最高裁お墨付き「非正社員に賞与・退職金なし」を傍観する正社員に訪れる悲劇
プレジデントオンライン / 2020年10月29日 13時15分
■最高裁「手当や休暇の格差は不合理」で企業の人件費負担は大きくなる
正社員と非正社員の待遇格差をめぐる5件の裁判で最高裁判所の判決が10月13日、15日に言い渡された(※)。
※手当・休暇などの待遇格差が不合理かどうか問われた日本郵便の3訴訟、旧大阪医科大学勤務の有期契約社員が賞与の支給を求めた訴訟、東京メトロ子会社勤務の有期契約社員が退職金の支給を求めた訴訟。
今年4月に施行された同一労働同一賃金の法制化(パート有期法)とも絡んで世間に注目されていた。
一般的な正社員の報酬は、基本給・ボーナス以外に、時間外手当・通勤手当・扶養手当・住宅手当などの諸手当と退職金がある。
しかし、非正社員は基本給が低いだけではなく、ボーナスや諸手当、退職金を支給されていない人も多い。
すでに2018年の最高裁の判決で正社員に支払われている時間外手当・通勤手当・皆勤手当を非正社員に支給することが確定している。
今回の最高裁判決で争われたのは、以下の処遇だ。
(1)ボーナス
(2)扶養手当
(3)年末年始勤務手当(特殊勤務手当)
(4)夏期冬期休暇(特別休暇)
(5)有給の病気休暇
(6)年始期間の祝日給
(7)退職金
■手当や休暇、福利厚生などについて正社員と非正社員の格差は消える
結論を先に言えば、非正社員にも(2)扶養手当、(3)年末年始勤務手当(特殊勤務手当)、(6)年始期間の祝日給を支給し、(4)夏期冬期休暇(特別休暇)、(5)有給の病気休暇も非正社員に与えることを命じた。
また、高等裁判所の判決に対し、上告受理申立てを最高裁が受理しないで確定したものに、住宅手当、勤続褒賞、残業手当割増率などがある。住宅手当、勤続褒賞を非正社員にも支給すべきとし、残業手当の割増率も正社員と同じにするべきとした。
ただし、扶養手当や病気休暇については「相応に継続的な勤務が見込まれている」ことが要件になり、有期契約を反復更新し、比較的長く勤務していることが前提となる。また、住宅手当は「転居を伴う転勤の有無」が条件となり、正社員でも実質的に転勤がないのに住宅手当を受け取っていれば非正社員にも支給しなければならない。
こうした最高裁の一連の判決などによって、正社員に支払われている諸手当や休暇、福利厚生など制度については非正社員にも支給し、制度の利用も認めなければならないことがほぼ確定した。
■「賞与や退職金を支払わなくても違法ではない」を鵜呑みできない
残る(1)ボーナスと(7)退職金については、高裁段階ではボーナスは正社員の6割、退職金は正社員の4分の1を支給することを命じたが、最高裁はこの判決を覆し、両方を支給しないのは「不合理とはいえない」とし、ボーナスや退職金を支払わなくても違法ではないと判断した。
じつは企業の人事関係者は「非正社員にボーナスや退職金を払うことになれば大変だ」と頭を抱えていたが、最高裁の判決でホッと胸をなで下ろした人も少なくない。
人事関係者以外でも正社員の中にはネット上で「私たちは正社員としての責任を負っている」との立場の違いを強調し、非正社員にボーナスを払わないのは当然といった声も散見される。最高裁の結論だけを鵜呑みにしてはいけない。
しかし、今回の判決は特定の企業・団体の事情に即した事例判決であり、あらゆる企業に当てはまるとは限らないからだ。
実際にボーナス判決ではこう述べている。
「両者(正社員と非正社員)の間の労働条件の相違が賞与に係るものであったとしても、それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる」
これは退職金判決も同じことを言っている。「同条」とは、今回の訴訟根拠となった正社員と非正社員の不合理な待遇差を禁止した労働契約法20条のこと。
つまり、個々の企業の賞与や退職金を支給する目的や趣旨を検証した結果、正社員だけに支給し、非正社員に支給しないのは不合理だという判決が下される可能性もあると言っているのだ。
■将来的には賞与・退職金が非正社員にも支給される可能性がある
さらに注意したいのは、訴訟根拠となった労働契約法20条は、今年4月に施行されたパート有期法の8条で条文の内容が改正されていることだ。
具体的には旧20条には記載されていなかった「有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて」と書かれ、賞与が明示されていること。またパート有期法14条2項では、非正社員から「正社員と比べてなぜ待遇が違うのか」と説明を求められたとき、使用者はその違いについて説明する義務を新たに課している。
もし使用者が説明義務を十分に果たせなければ、そのことが裁判の参考になり、場合によってはその格差が不合理と判断される可能性もある。
さらにパート有期法と同じ今年4月に施行された新法の指針である「同一労働同一賃金ガイドライン」には、賞与について「会社業績等への労働者の貢献に応じて支給するものについては、同一の貢献には同一の、違いがあれば違いに応じた支給を行わなければならない」と明記している。
近年のボーナスは単に給与の何カ月分という固定的な支給ではなく、会社業績・部門業績・個人業績に連動して支給されるケースが増えている。
今回の最高裁の判決はあくまで旧法に基づいた判断であり、仮に、4月に施行された新法やガイドラインに基づいた新法下で裁判が起こされると、賞与や退職金の支給はもちろん基本給の違いも不合理だと判断される可能性も否定できないのだ。
■「正社員の特権」解体、正社員賃金を削って非正社員との待遇差を解消
企業側は今回の判決で諸手当などは非正社員にも支給しなければいけなくなった。さらに賞与や退職金なども非正社員に一定の支給をするとなると、正社員も安閑としていられなくなる。
なぜなら会社にとってはその分、人件費が増えることになるからだ。しかもコロナ禍で業績が低迷し、長期化が予想されるなかで人件費を増やすことは論外という企業も多い。結果として、正社員の賃金を削って非正社員との待遇差を解消する企業も当然出てくるだろう。
そうなると従来の「正社員の特権」が解体されることになる。
では具体的にどのようなプロセスを経て解体されるのか。今後、想定される負のシナリオは以下の3つだろう。
①非正社員への諸手当の支給を回避するために、正社員の既存の手当を廃止し、基本給の中に「調整給」として入れ込み、数年かけてなくしていく。
②ボーナスは従来の給与の何カ月分支給という固定方式を廃止し、「完全業績連動方式」に転換し、利益の一定程度を、非正社員を含む全社員で分け合う。
③基本給については「職務給制度」(ジョブ型)を導入し、従来の年功的賃金制度による固定費を削減する。
■従来の「正社員」の特権が剥奪される
すでに家族手当や住宅手当を廃止する企業が相次いでおり、その際に行うのが①の手法だ。今回の最高裁判決で、他の手当の廃止を含めてその動きに拍車がかかる可能性もある。
②については、儲かった利益の割合に応じて正社員と非正社員に配分するだけでよく、会社の懐は痛まない。とくにコロナ禍の業績低迷も加わり、業績連動方式に移行する企業が増えると思われる。
職務給制度(ジョブ型)は、求める役割・成果・スキルなどを具体的に定義したジョブディスクリプション(職務記述書)に基づいて人を採用・任用する仕組みだ。職務範囲が明確なので遠隔で仕事を行うテレワークと相性が良いことから導入する企業が増えると見込まれている。
一方、職務給制度は、給与が担っている職務に張り付き、職務が変わらなければ給与が上がることはなく、給与を上げようとすれば職務レベルを高める自助努力が必要になる。
また、昇給・昇進など年功的人事制度と違い、職務の成果によって降格し、給与減が発生する。年功的賃金制度は自動的に固定費が増加する仕組みであるが、職務の変更(降格・ポストの削減など)による降給などにより、人件費をコントロールできるメリットがある。
そして非正社員はもともとジョブ型の働き方をしていた人が多い。正社員のジョブ型導入と同時に非正社員の職務を格付けし、制度の枠内に取り込むだけですむ。
また、日本型人事制度は「人」に仕事を当てはめるが、ジョブ型は職務やポストに必要なスキルを持った人を貼り付けるのが原則。そのため欧米企業には職務とは関係のない家族手当や住宅手当などの属人給がない。ジョブ型を導入すればおのずと従来の諸手当も必要なくなるだろう。
じつはジョブ型に関しては今年7月17日に閣議決定された政府の骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針2020)にも盛り込まれている。
この中で「ジョブ型正社員の更なる普及・促進に向け、雇用ルールの明確化や支援に取り組む」と述べ、企業のジョブ型導入を政府が後押しすることを表明している。
■厚生労働省2035年未来予測「正社員、非正社員の区分意味なくなる」
このシナリオ通りになれば、従来の「正社員」の特権が剥奪されることになる。
もちろん非正社員にとってもメリットだけではなく、デメリットもある。理想を言えば、正社員が享受してきた特権を非正社員にも与え、賃金の底上げを図ることで格差を解消し、経済全体の活性化につなげることだろう。
正社員と非正社員の壁がなくなることについては、厚生労働省の懇談会が予測した「働き方の未来2035」(2016年8月)にも描かれている。その中で2035年には多くの人がプロジェクト単位で企業の内外を移動する社会になるとし、こう述べている。
正社員と非正社員の区分がなくなることはよいとしても、ひとつ間違えば、両者ともに沈没する可能性もある。
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人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)
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