1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

「コロナの政治利用を許すな」東京都に罰則付き条例は不要である

プレジデントオンライン / 2020年10月23日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

今年9月、都民ファーストの会が新型コロナウイルスに関する全国初の罰則付き条例案を発表した。都議会自民党の川松真一朗都議は、「制度設計が甘く、憲法違反や冤罪の可能性がある。いまの状況でコロナの政治利用を許すわけにはいかない」と訴える――。

■「やった感」を見せようとするだけの条例に時間を割く必要はない

9月9日、東京都議会の最大会派である「都民ファーストの会」が、記者会見で新型コロナウイルスに関する独自の条例案を発表しました。この条例案のポイントは、「就業や外出を控えるように求められているのに従わず、感染を広めた場合に罰則を科す」という点です。

具体的には以下の場合、行政罰(5万円以下の過料)を科すとしています。

陽性者が就業制限や外出自粛要請に従わないで他人に感染させた場合
事業者が休業や営業時間短縮の要請に従わないで一定人数以上の感染を生じさせた場合
感染の疑いがある人が正当な理由なく検査を拒否した場合

はじめに申しておきますが、私の基本姿勢は「コロナ対策に全力で臨む」という事です。政治に携わる者は党派党略を超えて、感染拡大防止と経済活動の両立をいかに政策的に推進できるかが求められています。その観点からすると、今回の条例案は「コロナの政治利用」ともいえるパフォーマンスで、厳しく向き合うべきと考えています。

私が今回の条例案に疑義を呈してきたことで、さまざまなメディアから取材依頼があります。しかし私は政党人として批判をしているのではありません。私が強く批判しているのは、この大変なコロナ時代に、有権者の信託を受けた議会という場で、このような議論に時間が割かれること自体に強い憤りを感じているからです。

■感染症法や特措法の範囲内で罰則を設けなければ憲法違反の可能性

まず、この条例案には憲法違反の可能性があります。憲法94条は「地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる」と規定しています。

つまり、今回のケースで言えば、感染症法や新型インフルエンザ特措法の範囲内で罰則を設けなければ憲法違反と指摘されるでしょう。特措法でも私権制限は「必要最小限」となっていますから、「都域内でのみ独自の私権制限を課さなければ特措法の目的を達成できない」といったような特段の事情がない限りは、罰則を付すのは憲法違反となるわけです。

ただ、私は過去に小池都知事に「違憲覚悟の条例制定」を求めた事があり、この発言を都民ファースト議員が私に向けてくることがあります。私が指摘したのはこういうことです。特措法に基づいて緊急事態宣言が出されると、対象地域の知事は休業要請などを行うことができます。あくまで、これは緊急事態宣言が政府によって出された時点で初めて知事が有する力です。

私が、当時違憲覚悟でと知事に向けたのは、突然にコロナが蔓延し、医療提供体制が逼迫(ひっぱく)する恐れが出たら、政府の決定を待たずしても「知事は緊急事態宣言時並みの権限を行使できる」とすれば、都民は安心するだろうというのが私の主張でした。言い換えれば、「東京アラート」でレインボーブリッジを赤く点灯させても、実効性や人々への影響力はなかなか見えなかったわけです。

夜の東京
写真=iStock.com/Melpomenem
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Melpomenem

■都の区域においてのみ罰則を科す合理的理由がない

それではここで各論を見ていきます。

陽性者が、就業制限・外出しないことに従わないで、よって、他人に感染させたときは行政罰である過料5万円以下ということについて(都民ファースト条例案第14条第2項及び第3項)。

前述のように(良し悪しは別にして)感染症法では、「強制力」が付随しているわけではありません。単なる「協力要請」にすぎない事項について、全国一律ではなく都の区域においてのみ、要請に従わない場合に罰則を科す合理的理由がありません。

首都圏においては、都県の境界を越えて都市部が連坦し、就業者や居住者が頻繁に往来しています。それにもかかわらず、都の区域においてのみ、要請に従わないことを理由の一つとして罰則を科すことは、条例の範疇を越えて、先に掲げた憲法94条に反するおそれがあります。

さらに、罰則を科すのであれば、条例ではなく感染症法を改正し、全国一律に同様の罰則を課すべきでしょう。東京だけ対象にすることが、そもそも実効性の観点からは疑わしいのです。都県境に壁や塀、関所などがあって、人流が把握できるなら意味はあるかもしれませんが、現実的には到底無理です。

■極めて悪質なケースなら、条例で規定しなくても刑法で罰せられる

そもそも、都民ファーストの例示はどれも特異な状況です。繰り返し、同派議員が口にするのは「検査陽性者が飲み会に行ってそこで人に感染させる」という迷惑行為です。これだけを切り取れば、誰もが当たり前に「そんな奴は許さん」となります。私も完全に同意であり、そんな危険人物にはペナルティが必要です。

陽性者が意図的に他人に感染させようとした(させた)ことについて違法性を問うのであれば、現行法令でも、刑法の威力業務妨害罪(第234条)、傷害罪(204条)などの構成要件に該当する可能性があり、ことさら条例において罰則を規定しなければならない必要性が低くなります。

その場合は、都民ファーストが考えている5万円以内の過料よりも、はるかに重い罰則が適用できます。これらは故意犯ですから、都民ファーストが言うような極めて悪質なケースでは「刑法で罰せられること」を広く周知するほうが抑止力になるはずです。

参考に条文と罰則を記しておきます。

(傷害)
第204条 人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
⇒感染させるつもりで咳などにより飛沫をかけ、相手を感染させた場合等
(威力業務妨害)
第234条 威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条の例による(3年以下の懲役又は50万円以下の罰金)。
⇒陽性者が、「俺は感染者だ! 感染させてやる!」などと店内でわめき、店の営業を妨害した等

■そもそも他人に感染させたことを立証するのは困難

冤罪(えんざい)のおそれもあります。そもそも、無症状陽性者も多く存在することも考えれば、陽性者が誰から感染したのかを証明することは困難であり、当該陽性者が外出したことを原因として他人に感染させたことを立証することは困難です。誰が誰に感染させるか分からないからこそ、年初来、医療現場や私たちの政治・行政レベルで頭を抱えているわけです。

もし、仮に、陽性反応が出たAさんが飲み会に行った場合を考えます。10人の参加者がコロナ陽性となったとしても、Aさんが感染源とは誰も特定できません。もしかすると、別の参加者がスプレッダーになっているかもしれないのです。つまり、この飲み会開催時点で陽性判定が出ていない者が感染源の可能性もあるのです。故に都民ファーストの制度設計では冤罪(えんざい)を生む可能性が高いと言えます。

■自宅療養者が隣接県に出回ってしまえば元も子もない

実は、療養中の感染者が「みだりに外出しない」ことなどを「努力義務」とするにとどめた条例を小池知事が議会に上程し、第3回定例会最終日の10月8日に成立しました。ここで「努力義務」としたのは現行感染症法が感染者の人権尊重を基礎としているためです。小池知事が、人権尊重や「感染症法が内包する必要最小限」という考えを意識した結果です。陽性者がみだりに出歩くという行為自体には注意、改善命令を出す条例こそが必要で、背景も抑えずに「感染させたら過料」まで持って行くのは乱暴な議論です。

私自身は、東京都総務局人権部に「コロナ差別を阻止すべき」ということを申し入れていて、実際に啓発活動について力を入れて展開しています。その意味からすると、緊急事態宣言下でもなく、徐々に「新しい生活様式」で次代を生き抜こうと新たな一歩を踏み出し、皆でコロナ禍を乗り越えるという新しいマインドになってきた今、罰則によって差別が助長される恐れがあってはなりません。

そして、別の観点からも心配なのは、この罰則が「東京限定」になることです。本来であれば、刑法で罰する事ができる極めて悪質な迷惑行為も、マスコミなどが「全国初の罰則付条例」などと煽っていますから、自宅療養者が、他県に出回ってしまったら、元も子もありません。この条例により隣接県にご迷惑をおかけする危険性すらあるのです。

■時短要請対象外の時間にクラスターを発生させても罰せられるのか

違う条文も見てみます。

事業者が特措法第24条第9項又は第45条第2項に基づく知事の休業要請・時短要請に従わないで、よって、一定人数以上の感染を生じさせたときは、行政罰。ただし、ガイドライン遵守の場合除く(都民ファースト条例案第14条第4項)。

ここは大事な指摘ですが、特措法に基づく知事の休業要請・時短要請に従わなかったことと、一定人数以上の感染を生じさせたこととの関係は確認できません。マスコミは報道機関として、「夜の街でクラスター」「○○の飲食店でクラスター」などと連日伝えてきましたが、そこで、どんな対策がなされ、どんな従業員がいて、どんな客がいたのかまでは伝えず、事象だけを報道してきました。

その都度、ニュースになった同業種の店舗から人出が遠のくばかりで、都知事の発言やマスコミ報道は「テロ」だという魂の叫びを私に伝えてきた方は1人や2人ではありません。Withコロナ時代と言われる今に、このような条例案を出すだけで、また人の流れが止まる事を恐れるのは私だけではないはずです。

この点では、こんな考えもあります。例えば、時短要請に従っていない店舗で、時短要請対象外の時間(例えばランチタイム)にクラスターが発生した場合、時短要請に従っていなかったことと、クラスターを発生させたことに、罰則を科すほどの因果関係があるかは甚だ疑問です。

例えば、深夜営業を控える時短要請に従った店舗がランチタイムにクラスターを発生させた場合と、従わなかった店舗がランチタイムにクラスターを発生させた場合とでは、外形的には全く違いがないはずなのに、後者のみ罰則を科される可能性があるのは妥当ではないのです。

■行政の恣意(しい)的裁量で事業者に罰則を科すことも可能になる

同様に、たまたま複数名の無症状陽性者が、同じ時間帯に時短要請に従っていない同じ店舗を利用し、数日後に発症したような事例があった場合、同店舗はクラスター発生店舗とみなされる可能性が高いわけです。しかし、この事例の場合、店舗側には何ら責めがないのに罰則が科せられてしまう可能性があります。

これは本項で最も重大な点です。都条例で規定する「ガイドライン」を遵守していれば、罰則の対象外についても考えなくてはいけません。

この事業者が行政罰を課される条件の一つとなる「遵守すべきガイドライン」の内容や遵守すべき事項が極めて不明確であり、その結果、行政の恣意(しい)的裁量で事業者に罰則を科すことも可能となってしまいます。少なくとも、ガイドラインを罰則適用の条件とするのであれば、知事の責任において、都民・事業者が遵守すべきガイドラインを定め、罰則の除外要件を明確にすべきです。

■都知事は「何をどこまで遵守すればいいのか」を明確にするべきだ

ただ、罰則適用の条件となっている「ガイドライン」について、都の現行条例では、都のガイドラインだけではなく、国や区市町村、業界団体などさまざまな主体が策定するガイドラインが含まれており、「ガイドライン」の名がつけば何でも良いかのような規定になっています。

このため、店舗事業者は何を遵守すれば良いのか、どこまで感染症対策を講じれば良いのかがわからず混乱しているのが実情です。何をどこまで遵守すれば店舗の取組として十分な条件を満たしているのかは、【都知事がその権限を持って明確】にしなければ、事業者は自身が守るべき基準を見極められず混乱を招くだけなのです。都民ファーストがやるべきことは、まずはベクトルを小池知事に向けること。私が数カ月も前から主張している、知事の責任でのガイドライン制定を求めるべきです。

現実に東京都内では至るところで、虹色のステッカーが貼ってありますが、その中には感染拡大防止が図られていない店舗もあります。ガイドラインも曖昧で、かつ各店舗の自己申告制ですから、そうなるのも当然です。つまり、都の既存条例について不備があるのに、この修正をせず、パフォーマンスにはしっているのです。

■闇営業や検査逃れが増えるのではないかという懸念も

感染拡大を防止するために、実効性ある対策を講じなければならないという考えは誰もが持っています。ただ、今回提案された条例の規定の一部は、基本的人権にかかわる事項であり、義務履行の確認の困難さや、東京都の区域のみに罰則を設けることの必要性が不明確であり、全国一律の法律ではなく条例で対応することについては、冷静かつ慎重に検討すべきなのです。

「行政の要請に従わないから罰する」という発想は、緊急事態宣言等を経て、疲弊を極める事業者に、壊滅的な打撃を与えることが必至であり、要請に従わなかったこと以外に何ら責めのない事業者も「悪」にする可能性もある危険な発想です。少しでも街を歩き事業者の声を聞けば私の思いが分かるはずです。

そして、私自身がより恐れるのは、看板を隠すなどして闇営業をする事業者や、検査を受けないように振る舞う人が増えて、東京の治安が悪化することです。

■今回の条例案はコロナを政治利用したパフォーマンスだ

首都東京への人々の往来は盛んであり、都の区域においてのみ条例で規制をかけることの危険性については本稿で強く訴えてきました。パフォーマンス的な条例は危険です。いま取り組むべきことは、パフォーマンスではなく、知事の責任と権限を明確にし、真に感染拡大防止に資する方策を効果的に実施することではないでしょうか。

今回の条例案が議会に上程されるかどうかは不明です。今は最大会派がアドバルーンを揚げた状態です。その意味で、ぜひとも都民ファースト内から、異論が出てきてほしいと思います。それこそが今の都政に必要なことではないでしょうか。

----------

川松 真一朗(かわまつ・しんいちろう)
東京都議会議員
1980年生まれ。日本大学法学部法律学科卒業。テレビ朝日アナウンサーを経て、2013年、東京都議会議員に初当選し、現職2期目。自民党東京都連青年部長。都議会自民党総務会長代行、都議会自民党コロナ対策PT社会混乱解決担当リーダー。YouTube活動に力を入れる。

----------

(東京都議会議員 川松 真一朗)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください