バイデン大統領になっても深刻すぎる「米国の分断」は解消しない
プレジデントオンライン / 2020年11月20日 11時15分
■「トランプノミクス」とほとんど変わらない「バイデノミクス」
前回、「バイデン氏の得票数が米国史上最多になった『たったひとつの理由』」で説明したように、米国民の要求は、自分の職の安全であり、高給取りの政治家たちから見れば、実に小さな幸せといえる。米国民たちにとって、トランプ主義や社会主義へのこだわりはなく、政治への期待という点では全く分断されていないのが、現状だ。
両候補の経済政策も、地球温暖化対策をゼロエミッションで達成するか(バイデン候補)、CO2排出量の減少と直接空気回収(大気から回収して土に埋める)の技術開発で達成するか(トランプ大統領)の相違にすぎない。
しかも人類が2050年までにゼロエミッションを達成しなければならないという科学的根拠が示されていない中で、自分の主張に拘泥する学者と、それをはやすメディアの声に迷わされなければ、二者択一以外の選択肢も生まれるはずだと私は感じている。
そもそも、バイデン候補が掲げるように国民皆保険を実施し、公立大学を無料化し、ゼロエミッションでガソリン車を駆逐するなら、実現するための必要コストが激増する。だが増税対象となる大企業が減少すれば深刻な財源問題に直面する。
これを回避したいバイデン候補は、「バイデノミクス」の売りとなる“ばらまき”を和らげざるを得ないはずだ。つまり米国民にとって、バイデン候補の経済政策は、トランプ大統領の掲げる経済政策とほとんど大差のないものになっていく。
しかも民主党内の中道派と進歩主義は水と油の関係にある。バイデン候補の呼びかけは、トランプ大統領という共通の敵を倒したと考えている民主党内の「Unite」を促そうとしたものでもある。民主党内の混乱が、国民にまで拡大しないよう期待した、という印象がぬぐえないのだ。民主党員の中には「Unite」とは誰のためのものか、と考える人も多いという。それくらい、民主党内はまだバラバラの状態にある。
■「国民の一票」が無視された選挙だった
今回の大統領選挙は、激戦州で超僅差の勝負が長期間続いた。そのため全米で勝利を祝うという伝統とはかけ離れ、当選のための選挙人数「270」を満たすのに必要な州盗り合戦のようになっていった。
「全州での集計終了」とメディアが一斉に報じた2020年11月14日の段階でも、例えばニューヨーク州はまだ75%しか開票が進んでいなかった。つまり政治家もメディアも、「米国民の一票」の価値を無視している。極めて異常な事態だ。
「亜米利加合衆国」(USA)は、1820年代にオランダ風説書を日本語訳した時に作られた言葉である。オランダは欧州で初めて米国を独立国として認めた。独立戦争に味方したフランスに次ぐ米国の理解者で、その日本語名も、日本人がオランダ人から事実を正しく聞き取ったことを示している。

米国は州の集まりながら、連邦政府の政策は、個人が選挙で直接の意思表示を行う制度をとっている。これが大統領選挙だ。従って、今も州ごとの大統領選挙人数は国勢調査に基づいた人口の増減に合わせて調整され、一票の重さを可能な限り等しくしようとしている。
では、「なぜ『合州国』と書かないのか」と質問する日本人も多いが、それは南北戦争時の南部のConfederate States of America(CSA)のような集合体を意味するからであろう。CSAの日本語名はアメリカ連合国だが、直訳は「合州国」となる。CSAはUSAから脱退した州の連合で、州民の意思は州政府を通して示されていた。
■決して埋まらない理想と現実のギャップ
この間、黒人奴隷は選挙権を持たなかったうえ、国勢調査を基に各州の大統領選挙人を決める際には、自由人(白人)の3分の1として数えられた。南部の白人は少なく、白人だけの多数決では合衆国の国政に意思を伝える力が弱かった。
アメリカ連合国も建国の父達の功績を認め、例えばワシントン大統領の切手を発行しているが、アメリカ合衆国の建国の理想は、すべて「人民の人民による人民のための政治」であり、それはやがてリンカーン大統領のゲティスバーグ演説に受け継がれる。
当時から、北部にはごく少数ながらも一人として人口に数えられる自由な黒人もいた。
つまり、アメリカ合衆国の黒人奴隷制度は建国の理念からしても、廃止されて当然のものだった。だがこの現実を受け入れられない人々は、今も多数残っている。そしてそういった人たちの存在こそが、米国に黒人差別が根強く続いてきた原因となってきた。
バイデン候補の「Unite」という言葉の目的の一つは、この人種や性差、宗教などの壁を乗り越えようというものだ。しかし彼は「俺に投票しないやつは黒人ではない」と語ったように、彼自身、身体にしみ込んだ差別感覚は死ぬまで消えないのかもしれない。
米国は黒人を「奴隷ではない存在」として扱ったその日から、アメリカ合衆国の理想と人種差別を抱える現実のギャップという苦悩を持ち続けることになった。そしてそれは、「Unite」と叫ぶだけでは解消しない。

■分断を浸透させた「9.11」と「オバマ政権」
米国が二大政党制を敷く以上、両党間の政治対立が存在するのは当然と言える。しかし、合衆国憲法は大統領と議会の権限を定めており、今ほど両党間のいがみ合いとも言えるような対立が激化することは、想定していなかったはずだ。しかも分断が騒がれる直前の1990年代には、民主党と共和党の政策面での共通性を懸念する見方もあったほどだ。
この構造を変えて分断を浸透させたのが9.11のテロであり、オバマ政権の誕生だった。
9.11のテロでは、共和党のブッシュ大統領が呼びかけたアフガニスタン攻撃やイラク戦争の開始に対して、バイデン候補やクリントン元国務長官など民主党の多くも賛同した。ちなみに平和主義者であるサンダース上院議員が、バイデン候補など民主党の中道派を嫌う理由はここにある。
ところが超党派で始めた戦争も、泥沼化するとともに両党の思惑が分かれていった。
例えばオバマ政権は、「悪の枢軸」と呼ばれたイランとの融和を模索し、トランプ政権で再び対峙するという二度の「180度政策転換」が行われた。
オバマ大統領の誕生前は、ニューヨーカーのようなリベラル系の雑誌でも、「黒人」が大統領となった場合の懸念について書かれた記事が掲載されていた。日本における「黒人のオバマ大統領が、米国の分断の原因となった」といった見方も、米国メディアの受け売りなのだと私は感じている。
しかし仮に、オバマ大統領が米国の分断の原因を作ったなら、それは世界平和が実現可能であると考える彼の理想の高さが原因なのであり、その達成に向けた実行力はあったと評価すべきだろう。
■心で喧嘩をしてしまった共和党と民主党、そして民主党内部
ただ、この実行力は問題も生んだ。オバマ大統領の内政の多くは「自己責任原則」という米国の伝統への挑戦だった面が少なくないからだ。「オバマケア」で麻薬患者を保険対象としたのはその一例だろう。

トランプ大統領はオバマ大統領の逆を目指していった。「アメリカ・ファースト」はオバマ政権下で取り残された人に焦点を当てた政策だと歓迎された。しかし政策の180度転換は勝者と敗者を反対にするため、両者のいがみ合いは一段と深刻化し、トランプ大統領が分断の原因という見方につながった。
その点、バイデン候補はオバマ大統領やトランプ大統領のような強い個性や政策案を持たない。そしてバイデン候補の「Unite」は、両党が感情論に走ってしまった現在のような状態では、到底実現することが無理だと感じられる。
米国には「頭で喧嘩しても心で喧嘩するな」という表現がある。そして、その言葉そのものは、バイデン候補自身が現在、とても深く理解しているはずだ。心で喧嘩をしてしまった共和党と民主党、そして民主党内部の分断を、どのように「Unite」していくのか。私は、米国の分断が解消されることは、当面は難しいと予測している。
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中部大学経営情報学部教授
1985年日本銀行入行。営業局、考査局をへて信用機構室調査役。2000年より米国野村証券シニア・エグゼクティブ・アドバイザー、日本政策投資銀行シニアエコノミスト、米シンクタンクのアメリカン・エンタープライズ公共政策研究所(AEI)主任研究員なども務める。2012年より中国清華大学高級研究員、東京大学総長室アドバイザー。日本、米国、中国の企業などの顧問や取締役を務める。ジョージ・W・ブッシュ(子)大統領時代から共和党に知己が多く、共和党全国委員会(RNC)大統領選挙アドバイザリーボードメンバー。米国務省や米財務省、連邦準備制度理事会(FRB)、トランプ政権の政策や中国の政治経済に詳しい。ニューヨーク大学MBA、ボストン大学犯罪学修士。
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(中部大学経営情報学部教授 酒井 吉廣)
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