際対策を徹底しました。国内では民間企業にマスクの増産を要請し、それをすべて買い上げて国民に行き渡るようにし、当初はコンビニやドラッグストアで1人3枚までマスクを購入できるようにしました。しかし、複数のコンビニでマスクを買う人が出てきて、すぐに品切れを起こしてしまったのです。
この問題には大きくいえば衛生福利部と経済部という2つの省が関係しているのですが、そこに少なくとも6つの部局が関わっていました。さらにマスクの配送を請け負う郵便局は交通部の管轄ですが、ここも当然関わってきます。このように1つの省庁では解決できない問題が生じた場合、省庁間で異なる価値を調整する必要があります。こうした省庁間を横断する問題についてデジタル技術を使ってクリアにしていくというのが、私の仕事です。
■誰がマスクを購入したかが確実に把握
――具体的にはどのように問題解決を図られたのですか。
台湾は国民皆保険制度ですから健康保険カードを使った実名販売をすることにしました。それにクレジットカードや利用者登録式の悠遊カード(日本のSuicaのようなもの)を使ったキャッシュレス決済を組み込みました。これなら誰がマスクを購入したかが確実に把握できます。
ところが始めてみると、この方法でマスクを購入した人が4割しかいないことがわかってきました。現金や無記名式の悠遊カードを使い慣れていた高齢者には不便な方法だったのですね。これは単にデジタルデバイド(情報格差)の問題だけではなく、防疫政策のほころびでもあります。マスクを買えた人と買えなかった人の割合が半々程度では、防疫の意味をなしません。
そこで、この方法はとりあえず停止して、まずは健康保険カードを持って薬局に並んでマスクを買ってもらうことにしました。これなら高齢者には慣れたやり方ですし、高齢者には並ぶ時間もありますからね。家族の健康保険カードを預かって一緒に買ってあげることもできます。
次に並んでマスクを購入する時間がない人のために、スマホを使ってコンビニでマスクを購入するシステムを設計しました。民間企業にも加わってもらって、自動販売機でもキャッシュレス決済で購入できるようにしました。
重要なのは問題を処理する順序です。デジタルファースト、まずデジタル技術を使うという考えでは課題は解決しません。まず対面式あるいは紙ベースでしか対応できない人について対応をして、その方式を進める中でより便利で早い方法を使いたいという声に対応していくことが大切です。そのうえで中央省庁の各部局、外局、自治体のスマートシティ事務局、薬局、民間の科学技術関連企業など、あらゆる分野、機関をまたぎつつ全体を統合することで、マスク政策は一歩進んだものになりました。
――世界で注目されたマスク在庫マップも、タンさんが主導したものですね。
マスクの実名販売制を進めた際、最初はコンビニだけでマスクを販売したのですが、どこのコンビニにどれだけの在庫があるのかがわからないために混乱が起こりました。そのときに、1人の市民が近隣店舗のマスク在庫状況を調べて地図アプリで公開したのです。
私はそれをチャットアプリ「スラック」で知りました。政府の情報公開やデジタル化を推進するスラック上のチャンネルには8000人以上のシビックハッカー(政府が公開したデータを活用してアプリやサービスを開発する市民プログラマー)が参加しています。私がマスク在庫マップを作ることを提案し、行政がマスクの流通・在庫データを一般公開すると、シビックハッカーたちが協力して、どこの店舗にどれだけのマスクの在庫があるかがリアルタイムでわかる地図アプリを開発したのです。これによって、誰もが効率的にマスクを購入できるようになりました。
■78歳のIT大臣でも年齢が問題なのではない
――タンさんは16年に35歳の若さでデジタル担当大臣に就任しました。一方、日本では78歳のIT大臣が話題になりましたが、その適性を疑問視する声もあります。
78歳というと私の父と同世代ですね。しかし、年配のIT大臣は決して悪いものではないと思います。今の行政院長(日本の首相に当たる)の蘇貞昌(そていしょう)も73歳と決して若くはありません。しかし、彼に何かを説明したときに「もう1度言ってくれ」と聞き返されたことはありません。頭は非常にクリアです。そういう人が身近にいますから、私は年齢で適正を判断すべきとは思っていないのです。
台湾では「青銀共創」という試みが盛んです。若者(青)と高齢者(銀)がお互いに学び合って、共同でイノベーションを起こそうというわけです。高齢者は若者からデジタル社会とどう接したらいいかを学び、若者は高齢者から知恵や経験を学びます。互いにわからないことがあるからこそ、そこにイノベーションが起こるのです。
若者とシルバー世代には、それぞれ異なった角度からの見方があります。それを結合させた例が、経済復興対策として発行された三倍振興券です。この振興券は、紙のチケットで欲しい人は紙でもらい、クレジットカードを使い慣れているならカードに情報を載せて使えるようにしました。二者の選択の割合は半々くらいです。この振興券を作るときに若者と高齢者が共同でアイデアを出す場がなかったら、どちらか一方のやり方だけになって、残り半分は置き去りにされていたかもしれません。これは看過できないことです。
重要なのは、どうすれば全世代が一緒に政策をつくっていけるかを考えることなのです。
■間接民主主義の限界はデジタルで打破できる
――「青銀共創」は理想的なあり方のように思えますが、日本で実現するのは難しいように思われます。なぜ台湾ではそれが可能なのでしょうか。
台湾では国民党独裁の時代が長く続きました。戒厳令が敷かれ、言論弾圧がありました。1987年に戒厳令が解除され、翌年に李登輝さんが総統に就任すると、様々な形で民主化の芽が出てきました。
96年に初めて総統直接選挙が行われますが、当時はすでにインターネットが存在していましたから、人々が想像する民主主義というものは多元的になっていました。つまり、民主主義には定型化された運用方法は存在せず、1つのテクノロジーにすぎないと皆が考えるようになったのです。テクノロジーですから、使い勝手が悪ければ改修すればいいわけです。実際、台湾の憲法は状況の変化に応じて何度も改正されています。国民が「絶対にこうでなければならない」という感覚に縛られていないのです。これは大きなことだと思います。
台湾の憲法には政治への直接参加の精神がうたわれていますが、代議制についてはほとんど触れられていません。この政治への直接参加と常に改修していくという2つのことが合わさって、柔軟性があって生き生きとした社会が形成されているのでしょう。
■誰もが政治参加をしやすい環境
――それはタンさんが掲げるデジタル民主主義とも関係していますか。
ええ。デジタル民主主義の根幹は、政府と国民が双方的に議論できるようにしようということです。私は国民の意見が伝わりにくいという間接民主主義の弱点をインターネットなどのデジタル技術の力で誰もが政治参加をしやすい環境に変えていこうとしているのです。
デジタル技術は社会のイノベーションに寄与しますし、政治であればオープン・ガバメント(開かれた政府)を実現する基礎となるでしょう。私の役割はITによって国民がお互いに語り合える場を提供すること。デジタルは国民が一緒に社会や政治を考えるツールにすぎません。
――デジタルをツールとして使いこなすということですね。
先ほど省庁間の連携を図るのが、私の仕事だと言いましたが、これは境界をなくしていくということです。縦割り組織や年齢の壁を取り払っていく。そこにデジタル技術が役立つなら積極的に使えばいいでしょう。AIによって仕事が奪われると心配する人もいますが、むしろ新しい価値観や仕事が生まれてくると思います。
しかし、私は必ずしもデジタル技術を使わなければならないとは考えていません。例えば、ウイルスを防ぐ最良の方法は石鹸を使うことで、2番目に良いのはアルコール消毒をすることです。これをデジタル技術に置き換えることはできません。私たちも石鹸で手を洗いましょうという同じ方向を向いています。そのうえで、「手を洗いましょう」というメッセージを、デジタルの力でより早く伝えようとしているだけです。
■高齢者はデジタルに弱いという誤解
――デジタルになじめない人たちについてはどう考えていますか。
薬局やコンビニでマスクを購入するときに健康保険カードやクレジットカードなどを使って購入者を特定していくのは、デジタル技術によるものです。ただ、そのデジタル技術も人間を介さない技術ではありません。カードリーダーのそばには薬剤師や店員がいて、操作に慣れていない高齢者がいれば助けてくれるでしょう。多少は時間がかかるかもしれませんが、これは1つの学習機会になります。私の祖母は87歳ですが、父がコンビニに連れて行って1度操作を教えたら、次からは自分でできるようになりました。それどころか、祖母は年配の友人を連れて行って教えることもできました。学んだ人は教えることもできるのです。
IT社会は高齢者になじまないのではないかという意見もありますが、そんなことはないと思います。高齢者が不便を感じるのは、プログラムや端末の使い勝手が悪いからでしょう。それはプログラムを書き換えたり、端末を改良したりして、高齢者が日頃の習慣の延長線上で使えるような工夫すればいいのです。つまり、高齢者に合わせたイノベーションです。
――高齢者ではなくプログラムや端末のほうを変えていくわけですね。
そのためにはプログラムやアプリを開発するプログラマーが使用者の側に立って考える想像力を養うことも必要でしょう。その手っ取り早い方法は、プログラマーを自分の設計したプログラムを一番使えないと思われる人たちの集団に送り込むこと。そうすれば、彼らが何を使えないのか、なぜ使いにくいのかという感覚を理解できて、プログラマーの側に「共感」が備わっていきます。
プログラマーの問題点というのは、彼らの成長してきた背景がほとんど変わらず、年齢もほとんど同じで男性が多い、ということなのです。似たような人たちだけで開発を進めても、万人に役立つものは作れません。
特にITを高齢者に身近なものにするには、もっと高齢者と議論する必要があると思います。私の事務所には70代から90代の友人たちもやってきます。彼らが私に教えてくれるのは、エレベーターの速度を遅めにするとか、車いすや松葉杖、歩行器で歩道橋を上がる際の手すりの高さを考え直さなくてはいけないといったことです。自分の席に座って議論していても見えないこと、知らないことが多々あります。そのときにITの活用で改善できることがたくさんあります。
このように、体は衰えても知能や精神がまだしっかりしている人は、デジタル機器を用いることで引き続き社会に積極的に参加できるようになります。高齢者が社会に貢献できることはいくらでもあると思います。
私はデジタルから遠い人たちがいつかいなくなるだろうとは思いません。デジタルを学ばないと時代に遅れてしまうよ、という態度は絶対に取りたくありません。デジタルデバイドを埋めるためには、何か1つ2つのことをやればいいということではなく、誰も置き去りにしないインクルージョン(包括)の考えがなければならないということです。
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台湾デジタル担当政務委員(閣僚)
1981年台湾台北市生まれ。幼い頃からコンピュータに興味を示し、12歳でPerlを学び始める。15歳で中学校を中退、プログラマーとしてスタートアップ企業数社を設立。2005年、トランスジェンダーであることを公表し、女性への性別移行を始める(現在は「無性別」)。米アップルのデジタル顧問などを経て、2016年10月より史上最年少で台湾行政院に入閣、無任所閣僚の政務委員(デジタル担当)に登用され、部門を超えて行政や政治のデジタル化を主導する役割を担っている。
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(台湾デジタル担当政務委員(閣僚) オードリー・タン 構成=柏木孝之 撮影=熊谷俊之)
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