ステーキ、フォアグラ…どんなに食べても「食べ放題」で絶対に元を取れないワケ

プレジデントオンライン / 2020年11月14日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/GoodLifeStudio

食べ放題で元を取るにはどうすればいいのか。データサイエンティストの松本健太郎氏は「残念ながら食べ放題で元を取ることはできない。そう考えてしまうのは、人間には『損をしたくない』という本能があるからだ」という――。

※本稿は、松本健太郎『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』(毎日新聞出版)の一部を再編集したものです。

■「食べ放題」はなぜ人気なのか

好きな食べ物を、好きな量だけ、何度でも食べられる「食べ放題」システムは、まさに「強欲」を地で行くような食事のスタイルです。

日本における食べ放題の歴史は実は新しく、1958年8月に新しく開館した帝国ホテル第2新館のレストラン「インペリアルバイキング」が始めたのが最初だと言われています。新館の目玉となるレストランを探していた当時の帝国ホテルの犬丸社長が、旅先のデンマークで北欧式のビュッフェ「スモーガスボード」に出会ったのがキッカケだそうです。

日本にはそれまでなかった「食べ放題」システムに感動した犬丸社長は、その仕組みを日本に輸入しようと考えました。ただ「スモーガスボード」という日本人にはあまり馴染みのない名前だと人気が出ないと考え、その新名称を社内公募します。

「北欧と言えばバイキング」という、やや安直(?)な発想と、ちょうどその当時に『バイキング』という映画が上映されていて、その映画に登場する豪快な食事シーンが社員の印象に残っていたという理由で、「バイキング」という名前になったそうです。

当時の大卒初任給は12800円、一方で「バイキング」はランチ1200円、ディナー1600円とかなりの高級路線のレストランでした。しかし開店直後から人気に火が付き、全国各地に「食べ放題」システムが伝播していきました。

これが「バイキング形式」として知られる「食べ放題」システムの由来です。

■人間の基礎的な欲求を満たす

この「食べ放題」システムが今に至るまで人気であり続けているのは、「好きなものをお腹いっぱい」食べられる満足感が最大の理由であるのは言うまでもありません。

ちなみに、アメリカの心理学者アブラハム・マズローは、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する」と仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化しました。

マズローの欲求5段階説

その最下層に「生理的欲求(Physiological needs)」が位置しています。食欲は「生理的欲求」の1つで、マズローの理論からすれば「食欲は人間の最低ランクの欲求」となります。ただそれは決して悪い意味ではなく、そうした基礎的な欲求である「食欲」が充たされてこそ、自己実現などのさらに高レベルの欲求を人は追求できるのです。

■食べ放題がもたらす「気分一致効果」

筆者は「ご褒美」と称して、たまにホテルバイキングへ出掛けます。和やかな雰囲気に包まれ、自分の食べたい物だけを何度も食べられるので、幸せな気持ちになります。それに周囲を見渡しても、他のお客さんも同じように幸せそうに見えます。そもそもホテルバイキングで、険しい顔の人を見かけた記憶がありません。

なぜ食べ放題に来ると、みんな楽しそうなのでしょうか。それはおそらく心理効果の1つ「気分一致効果」の影響だと思われます。美味しい料理をたらふく食べて、食欲が充たされているからこそ、自然と笑顔になるのでしょう。

【気分一致効果】Mood congruency effect
その時々の気分や感情に見合った情報に目が向きやすくなる、あるいは関係した記
憶を思い出してしまう効果。良い気分の時には良い情報を、悪い気分の時には悪い
情報をよく思い出します。
●具体例
イライラした気分で街中を歩くと、緊急事態宣言が出ている最中に県外から来たナンバーの車にイライラして「自粛しろ」と怒り出してしまう。一方で、機嫌がいい時には自粛の最中でも営業している店を見つけると意気に感じて、ついつい買ってしまう。スピリチュアルな世界では「引き寄せの法則」と呼ばれているようです。ところが、筆者の故郷・大阪では雰囲気が一味違います。大阪新阪急ホテルにある関西最大級のグルメバイキング「オリンピア」では、お店の開店前に入り口で順番を待つお客さんの雰囲気は、さながら「戦場に向かう武士(もののふ)」といった趣きです。

ほとんどの人が「元を取りたい」と考えているので、母親が指揮をとって、父親に「あなたはローストビーフ」、息子に「あなたはお寿司」、娘に「あなたはフォアグラ」と作戦指導をしている光景を本当に冗談抜きで目にします。

開店時間を迎えてスタッフの案内で着席したとたん、まるで悪魔が獲物を漁るかのような勢いでお目当ての品に向かってみんな飛び掛かかります。それが最後の最後まで続くのですから、正直ちょっと怖い。ただし、大阪では日常茶飯事です。

■人はなぜ「元が取れる」と誤解するのか

普通の食事なら元を取ろうとは思いません。そもそもメニューが決まっていて取りようがありません。出された水をいっぱい飲もう、取り放題の紅生姜をいっぱい食べようなんて考える人はまずいません。

一方、高級寿司や焼き肉の食べ放題では、「元を取ろう」とする行動が多く見られます。原価が高そうに見える「食べ放題」には、人を強欲な悪魔に変える何かがあるのです。おそらくは「いっぱい食べれば元が取れるかもしれない」という仮説が、「元が取れるにもかかわらず、食べなかったら損をする」という感情を引き起こしているのでしょう。

ローストビーフ
写真=iStock.com/LauriPatterson
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LauriPatterson

これは関西人がケチだからではなく、どんな人間でも「損をしたくない」という本能をもっているからです。これを「損失回避」「サンクコストの誤謬」と言います。

【損失回避】Loss aversion
利益の獲得より、損失の回避を好む傾向。人間はとにかく損をしたくない生き物。
行動経済学におけるプロスペクト理論を構成する1要素でもあります。
●具体例
(A)確実に1万円を貰える。(B)50%の確率で2万円を貰えるが、50%の確率で0円になる。どちらかの選択肢を迫られると、多くの人は(A)を選びます。中にはリスクをとって(B)を選ぶ人もいるかもしれません。(C)確実に1万円を失う。(D)50%の確率で2万円を失うが、50%の確率で0円になる。一方で、趣旨が利益から損失になると、多くの人は(D)を選びます。どちらも平均1万円を得るか失うかなのですが、1万円を得る喜びと、1万円を失う悲しみは同義ではないのです。少しでも「損をしない可能性」に賭けたいのです。似たような状況として「株の損切り」が考えられます。株価が下がっても、もしかしたらチャラになるかもと考えて売り出せず、余計に損失を被ってしまうのです。
【サンクコストの誤謬】Sunk cost fallacy
今まで投資したコスト(お金・時間・労力)のうち、撤退・中止しても戻ってこない分をサンクコストと呼ぶ。サンクコストの誤謬とは、今まで投資したコストが無駄になる恐怖から、これまで行ってきた行為を正当化するために、非合理的な判断を行う状態を指します。
●具体例
開始10分で「つまらない」と思った映画でも、1900円支払ったから、10分見てしまったから、という理由で残り110分見続けてしまう。この事例において1900円と10分はもう戻ってこない「サンクコスト」です。すでに回収不能な1900円と10分は判断基準から外して「映画がこの先面白くなる可能性」と「中断した場合に得られる110分の価値」を比較するのが本来合理的な行動ですが、多くの人はサンクコストを判断基準に含めて意思決定してしまいます。

仮に5000円のホテルバイキングだったとして、元を取ろうとする人は、

(A)5000円分を食べきれない(損をする)
(B)5000円分食べて元を取る(損をしない)

どちらかを選択するよう迫られているのだ、と考えれば行動の理由も多少は納得できます。ただ5000円はすでに払ってしまった回収不能の「サンクコスト」ですので、二度と戻ってきません。たくさん食べようが食べまいが、金銭的な損得には全く影響しません。

ビュッフェラインから食べ物を取る女性
写真=iStock.com/triocean
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/triocean

■人は「腹八分目」には熱狂しない

食べ放題に来て元を取ろうとするあまり、「元を取ろうぜ」という悪魔のささやきに騙されて、ローストビーフなどの原価が高そうなメニューばかりを注文する、マナー的にいささか見苦しいお客さんも時にはいます。

一方で、ここにあげた「損失回避」や「サンクコストの誤謬」を知り、「元を取ろうとしても無意味」だと理解しているような人は、そうしたお客さんを冷ややかな目で見ています。「バイキングは料理を少しずつ取って、たくさんの種類の料理を楽しむもの。それなのに同じ料理ばかり取っていて飽きないのか」という意見もあるでしょう。

ちなみに、同じ食事を食べているうちに飽きてしまう現象を、感覚特異性満腹感(sensory-specific satiety)と言います。同じ味ばかり食べると、脳に「飽きた」という信号が送られてしまうので、すぐ満腹になってしまうのです。新しい味と出会うと新たに食欲が刺激され、空腹感を覚えるようになります。

「デザートは別腹」と言いますが、まさにこの感覚特異性満腹感によるものです。お腹がいっぱいになるのは「脳がいっぱい」になっているだけなので、違う味を食べるとまるで別の腹に収めるかのように、また食べられるのです。

だからバイキングで感覚特異性満腹感が刺激されてしまい、満腹なのに食べ続けて、最後には体調を崩してしまう人が中にはいるのです。「元を取ろう」という悪魔のささやきに騙された人たちです。

■「元を取ろうぜ」という悪魔のささやき

「せっかくの楽しい食事なのに、元を取ろうとして苦しくなったら台無し」というのも一理あります。

松本健太郎『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』(毎日新聞出版)
松本健太郎『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』(毎日新聞出版)

しかし、せっかくお腹いっぱい食べるために食べ放題に来て、量をセーブして腹八分目できれいに食べよう、というのもまるで優等生の発言です。たくさん食べることで満足する筆者は、ちょっと反感を感じます。「キレイごと」だけでは人間を語れません。

欲望に素直になると、心に開放感がおとずれます。仕事で嫌な出来事があったあと、暴飲暴食に走るのはよくあるストレス解消法です。「気分一致効果」でご説明した通り、食べ放題に来たお客さんの間には幸福感が漂っています。

腹いっぱい食べることで幸福感がおとずれ、ストレスが解消されるのです。つまり「食べる」ことの効用は、1つではないということです。生命維持の観点、あるいは健康で文化的な生活の構成要素としてのみ「食べる」ことを考えていると、50%の「悪」の部分を見落としてしまいます。

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松本 健太郎(まつもと・けんたろう)
データサイエンティスト
1984年生まれ。龍谷大学法学部卒業後、データサイエンスの重要性を痛感し、多摩大学大学院で統計学・データサイエンスを“学び直し”。デジタルマーケティングや消費者インサイトの分析業務を中心にさまざまなデータ分析を担当するほか、日経ビジネスオンライン、ITmedia、週刊東洋経済など各種媒体にAI・データサイエンス・マーケティングに関する記事を執筆、テレビ番組の企画出演も多数。SNSを通じた情報発信には定評があり、noteで活躍しているオピニオンリーダーの知見をシェアする「日経COMEMO」メンバーとしても活躍中。著書に『誤解だらけの人工知能』『なぜ「つい買ってしまう」のか』(光文社新書)『データサイエンス「超」入門』(毎日新聞出版)『グラフをつくる前に読む本』(技術評論社)など多数。

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(データサイエンティスト 松本 健太郎)

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