脳科学者・中野信子が「人生では正解を選んではいけない」と言い切る理由
プレジデントオンライン / 2020年11月3日 9時15分
※本稿は、中野信子『引き寄せる脳 遠ざける脳』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■「幸せを感じる」ことは、脳と体の相互作用
脳科学の観点で見ると、「幸せを感じる」という営みは、脳と体が絶えず行う相互作用に過ぎません。
そのとき、脳で分泌される神経伝達物質である「オキシトシン」の作用が、幸せの感情をもたらすことが明らかになっています。オキシトシンは「幸せホルモン」とも呼ばれ、まだそのすべてが解き明かされていない“謎多き物質”ですが、幸せのカギを握るたくさんの可能性があるとわたしは見ています。
そして、人の「幸せ」についての考え方は主観的なものであり、ひとつのものさしで測ることはできません。
見る人から見れば、たとえバカ騒ぎとしか思えない振る舞いでも、当の本人たちは仲間とわいわい騒ぐことで「みんなから愛されて幸せだ」と感じ、それによってオキシトシンがたくさん出る人もいるわけです。
■「幸せのものさし」は人それぞれ
その一方で、ひとりきりの空間で心地良い服を着て、自分の好きな音楽を聴きながらリラックスすることで、オキシトシンが分泌される人もいるでしょう。
人それぞれ好みもちがえば、オキシトシンが出やすい環境もちがうということ。「あの人はいつも“ぼっち”でかわいそう」などと、一概にはいえないわけですね。
幼少期に培われた人間関係のなかで、愛着の対象や自分自身のことをどう思っていたかによって、幸せの価値観もそれぞれちがってくるのです。
■あなたの選んだ選択肢に「間違い」はない
他者と幸せの大きさを競うことに、ほとんど意味はありません。
たとえば、世の中には多動的な人がいて、彼らは多くの人と広く浅く交流し、たくさんの情報を交わし合うことによろこびを感じ、そんな自分を肯定して生きています。とくに、いまの時代はSNSなどで情報過多になっているため、そうした交流をうまくやっている人が目立ったり、「幸せ」に見えたりもします。
でも、そうでない人たちが不幸せかというと、まったくそうとはいえません。むしろ、わたしは「幸せの基準はたくさんある」ことを、救いに思ったほうがいいと考えています。
「自分もあの人のように前向きに生きなければダメなんじゃないか」
もし、いまそんな思いや迷いを感じている人がいたら、わたしは脳科学者として、ひとりの人間として、このようにいいたいです。
「あなたの選んだ選択肢で生きることに、なにも間違いはないんだよ」と。
■人間は成人するまでに14万8000回もの否定的な言葉を聞かされる
人はなぜ、自分と他人を比べて思い悩むのでしょうか?
それは、おそらくわたしたち日本人が、子どものころから「正解を選ぶ人生」というものに、あまりに慣らされてしまっているからだとわたしは見ています。
人間は成人するまでに、約14万8000回もの否定的な言葉を聞かされるとする説もありますが、これと同じように、わたしたちはあまりにも、「次のなかから正解を選びなさい」といわれ過ぎているのではないかと感じます。
■選んだ答えを「正解」にしていくのが人生
しかし、大人になれば「選んだ答えを正解にする力」こそが試されることになる。
「自分で選んだ奥さんだから、もう自分好みに仕立てるしかない!」
例として適切でないかもしれませんが……現実には、人生にはさまざまな「正解の仕方」があるわけです。
むしろ、選んだ答えを「正解にする」ことのほうがずっと大切ではないでしょうか。実際に自分が本当に正解を選んだかどうかは、死ぬまで、いや、死んでもわからないのです。「歴史にifはあり得ない」というのは、そういうことです。
本来、誰もが自分の好きなように生きていいのです。自分が感じる幸せの基準にもっと正直になって、そのうえでバランスをうまく取ればいいのです。
■「自分の正解の基準」を見つけよう
そして、そんな自分をある程度肯定することも大切です。
とくに女性の場合、なんだかんだと婚活を話題にされることがありますが、「この人が相手で本当にいいのだろうか」と、多くの人が悩むでしょう。そのときに、「みんなが正解だと思う人」を選びたくなる傾向がどうも強いようです。
でも、あたりまえですが、「自分が正解だと思う人」を選ぶべきです。なぜなら、その選択には誰も責任を取ってくれないからです。本来は自分で選べる力を持ったはずの人でも、あまりに正解を求めるくせがついてしまっていることで、多くの人が苦しんでいるように見えます。
そんな自分の考え方のくせを乗り越えていくには、自分の正解の基準を、丁寧に自分の気持ちと向き合いながら見つけていくことだと思います。地味な作業ですが、これはとても大切なことです。
そして、その基準に則って選択をする自分を、自分で肯定するのです。
■日本人は不安傾向が強い
繰り返しになりますが、その「肯定力」が心許なく感じるくらい、わたしたちは間違いを選ぶことを許さないように育てられてきたのかもしれません。
また、日本人はもともと不安傾向の高い人が多い遺伝子プールであるとされています。日本には自然災害が多く、それに備えるには楽観的な性質よりも、不安傾向の高いほうが生き延びやすい環境であったわけです。
自分の決断をなかなか正解と思いにくく、曖昧であったり、迷ったりしがちなことが日本人の性質を表しています。
■「迷うこと」は人生の幅の広さの証明
でも、考えてみれば、「迷える」ということは、それだけ自分の可能性が残されていると捉えることもできます。
「この人で良かったのかな」
「この仕事で合っているのだろうか」
そのように人は迷いますが、迷うこと自体が、これからの人生の幅がまだまだ広いことを証明しているわけです。
自分なりの幸せを築いていくなら、まず自分の選択や決断をなにより重視する。
そして、迷ったとしても、その迷うことすら自分の「幸せ」の可能性を広げてくれるものとして、堂々と受け入れていく必要があるのでしょう。
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脳科学者、医学博士、認知科学者
1975年、東京都生まれ。東京大学工学部卒業後、同大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了、脳神経医学博士号取得。フランス国立研究所ニューロスピンに博士研究員として勤務後、帰国。東日本国際大学教授として教鞭を執るほか、脳科学や心理学の知見を生かし、マスメディアにおいても社会現象や事件に対する解説やコメント活動を行っている。著書には『サイコパス』『不倫』(以上、文春新書)、『空気を読む脳』(講談社+α新書)、『ペルソナ』(講談社現代新書)、『引き寄せる脳 遠ざける脳』(プレジデント社)、共著書に『脳から見るミュージアム』(講談社現代新書)、『「超」勉強力』(プレジデント社)などがある。
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(脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子)
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