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「上級国民は逮捕されない」そう聞くとイラッとしてしまう本当の理由

プレジデントオンライン / 2020年11月15日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/NicolasMcComber

池袋の自動車暴走事故では「上級国民は逮捕されない」という見方が広がり、話題を集めた。この事故はなぜ多くの人の怒りを集めたのか。データサイエンティストの松本健太郎氏は「私たちは『極論』に弱い。このため様々な憶測や『陰謀論』に飛びついて、怒りを増幅させる傾向がある」という――。

※本稿は、松本健太郎『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』(毎日新聞出版)の一部を再編集したものです。

■繰り返される「上級国民叩き」

2019年4月、東池袋で当時87歳の男性が起こした自動車暴走死傷者事故は、2人死亡、10人負傷という大きな事故でしたが、単なる高齢者の運転ミスによる事故というレベルを超え、大きく報道されることになりました。

そうなった理由の1つは、車を運転していた男性が元通産省のキャリア官僚だった点にありました。男性は通産省を退官した後も業界団体の会長や、大手機械メーカーの取締役といった要職を歴任し、2015年には瑞宝重光章を受勲した、いわばエリート中のエリートでした。

もう1つの理由は、事故を起こしたのがこの男性であることは明らかだったのに、なかなか逮捕されなかったので、元キャリア官僚に警察が「忖度」しているといった「憶測」を呼んだという事情がありました。

事故の2日後に同じく高齢者による交通死亡事故が発生しましたが、こちらのほうは運転手が現行犯逮捕されたので、「国家権力は身内に甘い」「ダブルスタンダードだ」といった批判を巻き起こしてしまいました。

つまり事故を起こした男性が「上級国民」だから、不当に優遇されていると思われてしまったのです。ネットだけでなくワイドショーでも批判の声が広がり、「上級国民」は2019年の新語・流行語大賞候補にノミネートされました。

■「権力者への嫌味」を超えた大流行

そもそも「上級国民」という言葉が一般的に使われるようになったきっかけは、2020年東京オリンピック・パラリンピックの公式エンブレム騒動がきっかけでした。

選考委員が選んだエンブレムのデザインが、先行するデザインに酷似しているという指摘があり、決定したエンブレム案を撤回することになりました。しかし、その記者会見の席上で、五輪組織委員会の武藤敏郎事務総長が、「専門家にはわかるが、一般国民は残念だが理解しない」と「失言」してしまいます。

この発言が「一般国民」として扱われた「普通の日本国民」の反感を買い、商業デザインにおける一種の「選民思想」を揶揄する言い方として「上級国民」なる言葉が使われるようになりました。つまり、もともとの使われ方においても「上級国民」という言葉には「権力者への嫌味」が込められていたのです。

ですが、池袋の暴走事故後に広がった「上級国民叩き」の激しさは単なる嫌味のレベルを大きく超えていたと思います。

当時、安倍首相に近いジャーナリストに対して暴行容疑で逮捕状が取られていたにも関わらず、首相に近い官僚の手によって逮捕状がもみ消された、という「疑惑」が別にあったのですが、その事件も引き合いにして「上級国民」は「何をしても罪に問われないような絶対権力者」かのように言及する記事が大量に出現しました。

■人は「極論」に飛びつく

ベストセラー作家の橘玲さんが『上級国民/下級国民』と題した書籍を刊行すると「いったん『下級国民』に落ちてしまえば、『下級国民』として老い、死んでいくしかない。幸福な人生を手に入れられるのは『上級国民』だけだ」という言葉に熱狂的な支持が集まり、たちまちベストセラーになりました。

渋谷の交差点を歩く人々
写真=iStock.com/Nickdelrosario
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nickdelrosario

ただ、実際のところ「上級国民」なら逮捕されないと言うのは、極端な陰謀論ではないかと思います。池袋暴走事件においても警察が逮捕しなかったのは「容疑者が高齢で、また入院しており、逃亡の恐れもなかった」からだと説明されていました。

その後容疑者は在宅起訴されており、司法の手続きが取られているのは間違いありません。ほかにも事件以降に逮捕された国会議員もいますので、「上級国民」は罪を免れるというのは幻想に過ぎないとわかります。

ただ一方で「上級国民なら罪を犯しても逮捕されない」という言説には、一般的な日本国民を「熱狂」させる力があったことは間違いありません。

『上級国民/下級国民』がベストセラーとなった橘玲さんは週刊誌の取材に対して「何らかの忖度はあったのではないか」と述べておられますが、こうした見方のほうが一般に広がりやすかったのは事実です。

■理由その1「誇張された予想バイアス」

私たちはどうも「極論」が大好きなようです。

本来なら発生する確率が低い事象にもかかわらず、それが起こりうるかのように考えてしまう傾向を「誇張された予想バイアス」と呼びます。

【誇張された予想バイアス】Exaggerated expectation bias
実際には起こりにくい「極端な想定」が、現実に発生すると考えてしまう傾向。先
んじて入手した情報を誇張して受け止めてしまうのです。現実は、想像ほど深刻で
はないことも多く、極端なケースばかり起きるわけではありません。
●具体例「大地震が起きるかもしれないから家は買わないほうがいい」「事故にあうかもしれないからバイクには乗らないほうがいい」などと考えてしまう場合がありますが、起こる確率が極端に低い最悪の事態のことばかり考えていると、正しい判断ができなくなってしまいます。新型コロナウイルスを受けて最悪の事態に備える重要性が叫ばれていますが、一方であらゆる事態において「最悪」に備え続けると、「最悪」が起きなかった場合に肩透かしを食らうかもしれません。

「事実は小説より奇なり」といいますが、実際には人々が事前に想定する「極論」よりも現実は穏当すぎて面白くないことのほうが多いと思います。

大型スーパーマーケットでの商品を満たしてショッピングカート
写真=iStock.com/ozgurdonmaz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ozgurdonmaz

池袋暴走事件では当初、なぜ容疑者を逮捕しないのかについて警察からの公式発表がなかった点が、様々な憶測や「陰謀論」を許容する土台になりました。警察側もできる限り積極的な情報公開を行っていれば、一般国民のあいだでこれほど「上級国民叩き」が広がることはなかったかもしれません。

■理由その2「共有情報バイアス」

目に見えている範囲の出来事だけが事実ではありませんが、捜査の都合で公開されていない事実の存在を無視したまま、「上級国民は逮捕されない」と短絡的な結論に飛びついてしまったのではないかと思います。

自分が知っている範囲内だけで議論する傾向を「共有情報バイアス」と呼びます。

【共有情報バイアス】Shared information bias
ある集団内で既に共有されている情報については議論されるのに、共有されていない情報については議論されない傾向。集まったお互いが「何を知らないか」を「知らない」ので、情報共有がされないまま意思決定に至る場合があります。特に緊急事態においては共有をしている時間もないので、お互いが「知っている前提」で話し合い、さらに混乱を招くのです。
●具体例「将来、私たちのビジネスはどうなるか」といった未知の物事が多い議題は議論が進まず、「今のオフィスより賃料が安い物件に引っ越すべきか」「駐輪場代金を会社で支払うべきか」といった具体的で既知の物事については議論が盛り上がります。

「元キャリア官僚が事故を起こしたが逮捕されていない」という点だけが共有されていて、「上級国民の犯罪が実際はどう取り扱われてきたのか」「捜査情報のうち共有されていないものがあるのか」については共有されないまま、「上級国民叩き」ブームが過熱していきました。

情報がすべて公開されている状態なら、たとえメディア等による「煽り」があったとしても一般国民がここまで盛り上がるともなかったのではないかと思います。

■身近に潜む「煽る」手法

広告作りの方法として「煽る」という方法が知られています。

たとえば「世間で話題! 知らない人はかなりヤバい!」「これからの時代、英語ができない人は負け組!」「アフターコロナではリモートワークできない奴は終わる!」といったように、消費者の危機感を煽って商品を売っていくスタイルの広告をよく目にします。

こうした広告は、作り手と受け手の間における「情報の非対称性」を利用しているので、実際には広告でうたっているように「芸能人の間で大人気!」のような事実が本当にあるかどうか、少なくとも広告内の情報だけでは検証できません。

「英語ができなければ負け組」のような広告であっても、「これからの時代がどうなるか」など誰にも確実なことはわかりません。「英語ができなければ負け組」というのはかなりの極論というべきです。

ですが、こうした広告手法がきわめて一般的に採用されているのは、先にあげた「誇張された予想バイアス」等によって、消費者は極論に飛びつきやすいという構造がまずあり、その構造を広告の作り手側は経験を踏まえて「洞察」しているからだと思います。

ただ「極論」が成立するためには、「上級国民叩き」の例で見たように、正しい情報が共有されていない、限定された情報だけで判断している、という状況が必要になります。

■「情報弱者」はカモにされやすい

つまり、「煽り」が成立するためには消費者に与える情報を一定程度制限することになりますし、逆に消費者が「煽り」に騙されないためには、なるべく情報をあつめて高いリテラシーを持つほうが良いと言えるでしょう。

特にITを使いこなすのが苦手で最新情報にうとい人を「情弱(情報弱者)」などと揶揄する言い方があります。主に、情報を主体的に収集して活用する力が低い人を指します。

2020年1月に発生したコロナウィルス関連のデマに惑わされマスクやトイレットペーパーを買い占めてしまうのも、正しい情報を持っていないことがひとつの原因になっていました。

最近は下火になった感もありますが、投資情報などをパッケージにして高額で販売する「情報商材ビジネス」が流行し、その時に「カモ」にされたのは、こうした「情弱」とみなされがちな人々でした。

「情弱」と認定される人々は、情報商材の内容は本当に価値があるのか、怪しい業者ではないのかについて自分で情報収集して判断していくのが苦手だとされていて、こうしたビジネスのターゲットになりやすかったのです。

自分が「情弱」かどうか、そもそもあまり関心がない人も多いかと思いますが、あやしい業者に不当に搾取されないためにも、今日の消費者は一定程度の「リテラシー」を持っていることが否応なしに必要な時代になっているのは間違いありません。

■ネット時代に求められる「クリティカル・シンキング」

ある情報を私たちが信じてしまう背景には、おもに3つの理由が関係すると言われています。

・「専門家」と呼ばれる人によって解説されている
・具体的なデータが「証拠」として提示されている
・ネットを含むメディアによって、多くの人に伝達されている

新型コロナウイルス問題についても様々な「専門家」が多くのメディアに登場し、それぞれの持論を語っていますが、それによって消費者の間に混乱が生じているのも先に述べた通りです。

松本健太郎『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』(毎日新聞出版)
松本健太郎『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』(毎日新聞出版)

ある意味、真実とは専門家の数だけ存在するのが現実ですので、どの意見を採用すればいいかは、結局は消費者が個別に判断していくしかありません。

また、私たちは「データ」を提示されるとつい信用してしまいがちなのですが、都合のいいデータだけを提示する、ひどい場合にはデータが偽装されているなんて場合もあるので、そのまま鵜呑みにしてしまうのは危険です。大切なのは、どの情報についても頭から鵜呑みにはせず、クリティカル(批判的)に検討していく思考の癖を身につけることだと思います。

クリティカルという言葉の本来の意味は「規準に照らして判断する」です。つまり、本来の「クリティカル・シンキング」とは「適切な規準や根拠に基づいて思考し、バイアスに依存しない」ことではないかと思うのです。

つぎの3つを守るよう心がければ、「煽られて」「騙されて」搾取されるのを防げるのではないでしょうか。

・専門家の意見だけでなく、自分の頭で考える
・専門的な情報を仕入れ、それが正しいかを確認する
・データが正しいかどうか、クリティカルに考える

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松本 健太郎(まつもと・けんたろう)
データサイエンティスト
1984年生まれ。龍谷大学法学部卒業後、データサイエンスの重要性を痛感し、多摩大学大学院で統計学・データサイエンスを“学び直し”。デジタルマーケティングや消費者インサイトの分析業務を中心にさまざまなデータ分析を担当するほか、日経ビジネスオンライン、ITmedia、週刊東洋経済など各種媒体にAI・データサイエンス・マーケティングに関する記事を執筆、テレビ番組の企画出演も多数。SNSを通じた情報発信には定評があり、noteで活躍しているオピニオンリーダーの知見をシェアする「日経COMEMO」メンバーとしても活躍中。著書に『誤解だらけの人工知能』『なぜ「つい買ってしまう」のか』(光文社新書)『データサイエンス「超」入門』(毎日新聞出版)『グラフをつくる前に読む本』(技術評論社)など多数。

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(データサイエンティスト 松本 健太郎)

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