「顧客情報を故意に漏洩」4京円市場に食いつくPwCジャパンの暗部
プレジデントオンライン / 2020年10月28日 11時15分
■PwCが抱えるパワハラよりもはるかに大きく深刻な問題
壊さなければ止まらないものなら、思い切って壊してやろう……とも考えていたが、PwCジャパンはすでにその必要がないほどぶっ壊れていた。
大手会計事務所プライス・ウォーターハウス・クーパース(PwC)の日本法人に深刻なパワハラがあることを伝える「【続報】『泥沼パワハラ』に怒るPwC社員たちから来た内部通報の嵐」をプレジデントオンラインに掲載したのは3カ月前だった。その後も内部通報の嵐はやまず、最近はむしろエスカレートしている。
詳細はここでは触れないが、ひとつ書くとすれば、パワハラに悩まされた現役社員やOB・OGは、PwCを相手取った集団訴訟の準備を進めている。PwCジャパンは知らないだろうが、パワハラ問題に正面から向き合おうとしない木村浩一郎代表に対する反旗が公然と翻ろうとしているのだ。組織が内側から崩壊するときはこんなものかもしれない。
それはここでいったんおくとしよう。実はこの3カ月間、PwCが抱える別の問題――パワハラよりもはるかに大きく、深刻な問題――について慎重に取材を進めてきた。筆者とチームストイカは、PwCジャパンを丸裸にする用意がある。
■海外金融機関の内部情報が国内大手に提供されていた
「これは大問題になるのではないか」――。
金融関係者や公認会計士らは、この話を聞いて一様に驚く。なにしろ世界でも指折りの大手会計事務所が一種の産業スパイとしてそのお先棒を担いでいたのだから。
問題の概要はこうだ。PwCジャパンのコンサルタント部門であるPwCコンサルティングが顧客金融機関の内部情報を他の金融機関に漏洩していた。筆者とチームストイカの取材によると、情報の漏洩には複数の経営幹部が関わっているうえ、海外の有力金融機関の内部情報が国内の大手金融機関に提供されていたことから、組織的でグローバルな不正である可能性が高い。
事態を重くみた金融庁と日本公認会計士協会はこの問題の調査をすでに始めている。
■2021年末に事実上廃止となる「LIBOR」に関する内部情報
漏洩していたのは、顧客金融機関のロンドン銀行間取引金利(LIBOR)に関する内部情報である。LIBORは金融取引で国際的な指標として用いられる金利で、米ドルとユーロ、英ポンド、スイスフラン、日本円の5通貨を対象としている。世界的に業務展開している日米欧の大手銀行20行が日々、自行が無担保で調達できる金利を呈示して決められる。
LIBORを用いる金融取引は370兆ドル(4京円)という途方もない規模で、世界最大の米国債市場が17兆ドルであるのと比較すると、その巨大さがわかる。まさに国際金融のインフラなのだ。
しかし2008年のリーマン・ショック以降、金融機関ごとの信用力に格差が生じていたにもかかわらず、銀行が金利を低く操作していた疑いが浮上。2012年にはスイスの連邦競争委員会が捜査を始め、不正が明るみに出た。
これを境にLIBORの指標性が低下してしまい、英国の金融行動監視機構が銀行に対して2021年末以降はレートの呈示を求めない方針を示したことから、来年末に事実上廃止となる。
■「LIBOR廃止後の指標金利をどうするか」の情報が流出
問題はその後だ。4京円もの取引の根幹となる指標がなくなることで、次の指標を決めなければならないし、新しい金融商品の開発も進めなければならない。LIBORを参照する取り決めになっている既存の金融契約もあらためなければならないほか、会計上あるいは、税務上の対応も必要になる。金融機関はどこも取り組みが遅れており、他の銀行や証券会社がどう対応するのか、出方を探り出したいところだ。
PwCコンサルティングが漏らしたのは、これらに関する顧客の内部情報だった。海外の銀行がLIBOR廃止後の指標金利をどれにしようとしているか、あるいは新指標を用いた新しい金融商品の中身はどうなっているか。これらは、国内銀行にとって重大な関心事であり、こうした情報が不正に提供された。筆者が入手したPwCの資料では契約のひな形になる適格金融契約をどうするかについて、個別の金融機関の取り組み状況が記されており、こうした情報も漏れた。
米投資銀行モルガン・スタンレーの内部情報が三菱UFJ銀行に漏洩しているほか、米シティバンクの情報はみずほ銀行や農林中央金庫、あおぞら銀行に渡った。LIBOR関連以外でも、海外投資銀行の内部情報が国内証券会社に流れたもようだ。
■「追加料金を請求できるような付加価値が必要だった」
PwCではLIBOR廃止後をにらんだコンサル営業を「LIBORプロジェクト」と呼び、顧客情報をグローバルに共有しようと毎週会議を開いている。日本ではPwCコンサルティングだけでなく、PwCあらた監査法人の会計士も交えて情報を共有している(ただし、この情報漏洩にはPwCあらたは関与しておらず、PwCコンサルティングが単独で漏洩していたという)。
情報漏洩には金融サービス事業部を担当するパートナーと呼ばれる経営幹部らが関わっていた。日本法人のパートナーや日本に赴任している米国法人のパートナーのほか、米国公認会計士資格を持つマネジャー職の男性社員も関わっている。「米国人パートナーは情報の管理に慎重だった」(関係者)との指摘もあるが、海外金融機関の情報についてはこの人物が中継局のような役割になっており、日本人スタッフが情報を引き出して顧客に漏らしていたとみられる。
PwCジャパンは、ロンドンのPwC本部に支払う諸経費の負担が重いうえ、PwCコンサルティングでは「正規のコンサルティング料金だけでは経営幹部の報酬を賄いきれず、追加料金を請求できるような付加価値が必要だった」(関係者)。そのため社内で「プライオリティ・アカウント」と呼ばれる再優良顧客をつなぎ止めたり、受け取るコンサルティング料にオプション料金を上積みしてもらうために情報を漏洩していたようだ。こうした無理な営業姿勢が社員の長時間労働やパワハラの温床になっていたとの指摘がある。
■事態を重くみた会計士協会や金融庁はすでに調査を開始
PwCジャパンに情報漏洩の有無を質すと「そうした事実は確認できていない」とコメントした。一方、三菱UFJ銀行とあおぞら銀行は「そうした事実はない」、みずほ銀行と農林中央金庫は「コメントは差し控える」と回答している。
PwCから情報を受け取っていた窓口は経営企画部であり、われわれの質問にコメントを寄せた広報室は、経営企画部に属していることが少なくない。金融機関がこんな回答をするしかないのは、こうした内部事情があるからかもしれない。
しかしどう言い繕おうとも、会計士協会や金融庁が調査を始めた決定的な証拠がある。会計士協会はこの件について沈黙し、金融庁はノーコメントだったが、今年7月、会計士協会の自主規制本部事務局が関係者に対して「本格的な調査を始める」と伝えるメールを筆者は入手しており、すでに外堀を埋める調査は終えているもようだ。
会計事務所に関しては、米国で監査部門とコンサルティング部門の分離が実施され、英国でも大手会計事務所に対して同様の措置を求めている。今回の問題を受けて、日本でもこうした議論が活発化するのは間違いない。また、一義的な責任はPwC側にあるとしても、情報を受け取っていた銀行の責任を不問に付すことはできないだろう。
さあ、PwC内で何が起きていたのか、そして不正の温床には何があったのか。筆者はさらに深く暗部に分け入っていこう。
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ジャーナリスト
1967年生まれ。 愛知県出身。法政大学法学部卒。日本公社債研究所(現格付投資情報センター)アナリスト、日本経済新聞社証券部記者などを経て、現在は経済ジャーナリスト。月刊誌『FACTA』でオリンパスの不透明な買収案件を暴き、第18回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」の大賞を受賞。 著書に『サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件』(講談社)などがある。
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(ジャーナリスト 山口 義正、チーム「ストイカ」)
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