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人はなぜ「宝くじは当たる」という間違えた信念を持つのか

プレジデントオンライン / 2020年11月24日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

人はなぜ「宝くじは当たる」という間違えた信念を持つのか。データサイエンティストの松本健太郎氏は「人間は確率に弱い生き物だ。運や思い込みを優先させ、確率を無視した直観的な行動をしてしまう。だから『買い続けていれば、いつか当たる』と考えてしまう」という――。

※本稿は、松本健太郎『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』(毎日新聞出版)の一部を再編集したものです。

■なぜ「宝くじ」が売れるのか

筆者が今一番好きなバラエティ番組はなにかと問われれば、テレビ朝日系列「10万円でできるかな」だと答えます。この番組は、10万円分の宝くじやスクラッチ、1000円ガチャ、福袋などを10万円分だけ購入し、元が取れるかどうかを「Kis-My-Ft2」メンバーが体を張ったロケをして、そのVTRを「サンドウィッチマン」が検証する構成です。

筆者もたまにスクラッチを購入します。買うのは決まって「わんにゃんスクラッチ」です。犬の散歩道の帰りに2000円ほど購入して、当たると良いなぁ、当たったら美味しい晩御飯を食べたいなぁなんて考えながらスクラッチを削ります。ほとんど外れで、良くて6等200円がせいぜいですので、たいていは購入資金の2000円をパーにしています。

宝くじやスクラッチを買う人に向かって「お金をドブに捨てているようなもの」「期待値が元手を下回っているくじを買うのは情弱のやること」と批判したくなる人もいるでしょう。筆者もそういう言葉を掛けられた経験が何度もあります。

ちなみに期待値とは、ある確率的なイベントにおける結果の平均値を意味します。得られる結果の平均だと捉えれば良いでしょう。例えば、1~6まであるサイコロの目の期待値は3.5です。出る目はどれも同じ確率です。

【図表1】サイコロの目の期待値
『人は悪魔に熱狂する』

1が出る確率と6が出る確率は同じです。どの目が出るかは6通りの結果が考えられますが、その結果の平均を取ると3.5になります。これが期待値です。

■期待値が低すぎる、それでも……

同じように、2019年の年末ジャンボ宝くじの期待値を計算してみましょう。

1等から7等のほかに年末ラッキー賞まで加えても、宝くじを1口300円買った時の期待値は150円です。300円を入れると、平均150円が返ってくるツボのようなものだと思ってください。たまにバグって7億が出てきて、でも大半は何も返ってきません。

そう聞くと、宝くじを買うのはものすごく損だと分かると思います。もちろん「当たり」が出れば十分に元が取れる可能性もあるのですが、くじの大半は「当選しない」ので期待値がこんなに低いのです。

「わんにゃんスクラッチ」にしても同様に計算してみたところ、1口200円を買ったときの期待値は90円でした。200円を入れると平均90円が返ってくるツボなのです。

【図表2】2019年「年末ジャンボ宝くじ」の期待値と「わんにゃんスクラッチ」の期待値
『人は悪魔に熱狂する』

年末ジャンボ宝くじの期待値は50%あったのに対して、「わんにゃんスクラッチ」の期待値は45%しかありません。かわいい名前のくせに、なかなかえぐい商売だと思います。ただ、こうして期待値がわかったからといって、筆者がスクラッチを買うことをやめるかといえば、その予定はありません。

■当たらなくてもスクラッチを買うのを止めない

なぜかといえば、当たりが出るか外れが出るか、削る瞬間のあのドキドキ・ワクワク感を味わうためにスクラッチを購入しているからです。

「お金をドブに捨てている」「期待値が元手を下回っている」という批判は的外れなのです。高額当選を目的にスクラッチを買っているのではなく、ドキドキ・ワクワクを求めて買っているので、当たりが出なくても目的は達しているのです。

それゆえ筆者は「わんにゃんスクラッチ」の購入について十分な費用対効果があると感じています。スクラッチを買う以外に、2000円を支払うことでドキドキ・ワクワク感を味合わせてくれる代替サービスがほかにあるでしょうか。

テレビ番組「10万円でできるかな」の人気を見るかぎり、筆者と同じようにドキドキ・ワクワク感を味わいたい人がたくさんいるのは間違いありません。テレビを見るぶんには自分の懐が痛まないので、より気軽に楽しめるのでしょう。

■「2度あることは3度ある」というバイアス

2020年1月13日に放映された「10万円でできるかな」の企画「年末ジャンボ宝くじ買ったらいくら当たるかな!?」は高額当選が連発し大いに盛り上がりました。

「Kis-My-Ft2」の他、「サンドウィッチマン」「EXIT」「メイプル超合金」「四千頭身」が出演しました。計16人が1人10万円で年末ジャンボ宝くじ・年末ジャンボミニをそれぞれ333枚ずつ買ったのですが、高額当選が連発した結果、16人中5人が10万円以上のリターンを獲得しました。

中でも藤ヶ谷太輔さんは年末ジャンボミニを購入し、4等1万円(当選確率0.3%)の当たりくじを333枚中6枚も当てていて、芸能人の引きの強さというか、強運ぶりに愕然とした視聴者も多かったと思います。

一方で、そんなに都合よく当たるわけが無い、やらせだったのではないかと言う人も一定数いたようです。そこで、藤ヶ谷さんの引きの強さが実際にはどれくらいの確率だったのか、「二項分布」と呼ばれる手法を用いて計算してみようと思います。

■認識の歪みを検証する

「コインを投げて、表が出るか、裏が出るか」「宝くじを買って、当たりが出るか、外れが出るか」のように、起こる結果が2つしかない試み(試行)を「ベルヌーイ試行」と呼びます。

成功する確率をpとすると、失敗する確率は(1-p)と表せます。通常のコイントスは、1回やろうと、2回やろうと、成功する確率pは同じで、かつ1回目の試みが2回目の確率に影響を与えることはありません。

つまり何回目かによって成功する確率が変わったり、直前の結果が次に影響したりする状態は「ベルヌーイ試行」とは呼びません。そして今回の宝くじの場合は成功する確率pは同じで、1枚目の購入が2枚目の購入に影響を与えませんので「ベルヌーイ試行」が成立します。

このベルヌーイ試行をn回行って、成功する回数Xが従う確率分布を二項分布と呼びます。少し難しい話なので、順を追って説明します。

例えば、コイントス(表が出る確率が50%)を10回やったとして、何回表が出るでしょうか。表が0回のこともあれば、10回出ることもあると思いますが、大体4~6回くらいが多いでしょう。二項分布は0回しか表が出ない確率、10回表が出る確率、5回表が出る確率を表現してくれます。細かい計算式は省きますが、図表3のようになります。

【図表3】二項分布
『人は悪魔に熱狂する』

表か裏かしか出ないなら、10回コイントスすれば半分の5回が多いのだろうと考えがちですが、実際は約25%しかその確率はありません。表が4回出る確率、6回出る確率はそれぞれ20%、足し合わせて66%です。

つまり10回のコイントスを3回行ったとして2回は「表が4回~6回出る」のですが、1回は「表が0回~3回、もしくは表が7回~10回出る」のです。50%の確率で表が出るのに、10回コイントスして1回も表が出なかったとしても、それは約0.1%の確率で起こる現象で、珍しいですがまったく起きないとは言い切れません。

■「100回やれば当たるかもしれない」

事象が起こる確率と、実際の結果には大きな乖離が生じるのです。最初は2回連続で表が出たり、4回連続で裏が出たりと、短期的に見れば以下の図のように「表が出る確率」は乱高下します。

しかし何十回と繰り返していくうちに、確率は少しずつ安定を見せ、やがて事象が起こる確率に収斂されていきます。冷静に考えればそうなのですが、なかなか納得できない人は多いでしょう。人間は確率に弱すぎるかもしれません。

【図表4】ベルヌーイ試行の確率収束(例)
『人は悪魔に熱狂する』

1%の確率でレアアイテムが当たるガチャがあったとします。100回課金してもレアアイテムが当たらない確率はどれくらいでしょうか。これも一種のベルヌーイ試行だと考えられます。ガチャを引くたびに確率が変わるわけではありませんし、1回目のガチャの結果が2回目のガチャの結果に影響を与えないという前提です。

「1%の確率で当たる」と考えるより、「99%の確率で外れる結果が100回連続起こる確率」だと置き換えて考えてみましょう。

正解は約37%です。思ったより高かったのではないでしょうか。よく考えてみれば「1%だとなかなか当たらない」と分かるのですが、直感で考えると「100回やれば当たるかもしれない」と感じてしまう。このズレが大きな「歪み」を生じさせるのです。

■「運」に頼りすぎる人々

では、二項分布を用いて、藤ヶ谷太輔さんが4等1万円(当選確率0.3%)の当たりくじを333枚中6枚当てる確率はどのくらいか計算してみましょう。

当選確率は333分の1、0.3%です。外れる確率は99.7%なので、まずは外れが333回連続で起こる確率を考えてみましょう。

正解は約37%です。逆に言えば1枚以上当たる確率は約63%あります。細かい確率は図表4の通りです。ちなみに図では省略していますが、333回中10枚以上当たる確率は0.00001%と非常に低い確率です。

米国国家安全運輸委員会の調べでは全世界の航空会社の総合平均値で見た、乗った飛行機が墜落する確率は0.0009%だそうですから、10枚当てるのは飛行機が墜落するよりもさらに低い確率ということになります。

【図表5】1万円(当選確率0.2%)の当たりくじを333枚中n枚当てる確率
『人は悪魔に熱狂する』

藤ヶ谷さんは333回中6枚当てたのですが、その確率は約0.05%、約10000回に5回です。そんな低い確率を引き当てるなんて普通ありえないじゃないか、ヤラセじゃないか、と思われるかもしれませんが、確率が低いだけでは「起きない」と言い切れません。滅多に起きない事象であったとしても、起こる可能性はゼロではないのです。

例えば、コイントスを行って5回連続で表が出たとします。起こる確率は約3%なので高い確率ではありませんが、実際に起きたからといって驚くほどの珍しい現象ではないでしょう。このように人間は確率については判断を誤りがちなのですが、こうした傾向を「ギャンブラーの誤謬」と呼んでいます。

【ギャンブラーの誤謬】Gambler's fallacy
主観的な考えを優先し、確率論に基づいた予測を行わない傾向。たとえば少数回だけ試した結果表、表、表と続けば「次は必ず裏が出る」「次も表が出るかもしれない」と、その前の結果から予測してしまう(本来なら表と裏が出る確率は50%ずつ)。
●具体例
1913年8月18日にモンテカルロカジノでのルーレットゲームで、26回連続でボールが黒に入るという事件が起こりました。ルーレットに細工がないと仮定すると、26回連続してボールが同じ色(赤または黒)に入る確率は6660万回に1回という、非常にまれな事象でした。「こんなに黒が続いたのだから次こそ赤が出るはずだ」と考えたギャンブラーはきっと破産したでしょう。

■年末ジャンボ宝くじを求める人の「大行列」

コイントスを行って5回連続で表が出た場合、6回目は表と裏どちらが出ると考えられるでしょうか。コイントスはベルヌーイ試行ですので、確率は何回やっても変わりませんし、前の結果が後に影響を及ぼすこともありません。

しかし、ギャンブラーは「流れ」「運」などと言って、本来はほぼ完全なランダム性の結果に傾向を見出そうとして判断を誤り、大金を失うのです。

東京は有楽町にある「西銀座チャンスセンター」は、日本で一番長い行列ができる宝くじ売り場と言われています。特に年末ジャンボ宝くじの季節になると、宝くじを買い求めるお客さんの列が「大行列」と化します。それだけ多くの人がこの「西銀座チャンスセンター」に並んで買おうとするのは、この場所が「高額当選者が続出する宝くじ売り場」だからです。

もっとも、大行列ができるほど多くの人が宝くじを買う売り場なので、その分高額当選者が誕生する確率も高いのは当然、というツッコミもあるでしょう。このように正しい確率を踏まえずに判断しようとする傾向を「確率の無視」と呼んでいます。

【確率の無視】Neglect of probability
確率を無視して判断する傾向。人間は確率を直感的に把握できないため、めったに発生しない小さなリスクを非常に過大評価したり、あるいは逆に「めったに起きないから大丈夫だ」として対策を怠ったりする。
●具体例
「飛行機」「電車」「船」「自動車」のうち、事故に遭遇する確率が一番高い移動手段は「自動車」ですが、墜落事故の印象が強いせいか、飛行機移動を忌避する人が少なからずいます。一方で、東日本大震災に起因して発生した福島第一原子力発電所の事故は、地震・津波が直接の原因にも関わらず「あのような規模の地震はそうそう起きない」として全国で原子力発電所の稼働が再開し始めています。

要するに人間は「確率に弱い」生き物なのです。藤ヶ谷さんが1万円当選のクジを6本も当てたのはもちろん確率的に考えれば「滅多に起こらないレアケース」です。

ただ「レアケース」ではあっても確率的に考えれば「起こる可能性はある」ケースですので、「番組側が手心を加えない限り決して起こらない」ケースではありません。ゆえに「レア」であることを理由に「番組のやらせ」と言うのはかなり無理があります。

■確率の無視が人間の本質だ

なぜこのような「決めつけ」が起きてしまうかといえば、要するに「レアではあれども一定の確率で起きる」事例の確率を無視してしまっているからだと考えられます。

松本健太郎『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』(毎日新聞出版)
松本健太郎『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』(毎日新聞出版)

人間の思考の傾向として、確率を無視して判断してしまいがちなのです。ギャンブルをする人や宝くじを買う人に向かって「どうせ当たらないのに買うのはバカだ」「確率を計算できないのか」という批判がなされることがよくあります。

その批判自体が間違っているとまでは言えないのですが、実は一面的な見方でしかなく、まだまだ人間を分かっていないとも筆者は思います。

「西銀座チャンスセンター」に行列をつくる人に向かって「あなたは確率に弱い」といって批判しても、それはいってみれば「地球は丸いですね」と言っているようなもので、事実を繰り返しているに過ぎず、あまり意味はないと考えます。

また、そういって批判している側もやはりどこかで確率を無視した行動をとっていたりするものではないでしょうか。むしろ確率に弱いのは人間の本質だと「洞察」できれば、その心理をうまく利用するような「悪魔的な方法」を考えられると思います。「宝くじ」が今にいたるまで売れ続けているのも、またスマホゲームなどで「ガチャ」が大流行したのも、そのような「洞察」の結果ではないでしょうか。

とはいえ、ある程度は確率論を理解しておかないと、確率で人を騙すような商売に引っかかってしまうかもしれません。そうした商売に引っかかるスリルもまたワクワク・ドキドキの一環だと言われれば、それもまた人間らしさなのかもしれませんが……。

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松本 健太郎(まつもと・けんたろう)
データサイエンティスト
1984年生まれ。龍谷大学法学部卒業後、データサイエンスの重要性を痛感し、多摩大学大学院で統計学・データサイエンスを“学び直し”。デジタルマーケティングや消費者インサイトの分析業務を中心にさまざまなデータ分析を担当するほか、日経ビジネスオンライン、ITmedia、週刊東洋経済など各種媒体にAI・データサイエンス・マーケティングに関する記事を執筆、テレビ番組の企画出演も多数。SNSを通じた情報発信には定評があり、noteで活躍しているオピニオンリーダーの知見をシェアする「日経COMEMO」メンバーとしても活躍中。著書に『誤解だらけの人工知能』『なぜ「つい買ってしまう」のか』(光文社新書)『データサイエンス「超」入門』(毎日新聞出版)『グラフをつくる前に読む本』(技術評論社)など多数。

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(データサイエンティスト 松本 健太郎)

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