「小学校でのあだ名禁止」が引き起こす"いじめ"より深刻な大問題
プレジデントオンライン / 2020年11月19日 9時15分
■1つのポイントは「本人があだ名をどう受け止めるか」
10月末、テレビのニュース番組をきっかけに、小学校での「あだ名禁止」が話題になりました。いじめにつながる、という理由であだ名を禁止する学校が増えているそうなのです。
ボクは、違和感を覚えました。あだ名だけを禁止すれば、すべてのいじめをなくせるのか。仮に禁止したとしても教師の目の届かない場はどうするのか。そもそも、あだ名は、いじめの原因になるのか、と。
ボクが勤務する東京学芸大学付属世田谷小学校では、あだ名は禁止されていません。いままで受け持ってきたクラスにも、あだ名で呼ばれる子もたくさんいますが、みんな親しみを持って使っていると思います。
それに、ボクらの学校ではあだ名で呼ばれる教師もいます。もちろんTPOをわきまえ、いつでもあだ名で呼んでいいわけではないことも教えていますが。ちなみにボクは「ぬまっち」。ある時期、学校で末尾に「ち」をつけるブームが起きたのです。また、クラスに「いりょう」と呼ばれている子がいます。名字と名前の短縮でそのあだ名がつきました。本人も気に入っているようで、クラスに広まっています。
本人があだ名をどう受け止めるか。彼は「いりょう」というあだ名が気に入ったから受け入れた。あだ名について考えていく上で、そこが1つのポイントになるのではないかと思います。
「あだ名禁止」が話題になった当初、ボクが担任するクラスの朝の会で、4年生の子どもたちに聞いてみました。
「ニュースで『あだ名禁止』の学校があると言っているけど、うちのクラスはどうする?」
■「あだ名」とは親しみを込めた呼び方である
すぐさま「いまのままでいいんじゃないの?」「ありえない。なんであだ名で呼んじゃいけないの?」という反応のほか「オレのこと『雑魚』って呼んで」とふざける男子生徒もいました。ボクが「毎日、『雑魚』と呼ばれて、怒らない自信があるのなら先生はそれでもいいぞ」と問い返すと、彼は少し考えてから「いや、やっぱり怒るかも……」と答えました。
そんなやり取りをしているさなか〈あだ名〉を辞書で調べた生徒がこんな話をしました。
「あだ名には〈他人を親しんで本名以外につける名〉という意味があるらしいよ」
明鏡国語辞典を厳密に引用すれば、〈他人を親しんで(または、あざけって)本名以外につける名〉ですが、子どもたちは友だちを親しんで呼ぶニックネームとして受け止めているようでした。そのせいでしょう。結局「雑魚」は、あだ名として定着しませんでした。子どもたちが親しみを感じなかっただけでなく、「雑魚」と呼べば、彼が腹を立てるのが分かったからです。生徒たちが相手の気持ちを想像できることがうれしかったし、あだ名についてこういう話し合いを持てたことが彼らにとっていい学びになったと思いました。
呼ばれた相手がイヤがらない。それが、あだ名で呼ぶ最低限のルールといえるのではないかと思います。相手がイヤがる呼び名を言い続けるのは、あだ名ではなく、ただの悪口です。
■あだ名で一躍クラスの人気者に
納得できない呼び名で呼ばれれば、その子は怒ったり、不愉快な表情になったりする。それを面白がって、周りがはやし立てる。やがて本人は学校に行きたくなくなってしまう……。そんな負のスパイラルは確かに存在します。そう考えると、あだ名がいじめに発展するリスクになるのなら禁止すべきでは、と結論づけたくなる気持ちも理解できます。
しかし本当にそうでしょうか。子どもにとって、あだ名がプラスに働くきっかけになる場合もあるのです。過去に、「鉄道ダリン」というあだ名をつけた子がいました。
ある日、クラスの女の子が「ぬまっち、これ面白いよ」と録音を聴かせてくれました。それは、クラスの男子が電車の車内アナウンスを耳コピし、披露する音声でした。あまりの完成度の高さに衝撃を受けたボクは、すぐさま彼を呼んで、実演してもらいました。お世辞を抜きに、本当に凄い才能だと感じました。いまも講演会に彼が遊びにくるとみんなの前で披露してもらったり、本人に許可をとって「鉄道ダリン動画」を使用させてもらったりするほどです。
クラスで紹介すると、彼はみんなに絶賛されました。実は、彼は車内アナウンスが大好きで、いつでもブツブツと練習していたり、友だち同士でコミュニケーションが少し苦手だったりしたせいで、うまくいっていなかった時期がありました。しかし特技の披露をきっかけに、「鉄道ダリン」は、クラスの人気者になりました。何事にも積極的に取り組むようになり、全国の自信を持てない子に読んでもらえる本を書きたいと実際に執筆を始めたようです。
■同じあだ名でも関係性次第で意味合いが変わる
もう1つ、名付けたあだ名で印象深いのが「給食エース」。
当時のクラスにはいくつかの目標がありました。その1つが給食を残さず食べること。そこで全員が食べきれるよう、最初の盛りつけを少なめにしていました。余った給食はまだ食べられる子がおかわりをするようにしていました。そのとき、頼りになるのが「給食エース」でした。
身体が大きかった彼は、毎日、必ずおかわりしてくれました。それでもまだ残っていると、ボクは決まって野球の監督がマウンドの投手に声をかけるように「エース、まだいけるか?」と問いかけます。彼は親指を立て「まかせて」と席を立ち、クラスメイトからの応援の拍手を受け、クラスの目標のために、とおかわりをしてくれるのです。
彼もそんなに太っているわけでもないのに身体が大きいから「ぽっちゃり」とからかわれたこともあるようです。しかし、その特徴を活かし、クラスに貢献でき、みんなに感謝されたのがうれしかったのでしょう。彼は1学期の通知表に〈『給食エース』にしてくれてありがとう。これからもたくさん食べます〉というメッセージを書いてくれました。
とはいえ、あだ名をつければいじめがなくなり、子どもたちが自信を持てるといっているのではありません。また、クラスのなかに彼らの居場所をつくるために戦略的に「鉄道ダリン」「給食エース」と名付けたわけでもありません。
子どもたちと信頼関係を築く過程で、偶然、生まれたあだ名でした。ボクと彼らの関係性、クラスメイト同士の信頼関係、親御さんのご理解という素地があったからこそ、自然に定着したあだ名だったのです。
もしも、子どもたちとの関係づくりをおろそかにし、クラスメイト同士も信頼し合っていない状況で、ムリにあだ名をつけようとしたらどうなっていたか。
「鉄道ダリン」「給食エース」というあだ名に、「鉄道オタク」「ぽっちゃり」という悪意を込めてからかう子もいたかもしれません。そんな気持ちは、呼ばれる本人に伝わるだけでなく、クラス全体に伝播してしまう。「鉄道ダリン」も「給食エース」もきっとあだ名を快く受け入れられなかったはずです。だからこそ、クラスの全員が親しみを込めてあだ名を呼び合える雰囲気づくりが重要だったのです。
■「こうすれば、こうなる」という方程式は通用しない
インターネット上で、興味深いアンケートを見つけました。
「小学校の校則であだ名が禁止されることについて、どのように思いますか?」
調査によれば、賛成が18.5%。反対が27.4%。どちらでもないが54.1%。
どちらでもないが過半数を越えた結果に、こう感じました。あだ名を禁止するか、しないか。それ以前の話だとほとんどの人が受け止めたのではないか、と。
互いに認め合っていれば、あだ名で呼び合う関係もいいし、相手がイヤがるようなあだ名は口にすべきではない。そんな当たり前の感覚を持つ人が多かったのでしょう。
あだ名が、いじめやスクールカーストを生む。または、あだ名がクラスの雰囲気をよくする……。
原因と結果は、そんな単純ではありません。教師によっても性格や考え方、教育方法もさまざまで、クラスの三十数名の子どもたちも多様な個性を持っています。そこで「こうすれば、こうなる」という方程式は通用しません。それは教室のなかだけの話ではなく、ビジネスの現場でも同じでしょう。ボクは「あだ名を禁止すれば、いじめがなくなる」と決めつける考え方が、子どもをめぐる問題の本質を見誤らせる危険性をはらんでいる気がするのです。
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国立大学法人東京学芸大学附属世田谷小学校教諭
1975年東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、アメリカ・インディアナ州立ボールステイト大学大学院で学ぶ。スポーツ経営学の修士を修了後、同大学職員などを経て、2006年から現職。児童の自主性を引き出す斬新な授業が話題になり、日本テレビ『news zero』等で特集される。著書に、『「変」なクラスが世界を変える!』(中央公論新社)『One and Only 自分史上最高になる』(東洋館出版)等。
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(国立大学法人東京学芸大学附属世田谷小学校教諭 沼田 晶弘 構成=山川徹)
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