世界中の女性を引き付けた次期副大統領カマラ・ハリスのスピーチ2つのポイント

プレジデントオンライン / 2020年12月2日 8時15分

2020年11月7日、バイデン候補の勝利が確実になったことを受けてスピーチするカマラ・ハリス氏 - 写真=AFP/時事通信フォト

大荒れだった2020年のアメリカ大統領選挙は、11月3日の投票日から4日後の7日、ようやく民主党のバイデン氏の勝利が確実と報道されました。元ジャパンタイムズ執行役員のジャーナリスト、大門小百合さんが、この日のカマラ・ハリス次期副大統領の印象的なスピーチのほか、トランプ、オバマら、アメリカのリーダーたちのスピーチを解説します。

■一気に注目を集めたハリス氏のスピーチ

ジャマイカ系とインド系のルーツを持ち、有色人種の女性として初めての副大統領候補となったカマラ・ハリス上院議員が、11月7日、白のパンツスーツで登場し、「私は初めて副大統領になる女性かもしれないが、最後にはならない。今夜これを見ているすべてのちいさな女の子たちが、アメリカは可能性の国だと理解するからだ」と勝利宣言をしたこの演説。日本でも大きなニュースになったのでご存じの人も多いだろう。

ハリス氏は副大統領候補になってから女性、そして黒人ということで注目されていたものの、アメリカのメディアの報道はやはり、トランプ大統領とバイデン候補が中心だった。ところが、この日の演説にはアメリカメディアも注目。世界中の女性たちがこのスピーチにエールを送った。なぜそこまでこのスピーチが人々の心をひきつけたのだろう。連載第1回の今回は、アメリカのリーダーの演説について考えてみたい。

■あの有名なスピーチとの共通点

アメリカのリーダーたちはスピーチのために本当に心を砕く。スピーチを行う場所、タイミング、過去に偉業を成し遂げたリーダーの言葉を引用しながら、それらがどのように人々の心に響くかを計算しているところなど、日本人の私たちには到底考えつかないことかもしれない。

ハリス氏の演説の前述の部分もよかったが、この演説の中で私の一番印象に残ったのは以下のところだ。

To the children of our country, regardless of your gender, our country has sent you a clear message: Dream with ambition, lead with conviction.
この国の子供たち、性別に関係なく、私たちの国はあなた方にはっきりとしたメッセージを送りました。大志とともに夢を抱き、信念を持ってリーダーとなるのです。

これを聞いた時、「このスピーチの感じ、とても似ている」と思い浮かんだことがある。それはアメリカ黒人公民権運動の父と呼ばれるマーティン・ルーサー・キング・ジュニアのあの有名なI have a dream(私には夢がある)の演説だ。どことなく、あの演説に似ているような気がしたのである。

■キング牧師の記念日に立候補を表明

1963年に行われたこのキング牧師の演説は、世界中で知られている有名なものだ。私は以前、アメリカの大学で研究していた時、クリントン元大統領のスピーチライターでもあった教授の授業をとったことがある。大統領の元スピーチライターが教えてくれるとあってとても人気のクラスだったが、もちろんこの演説が映像とともに教材として登場した。

「私には夢がある。それはいつの日かこの国が立ち上がり、真の意味でのこの国の信条、つまりすべての人は平等に作られたというこの国の信条にみあう国になることを」とキング牧師はワシントンD.C.の巨大なリンカーン像の前で群衆に語り掛ける。「私には夢がある。いつかジョージアの赤い丘の上で、昔の奴隷と奴隷所有者の息子たちが兄弟のように一緒にテーブルにつくことができるようになることを……」

1963年にキング牧師が「私には夢がある」という演説を行った、ワシントンD.C.のリンカーン記念堂
写真=iStock.com/bpperry
1963年にキング牧師が「私には夢がある」という演説を行った、ワシントンD.C.のリンカーン記念堂 - 写真=iStock.com/bpperry

この演説の翌年の1964年、アメリカ合衆国議会は公民権法を制定し、キング牧師は史上最年少の35歳でノーベル平和賞を受賞した。しかし、1968年4月4日、抗議集会のため滞在中だったテネシー州で暗殺されてしまった。

ハリス氏の両親は、カリフォルニア大学バークレー校で公民権運動に関する卒業研究を通じて知り合ったそうだ。両親につれられ、ハリス氏も物心ついた頃から抗議デモに参加してきたという。また、ハリス氏は、キング牧師を称える記念日、マーティン・ルーサー・キング・デーである2019年1月21日、大統領選への立候補を表明した。そんなことを考えると、この有名すぎるスピーチがハリス氏の頭の隅にあったとしても不思議ではない。

■白いスーツが意味するもの

アメリカ人はそもそも「夢(dream)」とか「信条(creed)」や「信念(conviction)」という言葉が大好きだ。日本ではこれらは歯の浮くような言葉に聞こえるかもしれないが、アメリカ人の多くはそういう言葉が語られることを期待しているようで、過去のアメリカのリーダーたちもこれらの言葉を自分たちの演説に盛り込んできた。

ハリス氏はスピーチの中で「100年前、憲法修正第19条が、55年前には投票権法ができ、そして2020年の今、私たちの国の新たな世代の女性たちが投票しました。投票して自分の意思を示すという基本的な権利のために闘っているのです」と述べ、100年前の1920年に憲法で制定された女性の参政権を正式に認めた条項についても触れている。

実はキング牧師の前述のスピーチにもこんなくだりがある。「100年前、ある偉大な米国民が奴隷解放宣言に署名した。今、我々はその人を象徴する像の前にたっている。このきわめて重大な宣言は容赦のない不正義の炎に焼かれていた何百万人もの黒人奴隷たちに大きな希望の光として訪れた」

奴隷解放宣言によってもたらされた黒人の権利とハリス氏が言及した女性の権利。女性であり黒人でもあるハリス氏がスピーチの中で「100年前」という言葉を使い、キング牧師の手法を取り入れていたのだとしたら、なかなかよくできたスピーチである。そして、彼女の着ていた白のパンツスーツはアメリカの婦人参政権運動Suffragistのシンボルカラーだ。また、黒人の人たちが政治的主張や精神的な思想を伝える際には、単色のファッションに身をまとうともいわれている。

■「結束」を約束したバイデン氏

トランプ大統領になってからの4年間は、夢やアメリカの信条を語るというより、BLM(黒人の命も大切だ)の運動やメキシコとの国境に壁を作るといったような「分断」を象徴するできごとが多すぎた。だからハリス氏のスピーチの直後に行われたバイデン大統領候補の勝利宣言演説も「アメリカには青の州も赤の州もない。一つの合衆国があるのみだ」と、分断された合衆国を結束させる大統領になりますと強調したのだ。

今回の分断がメディアで南北戦争以来だといわれていたことをバイデン氏がどのくらい意識していたのかは定かではない。ただ、南北戦争で勝利をおさめたのは北軍で、北軍の色は現在の民主党のシンボルカラーの青と同じなので、青の州を代表するバイデン氏の勝利宣言にピッタリの比喩なのかもしれない。こんなことを書くと深読みしすぎだと怒られるかもしれないが、一つひとつの言葉が推敲をかさねた結果だとしたら、こうしてスピーチに込められた意味を想像しながら読み解くのも面白い。

■通訳泣かせのトランプ大統領

さて、一方のトランプ大統領だが、彼の話し方は大統領に就任した当初から通訳泣かせだといわれている。4年前、ジャパンタイムズの後輩記者がトランプ氏のスピーチについて日本人の通訳者たちに取材したところ、単調に同じ言葉を繰り返し使うのがトランプ流だと言われたそうだ。確かにGreat(すばらしい)、tremendous(すごい)、very(とても)など日本人の私たちにもわかりやすい簡単な単語を彼は好んで使う。

当時行われたカーネギーメロン大学の研究によると、トランプ大統領の言葉遣いは、歴代大統領の中で一番低いレベルであり、中学一年生レベルだという。また文法は、小学5年生と6年生の間ぐらいのレベルで、ジョージ・W・ブッシュ元大統領の5年生レベルをわずかに超えただけだという。

簡単な単語なら通訳しやすいのではないかと思うところだが、小学生レベルの単語でも、話し方が論理的でなく、時には飛躍し、意味をなさないことがよくある。それを日本語に変換しなければならないときの難しさ。さらに差別的な言葉や、性的表現が出てきた時にはどこまでそれらをテレビの中継時に忠実に通訳すべきなのか自問自答をするという。

通訳者はあくまでその人になりきって正確に訳すことが求められ、勝手に美しい言葉や無難な言葉に置き換えることはできないし、同時通訳ともなればそれらを瞬時に訳さなければならない。こんな悩ましい話を記事にしたところ、イギリスのインデペンデント紙やアメリカのメディアなどが後追いし、日本発のこのニュースが世界から注目されたのを今でも覚えている。

■就任演説が映し出す新大統領の個性

そして、トランプ流は、4年たった今も健在だ。Greatにかわり、私たちが頻繁に聞くようになった言葉は、fraud(詐欺)やfake news(フェイクニュース)。単調で、弾丸のように一方的に批判しまくる手法も健在だ。

特にトランプ大統領とバイデン大統領候補の第一回のテレビ討論会は見るにたえなかったのは記憶に新しい。一人が話し終わらないうちにもう一人が話し始める。もっともそのときはバイデン氏も礼儀をわきまえた討論をしていなかったため、日本語のネット上の書き込みにも、「一番頑張ったのは通訳者だ」「こんな討論会を同時通訳するなんて神業だ」などというコメントを見つけた。

それにしても、今回の大統領選は異例づくしだ。

新たな大統領の任期は来年1月20日に始まることがアメリカの憲法上決まっているが、トランプ大統領自身が敗北を認めていない状況で、1月にバイデン氏の就任演説が無事に行われるのだろうかと不安になる。

2016年11月、トランプ氏が大統領選挙に勝利したことを受け、シカゴで抗議デモをする人たち
写真=iStock.com/PaulMoody123
2016年11月、トランプ氏が大統領選挙に勝利したことを受け、シカゴで抗議デモをする人たち - 写真=iStock.com/PaulMoody123

2009年1月、オバマ大統領は就任演説で「すべてのアメリカ人が、自分自身への、わが国への、そして世界への義務があると自覚しましょう」といって、責任ある国家としてアメリカが世界に果たすべき義務を訴えた。

しかし、その8年後の就任演説で、トランプ大統領は、「本日以降、新たなビジョンがこの国を治めます。本日以降、すべてはアメリカ・ファースト」と言い、Buy American and hire American(アメリカ製品を買い、アメリカ人を雇います)と強調したのである。

たかが演説、されど演説だ。アメリカのリーダーの言葉がこれからやってくる4年間を読み解くヒントにもなる。新大統領は就任演説でいったいどんな言葉を世界に語りかけるのであろうか。

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大門 小百合(だいもん・さゆり)
ジャーナリスト、元ジャパンタイムズ執行役員・論説委員
上智大学外国語学部卒業後、1991年ジャパンタイムズ入社。政治、経済担当の記者を経て、2006年より報道部長。2013年より執行役員。同10月には同社117年の歴史で女性として初めての編集最高責任者となる。2000年、ニーマン特別研究員として米・ハーバード大学でジャーナリズム、アメリカ政治を研究。2005年、キングファイサル研究所研究員としてサウジアラビアのリヤドに滞在し、現地の女性たちについて取材、研究する。著書に『The Japan Times報道デスク発グローバル社会を生きる女性のための情報力』(ジャパンタイムズ)、国際情勢解説者である田中宇との共著『ハーバード大学で語られる世界戦略』(光文社)など。

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(ジャーナリスト、元ジャパンタイムズ執行役員・論説委員 大門 小百合)

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