宮本笑里「1日16時間のヴァイオリン練習がまったく苦ではなかった理由」
プレジデントオンライン / 2020年11月20日 15時15分
■1日16時間の練習が苦に感じなかった20代
【三宅義和(イーオン社長)】宮本さんはヴァイオリンに関して非常にストイックでいらっしゃいます。一時期は1日16時間も練習されていたそうですね。
【宮本笑里(ヴァイオリニスト)】20代の頃ですね。ヴァイオリンを習い始めたのは小学生からですが、本気になって取り組みだしたのは中学生からで、同世代と比べると本当に遅いんです。さらに周囲がグングン上達している様子を見ていたら焦りが出てきて、そこからはずっとヴァイオリン漬けの生活です。とにかく「上手になりたい」という気持ちに突き動かされていましたから、16時間練習していた時期もまったく苦ではなく、むしろ楽しんでいました。
あと、父が家で何時間も練習をしている様子を見ながら育ちましたから、「音楽家とはそういうものなんだ」という感覚もありました。
【三宅】そうですか。音楽に詳しくない人からすると、「音楽=才能」と思いがちですが、実はそうではないということを改めて感じますね。
【宮本】どんなことでもそうですが、結果は才能と努力の足し算で決まると思っています。
■超スパルタの父の指導で「拍」を身につける
【三宅】中学生の時に本格にヴァイオリンを始めたということは、ドイツにいらっしゃったときですね。外国人の先生に指導を受けたのですか?
【宮本】細かいニュアンスが伝わらないとレッスンの効率が落ちると思って、ドイツ在住の日本人の方にお願いしました。ケルン放送交響楽団で第一コンサートミストレスをされていた四方恭子先生という素晴らしいヴァイオリニストの方です。
【三宅】超一流の方ですね。練習は厳しかったのですか?
【宮本】四方先生は優しさのなかに芯の強さがあるようなタイプの先生なので、厳しいと感じたことはありませんでした。本当に厳しかったのは父ですね。
【三宅】あぁ、気持ちがわかるような気がします……。
【宮本】音楽に対する情熱が本当に高い人で、私がうまくリズムをとれないでいると、メトロノームを耳の真横に持ってきて「これが聞こえないのか!」と怒鳴られたりして、何時間も泣きながらレッスンを受けていました。
【三宅】超スパルタ。
【宮本】それだけ私を成長させたかったんだろうなと思います。クラシックの世界で「拍」というものは、ある程度柔軟というか、ポップスのように正確無比に刻まなければいけない世界とはまた違うんですけれど、やはり音楽家としては自分の中で「拍」というのは正しくあるべきで、その基礎を身につけることができたことはよかったと思います。
【三宅】ちなみに、いまはどれくらい練習をされているんですか。
【宮本】育児があるので本当に減ってしまったのですが、それでも最低6時間くらいは練習するようにしています。
■自信喪失から立ち直らせてくれた先輩の言葉
【三宅】これまで音楽家としてどのような壁に直面されましたか?
【宮本】たくさんあります。なかでも「自分はヴァイオリニストとしてやっていけるのかな」と初めて迷いかけたのは高校生の時です。ある合宿で中学3年生の子と一緒になったのですが、その子は私が弾けない曲をバリバリ弾いている。テクニックも素晴らしいし、なおかつ自分の世界というものを持っている。その子を見て急に自信がなくなってしまったんです。
でも、そのとき一緒に合宿に参加していた先輩が「笑里ちゃんは笑里ちゃんの良いところがあるんだから、今はとにかく基礎をきちんとやって、誰よりも努力をすれば結果につながるはずだよ」とアドバイスしてくださりました。その言葉はすごく心強い言葉として私に響いて、「ちゃんと聴いてくれる人もいるんだ。負けてられないな」と思うようになって、そこから頑張りましたね。
【三宅】応援してくれる人の存在は大きいですからね。
■モチベーションが下がったときはコンサートに
【三宅】語学学習も勉強を続けることに意義があると思うのですが、モチベーションが下がっているときに、なにか心がけていらっしゃることはありますか?
【宮本】コンサートに行きます。生の響きを会場で聴くと、「自分もうかうかしていられないな。もっと練習を頑張らなきゃ」という気持ちにさせられます。あと、その奏者の弾いている姿や奏でている音を聴いていると、いまの自分にフィードバックできる学びや気づきが得られるんですね。
だから、コンサートに行くと、だいたいまっすぐ家に帰って、記憶が鮮明なうちに練習をするようにしています。すると、その後の練習にまた張りが出るというか、次につながっていくような気がするんです。
■演奏会当日の朝食はイチローと同じく必ずカレー
【三宅】そこまでストイックに自分を高められていると、本番はあまり緊張しないのでは?
【宮本】どれだけ本番で自分の本領を発揮できるかどうかは、普段の練習量より、どれだけ本番を経験したかに比例すると思うんですね。それこそデビューしたての頃に、ものすごく準備をしたのに、緊張で頭が真っ白になって、思うような音を出せなかったことがあります。でも、コンサートの回数を積み重ねるごとに、だんだん余裕の作り方みたいなものがわかってきて、今は等身大の自分を出しやすくなってきていると思います。
【三宅】演奏会の前になにかやられるルーティンのようなものはあるんですか?
【宮本】あります。ひとつは自分の好きなヴァイオリニストの演奏を聴くことです。理想の音を聞き続けることで「耳を浄化する」イメージですね。あと、音楽とは直接関係ないのですが、イチロー選手が毎朝カレーを食べるという話を聞いて以来、私も演奏会当日の朝は必ずカレーを食べるようにしています。
【三宅】そうですか。
【宮本】科学的な根拠はわかりませんが、体が温まりますし、集中力もアップするような気がするので続けています。
■大好きなものを手放すと、心のよりどころがなくなる
【三宅】少し現実的な話をすると、音大を出ても演奏家としての活躍の機会があまりなくて音楽教室などで先生をしている人も多いかと思いますが、そういう方にアドイバスをするならどんなことを伝えられますか?
【宮本】私もたまたまいろいろご縁が重なって、いまのような音楽活動をさせてもらっているだけで、「仕事がなくなったらどうしよう」ということは考えます。でもやっぱり自分がどんな状況に置かれたとしても、「本当に音楽が好き」「本当にこの楽器が好き」という気持ちがあるなら、どれだけ苦しくても音楽に関わることはやり続けると思います。自分の大好きなものを手放してしまうと、心のよりどころが必要なときにそれがないという、さらにつらい状況に置かれてしまうかもしれないので。
【三宅】「好き」を追求することですか。たしかにいまはインターネットという、誰でも使える表現の舞台がありますからね。
【宮本】そうですよね。それにいま音楽の先生ができるなら素晴らしいじゃないですか。先生の教え方次第で子供の成長は変わるので、先生自身もさらに音楽を追求して子供たちを羽ばたかせてほしいと思いますね。
【三宅】逆に、子供が嫌がっているのに、音楽教室などに連れて行く親御さんがいらっしゃいますよね。
【宮本】いますよね(笑)。自分の意思で音楽と向き合っていないと、途中でやめてしまうことが多いですよね。時間がもったいないという話もあるんですけど、そうした経験がトラウマになって音楽嫌いになる人もいて、それが一番もったいないと思います。向き不向きや得手不得手はどんなことでも絶対にあるので、いま子供が嫌がっているなら、別のことにチャレンジさせてあげたほうがいいのかな、と個人的には思います。
■言語の上手さより、いかに相手と心でつながるか
【三宅】英語を勉強されている方に対して、なにかメッセージはありますか?
【宮本】音楽と一緒で、「好き」という気持ちを大事にして、地道な努力を続けていただくことと、実際に現地の人とコミュニケーションをとってみることが大切かなと思います。
【三宅】たしかに1日16時間英語を勉強したら、あっという間に上達するはずです(笑)。
【宮本】そうですよね(笑)。とくに日本で英語を勉強されている方は、とても真面目に勉強をされている方が多いと思うんです。ただ教科書ベースで勉強をしたり、日本人同士で英語を使うだけでは、どうしても限界が出てくると思います。その壁を突破するためには、やはり外国の方々と直接話す機会を増やしていくしかないと思うんですね。
机の勉強だけでは感じられないイントネーションの違いなどを知る機会にもなりますし、日本人同士の会話とはまったく違った感情のやり取りが生まれるはずです。
【三宅】感情のやり取りですか。
【宮本】実体験を話すと、私がインターナショナルスクールに入った直後はクラスのなかで「この子は喋らないから何を考えているかわからない」みたいな存在でした。でもあるとき、みんなの前でヴァイオリンを演奏する機会があったのです。それを機に「笑里は音楽を頑張っているんだから、英語に関してはみんなで助けてあげよう」みたいな意識が生まれたようで、そこから急にみんなと仲良くなれたんですね。
【三宅】まさに音楽が国境を越えたわけですね。
【宮本】音楽を通して私の思いが伝わったんだと思います。ですから「言語をどれだけ上手に話せるか」ということはいったん置いておいて、「いかに相手と心でつながるか」ということを優先していけば、突破口は必ず見えると思います。
私も最初はうまく話せたわけではないですけど、友達が私の下手な英語を一生懸命理解してくれようとしてくれたおかげで、少しずつ意思疎通が図れるようになりました。そのとき、私のなかで「あ、これでも良いんだ」と気づいた瞬間があって、それ以降は英会話に対するモチベーションも自然に上がりましたし、自ら話しかけていく勇気も出ました。
イーオンさんも含め、いまはネイティブの方からレッスンを受けられる機会があるわけですから、まずは「生きた英語を実際に使う」という機会を増やしていただいて、情勢が落ち着いたら外国に行って、勇気を出して現地の方とコミュニケーションをとっていくと、一気に成長できるんじゃないかなと思います。
【三宅】ありがとうございました。
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イーオン社長
1951年、岡山県生まれ。大阪大学法学部卒業。1985年イーオン入社。人事、社員研修、企業研修などに携わる。その後、教育企画部長、総務部長、イーオン・イースト・ジャパン社長を経て、2014年イーオン社長就任。一般社団法人全国外国語教育振興協会元理事、NPO法人小学校英語指導者認定協議会理事。趣味は、読書、英語音読、ピアノ、合氣道。
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ヴァイオリニスト
生後すぐに渡独し、帰国後の7歳でヴァイオリンを始める。14歳で独学生音楽コンクールデュッセルドルフ第1位入賞。小澤征爾音楽塾・オペラプロジェクト、N響、都響定期公演などに参加。ドラマ『のだめカンタービレ』オーケストラへの参加やCM、TV出演などで注目され、2007年に『smile』でデビュー。ジェイドとのデュオ“Saint Vox”でも活動。2018年の『classique』までオリジナル・アルバム8枚を発表。2020年にミニ・アルバム『Life』をリリース。2021年1~2月に東京・横浜・大阪でビルボードライブツアーを開催予定。
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(イーオン社長 三宅 義和、ヴァイオリニスト 宮本 笑里 構成=郷 和貴 衣装提供:ドレス10万円 ADEAM 東京ミッドタウン店(TEL:03-3402-1019))
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