「壁の黒い模様が動いていた」孤独死現場の清掃員が見たゴキブリ地獄
プレジデントオンライン / 2020年12月2日 11時15分
■孤独死現場のドアはブルーシートで覆われていた
その人の最期と向き合う、特殊清掃というお仕事——。年間約3万人が孤独死する現代ニッポンにおいて、特殊清掃のほとんどを孤独死が占める。
また近年、特殊清掃業者は、孤独死や自殺、殺人現場などの清掃だけでなく、インフルエンザの起きた校舎の消毒や、最近だと新型コロナの発生した社屋の消毒など、危険な現場の第一線で活躍する人たちもいる。
今、特殊清掃の現場で何が起きているのか。今回は、10年以上のキャリアを持つ特殊清掃人である上東丙唆祥(じょうとう ひさよし)氏の現場に密着することで、特殊清掃という仕事から見える日本のリアルに迫りたい。
ソーシャルディスタンスが声高に叫ばれる中、孤独死をめぐる状況はより深刻になりつつある。地域の見守りが手薄になり、遺体の発見がこれまでより遅れているのだ。また、コロナ疑い死という場面に遭遇するケースも増えつつある。
今年の9月上旬、築30年以上とみられる4LDKのマンションに、上東氏と私は立ち入ろうとしていた。関東某所の高級住宅街に佇(たたず)むこのマンションで、孤独死が発生したのだ。亡くなったのは70代の男性で、死後1カ月以上が経過していたという。
エレベーターが開くと、該当の部屋はすぐにわかった。ブルーシートで玄関のドア全体が覆われていたからだ。
■死臭はいつも「甘いような、脂っぽいような、強烈な臭い」
聞くと、上東氏が近隣住民対策として見積もりの際に目張りしたのだという。たとえ室内で孤独死したとしても、ドアの隙間や換気扇を伝って、臭いは外部に漏れ出てしまう。ブルーシートを張るのは、その臭いを簡易的に防止するためだ。
隣に住む女性に話を聞くことができた。隣人の死臭が外に漏れだしたせいで、家から出入りする際にドアを開け閉めすることすら困難だったという。
上東氏がブルーシートを外すと、ツーンとした臭いがあたりに充満するのがわかる。
これが死臭なのだ。死臭の臭いは、いつも甘いような、脂っぽいような、強烈な臭いである。
ギギッという鉄製のドアの鈍い音とともに、部屋の中に足を踏み入れると、室内は真っ暗で、膝のあたりまで、ゴミらしきものが山積してあるのがわかった。風呂場はかびだらけで、キッチンの上などいたるところに、食べ物のかすや、コンビニの袋、衣類などが、床に無造作に投げ捨てられている。
■部屋中のありとあらゆる穴にガムテープで目張り
カーテンを開けると、わずかながら状況がつかめてきた。男性は、部屋中のありとあらゆる穴という穴にガムテープで目張りをしていたのだ。まるで、社会から自分という存在を隔絶し、シャットアウトしているかのようだった。
しかし、長年孤独死現場で取材している私からすると、これはありふれた光景でもある。孤独死現場においては、このように社会から孤立していたことを感じさせるお部屋が多く、その度に、こうなる前に助けを呼べなかったのかと、暗澹(あんたん)たる気持ちになる。
上東氏は、長年の勘で、すぐに男性がリビングで亡くなったことを突き止めた。
確かに、ごみの周りが黒ずんでいる箇所がある。近づくと、臭いが何倍もきつくなった。
上東氏は体液のついた箇所のごみをまず撤去して、薬剤を撒(ま)いて、消毒作業を行った。一連の作業は、職人技のように、手際よく淡々と行われていき、あっという間に清掃作業は終わった。
後日、他の部屋のごみの撤去作業にかかるということで、この日の作業は終了となった。作業後、上東氏に話を聞いた。
■ホコリやカビはコロナより恐い
日々の現場である特殊清掃現場は過酷を極め、危険と隣り合わせだ。
現場には、体液だけでなく糞便(ふんべん)が飛び散り、真っ赤な吐血のあとが残っていることもある。そのため、現場では遺体から染み出た体液の取り扱いには特に慎重になる。孤独死者の死因が不明な場は、新型コロナウイルスはもちろん、肝炎など他の感染症のリスクもあり、戦々恐々としながらも日々業務として向き合っているのが現実だ。そのため、上東氏は現場に入る前に、なるべく関係者に死因を尋ねたり、死亡診断書を送付してもらうようにしている。
また、コロナ禍においては、ウイルスが死滅するとされる一週間以上の期間を空けてから清掃に入るように心がけている。
しかし、仕事の上で上東氏が一番恐れるものは実は、コロナなどの感染症ではないというから驚きだ。
上東氏によると、最も恐れるべきものとは、部屋に日常的にあると思われるホコリやカビなどだという。
「もちろん、ウイルスや細菌も感染リスクを視野に入れています。だけど目に見えないホコリやカビのほうが、実はとても怖いんです。肺にカビが入って亡くなった人もいますし、ホコリとカビは全く油断できないですね」
■ネズミは全身が病原菌まみれ
孤独死する人の部屋の中は、セルフネグレクト(自己放任)といわれる、ゴミ屋敷だったり、飼いきれないほどのペットを飼っていたりと不衛生な環境で亡くなっていることが圧倒的に多い。そんな中、長時間毎日のように作業していたら、深刻な健康被害が起きてもおかしくはない。
実際に上東氏は過去、円形脱毛症やアレルギー性の皮膚病を発症したことがある。数年前、夜も眠れないほどに全身がかゆくてたまらなくなり、その後、頭に小さなハゲができたのだ。
病院で医師の診察を受けると、ほこりとカビの吸いすぎによるものだと診断されたという。長年、不衛生な環境で働き続けたため、免疫が異常を起こしたのだというのが医師の見立てだった。それからは、半そでなどの作業を改め、全身を覆う服装やマスクの種類にも気を使うなどしたら症状は落ち着き、今では健康には問題はないという。
怖いのはほこりだけではない。不衛生な環境だと、害虫(ゴキブリ、ダニ等)、ネズミの危険もつきまとう。特にこわいのが、ネズミ物件だ。
上東氏が目印にするのは、部屋のあちらこちらにラットサイン(齧(かじ)った跡、糞尿(ふんにょう))だ。ネズミは、E型肝炎、鼠咬症、腎症候性出血熱、レプトスピラ症(ワイル病)ハンタウイルス肺症候群などの病原菌を媒介する。全身が病原菌まみれで、排泄物(はいせつぶつ)や唾液にも菌がいる。そして、尿を垂れ流しながら移動し、部屋中に菌を振りまく。
■「壁の黒い模様が動いていたんです」
また、ゴキブリから検出される病原体から重篤な病気につながることがある。サルモネラ菌は食中毒を引き起こすし、チフス菌は腸チフスを引き起こす。最近では、胃がんや胃潰瘍の原因となるピロリ菌もゴキブリが媒介しているという説も飛び出している。毒性が高い危険なウイルスや菌を持っていることも多い。ゴキブリは膜に覆われており、自らは雑菌はものともせず、部屋中に菌を撒き散らすという厄介な生き物なのである。
ある日、上東氏はゴミ屋敷と化した1DKの部屋の片づけを依頼された。そこは、どこもかしこもゴキブリが住み着く屋敷だった。この部屋の住民の70代の女性はほとんど目が見えず、大量のゴキブリの存在に気づくこともなかったらしい。買い物をしても、食べ物をそのまま放置してしまうため、ゴキブリの天下になっていた。百戦錬磨の上東氏でも、大量のゴキブリとの格闘は、今も思いだすと身の毛がよだつという。
「床やキッチンに目をやると、壁の黒い模様が動いていたんです。同時にゴミ袋がカサカサと鳴っていました。絶句しましたね。さすがにこれほど多くのクロゴキブリを一度に見たことはなかった。壁一面が何千という数のゴキブリでいっぱいでした。この住民の方ががんになったのも、ゴキブリが原因だった可能性が高いですね」
■孤独死の部屋には日本社会のリアルが表れている
女性は胃がんの末期で余命宣告を受けていた。ゴキブリが徘徊(はいかい)することでピロリ菌が原因となったのかもしれない。孤独死現場を取材していて、いつも思うことだが、もっと早く女性の惨状に気がついて誰かが介入できていれば、結果は違ったかもしれないと思うと、胸が痛む。
長期間見つからない遺体、そして、増え続ける孤独死。その裏には、さまざまな縁から切り離された「社会的孤立」の問題が潜んでいる。日本は、OECD加盟国20国中、社会的孤立者の割合が最も高い。孤立と分断が進んだ日本社会のリアルが、亡くなった人の部屋に必然的に表れるのだ。
孤独死の増加とともに近年、特殊清掃業者は他業種から参入が増えつつある。孤独死が増え続ける限り、彼らの仕事は止まることはないし、業者の数も増え続けるだろう。そんな特殊清掃を巡る日本社会が映し出す歪(いびつ)な現実に、私たち社会の一人ひとりが自分事として向き合うべきではないだろうか。
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ノンフィクション作家
1982年、宮崎県生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒。出版社で編集者を経てフリーライターに。著書に、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)、『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)、『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(角川新書)などがある。また、東洋経済オンラインや現代ビジネスなどのweb媒体で、生きづらさや男女の性に関する記事を多数執筆している。
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(ノンフィクション作家 菅野 久美子)
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