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「左足をやむなく切断」想像を絶するほど過酷な"ゴミ屋敷清掃"という仕事

プレジデントオンライン / 2020年11月5日 15時15分

アールキューブ株式会社 あんしんネット事業部 部長の石見良教さん。「遺品整理人」の命名者でもある。 - 撮影=今井一詞

きつい、汚い、危険。この「3K」で究極の仕事といえばゴミ屋敷清掃だろう。山積みのゴミを片付けるだけならまだいい。ときには虫がわいている箇所に手を突っ込み、人の便や尿さえも処理しなければならない。誰もやりたくないが、誰かがやらなければいけない。そんな仕事にたずさわる人たちは、日々なにを考えているのか。私は、彼らと共に働き、その世界を見たいと思った――。(連載第1回)(取材・文=ジャーナリスト 笹井恵里子)

■なぜこのような場所を「汚い」と感じないのか

ドアを開けて絶句した。

古びた一軒家の室内には大量の砂利や鳩の羽、動物の排泄物が染み込んだ紙類が散らばっている。人が住んでいたとは思えなかったが、ここにはたしかに高齢夫婦が住んでいた。妻が病気で入院した数日後に、夫が風呂場で亡くなったという。かねてより近隣から臭いの苦情があったため、地域の包括支援センターが見に行くと、部屋中に物があふれていたそうだ。

【連載】「こんな家に住んでいると、人は死にます」はこちら
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いわゆる“ゴミ屋敷”をテレビで目にしたことがある人は多いだろう。しかし、それを実際に目の当たりにした時の衝撃はすさまじい。「なぜ?」という言葉が頭にうずまく。高齢者とはいえ認知機能が低下していない正常な人が、どうして自分の寝る場所さえなくなるほどの、大量の物をためこんでしまうのか。そしてなぜこのような場所を「汚い」と感じないのだろう。

近年、身体機能が低下した高齢者、社会から孤立した独居者らが身の回りの片付けができなくなり、整理専門会社へ物の仕分け・分別を依頼するケースが急増している。私は生前・遺品整理会社「あんしんネット」の作業員としてこの住居に足を踏み入れた。

■現場で釘を踏んで、左足のかかと付近から出血

整理業は、身の危険を伴う過酷な仕事だ。

かつて同社に勤務していたAさんはこの仕事がきっかけで義足になった。現場で釘を踏んで左足のかかと付近から出血し、作業翌日に足が腫れて40度の発熱。数日後に病院を受診すると「雑菌の混入」と診断され、抗生剤の点滴や患部の洗浄などが施された。それから3週間、懸命の治療が行われたものの回復せず、やがてAさんの命に危険がおよぶ状態に……。やむなく左足の大腿部から切断となったという。

実は私が“ゴミ屋敷の整理(掃除)”の仕事に惹きつけられたのは、およそ4年前のAさんとの出会いがきっかけだった。

「今まで自分は好き勝手なことをして生きてきたから。この仕事で社会に恩返しをしたい」

Aさんは繰り返し私にそう話してくれた。

■足を失うということを初めて目の当たりにした

Aさんの退職後、Aさんが所属する部署責任者で、孤独死現場の第一人者である石見良教さんが「(Aさんの足切断を知った時は)大変なショックだった」と打ち明けてくれた。

「まさか整理作業の現場で、傷が原因で足を切断するなどとは考えていませんでした。私も事故が起きるまで知らなかったのですが、Aは糖尿病を抱えており、そのため足の神経が麻痺して釘を踏んだこともわかっていなかったようです。当初は膝元あたりでの切断とのことでしたが、太もも部分まで菌に侵食されていたため、そこまで切断となったのです。足を失うということを初めて目の当たりにしました。それ以来、特にゴミ屋敷、ゴミ部屋、変死現場では衛生面の注意喚起を一層心がけています」

石見さんは自身の職業を「遺品整理人」と名乗る。遺品整理人とは、故人の持ち物(遺品)を遺族になりかわって整理する人である。テレビドラマ『遺品整理人 谷崎藍子』(2010年~15年、TBS系)で取り上げられ、話題になった。石見さんはこのドラマの監修も手がけている。

■家の中が空っぽでなければ「解体作業」はできない

仕事はあくまで“整理業”であって“掃除屋”ではないのだが、依頼者がゴミ屋敷に住んでいるケースが多く、必然的にゴミ屋敷の整理=掃除になっているのだ。

「依頼者が生きている場合は、今後の生活を少しでも良い方向に向ける。故人の場合は尊厳を保てるような整理を行いたい」

と、石見さんは言う。

しかし、冒頭の現場に立ってみると、そんな気持ちになれることが信じられなかった。

夫婦が暮らしていたという一軒家の作業現場。※画像の一部にモザイクを入れています。
夫婦が暮らしていたという一軒家の作業現場。※画像の一部にモザイクを入れています。

あんしんネットへの依頼は、<一軒家の室内の物を全て処分>だった。夫が亡くなり、唯一の居住者である妻は、入院中。ここには継続して住まず、施設へ入居する可能性が高いという。

家を取り壊す場合、家の中が空っぽでなければ解体作業はできない。丸2日間、10人近くの作業員が駆けつけて、トラックが満タンになるほどの廃棄処理を行ったが終わらなかった。私は3回目の作業に加わらせてもらった。

■「靴は、作業日限りで処分できるものを」といわれたワケ

「作業服のボタンは上までしっかり締めて。虫やダニが入ってくるから。マスクもあごまで覆うこと。帽子や手袋も必ず着用」

清掃作業のため作業服に身を固めた筆者。マスクは二重に付けている。
清掃作業のため作業服に身を固めた筆者。マスクは二重に付けている。

先輩作業員から注意を受け、慌てて身なりを整える。防御効果の高いマスクを二重に付けるが、室内に入ると空気が変わるのがわかる。動物や人の汗、土ぼこりが入り交じったような、独特の臭いが鼻をつく。室内より屋外のほうがはるかにきれいなのではないかと感じた。「靴は、作業日限りで処分できるものを履いてきて」と言われたことにも納得がいく。

1階の玄関入ってすぐの位置に広いリビングのような部屋、その奥に台所と風呂場、2階に2部屋。3日目の作業とはいえ、まだたくさんの物が残っている。風呂釜、冷蔵庫、家具類、食器や布団類……家の中の全てを処分しなくてはならない。それぞれの持ち場に分かれて作業を行う。私は「台所から着手せよ」という指示を受けた。

台所の床には新聞が一枚一枚バラバラに、隅々まで敷き詰められていて、その高さは10センチ以上にもなっている。なんでも“ぬくもり”を感じるからと、新聞紙をためこむ高齢男性が多いのだという。もはや床に張り付いてしまっている新聞紙をびりびりとはがし、引っ越しに使うサイズの廃棄用ダンボールに捨てていく。ダンボールがある程度たまったら、トラックに積み込む流れだ。

■物をどかすたびにゴキブリやクモが這いずりまわる

新聞紙を投げ込むたびに顔を背けたくなるほどのホコリがまう。しかし近隣の住民への迷惑を考えて、作業中に窓は開けられない。

何かの物をどかすたびにゴキブリやクモが這いずりまわる。皆がどんどん廃棄用ダンボールに物を投げ捨てていく。ダンボールの中を動き回っていたゴキブリが物につぶれて圧死したのが見えた。

収納棚を片付けようと思い、台所に備えつけてある上扉を開けると、その近辺の天井までメリメリとはがれ落ちてきた。屋根にたまっていた水が室内にしたたり落ちる。思わず悲鳴をあげてしまったが、他のスタッフは至って冷静。いちいちこんなことに叫んでいては、掃除、いや整理業は務まらない。

廃棄物はなんでもまとめて処分すればいいわけではない。食品や液体類、ライター、ビデオ類などは、処理困難物として別の袋に仕分ける必要がある。仕分けルールを守らなければ処分場で爆発し、火事などの事故につながる。液体類はなるべく空にしたほうがいいので、私は台所で2リットルサイズのペットボトルの水を30本以上、ひたすら流す作業に取りかかった。

その作業途中、私の足元の床が突然抜け落ちた。

■足を床上に引っ張りあげる時に足首から出血した

片足がズボッと床にはまる。片付けの途中だったお玉や鍋も音を立てて床下に転落していく。ミミズがうごめく床下に手を突っ込んで、それらを拾い上げた。靴の中に砂利が入り込み、足を床上に引っ張りあげる時に足首から出血した。

Aさんのことが頭をよぎり、自分も足を切断することになったら……という恐怖に支配されて身動きがとれなくなった(ちなみにこの作業の翌日、実際に私は発熱した。この傷が原因だったのではないかと今でも思っている)。

その時、2階から声がかかった。

「笹井さーん、2階から布団を落とすから、それを玄関近くにまとめて運んでくれるーー?」

あんしんネットで唯一の女性社員であった彼女の明るい声に心が和み、了承の返事をする。すると、丸められた布団が階段をつたって転がり落ちてきた。

■目を凝らすと、なんと「人の大便」がくっついている

二人暮らしだったとは思えないほどの何枚もの布団。簡単にたたんで玄関近くに持っていく。高さ1.5メートルぐらいの布団の山が4列できた。小さな毛布類はビニール袋に入っているが、どうも臭う。目を凝らすと、なんと「人の大便」がくっついているではないか。あとからほかの作業員に尋ねると、これまでの2日間の作業では、1階の床にも大便が転がっていたという。

エアコンの中には鳩の羽がびっしり詰まっていた。この家で亡くなった夫は、屋外で鳩に餌やりをしていたが近隣の飲食店から苦情がきて、室内であげるようになったそうだ。「室内で鳩に餌をあげる」という行為に仰天してしまう。猫も10匹飼っていたというが、その日は2匹しか生存確認できなかった。

「人に何が起きたら、家がこういう状況になってしまうんでしょうね……」

近くにいたアルバイトの男性作業員がポツリとつぶやく。私も片付けをしながらもの悲しい気持ちに陥った。

こんな家では、とても安らげないではないか。(第2回に続く)

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)など。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)

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